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3-4

 あたしの名前は、カノン・ポートリフ。

 リストリア王国を拠点にしている冒険者であり、数少ないSランクの称号を持っている。 

 

 単刀直入に言おう。


 あたしは友達が少ない。

 初めの頃はたくさんいた……と思う。

 だけどSランクになってからは、みんな離れて行ってしまった。

 別にあたしは態度を変えたつもりはない。

 ただただ、あたしについてくることができる人間が減ったんだ。

 初めはそれでもみんなを引っ張っていくつもりだったけど、いつしかあたしは気づいた。

 みんなあたしのことを崇めるようなことを言いつつ、最終的にはSランクの報酬の恩恵にあやかりたいだけなのだと。


 それ以来、あたしは自ら孤立するようになった。

 

 何だか……空しかったんだ。

 

「ん、カノン、珍しくぼーっとしてる」


「……ちょっと考え事」


「嘘でしょ……? あの単細胞で有名なカノンが……」


「あたしのこと何だと思ってるのよ!?」


 あたしは血に濡れた服を豪快に脱ぎ捨てながら、レイの言葉に噛みつく。

 今となっては、友人と呼べるのはレイだけかもしれない。

 いや、この意地悪女があたしを友人と思っているのかどうかは怪しいけど、少なくとも自分はそう思っている。

 レイが半ば強引にファミリーを作らされたとき、あたしはすぐさま参加申請をした。

 Sランクが同じファミリーに入ることは戦力の集中だとか何だとかで多少批判されたけど、あたしの人生に文句を言わせるつもりはなかった。

 

 レイと一緒にいるのは、楽しい。

 

 この子からも、あたしと同じ匂いがする。

 みんなを置き去りにしてしまったが故の孤独感って言うのかな、ともかく親近感が湧いたんだ。


「……あんた、胸を沈めて遊ぶのやめなさいよ」


「だって、面白い」


 体を洗い流して湯船に浸かっていると、となりでレイが自分の胸を指で突いて、湯船に沈めようとし始めた。

 むかつく。あたしの胸は控え目だから、面白いなんて言われても分からない。

 

 レイとはもう五年くらいの付き合いになる。

 もう長い付き合いだとは思っているのだけれど、いまだに理解できない行動も多い。

 特に、あの男のことだ。


「ねぇ、レイ」


「ん」


「何であいつを住まわせたの?」


 あたしが言うのも何だけれど、レイは人を寄せ付けないように生活していたように感じる。

 彼女の周りには自然と人が集まっていた。

 悔しいけど、レイは美人で、スタイルも良く、胸も……でかい。

 そして何より、強い。

 いつだって前線に立ち、他の冒険者はその後ろについて行く。

 だけど、レイはそんな彼らと一線を引いていた。

 私生活には絶対踏み込ませないし、恋人を作るなんてありえない。

 なのに今は、異性であるはずのテオを一番近いところに置いていた。

 あたしだってレイの私生活にとやかく言うつもりはないけど、今までになかったが故に、純粋に気になってしまう。


「……ご飯が、美味しかった」


「え、それだけ?」


「あんまり深く、考えたことない」


 拍子抜けだった。

 本当は彼にレイを魅了するだけの隠れた魅力があるのかと思っていた。

 またただの気紛れか――とあたしがため息を吐こうとした瞬間、レイが何気なく口を開く。


「でも、テオは()を見てくれた」


「……」


「私に近づいてくる人たち、何だか目が汚い。私以外に目的があるようにしか思えない」


 この話は理解できた。

 Sランク冒険者ともなれば、莫大な富を持っているのが基本。

 あたしだって慎ましく生きれば、一生過ごせるだけの金は稼いでるつもりだ。

 それに寄って来るのが、レイの言う目が汚い連中。

 みんなあたしたちではなく、あたしたちの持つ何か(・・)しか見ていない。

 

「出会ったとき、テオは今にも壊れそうなほどに疲弊してた。立場とか、お金とか、気にしている余裕もなさそうだった。だから、私という人間を見てくれると思った。そしたら、ちゃんと見てくれた」


 私の好みを考え、立場を考え、健康を気遣ってくれた――。


 レイがそう語っていくと、徐々にあたしの中で羨ましいと言う感情が生まれてくる。

 あたしもそういう人と出会いたいと思った。

 男でも女でも関係ない。となりにいて、支えてくれるような人と。


「はー、羨ましい。あたしもそういう人と出会いたいわ。やっぱりあんた裏切り者ね!」


「ん? カノンはもう出会ってる」


「は? 誰よ」


「テオ」


 ……ん?

 あたしの思考はフリーズし、レイの目を真っ直ぐに見つめてしまう。


「テオはカノンのことも色眼鏡で見ない。そのままで接してくれる。だからきっと、もっと打ち解けられる」


「い、いやいや……テオはあんたのモノなんでしょ? あたし別に邪魔とかしたくないんだけど」


「カノンなら、別にいい。テオが誰かと仲良くしてるのはちょっと悔しいけど、カノンならそれはそれで、きっと楽しい」


「……何であたしならいいのよ」


 反射的に問いかけてしまう。

 するとレイは、あたしの顔を見てきょとんとした表情を浮かべた。


「友達、だから?」


「っ……そう、そうね……友達だものね……っ!」


 何だか、嬉しくなってしまった。

 思わず顔を覆って隠してしまう。

 にやにやしているところを見られるのはさすがに恥ずかしい。

 一方的だと思っていた気持ちが、その相手と共有できたのだ。

 はっきり言って、嬉しくないわけがなかった。


「テオはたくさん追い詰められた。もう嫌なことはしてほしくない。でも、私だけじゃ守り切れないかもしれない。だから、カノンにも一緒に守ってほしい」


「……し、仕方ないわね! 友達の頼みとあればあたしも一肌脱ぐわ! それに……あいつからも、悪い感じはしないしね」


 テオに対しては、まだ特別な感情は抱いていない。

 だけど貴重な人間であることは分かる。

 気兼ねなく話せる場所があるというのは、あたしにとっては喜ばしいところだから。

 もしかしたら、今後はあたしが家に帰る方が少なくなるかもしれない。


「それにしても、テオって本当にすごいわね。廃墟同然の屋敷をここまで綺麗にするなんて」


 改めて、あたしは感想を吐き出した。

 自分の浸かっているお湯をすくい上げてみれば、透き通ったお湯が指の先から逃げていく。

 あたしは何度かこの家を訪れたことがあったのだけれど、そのときはもう苔が生えているようなありさまだった。

 それをたった一日とそこいらでここまで綺麗にしてしまうのだから、あの男も侮れない。


「ん、テオは本当にすごい。家事を任せたら、きっとSランク」


「じゃああたしたちは最低のEランクね……」


 前に料理を作ろうとしたことはあったけど、火力を強くしすぎて全部焦げて以来もうやろうとは思わない。

 ちなみにレイの料理は爆発していた。

 何が起きたらそうなったのか、魔法には詳しいつもりのあたしでもまったく分からない。


「じゃあこれから食べるカレーも、さぞかし美味しいんでしょうね」


「んっ、絶品。ほっぺたが溶ける」


「それを言うなら落ちるでしょ! でも、ニュアンスは通じたわ」


 レイがここまで料理について感想を言うなんて、本当に珍しい。

 きっと本当に美味しいのだろう。

 あたしは少しウキウキしながら、湯船から上がった。


 カレー好きのあたしを唸らせることが、果たしてあいつにできるかしら――――。

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