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「聞け! 俺の部下ども! 我らブラム部隊は本日、近隣の村周辺の魔物退治の任を請け負うこととなった!」
早朝。
ブラム隊が使っている訓練場に整列させられた俺たちは、そんなブラムの声を聞く。
周りの連中はそれを聞いてざわめき出し、中には嬉しげに顔をほころばせる者もいた。
魔物――一言で言えば、動物から進化した人間を襲う化物だ。
遥か昔に起きた魔王と呼ばれる巨悪の誕生とともにこの世に溢れたと言われており、魔王が封印された今でも爪痕として世界中の人々を脅かしている。
とは言え、魔王がいなくなってからは過剰に増殖するということはなく、最近では騎士団も積極的に動くようになったためか被害は減ってきていた。
「今までは騎士団の警備がなくても済むほどに平穏な地域だったらしいが、最近になって巨大な魔物の足跡が見つかったそうだ。ここ数年王都の見回りばかりだったが、てめぇら腕は鈍ってねぇだろうな?」
ブラムがそう問いかければ、部下たちは荒々しく雄たけびを上げる。
騒がしい、鼓膜が破れそうだ。
「調査によれば、冒険者どもが魔物討伐のため動き出しているそうだ。あんなぽっと出の馬の骨どもに手柄を取られるわけにはいかねぇ」
演説はまだ続く。
何が共感できるのかは知らないけど、周りの連中は終始頷きっぱなしだ。
「出発は正午! それまで各自遠征用の準備を整え、時間になり次第この場所に集合だ! 久々の実戦だ、てめぇら気合い入れて行くぞ!」
「「「おおおぉぉぉぉ!」」」
同僚たちはそれぞれ興奮した様子で雑談しながら、宿舎の方へ戻って行く。
今までは強い魔物が出る地域のみに騎士団が派遣されていたということで、大半の部隊は街の治安を守るという本来の役割を担っていた。
そもそも平和な国であるリストリア王国内で争いが起きることは極めて少なく、訓練を積んでいてもそれを活躍させる場面はほとんどない。
故にこいつらは興奮しているのだ。
魔物と戦う――つまりは実戦の可能性がある仕事を任されることで、ようやく訓練の成果を見せられるのかもしれないのだから。
戦わなくていいならそれが一番の俺からすれば、まったくもって理解できないけれど。
「おい、愚図」
戻る流れに逆らわぬよう歩いていた俺は、ブラムによって呼び止められた。
無視するわけにはいかない。
俺は体ごとブラムの方へと向け、言葉を待った。
「俺たちの使ってる武器庫から剣をありったけ持ってこい。どいつもこいつも自前の剣を持っているが、予備は持っていくことにこしたことはねぇからな」
「……分かりました」
「さっさと行け。遅刻したら、またあの女を襲いたくなっちまうかもなぁ?」
「っ……」
もう周りに誰もいないからって、平気でやつは俺に告げてきた。
俺は騎士寮の自室へと駆け出す。
やつはこうして俺を苦しめるために、度々脅しをかけてくるのだ。
まず鎧をまとい、自室の荷物をまとめ、鞄に入れて背負う。
日を跨ぐ可能性もあるため、着替えなどは必要だ。
そして急いで部屋を飛び出し、武器庫へと向かう。
しばらく走り、一つの扉の前で足を止めた。
ここが、ブラム部隊に貸し与えられている武器庫。
主に訓練に使用する物や予備の武器が保管されており、入ってみれば深くしみ込んだ野郎たちの汗の臭いが鼻をついた。
そして同時に、ため息を吐く。
武器庫の中には、およそ百本近くの剣が雑に積んであった。
やつはこれだけの量があることを知っていて、俺に持たせようとしているのだ。
(自分の荷物は持ってられないな)
俺は自室から持ってきた荷物を武器庫の中に置き、剣をロープで縛ってまとめていく。
ある程度固定し部屋から廊下へと運び出した段階で、俺はロープを体にくくりつけるようにして背中に担いだ。
よろけそうになるくらい重いが、訓練で鍛えた体なら歩けないほどではない。
時間はまだあるとはいえ、集合場所への到着は時間ギリギリになってしまうかもしれないけれど。
「あ……」
そうして歩いていると、騎士寮を出たあたりで目の前から声が聞こえる。
顔を上げて見てみれば、そこにはできれば見たくない顔があった。
リストリア王国第一騎士団フェリス隊隊長、フェリス・イングラス――。
俺と同い年で、二十歳という若さにて隊長にまで上り詰めた女。
そして、俺が四年前にブラムから守ろうとした女でもある。
「……っ、汚らわしい。まだ騎士団にいたのですか」
フェリスは憎々しげに俺を睨むと、長い金髪を揺らしそのままどこかへと歩いていく。
寝ていた彼女は何も覚えておらず、ブラムの言葉を鵜呑みにしている。
つまりは俺が自分を襲おうとしていたと認識しているのだ。
「……何やってんだろ、俺」
膝から崩れ落ちそうになるところを、俺は何とかこらえた。
助けたと思った人間からは侮蔑の目で見られ、当の犯人からは家畜以下の扱いを受けている。
それにブラムとフェリスの立場はもう同じだ。もうブラムの脅しに屈して守ろうとしなくてもいい。
俺は、どこかで自分の評価が改まることを期待してたんだ。
そんな自分の愚かさに気づいた途端胸が苦しくなり、呼吸が止まりそうになる。
死んでしまえたら、もしかしたら楽になるのかもしれない。
だけど死を受け入れるだけの勇気も、今の俺は持ち合わせていなかった。
♦
「ああ! 騎士団様! どうかこの村をお救いください!」
「安心しろ! 村長どの! この村は我々が守る!」
あれから集合し、馬車に乗って二時間ほど揺られた。
そうして山のふもとに作られた村へと、俺たちはたどり着く。
丸太を並べて作られた簡易的な外壁の中へと招かれると、村長である老人がつらつらと話し出した。
「ブラム隊長どの……! 何とも頼もしい。報告した通り、現在この村周辺で巨大な足跡が発見されております。冒険者ギルドが専門家を派遣して調べていただいた結果、この辺りにはいないはずのBランク相当の魔物だろうと」
「冒険者ギルドの専門家ねぇ……。それにしてもBランクか、想像以上に敵は厄介だな」
「謝礼金は村から出せる限界までの金額を用意させていただきました。なのでどうか……! どうか被害が目に見える前に!」
「分かっている。そもそもBランク程度であれば、我が隊からすれば貧弱極まりない! むしろ戦う時間より探し出す時間の方が長いだろう」
「おお!」
村長含め近くまで様子を伺いに来ていた他の村人たちも、まるで救世主を相手にしているような顔でブラムを見ている。
Bランクというのは魔物の強さのことで、基準を設けるならば部隊長クラス――――つまりはブラムが一対一で戦って勝てるほどの強さという認識だ。
そこに部下である下っ端騎士がおよそ60人弱。
ブラムが余裕そうにしているのは、勝てるという確信を抱いたからだろう。
「よし、ではまずその足跡が確認された場所とやらに向かうか。野郎ども! 出発だ!」
俺たちはブラムの指示に従い、長期戦用の物資を村に下ろし、戦闘用の物資のみを馬車に積んで出発する。
足跡が見つかった場所には、徒歩十分ほどでたどりついた。
「これか……確かにでけぇな」
俺たちの目の前には、伝えられた通りの巨大な足跡があった。
この足で踏まれれば、人間などひと踏みで潰されてしまうだろう。
しかし、肝心の足跡の持ち主の気配はしない。
「チッ、めんどうくせぇ。おい愚図、お前ひとりでもう少し奥まで行ってこい」
「うわっ」
俺は背中を蹴られ、つんのめるようにしてたたら踏む。
俺の命など、もはやどうなったっていいのだろう。
同僚たちも厄介払いとしか思っていないようで、すでに誰も俺のことなど見てはいなかった。
(俺……今日死ぬのかもな)
諦めたように息を吐き、俺は一人で森の奥へと進むことにした。