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5-5

「来い、こっちだ」


 俺は騎士に連れて行かれる形で、ブラム隊の訓練所に立っていた。

 そのまま中心へと引っ張られ、俺はちょうど中心に跪かされる。

 

「どうして……訓練所に」


「上からのお達しでな。この場でテメェは裁かれることになった。物好きな上司もいるもんだぜ」


 俺の目の前にきたブラムが、指で宿舎の方を指す。

 その方向に視線を送れば、窓に何者かの人影が写っていた。

 俺を――見物しているのか?


「あの方以外にも、今日この日のために何人もの騎士が集まってきやがった。人気者だなぁ、テメェは」


 いつの間にか、俺とブラムを取り囲むように鎧をまとった騎士たちが立っていた。

 ほとんどがブラム隊の連中だが、所々に知らない顔も混ざっている。

 外壁に囲まれ人々の視線を遮ることのできる訓練所だが、これでは見せ物であることには変わらないではないか。


「今日、テメェはこの場で裁かれる。見届け人は、当然こいつだ」


 来い――。


 ブラムがそう呼びつければ、彼の横にフェリス・イングラスが立ち並ぶ。

 彼女は相も変わらず蔑んだ目を俺へと向けてきていた。


「フェリス隊長、こいつに何か言い残すことは?」


「……ありません。どうぞ、始めてください」


「ふっ、そうかい。同期に見捨てられるなんて、テメェも可哀想なやつだよなぁ」


 ブラムは言葉とは裏腹に、訓練所全体に響き渡るような高笑いを上げた。

 耳にぐわんぐわんとその声が響き、俺は徐々に吐き気を催し始める。

 なのになぜか吐くことができず、ただただ気持ちの悪さだけが胸に残った。


「ふぅ、んじゃ始めっか」


 ブラムは部下から何かの書類を受け取ると、それを俺へ向けて突き出してきた。


「テオ、テメェの罪は、強姦未遂、そんでもって騎士団への反逆、敵前逃亡、最後に公務執行妨害だ。こんだけ重なれば、間違いなくテメェは死刑。けどなぁ、慈悲深き俺はテメェにチャンスをやろうと思ってる」


「チャンス……?」


「おい、こいつの縄をほどけ」


 ブラムがそう言うと、奴の部下が一人寄ってきて俺の縄をほどいた。

 自由になったことに対して俺が疑問符を浮かべていると、目の前に何が放られる。


「鍵を握るのは、そいつだ」


 放られた物は、一振りの剣であった。

 どうやら新品のようで、使い込まれた跡や汚れがない。

 

「テメェには二つの選択肢がある。このまま地に頭をつけて、俺に完全服従を誓い一生奴隷として働くか。それとも――剣を取って俺に抗い、ここで斬り捨てられるかだ。後者を選べばテメェを確実に殺す。が、前者を選べば少なくとも死ぬことはねぇ。よっぽどのバカじゃなけりゃ、どっちを選んだ方がいいかは一目瞭然だよなぁ?」


 誓えば――――生き残ることができる。

 

 環境は以前よりも圧倒的に悪くなるだろう。

 それでも、死は免れる。

 生きてさえいれば、レイが助けに来てくれるかも――。


(――いや)


 何を期待しているんだ、俺は。

 いつも誰かに頼ってばかりで、情けなくて仕方ない。

 

 もう、うんざりだ。


 こいつらに付き合うのも、理不尽な目に遭うのも。

 

「ひとつ……聞かせてください」


「あぁ?」


「もしも、俺があなたに勝ったら……そのときはどうなりますか?」


「……テメェ」


 ブラムの顔が怒りで歪む。

 しかし俺の顔が真剣であることに気づいたからか、突如として吹き出し、笑い出した。


「ハハッ! テメェが勝ったら? おもしれぇ。万が一にでもテメェが勝ったら、そのときは五体満足でここから出してやるよ」


「……分かりました。ありがとうございます」


 俺は目の前に転がる剣を掴み、立ち上がる。

 レイは俺に剣を握らせないと言った。

 けど、それに甘んじていたら俺はただの人形に成り下がる。

 いつまでも被害者ヅラして、誰かに甘えきりで生きていきたくない。


 口では何と言っていても、俺だってレイの隣に立ってみたいのだ。


「俺が仕えるのは……もうあんたじゃない。俺は、レイ・シルバーホーンのために、今後の人生すべてを捧げると決めた! 俺の意志でそう決めたんだ! あんたみたいな、人の人生を何とも思ってないような人間に従うなんて二度とごめんだ!」


 俺は剣先をブラムへと突きつける。

 ここで、終わりにするのだ。

 こいつらとの因縁を、忌まわしい過去を、すべて清算する。

 

「これは俺の人生だ。邪魔を、するな」


「……そこまでバカだったとはなぁ、テオ」


 ブラムも剣を抜く。

 とてつもない威圧感だ。

 しかし、レイと比べれば子供と言ってもいい。

 

「意味分からねぇことばかり言いやがって……じゃあお望み通り、殺してやる。ここで逆らったことを、あの世で永遠に後悔し続けろォ!」


 剣を振りかぶったブラムは、そのまま俺目掛けて振り下ろしてくる。

 俺はその一撃に合わせ、ブラムの剣の腹に自分の剣を打ち合わせた。

 甲高い金属音が響くと同時に、奴の剣は横に弾かれる。

 

 好機――――。


 俺は身を翻し、ブラムの顔目掛けて剣を振る。

 

「ぐっ!?」


 とっさにブラムは身をそらしてこれをかわそうとする。

 さすがは隊長。かなり自信のある一撃だったのだが、反応されてしまった。

 しかし、それでもかわしきれてはいなかったのか、頬に傷がつく。

 

 追撃が難しいと判断した俺は、剣を引いて後ろへと跳んだ。

 

「そうか……そうだったな。もう五年も前のことで忘れてたぜ……テメェが騎士学園を首席(・・)で合格したことをなぁ」


「……」


 五年前、確かに俺は騎士学園を首席で合格した。

 ただそれも騎士団に入団後はほとんど訓練に参加できなかったせいで、かなり衰えている。

 剣を握っているこの感覚すら新鮮だ。

 

 それがどうした――と、自分で自分を鼓舞する。

 

 殺し合いで負けたときに、訓練していなかったからなんて言い訳は意味をなさない。 

 終わったことを気にするな。すべての神経を目の前へ。


「……行くぞ」


「はっ、この生意気な小僧がぁぁああああ!」


 俺が地を蹴ると同時に、ブラムも突進を仕掛けてくる。

 互いの剣と剣がぶつかり合うが、その瞬間吹き飛ばされたのは俺の方だった。


「くそっ」


「テメェみてぇな小僧に! 俺が当たり負けるかってんだよォ!」


 後ろへ逃げる俺を、ブラムが追いかけてくる。

 俺は一方的に振るわれる剣をかわし、そらし、ときに打ち払った。

 当然、俺は追い詰められて行く。

 気づけば俺の目の前は外壁に阻まれていた。


「はっ! 行き止まりだなぁ!」


「……」


 俺は振り返り、外壁を背にする。

 ここまでは計算通り(・・・・)

 チャンスは一度。これを逃したら俺はジリ貧になるだろう。

 地力では決して敵わない。

 ならば小細工だって使ってやる。


「おらよッ!」


 ブラムが放ってきたのは、突き。

 その剣先に意識を一点集中。

 タイミングを計り、俺は跳んだ。

 そして、ブラムが突き出してきた剣に乗る。


「は?」


「……っ!」


 剣を踏み台に、さらに跳ぶ。

 二段跳びを経て、俺の体はブラムの上を取った。

 そしてブラムの剣は今、その先端を壁へとめり込ませている。

 腐っても、奴は隊長だ。

 壁に剣が刺さって抜けないなんて間抜けを晒さないように、すぐさま抜けるように威力は調整している。

 ただ、それでもほんの一瞬の隙というのは生まれてしまうもの。

 さらに完全に不意を突いた。

 どれだけ速く剣を抜いても――。


(俺の一撃の方が速い!)


 宙で体を捻る。

 無理な動きで体が軋むが、今は無視だ。

 俺はブラムの脳天へ向けて、剣を振るう――――。


「え……?」


 完全に、とらえたはずだった。


 それなのに、なぜかブラムの体が遠ざかっていく。

 すでに剣が届かないくらいの距離まで引き剥がされ、気づけば俺の体は訓練所の中心に転がっていた。


「な、何が……」


 俺は視線を自分の体へと向けた。

 胴に、何か巻きついている。

 これは――――鎖か?


 鎖の先へ視線を送れば、そこには数名の騎士がいた。

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる彼らは、鎖の先端を引いて確かに俺の胴とつながっていることを確認させる。

 ……やられた。

 証拠を捏造するような連中が、一対一なんて作り上げてくれるわけがなかったのだ。

 

(けど、いつの間に?)


 戦闘中ではない。

 自分でも不意を突いたという確信がある以上、巻きつける時間はなかったはずだ。

 

「ムカつくぜ……テメェよぉ」


 壁から剣を抜いたブラムが、俺へと迫ってくる。


「俺に保険を使わせるとはな」


「ど――――」


「どうやって、ってか? テメェをここに連れてくるときだよ。魔力で実体化するマジックチェーンだから術者にしか存在は分からねぇ。それこそ、鎖として実体化するまではな」


「がっ……!」


 ブラムが俺の腕を踏みつける。

 そして痛みで手放してしまった剣を、遠くへ蹴り飛ばされてしまった。

 ブラムは再び足を振り上げる。


「五年前から! ずっと! テメェには! 腹が! 立ってたんだよッ! 何が首席だ! オラッ! くたばれ! クソ野郎が!」


「……っ! うっ」


 何度も、何度も、俺の体は踏みつけられる。

 踏まれるたびに激痛が走り、体が強張った。

 肋骨にヒビが入ったのか、呼吸しただけでも痛みが走るようになってしまっている。

 もはや、完全に抵抗の術を削がれてしまった。


「いいか、テメェ――」

 

 ブラムは俺の髪を掴むと、そのまま持ち上げる。

 そして耳元まで顔を寄せると、俺にだけ聞こえる声で囁き始めた。


「テメェは初めから俺に嵌められてたんだよ。あの女を襲ったのだって、テメェに罪を着せるためにやったことだ。フェリスのやつはクソ真面目だからなぁ。暗示にも簡単にかかってくれたぜ」


「あ、暗示……?」


「疑われたら面倒だろ? だからあの日の飯に、幻草の薬をチビっと混ぜておいたんだよ。俺の言うことを一番に信じるようになぁ。ま、別にそんな強いもんじゃねぇし、結論としてはテメェとあの女の間の信頼関係が無さすぎたのが原因だけどな。ザマァみろってんだ。結局テメェは信じてすらもらえなかったんだよ!」


 ブラムは俺の頭を地面に叩きつける。

 痛い――が、それよりも胸が苦しかった。

 すべてが掌の上だったという事実が、俺へどうしようもない虚しさを与えてくる。

 

「首席だとか何だとか言われてチヤホヤされてたやつをこき使うのは、正直楽しかったぜ。そんじゃ――――あばよ」


 ブラムが剣を振り上げる。

 このまま俺の体に突き立てるつもりなのだ。


「ふざ……けんな……っ!」


 振り下ろされた剣先を、俺は鎖の一部を挟み込んだ手の平で受け止める。

 ガキンと音が響き渡り、剣の動きが止まった。


「テメェ……! 往生際が悪りぃんだよ!」


「何とでも、言え……っ! あんただって卑怯な手を使ったんだ! だったら俺だってやってやる! どんな手を使っても! 生きてここから出てやる!」


 ギリギリと剣を押し返す。

 鎖の隙間に入り込んだ剣が、俺の手の平にめり込んできた。

 だけどもうそれも関係ない。

 

「俺は! レイのところに帰るんだッ!」


「――――よく言ったわね」


 どこからともなく耳に馴染む声が聞こえてくる。

 そして次の瞬間、外壁の一部が突如として爆発した。

 

「な、なんだ!?」

 

 砂埃が舞い上がり、外壁側の様子が分からなくなってしまった。

 それによって騎士たちが混乱している。

 もちろん、俺もブラムも。

 

「あたしの友達を、随分と可愛がってくれたものね!」


 そんな砂埃をかき分けて、人影が姿を現す。

 俺は彼女を知っていた。


「カノン……っ!」


「ハロー、テオ。男前な顔になったわね!」


 そうして快活に笑う彼女の後ろから、さらに無数の人影が現れる。

 

「臭く、品のない場所だな……ここは。こんなところに我らの友人を置いておくわけにはいかない」


「アルビン……」


 先頭を歩いていたのは、アルビンだった。

 そしてその後ろにいるのは、彼らと付き合うようになってから何度か顔を合わせたことのある冒険者たち――レイファミリーの連中だ。


「外壁を破壊しやがったってのか!?」


「そーよ。うちの大将がもうかんかんで、入り口まで回ってる暇がなかったのよね。ちなみに弁償はしないわよ!」


「た、大将だと……?」


 ゆっくりと、静かな寒気が周囲を駆け抜ける。

 騎士たちの顔が青くなり、あのブラムやフェリスさえもが剣を構えたまま微かに震えていた。

 そうして静けさとともに、彼女は現れる。


「……私のモノを、取り返しに来た」


 レイ・シルバーホーン――――。

 俺の一番大切な人が、今、この場に立っていた。

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