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フミィと同居を始めて十日。その十日間、俺は毎食フミィの手料理を食している。


そして思う、フミィの料理は独創的だ。


いや、決して不味いというのではない。なんというか、そう、未知との出会いの連続だ。


「フミィこれはまた、米なのに甘いのだな?」


「はい、おはぎを真似てみました。ダルジャンにはイマイチですかね?」


昨日一緒に買い出しに行った時、フミィが枝豆を見て嬉しそうにしていた。故郷にあったのと同じ、或いは似た食材を見つけるとフミィは目をぱちぱちと瞬いてにこっと口角を上げる。


これはフミィを初めて市場に伴った時に気付いたフミィのくせ。


俺はフミィのその表情を見とめれば、フミィに欲しいと言わせる前に我先にとそれらの食材を買い漁った。


そうして昨日も俺が大量に買い込んだ枝豆をフミィは朝から蒸かしてコトコトと大鍋で煮込んでいた。


「いや、うまい」


俺が勝手にスープか何かだろうと思っていただけだ。これはこれでうまい。


「ずんだあん、自分で作ったのは初めてだったけど、まずまず。今度はもうちょっと甘さを抑えて……」


フミィは何やらぶつぶつと呟きながら熱心にメモを取っている。これは最近気づいたのだが、フミィはアルバンド王国の言葉を流暢に操るが文字はダメらしい。フミィが綴る文字は彼女の故郷の物だ。


それを知った俺は文字の指南役に名乗りを上げた。毎夜数十分から小一時間ほど、どんなに忙しくともこの時間は死守している。そうして一週間も経てば、フミィは拙いながらもアルバンド王国の文字をおおよそには扱えるまでになっていた。フミィの呑み込みは恐ろしく早い。


フミィがこの上なく優秀である事は疑いようがなかった。




「ダルジャン、ちょっと相談があるんだけどいい?」


朝食後の一時、今日は遅出の予定でゆっくりとフミィが淹れたお茶を飲んでいた。フミィが編み出したマッチャなるものだ。キリッとした苦みだが、後味のまろやかな不思議なお茶だ。


「ん? どうしたフミィ?」


こんな風にフミィから水を向けられるのは珍しい。


「私、外に働きに出る事は出来ないかな?」


働きに?


フミィの台詞に胸がざわつく。ここでの暮らしに不満があるのか!? 出ていきたいと思っているのか!?


詰め寄りたい気持ちを必死に抑え、努めて冷静を装う。


「何か不足があるのか?」


「逆です。もちろん慣れない家事で、ダルジャンには迷惑掛けてる部分も多いと思う。ただ、炊事洗濯掃除、全部を終えても数時間の余裕があって、昨日の食品雑貨店で働きたいなって」


あぁ、そう言えば昨日の商店に働き手を募集する張り紙があったな。


「手当が足りないようなら増やそう」


俺の言葉にフミィが目を剥いて待ったをかける。


「え~と、違うんです。むしろそっちの方は貰いすぎですから。じゃなくて、昨日のやり取りで気付いたんです。こっちの世界、仕入れも販売もざっくりしすぎ」


ざっくり? 適当という事だろうか?


「あっちでは私、経営コンサルた……あぁっと、財務管理や経営戦略を指導するのを仕事にしてたんです」


なんと、フミィは女だてらに仕事に就いていたという。アルバンド王国では婦女の労働が、いや、そもそも女子教育があまり一般的ではない。女性は家を守るものだという風潮が未だ根強いのが現状だ。


婦女の就ける仕事といえば乳母や家政婦、商店の店番がせいぜいで、後は夜の商売くらいだ。


「なぁフミィ、財務管理といったか? フミィは経理会計なんかの知識があるのか?」


「はい、専門分野です。後は割かし手広くやってたので販売経路の拡大とかそういう営業戦略、診断もいけます」


俺はひとつ頷くと、急ぎ自室に取って返す。


革袋から取り出したのは紙の束。それを鷲掴んで居間へと戻る。


「例えば、だ。これを見てどう思う?」


どう思う、とは余りに曖昧で我ながら嗤いが込み上げてきそうだ。しかしこれは全て例えば、の話。


差し出した紙の束を受け取るとフミィはもの凄い勢いに一国の五年分の領俸報告、その数字の羅列に目を通していく。フミィの目は真剣そのもの。


「……これ、カタルーノ地方の収支報告がきな臭い。テジレーン公国と接する三領は長年の小競り合いで軒並み生産性を落としてる。その中でカタルーノ地方だけが平行線を保ててる」


俺はどうやらフミィを俺の型に嵌めて見てしまっていたようだ。少女だから女だからと、フミィの選択肢を狭めていた。そう、甘く見ていたんだ。


「うーんとこれも例えば、の話。カタルーノ地方に何かしらテジレーン公国との取引があった、としても不思議はないかも。ま、どっちにしても国の戦争に一番割り食ったのは相手国との隣接領なわけだから、暗にテジレーン公国と不戦協定なんかを結んでたとしても責められないよね。せいぜいカタルーノ地方には国からの復興支援金を減額させてもらうくらい?」


その方が俺にとって都合が良かったからだ。フミィを俺のところに留めたかった俺のエゴだ。


「……そうだな」


フミィはこの短時間でアルバンド王国の情勢ときちんと照らし合わせ、矛盾点を正しく読み取った。


王宮の執政官とてこれだけ的確な情報分析をパッとしてみせるには至らない。……フミィの能力には及ばない。


「フミィ、貴方に紹介したい人がいる」


フミィはコテンと首を傾げて俺を見上げた。








☆不器用な宰相閣下を扱き使う国王陛下の考察☆




王様業はそんなに悪いものでもない。旨いものが食えて、良い女はより取り見取り。


国の舵取りは頭を悩ませるところだが、そんなのは適材適所、得意な奴を引っ張ってきてやらせればいい。


そうして俺はそいつの仕分けた書面に判だけ押していればいい。


ところがその得意な奴っていうのがそうそう得られるものでは無い。これはなかなか得難いと、最近とみに実感していた。


士官学校の視察でたまたま有望株を青田買い、明らかに得意そうだったダルジャンに早々に唾をつけておけた俺は本当にツイていた。


「と、思っていたんだが。よもや得意な奴の二人目が得られようとは、俺はとことんツイている」


ここは俺の政務室。無能な輩は一歩だって踏み入れさせない、国の最終意思決定がなされる聖域だ。


「陛下、ぶつぶつ言ってないでちゃっちゃとそれ、目ぇ通してもらえます?」


その二人目の得意な奴は、一人目のダルジャンが連れてきた。この、黒髪黒目の異国の娘。


「へいへい」


「って! ろくすっぽ見もしないでハンコ押さないで下さいよ!」


キッと俺を鋭く睨む娘は俺にちっとも臆さない。不必要に遜ったり媚売ったり、能力もないのに不相応に主張する、そんな輩に辟易していた俺には正直かなり新鮮だ。


既に俺から視線を手元の資料に移した娘をジッと観察する。


「……ぺったんこさえ目をつぶれば、可愛い顔をしてるよな」


「陛下、フミィに邪な目を向けないでいただきたい」


氷点下の声音で俺の背後に忍び寄る不穏な影。


「なんだ、ダルジャン。軍の定例報告会はもう終わったのか?」


振り向けば、今は露わに晒しているダルジャンの朱色の瞳が怒りからだろう常よりも赤い。


「えぇ。フミィ、くれぐれもこの方の甘い見てくれに惑わされてはいけません」


ダルジャンが沁みる程甘い響きでフミィと名を呼ぶ。それを当たり前に聞き流す少女はこれを聞いても何も思わないのだろうか。


ダルジャンはその見た目故、こと女性関係では己を過小評価し気づこうとすらしないが、ダルジャンを陰ながら慕う女は実は少なくない。女とて阿呆ばかりではない、その公正な人となりが評価されないわけがない。


「ん? この国基準だと陛下の顔って甘いんですか? ダルジャンのがずっと甘いマスクですよね?」


俺は一瞬本気で思考がとまった。きっとそれはダルジャンも同じ。


「コホン。フミィ、俺は結構いい男だぞ?」


先に持ち直したのは俺で、ダルジャンは未だ岩のごとく固まっている。


「ははっ。自分で言っちゃう陛下のそういうとこ嫌いじゃないです。でもダルジャンの美貌の方が女心くすぐりますね。まるでモデルさんみたいですもん」


モデルさんとは何の事か分からんが、フミィの好みがアルバンド女性の一般とかけ離れているのはよく分かった。


「……フミィ、フミィは俺の容姿に対して何とも思わないのか?」


固まっていたダルジャンが重く口を開く。まさか、もしかして、そんな淡い希望を確信に変えたい切望が見て取れた。ダルジャンの緊張がこっちまで伝わってきそうだ。


フミィはそれにもコテンと首を傾げてまるで気づいちゃいない。


「ダルジャンはアルビノですよね? 本人前にしてアレですけど、神秘的な美貌を前に実はいつもちょっと緊張します。後はそうだな、紫外線に弱い肌は心配だから気を付けて欲しいとか?」


サラリと告げられたダルジャンの容姿が好みですの発言も大いに興味深いがアルビノ? アルビノとはなんだ? フミィはダルジャンの容姿の秘密をまるで知っている口ぶりじゃないか。


「ダルジャン?」


フミィがピキンと固まってもう一言だって発せられないダルジャンの眼前、パタパタと手を振って見せる。


「フミィ、ダルジャンはしばらく放っておけ。どうせしばらくはそのままだ」


ダルジャンにとって測り知れない破壊力の言葉だ。奴はそれを昇華するのに内心もう必死こいているんだろう。


「ところでさっきのアルビノとは何だ?」


「え? 先天的な遺伝疾患でメラニンが……うーん、すっごい確率の奇跡、でどうですか?」


反応を示さないダルジャンをそのままに、フミィは俺の質問に変化球で答えてきた。正直度肝を抜かれる回答だった。


「ははっ!! そうだな、違いない!」


俺はますますフミィという少女から目が離せそうにない。ダルジャンとどんな恋愛模様を描いてくれるやら想像するだに面白すぎる。これでしばらくは退屈しないで過ごせるだろう。


「それじゃ陛下、ダルジャン調子が悪いみたいなんで今日はもう上がりますね。とりあえず明日の軍法会議の資料入手しましたんで後は陛下の裁量でよろしくお願いします」


「ってオイ!? 資料を見た所で王宮内に留まった俺に被告人の裁きは出来ん。というか、わからんぞ?」


俺の裁量ってなんだ? そそくさとダルジャンを促して、何帰ろうとしている? そもそも軍法会議なんぞは実質俺の仕事は顔出しだけ、シナリオはもう軍幹部で出来上がっているものだ。


「戦争そのものが悪であり、上官からの命令を無視したり逃亡したりする事は果たしてそんなに悪い事でしょうか?」


いやいやいや、そんな綺麗事まかり通らないだろう?


「……グリゼダム将軍の顔を潰す事になるぞ?」


「それに関しては尻尾を掴んで……っコホン、証拠固めも間もなくですから良いチャンスかと」


軍部には当然、ダルジャンの無血停戦を面白く思わない輩も多い。強行論派で筆頭のグリゼダム将軍は軍需産業との深い関係が以前から疑われていて、現在限りなく黒に近いグレー。


フミィが入手した軍法会議の資料とやらをペラペラと捲る。連なるのは真偽の精査もなされずに断罪される逃亡士官やその部隊に属した兵達の名。しかしフミィが追及するのはその真偽でない。


全ては戦争が悪い、と。


「じゃ、お先に失礼しまーす」


パタン。


これ以上留まるつもりはないとばかりにフミィはさっさと政務室を出て行った。もちろんダルジャンの背を押して。


「ははっ! 結構じゃないか、戦争の無い平和な治世」


俺は後世に賢王とでも語り継がれてしまうのか。それもまた、悪くない。


目の上の瘤、グリゼダム将軍の明日の顔も見ものだ。




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