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新作でラブコメを書いてみました。応援していただけると嬉しいです。
大人気アイドルなクラスメイトに懐かれた、一生働きたくない俺
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「あなたが、欲しい」
焚火の向こう側で、彼女はそう言った。
腰かけていた切り株から立ち上がり、彼女はぐるりと焚火を一周して俺の隣に立つ。
そして、手を差し出した。
誰かから必要とされる。
そんな経験がほとんどなかった俺は、涙をこらえながらその手を取ったんだ。
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「おい! テオ! ちんたらやってんじゃねぇぞ!」
「す、すいません……」
「声がちいせぇんだよ!」
「……すいません!」
声を張り上げ、俺が水を運んでいるところをただただ見ているだけの豚面上司へ謝罪する。
周りで休憩時間を楽しんでいる同僚たちも愉快そうに俺を眺めており、それが益々俺を惨めな気持ちにさせた。
「料理場へ水を運ぶだけなのにこんだけの時間をかけやがって……俺も暇じゃねぇんだけどな!」
「がっ!」
俺は真横から体を蹴られ、バランスを崩して倒れる。
その際に桶に入れていた井戸の水がすべてこぼれ、地面を濡らした。
そこに倒れこんだ俺の体も、当然のように汚れてしまう。
「あーあ、またやり直しだ。おら、さっさと行けよ」
「……」
「おい、『申し訳ありません、ブラム隊長。また水を汲みに行かせていただきます』はどうした。上司にはしっかりとした謝罪が必要だろ?」
「……申し訳ありません、ブラム隊長。また水を汲みに行かせていただきます」
「さっさとしろよ。この後夕飯の準備もあるんだからな」
俺は立ち上がり、転がしてしまった桶を拾い上げる。
馬鹿にしたような小さな笑いたちを背に浴びながら、俺は再び騎士団の敷地内にある井戸へ足を進めた。
俺の名前はテオ。
リストリア王国の騎士団に所属している下っ端だ。
見て分かる通り、上司であるブラム隊長に嫌われている。
水を汲みに行かされるのも、すべて奴からの嫌がらせだ。
まず、料理を作りたかったら水を生み出せる魔術師に頼めばいいのだから、俺がわざわざ汲む必要はない。
ブラムは魔術師たちに命令し、俺が食事当番のときは協力しないように頼んでいるのだ。
最初一年はこんなことはなかったのだが、それから今日に至るまでの四年間はこんな感じ。
今日のこれまでの仕事は、厳しい訓練の後に男子騎士団寮の便所の掃除、寮の廊下の掃除、ブラムが率いている隊にいる全員の鎧と剣の手入れ。
それからこの水汲みと、料理。
今日の――とは言ったが、正直これが毎日だ。
他の隊では当番制らしいのだが、俺の場合は常に固定。
休める日なんて四年間で一度もなく、なぜ今俺が生きていられるのかも不思議なくらいだ。
なぜこんな扱いを受けているのか、理由も分かっている。
俺が一年目の本当に新人の頃、ブラムが睡眠中の女性騎士を襲おうとしていた状況で止めに入ったら、やつはすべて俺の仕業ということにして罪を逃れたんだ。
当然俺は真実を言ったが、新人と隊長では信用があまりにも違いすぎた。
瞬く間に俺は犯罪者に仕立て上げられ、加えて上司に罪をなすりつけようとしたとまで言われ、危うく死刑判決まで話が進みかけていたという話を聞いている。
それを救ったのは……他でもないブラムだった。
やつは俺を自分の部隊所属のままにして、二度とふざけたことができないよう調教すると上層部に申告したのだ。
騎士から犯罪者が出たなんて事実をできれば隠したがっていた上層部はそれを受け入れ、俺を奴隷のように扱うことを了承する。
さらに俺が罪に問われないのは騎士団にいる間だけで、辞めて外へ出ればその時点で犯罪者扱い。
故に逃げることもできず、結果がこの生活だ。
俺を従順な奴隷とするやつの計画は、遺憾なことに成功している。
俺はもう、身も心も折れてしまった。
「はぁ……はぁ……」
二つの桶を一本の棒に括り付け、両方に井戸の水を満たす。
それを何とか肩で担ぐようにして持ち上げ、厨房の方へと運んでいく。
ずいぶん日が暮れてきたせいか、全員騎士団の宿舎に戻ったようで邪魔者はいなくなっていた。
ここで一人でも残っていればまだ見放されてはいないと思えるのだが、見事に誰もいないということは全員俺に興味がないという証明になる。
ただの体のいい雑用係、ストレス発散用の案山子といったところか。
俺は厨房に入り、食事を作り始める。
体はへとへとでサボりたいのも山々だが、もし不味かったり変な物が入っていれば痛めつけられるのは俺だ。
食事は体の基礎にもなるという理由で、隊の評価が下がったときまで俺のせいにされるのは解せないけれど。
「スパイスが少ない……また買いに行かないとな」
この前手間をできる限り減らそうと大鍋でカレーを作ってしまったせいで、スパイス類の調味料の在庫が少ない。
大量に作ってしまえば数日は料理を休めるのだが、今日ばかりは間に合わせで何とかするしかなさそうだ。
明日買い出しという仕事が追加されるのが億劫ではあるが……もうそれは明日の俺に任せよう。
(肉はまだ残ってる……玉ねぎと適当に炒めるか)
手の込んだ飯を作ったところで、どうせあいつらには分からない。
濃い味好きの男しかいないのだから、味付けに関しては大胆でいい。
俺は油を染み込ませた藁を取り出し、火打ち石を使って火をつける。
そこにまた油と切った肉と玉ねぎを放り込み、ニンニクと豆を発酵させて作るソースをかけた。
東の国ではこれを『醤油』と呼ぶらしい。
かなり塩気が強くて、全体的に味をつけたいときには大変重宝している。
肉と玉ねぎの色がしっかり変わったのを確認し、皿によそった。
これを食堂にいる連中に渡して、一日の業務が終了――とはいかず、皿洗いが待っている。
憂鬱に思いながら、俺は大皿を持って食堂へと向かった。
中に入れば、もうすでに酒を片手に談笑を繰り広げる騎士たちの姿が目に映る。
「あ? てめぇこの野郎! おせぇんだよ!」
ブラムはイスを倒さんばかりの勢いで立ち上がると、皿を置いた俺の顔を殴り飛ばす。
鈍痛が走り、脳が揺れたことで俺は床へと尻もちをついた。
「愚図が。飯ぐらいさっさと作れってんだよ。お前だけ明日からの訓練倍にしてやろうか?」
「……すみませんでした」
「ふんっ! 汚らしい犯罪者を置いてやってるだけでも感謝してほしいもんだ」
豚のように開いた鼻から憤慨したように息を吐き、ブラムは席へと戻って行く。
一連の様子を見て、食堂中から俺を馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。
ここにいるブラムの部下たちは、俺が犯罪者ではないことを知っている。
やつらは、下手に上司に逆らい痛い目を見ている俺を下に見ているだけなのだ。
馬鹿め、間抜けめ、と。
惨めさで自分が嫌になる。
変な正義感を振りかざさなければよかったと、後悔しない日はない。
俺はふらつく体で立ち上がり、食堂へと戻る。
片付けを終えるまでは、まだ休むわけにはいかない。
いつしかこの地獄から解放される――。
そう信じることすら、今の俺はできずにいた。
……しかしこんな俺に、翌日思わぬ転機が訪れる。