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【9月30日非公開予定】救われた世界、奪われた世界



 戻ってきた元の世界……そこは、私を優しく受け入れてはくれなかった。



「ふんふんふーん♪」



 元の世界に戻り、真っ先に向かったのは実家。鼻唄を歌いながら、ポケットの中を確認する。幸運にも向こうに呼び出された時には実家の鍵を持ったままだったから、家に入れない心配はなかった。


 召喚されてから、一年の期間が空いている……もしかしたら、私を捜索するために警察とかにお世話になっているかもしれない。だから、まずは無事を伝えないと。



「ただいまー……」



 実家に戻り……そこで私は、怒られる覚悟はしていたし、でも最終的には優しく受け入れてもらえると、そう信じていた。


 ……それなのに。



「……え?」



 驚くほど静かな家……そこで私が見たのは、到底信じられないものだった。和室にあったのは、仏壇だ。


 ……妹とお父さんの写真が、そこには立ててあった。



「…………は?」



 理解が追い付かない。なんで、こんなものがあるのか……もしかして、私が帰って来た時のためのドッキリ? ……さすがに、冗談とは思えない。


 でも、だとしたら……



「ねえ……お父さん! あこ!?」



 そんなはずはない。最悪な想像を振り払い、家中を探す。いない、いない、いない。気が狂いそうだ。



 ガチャ……



 その時だった、玄関の扉が、開く音がした。誰かが、帰ってきたんだ……私は、期待に胸膨らませて、急ぎ走る。そこにはあこが、お父さんが、お母さんが……!



「……誰?」



 ……そこにいたのは、私が待ち望んだ誰でもなくて。



「……おば、さん?」



 それでも、この状況説明してほしい誰かであったのは事実だ。玄関の向こうにいたのは、叔母さん……お母さんの、妹だ。


 こうして顔を会わせるのは、やっぱり一年ぶり。叔母さんは、まるで信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いている。


 当然だろう。一年も姿を消していた人物が、突然目の前に、それも家の中に現れたのだから。



「……杏、ちゃん?」



 そこで、ようやく叔母さんの口が開いた。動揺していたが、どうやら私のことを私であると理解してくれたらしい。


 その瞬間だ……私は見逃さなかった。叔母さんの表情が、変化するのを。それは安堵や心配もあったろうが、それよりも……



「ひ、久しぶり……って、言うのかな。あの、叔母さん、その、聞きたいことが……」


「今まで、どこに行ってたの?」



 私の質問を遮り、出てきたのは当然の質問だ。きっと今まで、たくさん……それこそ必死に探してくれていたのだろう。だから、私も真摯に答えないといけない。


 なのに……考えていた言葉が、出てこない。頭の中に描いていたはずの答えは、口から出る前に頭の中で消えてしまっていた。


 家の中の、この異様な環境が……私の頭から、思考をすべて奪ってしまっていた。



「え、っと……じ、つは……」



 異世界に行っていた、なんて元々話すつもりはなかったし、信じてもらえるなんていうのも思わない。だけど、今は明らかに、余計にそんなことを言える雰囲気ではない。


 元々怒られる前提で用意していた答えだったが……それは、甘い見立てだった。こんな光景を見せられて、相手を納得させる答えなんて出てくるはずもない。


 だから……叔母さんがイライラするのも、当然だ。



「答えられないの? 誘拐、じゃないわよね、あなたの雰囲気からして。事件に巻き込まれたわけでもなさそう。……義兄さんとあこちゃんは、いなくなったあなたを探している最中、事故で死んだのよ」


「……ぇ」



 だからあまりにも、その言葉を当たり前のように受け流してしまいそうになっていた。



「死ん……えっ?」


「仏壇、冗談で置くわけないでしょう。あなたが帰ってくる日に備えて、そんな趣味の悪いサプライズは用意しないわよ」



 冗談にしては、確かにたちが悪すぎる。けれど、その真実を伝えられるには、あまりにも心の準備ができていない。


 呆然と立つ私に、叔母さんはさらなる追い討ちをかける。



「それに、あなたを探して、義兄さんとあこちゃんを失って、姉さんは……」



 先ほどまで饒舌だった叔母さんが、一瞬口ごもり……しかし、次の瞬間には強い目を向けて、こう言った。



「姉さんは、心が壊れてしまった。家族を一気に失ったせいで、精神を病んでしまったわ。全部、あなたのせい……私は、あなたを許さないわ」



 叔母さんは、これまでにないほどの憎しみの目を私に向けていた。それは、今までに向けられたことのない瞳だった。



「あ、の……病んだ、って、入院? どこに、入院して……」


「さあ、自分で探しなさいよ」



 もう、あなたとはなんの関係もない。そんな気持ちが、向けられる。質問しても、それの答えが帰ってくることはない。


 冷たい、とは思わない。私が、それだけのことをしてしまったのだとわかってしまったから。叔母さんの言葉に、嘘偽りがないことがわかったから。


 私を……いなくなった私を探していたために、お父さんとあこは事故に遭い死んでしまった。その死に目にすら会えず、ただ口頭で伝えられ、仏壇を目にしたのみ。


 そしてお父さんとあこ、そしていなくなった私の家族三人を失い、お母さんは心が壊れてしまった。今、たった一人で入院している。加えて、私は叔母さんの……いや、親類すべての信頼を失った。


 そして……ついぞ叔母さんは、最初の一度以外、私の名前を呼ぶことはなかった。結局お母さんの入院している病院も、叔母さんのあとをつけることしか手段がなかった。


 たとえ車で移動しようと、異世界で驚異的な身体能力を手に入れた私にとっては並走できるに等しいものだったから。気配を消して、追いかけた。


 そして、お母さんが入院している病院にたどり着き……私は、現実を打ち付けられた。残酷な、現実を。


 家族を失い、娘の私のことすらわからなくなった母の姿。異世界で魔王を前にしたときなんかより、よっぽど容易く心が折れた。


 私のせいで、私を探していたせいでお母さんは……お父さんは、あこは……私の、せいで。私の…………私、の?



「……違う」



 私がいなくなったのは、そもそもなんでだ。異世界に召喚されたからだ。誘拐といえば誘拐だろう。だが異世界に誘拐されたなんて、誰も信じない。


 私がいなくなったのは、異世界で勇者として召喚されたからだ。召喚したのは誰だ。ウィル……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアだ。でも、彼は言った。選んだのは、この世界だと。


 私が、異世界を救って……あの世界の人間を、世界を救った。でも、役目が終わった私の世界には……なにも、残ってない。


 あいつらはのんきに笑っているのに、私はこんな思いをしている。すべてを失った悲しみだ。こんなこと、あっていいのか?



「……いいわけ、ない」



 ……決めた。私は……復讐、してやる。


 あいつらに……あの世界の人間に。あの世界に。私の世界を奪った、あの世界に。復讐、してやる!

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