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5-1

 アルビンとの騒動から、かれこれ一週間が経った。

 あれ以来、レイのファミリーメンバーから特に絡まれることもなく、ただただ平和な日々が続いている。

 唯一変わったことと言えば――――。


「明日の朝食はチキンカレー! 絶対これよ!」


「お言葉ですが、カノンさん。俺はオムレツがいいと思います」


「はぁ!? あんたはこの前食べたのかもしれないけど、あたしはまだその味を知らないのよ!」


「ならば尚更食べるべきです! あのドラゴンシチューをたっぷりとかけたオムレツは天にも昇るような味だったのですから!」


 レイの家の食堂で、カノンとアルビンが言い合っている。

 これが、最近になって変わったことだ。

 二人は俺の料理を食べるために、度々この屋敷を訪れるようになった。

 ちなみにドラゴンシチューがけオムレツとは、アルビンと和解した次の日の朝食として出したものである。

 

 俺の料理が気に入ってもらえているのは素直に嬉しいのだが――。


 俺はそっと視線をレイへと向けた。


「明日は……パンケーキがいい」


「……」


「……」


 カノンとアルビンの言い争いが止まる。

 

「ま、レイがそう言うなら仕方ないわね」


「そうですね。レイさんが家主なのですから」


 身を乗り出していた二人が席に戻ったのを確認して、俺はため息を吐いた。

 

 基本的に、二人が献立で争っているのをレイが一言で蹴散らすのがいつもの流れとなっている。

 俺の意見が無視されていると思われるかもしれないが、むしろこれが食べたいと言われる方がメニューを考える手間が省けて楽だ。

 反対に何でもいいと言われると少し困ってしまうこともある。


「パンケーキでいいんだな?」


「ん。この前食べたのが美味しかったから」


「分かった。じゃあそれで準備する」


 前というのは、つい一昨日くらいの話だ。

 購入した料理本の中にメニューがあり、近頃女性に人気と書いてあったため作ってみた。

 その噂に違わず、どうやらレイも気に入ってくれたようである。


「そういえば、明日は全員で依頼に行くんだっけ?」


「ん。近くの山でまたドラゴンの足跡が見つかったって。だからそこの調査依頼」


「……本当に物騒になったな、最近」


 ここ数日、彼ら冒険者は大変忙しそうにしている。

 強い魔物が増え始めてきたことに関係しているようで、その調査に引っ張りだこだ。

 

「不吉よね。魔王でも復活するのかしら?」


「シャレになってないぞ……」


「ま、何かしら原因はあると思うのよ。早いとこそれが見つかればいいんだけど――――」


 カノンはなんでもないことのように語るが、事態はかなり深刻なのではなかろうか?

 冒険者の事情というのは、もはや非戦闘員と化した俺にはよく分からないのだけれど。


「明日も、出発は早い。だからもう寝よう」


 レイが最後にそう締めくくり、今日が終わりを告げた。


♦︎

「ん、じゃあ、行ってくる」


「ああ、いってらっしゃい」


 結局あのまま泊まった二人を連れて、レイは屋敷を出て行く。

 その背中を見送りながら、俺は本日の予定を頭の中で考えた。


(買い出しは済んでるし、洗濯物もたまってない……掃除も昨日やったばっかだし)


 ――もしや、これが暇というやつだろうか。


 騎士団時代には考えられなかったほどに、今の俺には時間的余裕がある。

 ただ、意外とこれはこれで困るものだ。

 

「また時間がかかる料理でも作ってみるか……」


 この前のドラゴンシチューのように、何かしら時間をかけて作る料理はいい暇潰しになる。

 となると、内容は煮込み料理か。

 

「何かちょうどいい料理はないものか……」


 俺はキッチンへと移動し、料理本を開く。

 すでに何周か目を通しているが、いまだ暗記には至っていない。

 それでもどこのページにどの料理が書いてあったかは覚えている。

 

(これを試してみるか)


 俺が手を止めたページには、豚の角煮という料理のレシピが載っていた。

 豚バラ肉を濃い煮汁で煮込む料理らしいが、少なくとも今まで俺はこの料理を作ったこともなければ食べたこともない。

 記載された豆知識によると、どうやらここよりもはるか東の国の料理なんだそうだ。

 レシピの中にショウユと書いてあることから、俺が騎士団時代に作っていた料理と同じような味になることが予想される。


「確かショウユは買ってもらったな……」


 キッチンに備え付けられた棚を開ければ、そこには調味料がこれでもかというほどに詰まっていた。

 初めは必要最低限のものだけで揃えていたのだが、レイが料理の幅を増やすようにと大量に購入してきたのだ。

 正直まったくもって使い道の分からないものもあるのだが、せっかくの厚意であるし、いつか使ってみたいものである。


「ショウユ、砂糖……生姜? 生姜か」


 レシピを見ながら材料を並べている途中で、俺は生姜がないことに気づいた。

 言われてみれば、俺はこれまで生姜を使った料理を作っていない。

 これは買いに行かなければならないだろう。

 

 俺は食材用として渡されている金を小さな袋へ移し、懐へと入れた。

 火をつけてからでは家を離れることができない。

 行くなら今のうちだ。

 

「――――ん?」


 そうして外出の準備を整えていると、突然玄関の方から呼び鈴の鳴る音が聞こえてきた。

 来客のようだ。

 俺はつけていたエプロンを外し、休憩用の椅子の上へと置いておく。

 レイたちが家を出てから、すでに一時間以上は経っている。

 しかしそれでもまだ早朝だ。

 こんなに朝早くから訪ねてくるとなると、もしやかなり急ぎの用事かもしれない。


「はい、今行きます」


 再び呼び鈴が鳴らされ、俺は急ぎ足で玄関へと向かう。

 そして、扉を開けた。 


「どちら様で――――」


「早朝に申し訳ありません」


 扉を開けた瞬間、おそらく呼び鈴を鳴らしたであろう人物は、俺へ向かって深々と頭を下げた。

 俺の背中に、冷や汗が浮かぶ。

 長い金髪、よく磨かれた鎧、そしてその鎧には――――リストリア王国騎士団の紋章が刻まれていた。


「私、リストリア王国第一騎士団フェリス隊隊長、フェリス・イングラスと申します。この度はSランク冒険者であるレイ・シルバーホーン様に対し、折り入って依頼がございまして、こうしてお訪ねさせていただきました」


 目の前にいたのは、俺が騎士団にて虐げられる理由となった女であった。

 そうして顔を上げた彼女と、目が合う――――。

 

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