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☆う○こまみれの誘拐劇を引き受けた男の考察☆
我武者羅に走り抜けて来た。十代で故郷を飛び出し、己の勘と腕だけを頼りに、血反吐を吐きながら食らいついた。
やられれば倍にしてやりかえし、陥れられれば伸し上がって逆にそいつを引き摺り落とした。
二十代は力で、三十代になってからは理論でもって他を従える事も覚えた。
そうして気付けばいつの頃からか、皆がひれ伏して俺に道をあけるようになっていた。
今も俺が通りを行けば、娼館の立ち番をしていた男どもが慌てて腰を折った。
「お、お頭! お帰りなさいませ!」
「ごくろう、だが俺はもう頭領ではないぞ」
軽く手を上げて応え、男どもの前を通り過ぎた。
「「はっ??」」
男どもはポカンと顔を見合わせていた。
……トールの奴、いまだ俺の退陣を公表していないとみえる。二週間も前に、頭領を辞すと告げたというのに。あるいは俺の心変わりでも期待しているのだろうか、だとしたらそれはあり得ん話だ。
俺がこの場所を望んだ訳ではなかった。しかしこの場所が、この場所に生きる弱きが、俺が頭領に立つ事を望んだ。
王都に隣接して広がるこの街は、かつて法も秩序もない無法地帯だった。
王都にあぶれた者が集う、アルバンド王国の癌。
犯罪が横行し腐臭を漂わせ、街としても破綻していた。しかし裏社会そのものが悪ではない。
日の当たるところでは生きられぬ、日陰でしか生きて行けぬ者もある。表があれば裏もあり、
裏社会を一概に不要と淘汰しようとするのは乱暴な正義だ。
ならば誰かが最低限の線引きをして、共生の道を探る他ない。後はまぁ、……たまには力でねじ伏せてやるもいい。
たまたまその役どころは俺にお鉢が回った。仕方なく俺はその役どころを熟し、十分過ぎる成果も上げた。
「エルビオン様!」
背中に掛かる声に振り返る。
「ターニャか」
ターニャは馴染みの女だ。その細い肩に没落した生家の暮らしを背負いながら、それでも凛と立ち続ける強くしなやかな女だ。
娼館の立ち並ぶ裏通りを、決意の篭った目をして歩く十七歳のターニャに、俺が声を掛けた。
田舎から出て来た物慣れぬ娘に、数多の女衒の目が注いでいた。食い物にされるのは目に見えていて、放っておけずに声を掛けた。家に送り返してやろうと、そう思っての親切心。
しかし娼婦になり家計を支えるというターニャの決意は固く、俺が信用のおける娼館を紹介した。
あれから十三年。ほんの娘だったターニャがもう、年季明けの三十になったとは月日の流れは速い。
「どうしたターニャ? もう一月も前に年季が明けているだろうに。まさか出戻って来たんじゃないだろうな?」
「エルビオン様、馬鹿言っちゃいやだよ。やっと年季が明けたってのに戻ってくる訳ゃないだろう。あんたに一言礼が言いたくて、こうして足を運んでるのさ。あたいがあんたに礼も告げずに出ていける訳がないだろう? それにしたって、エルビオン様は私が訪ねる時に限っていやしないんだから」
まさかターニャが俺を訪ねて何度も足を運んでいるなど思いもしなかった。
「そうか、それはすまなかったな」
俺は常からこの街を空ける事が多い。そしてこの十日間は故郷に帰郷して、ずっと不在にしていた。
「! やだよ、あたいが勝手に待ってたんだから謝らないでおくれ。エルビオン様、あんたのお陰であたいはこうしてきちんと年季明けを迎えられた。ここの花街だけさ、こんな風に真っ当に勤め上げられる街なんざ他にない。だからどうしても礼を言いたかったのさ」
かつては無理な労働環境で、若くして命を落とす娼婦が多かった。ターニャの言うように地方の花街には、いまだ劣悪な娼館が横行している。しかしこの街に年季明けの娼婦を見送る光景は珍しくない。
「そうか。ターニャ、お前はよく勤め上げたな。この後は故郷に戻るのだろう?」
ターニャは緩く首を振った。
「あたいはもう、戻れやしないよ。妹にいい縁談が決まったらしいんだ。上級学校を出た弟も就職して嫁を取る。娼婦上がりのいかず後家がずっと家にいたんじゃ、ねぇ? あたい、今は住み込みで食堂の洗い場で働いてるんだ」
「……そうか」
重いターニャの決断に、俺は掛ける言葉に迷う。ターニャという女はずっと、己の幸福を望まない。それが俺には切ない。
「ははっ、エルビオン様が暗くなる事ぁないよ。日の当たる王都の裏、吹き溜まりの裏社会が魑魅魍魎が跋扈する無法地帯だったのはもう、昔の話さ。あたいの働く食堂の洗い場も、既定の給金が出るんだ。こんなにも統制された裏社会なんて笑っちまうさ。そしてこれらは全部、エルビオン様あんたの手腕さ。じゃ、あたいは行くよ。エルビオン様、ありがとうよ!」
ターニャに悲壮感はなく、晴れやかに笑ってみせた。
「達者でな、ターニャ」
吹き溜まりにも、一本筋を通せば秩序が出来る。人が人として生きる、最低限の仁義なくば裏社会とて回らない。
「あ! そういやエルビオン様、あんた元々留守は多かったけど、こんなに長いお留守は珍しいじゃないさ。まさか綺麗な女にうつつ、抜かしてたんじゃないだろうね?」
ターニャが思い出したように振り返り、悪戯に水を向けた。
当たらずしも遠からず。
ターニャの言葉に俺は苦笑した。
「……概ね正解だ。だが女は只人ではない。俺は黒髪黒目の美しい女神に魅せられて、女神と暮らす準備に奔走していた。ターニャ、俺は頭領の座を下りた。俺は女神と故郷に戻る。だからターニャ、もう其方と会う事はないが体を労わって暮らせよ」
ターニャが俺を呼び止めなければ、告げる気はなかった。
「えっ!?」
ターニャが驚きに目を瞠る。
「ではな」
けれどそれ以上を語らずに、俺はターニャに背中を向けて俺の街を進む。
この街で頭領と呼ばれ、この街の為に尽力してきた。
負の吹き溜まりの街から目を背け、直接的な介入に二の足を踏んでいたアルバンド王国。それが街に一定の統制がとれるや、手のひらを返したように俺に接触を試みてきた。
ある程度規律で統制されているこの隙に、国の統治支配を敷きたいのだろう。
多少思うところはあれど、国の手にこの街を委ねる事もそうそう悪くない。あるいは、俺の腹心らの中から新たな頭領が出ても構わない。
どちらにせよ、この街はもう、俺が統制せずとも十分維持が出来る。十分、自浄が働く。
だからそう、俺は、俺だけの女神を追い求めればいい。
俺は頭領の座を辞し、女神と共に故郷で暮らす。
俺は、女神を迎えに行く。
事の発端は二週間前に遡る。
腹心のトールが、ある依頼に頭を悩ませていた。
街を統治するには綺麗ごとでなく、莫大な金が掛かる。その資金源は表社会で引き受ける傭兵稼業だ。
トールに聞けば依頼主はなかなかの大物だった。内容は女の誘拐で、報酬こそ破格だが俺にはあまり気のりする内容ではなかった。
「誰に回しましょう? こんな便所からの汚物まみれの誘拐、皆嫌がりますぜ」
トールの悩みはあくまで便所を介する誘拐ルート。
「いや、便所は構わんが……」
俺の憂慮はそこではなく、今回の誘拐対象が白獣宰相の養い子であるという点だった。その見てくれこそ畏怖の対象だが、白獣宰相は賢人との誉れ高く、市民の圧倒的な支持がある。
その白獣宰相の養い子を浚って来いなど、全く以って穏やかじゃない。
「頭領! 今、構わねぇと言ったな!? 頭領に二言なんてあるわきゃねぇやな!? よっしゃ! この依頼は頭領に任せたぜ!!」
!?
トールはバッシバッシと俺の背を叩き、俺の手に今回の指示書を握らせると、これ幸いと逃げて行った。
「……いい根性をしているな」
俺が見込んで手元に置いた少年は、いつの間にかしたたかな腹心へと成長を遂げていた。
こうして俺はトールから半ば押し付けられ、汚物まみれの誘拐劇を引き受ける格好になった。
「よっ」
気を失い、俺に力なく身を任せる女を肩に担ぐ。今は閉じられた瞼の奥、間近に見たその瞳は夜空を凝縮したような黒。光沢ある豊かな黒髪も美しい。
しかし如何せん幼げな体つき。肩に僅かに感じる胸の膨らみは幼女ではないのだろうが、これで成人しているというのもまた不可解。
「見れば見る程に謎の多い娘だ」
……そして、どこまでも美しい娘だ。
この娘を俺の通った侵入経路から連れ出す事に若干心が痛む。せめてもの慈悲と、懐から出した防水加工を施した革袋を頭に被せた。
「これで幾分ましだろう」
起きていればその口から不満のひとつでも聞けたのかもしれないが、気を失った娘が俺に応える事はなかった。
「よっと」
下水道は街の公衆便所に繋がっている。人の気配が無い事を確認して、先に娘を押し上げる。小柄な娘は色々と口には出来ない汚水を吸う衣服越しでも綿花みたいにふわりと軽い。
その時、あまり肉付きのない細い脚が太腿まで顕わになった。この世界一般での色っぽいとは程遠い、幼子のような細い脚。けれど真っ白く肌理細かな肌は妙に色っぽく、艶めかしく感じた。
今はその脚とて汚物まみれなのだが、それはそれ。
自身も腕力を頼って下水道から這い上がった。
急ぎ娘を担ぎ直す。ひとまずこの悪臭を放つ格好を何とかしなければ、街中を歩く事すらままならない。
地上に上がる下水には、一番人気のない街外れの公衆便所を選んでいた。幸運にも誰にも見咎められる事なく俺達は川辺りへと辿り着いた。
手早く自身の汚物に汚れる衣服を脱ぎ去る。娘の衣服も同様にはぎ取った。
脱がせて尚、娘はほっそりと凹凸に乏しい肢体をしている。しかし小振りな乳房と薄い尻も、吸い付くような白い肌が加わればどこか魅惑的だ。薄い腹から下は……。
「いかんいかん」
俺は雑念を振り払い、腹に括りつけた防水加工をした革袋から着替えと石鹸を取り出す。
石鹸を泡立てて娘の肢体と自身を手早く洗い上げる。何度か繰り返せばやっと二人の体から悪臭は洗い流された、と思う。長い事悪臭の中に留まっていたせいで少々鼻が利きにくいのだが、ここいらで切り上げて娘にワンピースを着せ付けた。
「んっ、」
俺の腕の中で身じろぎする娘。そろそろ目を覚ますか?
「……ッッギャアァァァァァ!!」
!!
パチッと目を見開いた娘の絶叫が迸る。
「ッオイッ!!」
ガバッと娘の口を塞ぐ。迸る絶叫に周囲を見渡すが、幸運にも娘の叫びに誰かが駆けつけてくる気配はない。
今まで何件かの誘拐に絡んで来たが、幼げな娘のこの様な絶叫は初めてだ。深層の令嬢たちは泣いて震えるのが定石だった。
それにしても、ギャアとはなんだ、ギャアとは。せめてキャアとかじゃないのか?
俺の油断は否めないが、いやはやこの娘は規格外だ。
俺は娘の口を塞ぐ手はそのままに、娘と視線を合わせる。出来るだけ柔らかい表情を心がけたが、娘はキッと鋭い視線を投げつける。それはもう、視線だけで俺を射殺すのではないかと思う位に強い視線だ。
「聞いてくれ。俺はある依頼を受けてお前を連れ出した。『連れて来い』と、それだけが依頼内容だ。その状態に関しては指示を受けていない」
分かるな?
連れて行くお前に例え手足が無かろうとも俺は構わないのだと、言外に示したのは脅しだ。
娘の強い瞳の中、怒りの焔が燃え上がるのが見えた。
しかし娘は理知的で、俺の言葉を正しく呑み込んだようだ。僅かに浮かせていた両手をギュッと握りしめると、のろのろと拳を下ろした。
「お前を害するのは本意ではない。だから騒がないで欲しい、いいな?」
その視線は相変わらず俺を射殺しそうなままだが、俺の問いに娘は小さく頷いた。
俺はフッと息を吐くと、娘の口からゆっくりと掌を外した。
娘は俺を見上げたまま黙っていた。
「少し待ってくれ」
俺は手早くシャツとズボンを身に着ける。間抜けだろうがなんだろうが、仕方ない。娘の視線を背中に感じながら、着替えを終えた。
「さて、行くか」
振り返り、娘に手を差し出す。
「……行くのって決定事項?」
娘は俺の手を取りながらそんな事を言った。
「ああ」
ふんふんと頷く娘の煌く瞳は一体何を考えているのだろう。
「もっといい条件で貴方を雇う事は可能?」
ほぅ、そうきたか。
「いいや。この世界は信用商売だからなぁ」
契約を反故にして寝返る。無い訳ではないが、まぁほぼ無い。
「そう。貴方の契約は『私を連れて行く』これだけ? その他に何か制約はある?」
……ふむ。
「いや、無い」
娘は俺の言葉に一瞬伏し目がちになり、直ぐに顔をあげた。そのドヤ顔はなんだ?
「そう。ならちょっとだけ寄り道させて!」
「お、おいっ!」
娘は繋いだ俺の手をむんずと握ると、ずんずんと引っ張って街の中心に向かって歩いて行く。
「何よ? あんたが言ったのよ。連れてくだけでいいって」
な! なんだと!
娘の足は止まらず、俺が二の句が継げずにいるうちにすっかり人目も多い大通りまで出られてしまった。
うーむ。確かに依頼は『連れて来い』とだけだが、いいのか?
いや、そもそも誘拐とは人目につかないのが大前提。当然上手くないだろう。
「あ! あそこ!」
しかし娘は俺の逡巡などどこ吹く風で、どこまでだってマイペースだ。
そして娘が指差したのは服屋だった。
「服屋で何を買うつもりだ?」
「ん? そんなんグリゼダム将軍への手土産に決まってんじゃん」
あっさりともたらされた依頼主の名前に、俺はあんぐりと口を開いて固まった。
「ちょっと、何阿呆面してんのよ? あんたも一緒に選んでよ?」
「ってオイ、お前は誘拐犯が分かった上で付いてきているのか?」
しかもあまつさえ、その誘拐犯に土産だと!? この娘の思考回路は一体どうなってるんだ!?
「えぇ? だってこの時期のこのタイミングだよ? そりゃ阿呆でもわかるでしょ。でもちょうどいいや、私もグリゼダム将軍と直接話がしてみたかったんだ。ダルジャンがさ、絶対許してくれなかったから、逆に良かったかも。あ! こんなクッサイ誘拐劇はもう二度と勘弁だけどさ」
ケタケタっと娘は朗らかに笑って見せた。
「おっ! これいいじゃん!! 超あったかそう!」
どうやら娘は目当てを見つけたようだ。娘の手を覗き込めば、季節外れの暑苦しいラクーンのマフラーを握っていた。
「はい」
娘が俺に向かって右手を差し出す。手のひらを上にして、ちょいちょいと指を動かす。
「何だ?」
「何ってお金~。私今、無一文だから」
!
娘は正々堂々と言ってのけた。……それもそうだ。俺がすっぽんぽんから着替えさせたんだから、間違いなくこの娘はスッカラカンだ。
全く、どこまでも逞しいものだ。俺は苦笑して、懐から財布を出した。
「! 高くはないか!?」
店主の言い値に俺は再び目を丸くした。いや、事実目が飛び出る金額に驚いた。
「何を言いますか! 最高級のラクーンの毛を使っているんですぞ!」
チラリと目線を落とせば、娘の握るマフラーは確かに店主の言葉ももっともな艶だった。
「……はぁ」
仕方なく俺は財布から店主の言い値を支払った。
「どーもー」
娘はご満悦でマフラーの入った袋を胸に抱えた。
はぁ。全く、なんという肝の据わった依頼対象だ。
「さ、行くわよ」
やる事を済ませた娘は袋を持つのとは逆の手に俺の手を引っ掴むと、クイッと顎で俺を促した。
俺と娘は連れ立ってグリゼダム将軍の屋敷へと足を進めた。入るのはもう、玄関からでもいいような気さえする。
だが、俺の依頼はこの娘を連れて行くまでだ。その後は俺のあずかり知らぬところ。
……俺の脳裏には、グリゼダム将軍の完敗が思い浮かんだ。
「全く大した行動力だよ」
しかし少女の規格外の行動も全て、決して厭わしい物ではない。どころか、生き生きと眩しいこの娘を俺は好ましいと感じている。
繋いだ娘の手をそっと握り返してみる。握った手は小さくて華奢なのに、この手には望む全てを掴み取るだけの力がある。
「ねぇ、貴方って本当は大物だよね?」
振り返った娘が、唐突にそんな事を言った。
「……何故、そう思った?」
「だって私、色んな企業相手にして、色んな経営者を見てきたもん。だからかな、なんとなく空気で分かるよ。こんなちんけな誘拐で小銭稼ぐの、やめれば? なんか事業でも興したらどう? 案外、当たるかもよ?」
カラカラっと娘が笑う。
「ま、もう会う事もないだろうから、どうでもいいんだけどさ」
強い意志の篭った黒の双眸は凛として美しい。
その黒を一目見たならば、魅せられて、引き寄せられて、もう逸らす事なんて出来やしない。
「……お前は得難い女だ」
前を行く娘の背中に呟いた。
「んー? 何か言った?」
聞き留めた娘が怪訝な表情で振り返る。
「いいや」
「へんなの~」
今回の依頼で、俺は間違いなく報酬以上に価値ある出会いを得た。
好ましい、なんて温い感情ではきっと収まらない。この娘との出会いすらが僥倖。得難くて、手に入れたくて、俺の胸に仕舞い込んで誰の目からも隠し去りたい。
「あ、ここじゃんね?」
しかし気付けば、俺達はグリゼダム将軍の屋敷の前についていた。
屋敷玄関がそっと開き、中から少女を引き取ろうとグリゼダム将軍の側仕えの男が顔を出した。
今回はどうやらタイムリミットのようだ。
「娘、俺はエルビオン。必ず、また来る」
「はっ!?」
「それから、次に見えたその時はお前が望もうと望むまいと、俺はお前を連れて行く。ちなみに俺は既に事業で大当たりもしているから、食うに困らせん。身辺整理をしておけよ? またな!」
……俺は、決めた! それに伴って、この後やるべき事も定まった。
まずは俺自身の身辺整理だ。
一度故郷に戻り、新生活の基盤を整える。そして頭領を辞し、俺は裏社会から全て手を引く。
「なになに~!? 意味不明なんだけど!?」
背中に聞こえる娘の素っ頓狂な声が、俺を後押しした。
欲しいなら、奪ってでも俺の物にしたらいい。
これまで俺は人に雇われて、多くの物を奪ってきた。けれど俺自身が欲しいと望んだ物など何一つない。
そんな俺に、何よりも欲しい物が出来た。俺自身が切望する娘が出来た。
ならば、これを奪わずしてどうする。
これを奪うのを最後の仕事にしたらいい。最初で最後、俺の手で望む娘を奪うのだ。
そして娘をこの手に得たならば、俺は生涯その娘を愛おしみ、娘の幸福を祈って生きる。
始まりを忘れさせるだけ、俺の愛を伝えていけばいい。
俺の腹は、決まった。