表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/32

カケラのお話し☆突き抜けた『幸せ』の形 ※フミィ妊娠中のお話し




カキカキカキ……、カキ。


ふぅ。


ちょうどよく、書類仕事に一区切り。


「陛下~、ちょっと外の空気吸ってくるね~」


これまでなら、すぐ次の書類に手を出すところ。だけど今はもう、一人の体じゃないから無理は禁物。


お天道様にあたって一服も、赤ちゃんには絶対大事。


だけどこの国で親になる私としては、我が子にはいい国で暮らして欲しい。だもんで、一服のお供に分厚い収支報告書も連れ出した。


「ん? それならフミィ、一人で行くんじゃない、今ダルジャンを呼ぶ……いないな。……この状況は、大丈夫なのか? フミィを一人で外に行かせたとダルジャンに知れて、俺は無事でいられるのか……?」








「どーもー、お疲れ様です」


「!? 宰相夫人、お一人でございますか!?」


挨拶したら、王城門の守衛さんが何故かちょっと、慌てていた。


「うん、ちょっと散歩」


「あ、あの! 差し出がましいかとは思いますが、どなたかとご一緒の方がよろしいのではありませんか!?」


「えー、心配し過ぎ。王城のまわりをちょっとプラプラするだけ。じゃねー」


心配性の守衛さんにヒラヒラと手を振って、王城門を通過した。


「王城まわりプラプラ、ですか? しかし……って、もういない! ……こ、これ、宰相様にお知らせした方がいいよな?」






王城を出て、ゆっくりと日光浴を愉しむ。


「いい天気」


伸びをして、爽やかな空気を胸いっぱいに取り込んだ。


この国は、良くも悪くも妊婦に優しい。少なくとも、妊婦が働くなんてもっての外って思ってる。


私が陛下の雑用係を継続するにあたっても、ダルジャンとそれはそれはしつこい程に話し合いを重ねてやっと納得してもらえたのだ。


いや、ダルジャンはおそらく、理解はしたけれど納得はしていない。ただ、全てを理解した上で、最終的に私の意見を尊重した。


ダルジャンは今も、私が一歩歩くのだって、ハラハラした目で見てくる。


適度な運動をしないと私が出産で大変だと、これもまた何度も何度も説明した。


ダルジャンはこれに関しても正しく理解してくれたけど、私を心配する感情はきっと理解とは別のところから尽きずに浮かんでくるのだろう。


ダルジャンの愛は、客観的に見て……重い! どころか、最重量級のその上をいく重さだろう。


けれど私はそんなダルジャンの深く大きな愛が嬉しい。


ねぇ赤ちゃん、貴方は幸せ者だよ。お父さんが世界一の愛で貴方を包んでくれる事だけは間違いないよ。


まださほど膨らみの目立たぬ腹を、そっと撫でた。




カサカサッ。




うん?


……桑畑に、誰かいる。




隣りに広がる王家所有の桑畑は、私とダルジャンの出会いの切欠ともなった場所。同時に、私の天敵たちの楽園。


故に私にとっては、限りなく近寄りたくない場所でもある。


しかし私も今や宰相夫人という公人であるからにして、見て見ぬ振りも憚られた。


考えた末、中には入らず人影に向かって声を張る。


「ちょっとそこの人ー! ここって王家の畑だよ? 勝手に入ると罰せられるの知らない訳ないよねー?」


妊婦が無理しちゃいけないからね。侵入者の確保は目的にせず、とりあえずこの場は立ち去ってもらえればいい。


ここには金目の物もない、だから年端も行かない子供が悪戯で入ったのだろうと踏んだ。


薄く見える人影も、小柄なようだから間違いないだろう。


私の声に人影が驚いて逃げ出……さずに、えっ!?


人影は何故かこちらに向かって来た!


ヒ、ヒィィィィっ!


こんな事なら声なんて掛けるんじゃなかった! 今更だが後悔が湧き上がり、心臓はバクバクと張り裂けそうに音を立てた。


……赤ちゃん、ダルジャン、ごめん。もしかしたら私、やらかしたかもしれない! 


ガサガサッ。


桑の葉が揺れる。来る……。


覚悟は、決めていた。分厚い収支報告書を握る手に、力を籠めた。


相手は不法侵入の悪戯坊主、やられる前にやる! 一撃必勝でのす! なんとしても赤ちゃんは、私が守るっっ!!


迫り来る侵入者にブンッ! っと、収支報告書を振り上げた。


ガサガサッ!


!? ん、んんっ??


「おお! やはりフミィじゃったか!」


「! シャクラっ!?」


ところがだ、ひょっこり顔を出したのは侵入者でもなんでもない! 正当な畑の所有者であるシャクラだった。


私はそそくさと振り上げた収支報告書を下げた。


「シャクラは畑の手入れ?」


シャクラは作業用のエプロンを付け、自らの手を土に汚していた。


首を巡らせればシャクラの後ろ、護衛と思われる数人の姿も見て取れた。


「そうじゃ、これはわらわの大事な畑じゃからな。害虫被害がないか、見回っておったんじゃ。フミィは散歩かえ?」


「うん。ちょっと一息吐きにきたの」


シャクラに会うのは実に、一ヵ月ぶり。王妃として忙しく公務をこなすシャクラは、以前とは比べ物にならない程、忙しい。


「そうか」


シャクラは薄く微笑む。そしてその目が、私が抱える収支報告書に留まった。


ん?


「……のぅフミィ、それを見ても、わらわには今だに訳の分からん数字の羅列でしかない」


シャクラが私の抱える収支報告書を見つめたまま、ポツリと零す。


その声音は不安に小さく揺れていた。


「シャクラ?」


「フミィ、気を悪くせんでくれな。わらわはどう逆立ちしても、政務能力ではフミィの足元にも及ばん。わらわはフミィの稀有な才覚が有難くも少し、恐ろしいのじゃ。それと同時にわらわは思ったのじゃ。フミィは本来、神がここアルバンド王国の王妃とするべく遣わしたのではないかとな」


!!


唐突なシャクラの言葉に、ギョッとした。


正直、あり得ない!


「ルードナー陛下の隣は、この国の王妃の座は、本来フミィが相応しかったのじゃろうなぁ……」


王妃として、連日の公務をこなすシャクラ。


そんな多忙な日々の中で、シャクラはきっとほんの少しだけ自信をなくしてしなったんだろう。


「シャクラ、それだけはないって断言できる。……ねぇシャクラ、仮に私が王妃になってたら、アルバンド王国は大ピンチだったからね?」


「?」


ちなみにシャクラがこんなにも多忙なのは、施設慰問や式典への列席を積極的に行っているからだ。


それは陛下が消極的にしていた部分。可能な限り、省いていた部分だ。


それをシャクラは、おつりがくるくらい、立派に補っていた。


「私に継いでたら、大事なこの桑畑はとっくに枯れ果ててた!」


「なっ!?」


私のトンデモ発言にシャクラが目を剥いた。だけど、事実だ。


「私ね、桑につくガの幼虫も蚕もどっちも天敵。だから私がこの畑を継いでたら、王家で代々営まれる御養蚕の伝統は陛下の代で潰えてたわけ」


「!! なんと! それはアルバンド王国は命拾いをしたのう!」


「でしょ? ……それからシャクラ、収支報告書を読み解くなんてそんなのは私でも、書記官でも、適当にあてがっときゃいい仕事だよ。そんなのはやれそうな人に託していい」


人によってスピードや精度には差が出るかもしれない。


それでも、代わりの効く仕事には違いない。


けれどシャクラがしているのは、シャクラにしか出来ない尊い仕事……いや、もしかするとシャクラには仕事という概念すらないのかもしれない。それくらい、シャクラは王妃の責務に対して自然体なのだ。


シャクラが、静かに私を見上げる。


土汚れの付いた簡素な衣装を纏っても、目の前のシャクラは匂い立つように美しい。


表には出さないけれど、最近は神々しい位の存在感を放つシャクラに、対峙する私の方が気後れしていた。


「シャクラはね、これ以上ない程に王妃様なんだよ。各地を積極的に訪問して、国民と同じ目線に立って対話する。公務の合間を縫って、王家の伝統を自ら手を掛けて慈しむ。国民は慈しみと労わりの言葉を掛けてくれる王妃様を、アルバンド王国の伝統を真摯に繋ぐシャクラを敬愛してる」


「フミィ……」


シャクラはくしゃりと顔を歪めて笑った。


そっとシャクラを腕に抱き寄せる。いつの間にか、シャクラは私の身長を追い越していた。


そして身長だけじゃない、シャクラの懐もまた、私なんて足元にも及ばないくらい大きく育っている。


「やはりフミィは、わらわの師匠じゃっ!」


「そりゃ光栄です」


嬉しい思いで、眩しい程に成長した王妃様を抱き締めた。








「フミィーー!!」


「え? ダルジャンっ!? って、うわぁっ!!」


疾風の如く現れたダルジャンに、抱き上げられた。


「陛下からフミィが一人出て行ったと聞かされ、どれほど心配したかっ! フミィを失ってしまうかと、俺は生きた心地がしなかった! フミィっ、どうか俺を置いて行ってしまわないでくれ! 散歩だろうが、手洗いだろうが、湯殿だろうが、何処だろうがどうか俺を伴ってくれっ!」


宝物のように丁寧に私を腕に抱き上げたダルジャンは、滂沱の涙を流し、震えていた。


「ご、ごめんねダルジャン? な、泣かないで?? ね?? 次は絶対にダルジャンに付いてきて……あ、でもトイレはやっぱり……いや! ダルジャン伴う! 伴うから泣かないで?」


「フミィ!」


「ダルジャン、心配かけてごめん」


泣き濡れのダルジャンをトントンと撫でながら、ダルジャンの背中越しにチラリと見えた陛下の姿に、思わず固まった。


……ナニアレ? 陛下の顔、えらい真っ青。


もっと言うと、陛下の後ろの護衛までもが蒼白だ。


「シャクラ、またここの手入れに来ていたのか?」


「そうじゃぞ、わらわの畑じゃからな。ところでルードナー陛下、顔色が真っ青じゃがどうしたんじゃ?」


「なに、少々ダルジャンに脅しを掛けられただけだ……」



ダルジャンか、ダルジャンが陛下に牙を剥いたらしい……。


「陛下、色々とすいませんでした。それから、なんかダルジャンが今日はもう仕事になりそうもないんで、二人で早引きさせてもらいますね? 私の仕事には区切りがついてます。それとダルジャンのやりかけは、明日の早出で調整させます」


「あぁ」


疲労困憊の陛下は力なく了承した。……なんかごめん、陛下。


陛下の手に収支報告書を押し付けて、シャクラに向き直った。


「シャクラ、今日は久しぶりに会えて良かった! また今度、一緒にお茶でも飲もう?」


「フミィ、わらわはフミィに話したら心がスーッと晴れたようじゃ! 今度はとびきりの手土産を持って訪ねて行くからな!」


「うんっ、待ってる!」


よし、後はさっさとダルジャンの回収だ。


「ほらダルジャン、早引きの許可貰ったからお家に帰ろう??」


「……うむ、フミィ。今日はもう、一時だって離さん」


「うんうん」


私は安易な散歩は二度とはしまいと苦い教訓を胸に刻み、ダルジャンに抱かれながら自宅へと帰った。


……赤ちゃん、貴方は幸せ者だと言った舌の根も乾かぬうちにアレだけど、我が家はなかなか突き抜けた家庭かもしれないわ。


だけどきっと、貴方なら大丈夫だね? だって、お腹にいる内からこんな両親を見て育っているもんね。


なにより、突き抜けたこれもまた『幸せ』の形には違いない。








(ちょこっとだけおまけ side陛下)




フミィとダルジャンを見送った後、シャクラと二人で王城に戻る。


その足で途中、稚蚕飼育場に立ち寄った。


「お蚕さん、可愛いのぉ。わらわが手塩に掛けてやるゆえ、わわらの未来の子らの産着は其方らに頼んだえ?」


蚕に桑を与えながらシャクラが微笑む。シャクラの言葉で、真っ白な絹の産着に身を包む我が子の姿が脳裏を過ぎった。それは、いつか来る未来。俺の頬も、知らず緩む。


「お蚕さん、よい絹を作ってたもれ?」


シャクラは御養蚕の伝統を俺よりも余程に理解している。俺は正直、御養蚕などの伝統にはあまり興味がなかった。


「王妃所有とはいえ、こうも自ら手を掛けてやるなど稀だろう。シャクラが疲れん程度に人に任せてくれればいい、ほどほどにな?」


俺の言にぷぅっと頬を膨らませてみせるシャクラが愛おしい。


「ルードナー陛下、それはいかんぞえ。御養蚕は古きから王室で守り継ぐ大事な伝統産業ゆえ、敬うて当然じゃ。わらわはルードナー陛下とアルバンド王国の良き伝統をしっかりと守り継ぐ。じゃが、変えた方が良い部分はもちろん変えてゆくのじゃ」


シャクラには間違いなく人の上に立つ器量がある。


俺とシャクラの治世はきっと、後世に残る程に平和なものとなるだろう。


……俺は果報者だ。


「そうか」


ダルジャンやフミィ、得難い出会いはいくつかあった。


けれどシャクラ、お前との出会いが唯一、俺の一生を賭す出会い。生涯でただ一度、乞い願った運命の恋。


シャクラが、俺の運命。


「それとなお蚕さん、わらわはフミィに言い尽くせぬ程に世話になっておるのじゃ。じゃからフミィの子の産着も、作らせてたもれよ?」


! なんだと!?


それは聞き捨てならん。


「……シャクラ、この規模ではそう多くの絹は取れん。うちは子だくさんになる予定だ。我が子らの分にここの絹は取っておき、ダルジャンのところには購入品を贈ればいい」


事実、ここは伝統継承を目的にしていて、そう多くの絹は取れない。


「! なんじゃなんじゃ、ルードナー陛下は存外ケチじゃな!?」


「ふん。ケチで構わん」


世話になったフミィやダルジャンはもちろん大事だが、俺にはシャクラと後の我が子の方が余程に大事だ!


「わらわはフミィにここの絹で産着を贈りたいのじゃ!」


「俺は我が子の為に取っておきたい」


「ルードナー陛下は頑固じゃ!」


「ふん。頑固で構わん」


「分からず屋じゃ!」


「ふん。分からず屋で構わん」


ますます頬を膨らませるシャクラを抱き寄せて、その額にそっと口付ける。


頬に、瞼に、最後に唇に口付ける。


「ルードナー陛下……」


潤んだ目でシャクラが俺を見上げる。


「シャクラ、可愛いな?」


桜色に上気した可愛い頬を撫でた。


「わらわは、ごまかされんぞ?」


「……」


俺は明後日の方向に目を泳がせた。


……アルバンド王国は今日も平和だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ