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「あんたも、他のファミリーの人たちだってそうだ。あんたらはレイを神聖視しすぎている」
確かにレイは強い。誰の助けもいらないくらいに。
だけどそうじゃない。そんなわけがない。
「助けがいらない人間なんているものか……レイだって人間なんだ。嬉しければ笑うし、嫌なことがあれば悲しむ。俺と同じで、欠けている部分だってちゃんとあるんだよ。俺はそれを、あんたに見て欲しかった」
だからこそ、彼を屋敷へと呼び、同じ生活を送ってもらったのだ。
本来のレイをよく見てもらうために。
「あんたは、あんなレイは初めて見たと言った。それが今まで上辺だけの彼女を見てきた証拠だ。そのことが……俺は何よりも許せなかった」
「っ……」
「俺を助けてくれたあいつを……側にいることを許してくれたあいつを、どうか誤解したままの目で見ないでくれ。どうか――――頼むよ」
思わず、頭を下げていた。
今の俺は、本当にレイが助けを求めてきたときに、きっと力になることができない。
それこそ、そういうときに活躍するのは同じ冒険者であるカノンや、アルビンだ。
人手が足りない際でも、彼らならレイを支えることができる。
だけどこれまでのままでは、少なくともアルビンは彼女のSOSに気づかない可能性があった。
完璧超人であるレイが、まさか助けを求めるわけがない――と。
「――――俺の、完敗だな」
そのとき、そうアルビンが呟いた。
「貴様の言う通りだ。俺はレイさんを深く知ろうとしていなかった。彼女の神がかった強さにただただ憧れ、後ろについていくだけの金魚の糞だ」
アルビンは悔しげに拳を握りしめ、やがてその手を開く。
そして部屋の窓を開けると、吹き込む風に身を晒した。
「また、気付かされたよ。俺はどうしようもなく失礼な男だ。ファミリーがなんたるか、それすら分かっていなかった。ファミリーとは、支え合う者たちのことを言うはずなのに」
そうして、彼は一つため息を吐く。
「俺たちは、レイさんに支えてもらってばかりだった。彼女の名前に乗っかっていただけなのに、まるで仲間にでもなったかのような……そんな自信に目が眩んでいた。そもそも、レイさんはファミリーを必要とはしていなかったというのに」
「確かに……レイはファミリーを必要としていなかったのかもしれません。けど、本当に迷惑と感じたのであれば、とっくに解消していたと思います」
レイがファミリーを抜けない理由の真意はよく分からない。
そのためあくまでも予想でしかないが――レイも、ファミリーメンバーに何かしらの期待をしているのではないかと思う。
少なくとも彼らがいる限り、レイが一人になることはない。
「……そうか。そうだな。――テオ、貴様に謝罪をさせてくれ。俺は……何の力も持たない貴様が俺の知らない彼女を知っていることが、ただただ、羨ましかったのだと思う。恥ずかしい八つ当たりだ」
「もう気にしてませんから。逆の立場だったら、俺もこの立場の人間へ嫉妬したと思います」
「そう言ってもらえると助かる……が、それでは俺の気持ちもやりきれん。今後何か困難があれば、レイさんやカノンさんほどではないが――それでよければ力を貸そう」
「……分かりました。そういうことなら、遠慮なくお借りします」
アルビンが差し出してくれた手を、俺は握り返す。
こうして分かり合えたことが、素直に嬉しい。
彼の存在は、いつかきっと頼りになる――そんな予感がある。
「さて、と。約束通り、俺は家へと帰ることにする。一日ではあるが、世話になった」
「いや、せめて朝まではいてください。朝食はシチューを使ったアレンジ料理にするつもりなんです。ぜひ感想を聞きたくて」
「……そういうことなら、残らざるを得ないな」
そう言って、アルビンはベッドへと腰掛けてしまう。
先ほどまでとは打って変わって素直になってしまった彼に対し、自然と口角がつり上がりそうになった。
それを懸命にこらえながら、俺は机に置いたすっかり冷め切ってしまったミルクを手に取る。
「これ、温め直してきましょうか」
「……悪いが、必要なさそうだ。今日はぐっすり眠れる気がしてな」
「そうですか。じゃあここで、おやすみなさい」
そうして俺は部屋を出ようとする。
しかし扉を開けたタイミングで、俺は彼に呼び止められた。
「――テオ」
「ん、どうしました?」
「こ、今後は……俺に対しても敬語はいらん。レイさんやカノンさんが呼び捨てで、その下の立場の俺が敬語で接せられているのは問題だからな」
アルビンは窓の方へと顔をそらす。
どうやら照れているようで、顔は若干の赤みを帯びていた。
「ふっ、分かった。じゃあこれからアルビンで」
「……ふんッ!」
ベッドに転がり込んで毛布をかぶってしまったアルビンからは、もう言葉が発せられることはなかった。
敬語を使わなくていいと言われると、妙に嬉しい。
また少し近づけたような、そんな感覚がある。
「おやすみ、また明日」
そう言い残し、俺は廊下へ出て扉を閉めた。
――上手く行った。
アルビンに俺たちの本来の生活の姿を見てもらえれば、ある程度納得してもらえるという予感はあった。
しかし確証があったわけではない。
それが最後の最後まで上手く行ったことで、ようやく俺の肩から重みが消える。
いつの間にか、いつも通りやろうという意識が負荷になっていたようだ。
「それで、いつから聞いてた?」
俺はキッチンへと向かおうとしていた足を止めて、目の前の廊下の壁に背中を預けていたレイへと声をかけた。
「ん。テオが部屋に入っていくところから?」
「それは全部って言うんだよ。はぁ……色々と憶測で語って悪かった」
「んーん。テオの言ってくれたことは、概ね合ってると思う。私がファミリーを解消しないのは、もちろんファミリーで受ける依頼が受けられなくなるっていうのもある。でも、それ以上に……きっと私も、何だかんだ楽しんでた。さっき、それに気づかせてもらった」
だから、ありがとう――。
そう言って、レイは俺に向かって頭を下げてきた。
「よ、よしてくれ……色々勝手をして謝らせて欲しいくらいなのに」
「謝ることはない。むしろよくやってくれたと思う。……私も、今後はファミリーのみんなのことをもう少しよく見ることにする。せっかくのファミリーなら、もっと仲良くなったってバチは当たらない」
「……ああ、それはその通りだと思う。きっと彼らも、もっとレイの力になりたいって思ってるさ」
「……んっ」
レイは一つ頷くと、どういうわけだか俺の方に歩み寄ってくる。
そして、俺の胸にそっと手を這わせてきた。
「テオは、私のことを一番に考えてくれる」
「あ、当たり前だろ? あんたが一番大切なんだから」
「それは……私のことがす――」
「す?」
「――やっぱり、何でもない」
突然レイは顔を伏せ、俺から冷めたミルクを奪い取る。
「あ、おい! それもう冷たいぞ!」
「冷たくていい。今は冷たい方がいい」
「ま、まあ……あんたがそれでいいならいいけど」
レイはミルクのカップを持ったまま、自分の部屋の方へと早足で向かっていく。
しかし途中で足を止め、俺の方へと振り返った。
「改めて。おやすみ、テオ」
「……ああ、おやすみ」
満足げに一つ頷いた彼女は、自室へと入っていった。
見間違いかもしれないが、レイの頬はいつになく赤く染まっていたように思える。
「……俺も戻るか」
こうして一人残っていても仕方がない。
幸いミルクを処理する必要がなくなったわけで、俺も素直に自室へと戻ることにした。
俺の勝手な意見が、彼らファミリーにどう影響を与えるのかは分からない。
だけど、少なくとも悪いことは起きない――そうした確信が、俺の中にはあった。




