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3-2

 魔法――。

 体内に存在する魔力と呼ばれるエネルギーを使い、超常現象を引き起こす技術。

 カノンと呼ばれた少女は、その技術を使ってレイに向け火球を放ったのだ。


「レイ!?」


「――いきなりは、危ない」


 火球によって発生した煙の中から、レイの姿が見えてくる。

 どうやら無傷のようだ。

 よく見れば、彼女の手にはぐにゃりと変形したスプーンが握られている。

 まさか、あの一撃をスプーンで防いだのか?


「あんた……あんたって女は……っ!」

 

 無傷のレイの姿を見て、少女は拳を握りしめてぷるぷると震えている。

 まるでほしい物を買ってもらえなかったときの子供だ。

 目にたっぷりと涙を溜めた彼女は、喚き散らすように声を張り上げる。


「あたしたち! 一生独身を貫いてやるって! 約束したじゃない!」


 ――は?


「良い人が全然現れないから! 恋愛をすっぱり諦めて! 仕事に生きていくって! グランドオーガの巣の上で誓ったじゃない! 忘れたの!? 私との友情の約束を忘れたの!? この薄情者! 馬鹿者! 浮気も――」


「それは聞き捨てならない」


「へぶっ!?」


 いつの間にか少女の眼前へと移動していたレイは、彼女の顔に拳を叩き込んだ。


 容赦なく、それも豪快に。

 

 少女は地面を跳ねながら飛んでいき、屋敷の塀に叩きつけられて止まる。

 庭が相当散らかったのだが、あれも俺が直すのだろうか――いや、今は置いておこう。


「テオが勘違いしたら困る。私は一途なのに」


「お、おい……それよりあんな風に殴ったら!」


 死――。

 

 そう言おうとした俺の声は、突如として遮られる。


「う――――ぇぇえええぇぇぇええええん! レイが裏切ったぁ! 裏切ったよぉぉぉぉ!」


「……嘘だろ」


 塀の側で、彼女はただただ泣き叫んでいた。

 頬が赤くなっているが、それ以外の外傷が一切ない。

 一体どういう体の構造をしていれば、今の一撃をあの程度で済ませられるのだろうか。


「ん、紹介が遅れた」


 レイは泣き叫ぶ少女を指さす。


「あの子はカノン。カノン・ポートリフ。私のファミリーで、私と同じSランク(・・・・)冒険者」


「ああ……どうりで」


 混乱していた俺の頭は、レイの言葉によって瞬時に整理される。

 それにしても……ひょっとしてSランクには変人しかいないんじゃないだろうか?

 とりあえずは話を聞くために、俺は泣きじゃくる彼女へと歩み寄る――。



「いやー、ごめんなさいね! レイの彼氏じゃなかったんだ!」


「はい。誤解が解けたようで何よりです」


 俺たちは彼女を食堂へと通した。

 応接室の掃除が終わっていないのだから、こればかりは仕方がない。

 

「そうよね、あのレイに恋人ができるわけないもの!」


「……でも、今日は一緒に寝た」


「何ィ――――ッ⁉」

 

 何だそのリアクションは。

 

「事情は分からないけど、あんまり張り合うなよ……」


「ん、そんなつもりはない。私は事実を述べただけ」


 そう言うレイの顔はどこか得意げで、明らかにカノンさんと張り合っていた。

 恋だの愛だのあまり詳しくない俺としては、何が上で何が下かなどよく分からない。

 一つ分かったこととしては、この二人は今まで恋人を作ったことがないといったことくらいか。


「ううっ……レイに先を越されたよぉ……あたしより先に大人になっちゃったんだ……」


「はぁ、それも勘違いですよ。レイとは何もないです。昨日来たばかりで客間の掃除が終わらなかったから、唯一片付けの終わっていたレイの部屋にお邪魔させてもらっただけですから」


「そうなの……? 何よ! また思わせぶりなこと言って!」


 カノンさんが言葉で噛みつきに行くが、レイはつんと顔をそらしてしまう。

 別に嘘は言っていない――とでも言いたげな態度だ。


「え、えっと……それで、カノンさんはどう言った用件で?」


「レイにタメ口なんだし、あたしにも同じでいいよ。ちょっと苦手なの」


「そうか……? それでいいなら俺も助かるけど」


「別に変に年齢も離れてないだろうしね」


 ――そうだろうか。

 

 俺が20歳で、レイも20歳。

 しかしカノンに関しては、控えめに言っても15歳くらいにしか見えない。

 しっかりとくびれが確認できるため大人であることは間違いないのだが、失礼な話……いかんせん体の凹凸が少ない。

 絶対に比べてはいけないとは言え、どうしても隣にいるレイとの差に目が行ってしまう。


「……今、あたしの胸見てたでしょ」


「いや……すまない」


「っ! どうせあたしの胸はAカップですよ! 今年で20歳なのに凹凸も少ないですよぉ! あーん! どうせまた『その年齢でこれ……?』って思われたんだーっ!」


「そ、そこまでは思ってない!」


「あたしだって! お尻の方は自信あるもん!」


 喚き散らしながら、カノンは俺とレイの方へ尻を突き出してくる。

 これに対し、どういう反応を示すことが正解なのだろうか?


「ほら! ちょっと大きいでしょ! 垂れてないし!」


「……カノン」


「っ! 何よ胸と顔だけ女! 自分より魅力的なお尻だからって難癖付ける気!? 上等よ! かかってきなさい!」


「――ちょっと下品」

  

「はうわっ……!」


 レイの言葉は、この状況に対してある意味間違いで、ある意味正解だった。

 たった一言で蹴散らされたカノンは、床に突っ伏してさめざめと泣き始める。

 

「ごめん、テオ。この子はちょっと面倒くさい」


「あ、いや……うん、確かにな」


 否定してあげたかった。

 しかし無理だった。

 外でもこういう人間なのだろうか? だとしたら恋人ができないという理由も何となく分かってしまう。


「んんんん! もういい! もうちゃんと用件を話す」


「待ちくたびれた。早く話して」


「冷たくない!? ま、まあいいわ! ていうか、あんた完全に約束忘れてたでしょ!」


「ん?」


 レイは腕を組み、首を傾げる。

 思い出そうとしているのだろう――が、しばらくしてその腕を下ろした。

 多分諦めたな。


「もう! 今日は一緒に『迷宮』探索するって話してたのに! 新しい階層が現れたから下りてみようって!」


「……そうだった?」


「あたしとの約束なんてその程度だったのね⁉ うわーん! こればかりは泣いていいと思うんだけどいいよね⁉」


 勝手にしてくれ――。

 本日何度目になるか分からないが、俺はまたこうして言葉を飲み込む。


 それにしても、『迷宮』か。

 俺は直接行ったことはないが、魔王とは関係なく魔物が無限に湧く地下施設とは聞いたことがある。

 下層に行けば行くほど魔物も強くなるが、代わりに見つかるお宝(・・)の価値も上がっていくらしい。

 冒険者というのは迷宮から生まれた言葉で、魔物を倒し、宝を集め、下層という未知へと挑む者という意味があったんだそうだ。

 現在は、純粋に依頼を受ける者という意味も追加されている。


「さすがに、冗談。思い出したよ」


「えぇぇぇ!? からかった!? あたしをからかった!? 酷い! でも思い出してくれたなら許す!」


 表情がころころと変わる女だ。

 喜んだり悲しんだり忙しいことに加え、やっぱりちょっと、うるさい。

 多分レイとカノンを足して2で割ったらちょうどよくなるのではないだろうか?


「テオ、私は今日迷宮に行くことになった」


「ああ、話は理解したよ」


「掃除手伝えない。大丈夫?」


「元々俺が家事をやるって約束なんだ。問題はない」


 手伝ってもらえば助かるのは確かだが、ここに住まわせてもらう以上はしっかりと俺の役目として努力したい。

 彼女が仕事をしている間、俺が家を守る。

 今後ともこのスタイルは崩したくない。


「あーあ、羨ましい。あたしも誰かに家のことやってもらいたいわ」


「テオは掃除もできるし、料理も大変上手。美味しい。もっと羨ましがってもいいよ」


「え、料理もできるの?」


 カノンは目を見開いて俺を見る。

 レイが俺を褒めたせいで、何だか『できる』と答えにくいな……。


「まあ、一応……人並みにはできる」


「お料理男子……ますます羨ましいじゃないのっ!」


 カノンの顔がぐるりとレイへと向く。

 目を見開きながらそういうことをするものだから、ちょっと怖い。


「じゃあ、迷宮探索終わったら今夜食べにくる?」


「え、いいの?」


「いい? テオ」


 レイの問いかけに、俺は一つ頷く。

 彼女の友人ということであれば、もてなすことに抵抗はない。

 

「多分残り物のカレーにはなるけど、それでも良ければ」


「カレー!? 大好物よ!」


 カノンはそう言って、嬉しそうに目を輝かせる。

 

 それにしても――Sランク冒険者というのはカレー好きが多いのだろうか?

 俺はレイとカノンを見比べながら、一つの疑問を胸にしまい込むのであった。

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