表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

カケラのお話し☆同じ空の下




カタカタカタ……、カタカタカタ。


「加藤チーフ、明日の会議の資料です」


一般職から総合職に転換して二年が経つ。


我ながら驚いた。私は言われた仕事を熟すより、自発的に考えて仕事をする方が余程に肌に合っていたらしい。


めきめきと認められ評価も上がり、半年前から私はかつての上司であり、憧れの女性だった彼女と同じ椅子に座っている。


「ん、ありがとう……って、駄目だよこれ!? ここ、間違ってるから作り直し。……うーん、会議は明日の午後だから、朝一でやってくれればいいや。今日はもう、上がって?」


口調がきつくなりそうなのを、意図的に抑える。


「す、すいませんでした! お先、失礼します」


青くなって踵を返す社会人一年生は、まだまだなっちゃいない。


彼が戦力になるにはもう少し、時間と手間がかかりそうだ。


「くすくすくす。なんか、サトちゃん見てるみたい」


ひょっこりと顔を出したのは社長秘書室のさくら先輩だった。


「やだ、さくら先輩見てたんですか? ……全然、及びませんよ。佐藤チーフはこんな風に目くじら、立ててなかったですよ」


さくら先輩はあなどれない。ふわふわと可愛らしく微笑みながら、巧みに幹部連中を操縦する。その手腕はいっそ、神憑り的だ。


「そうかなぁ? それはたまたまサトちゃんの部下がミホちゃんだったからだと思うけどね。ねぇミホちゃん、まだ残る?」


「いえ、もう上がりますよ。佐藤チーフと違って私はそうそう残業ばっかりしてたら体、持ちませんもん」


パタンとパソコンの画面を閉じる。


「言えてる。サトちゃんはいつも終電で、タフだったよね~。ねぇミホちゃん、よかったら一緒に夕飯食べて帰らない? 私今日一人だから、帰って作るのも億劫で」


「はい。さくら先輩、私、美味しい薬膳メニューのお店知ってるんです。どうですか?」


「わぁ。体に良さそう! そこに行こう」


会社を出て、さくら先輩と並んで歩く。


にこにこと微笑むさくら先輩は相変わらず華奢で細身。だけど、たっぷりとしたワンピースの腹部は少し膨らみがある。足元もペタンコの靴を履いていた。


「来月までですよね? あ~あ、さくら先輩までいなくなっちゃって、寂しいなぁ」


小さく溢せば、ぽんっと肩を抱かれた。


「ミホちゃん、産休育休明けたら私はまた戻って来るよ! この子、四月生まれにしたから保育所入所もクリアーだし」


胸を張る真似をしてみせるさくら先輩。


四月生まれにした、……なんとも逞しい台詞だ。やはりさくら先輩は侮れない。


「そうでしたね! ふふっ、だけど意外ですよね。一番仕事の鬼だった佐藤チーフが最初に会社を去って。代わりって訳じゃないですけど、緩めに働くつもりでいた私が今は企画室のチーフ。世の中分かんないものですよね」


「うん、私もね最初は寿しよっかなって思ってたの。でもやっぱり結婚後も仕事続けようって思ったし、産後も復帰しようって思う」


「さくら先輩が辞めちゃったら会社は大損失ですからね。煩型のおじさん連中転がすのに、さくら先輩はなくちゃならない人です! あの……さくら先輩、私、本気で管理職目指そうかと思うんです」


次の人事考査で、私の職能資格はまた確実に上がる。そうすると係長の役職が視野に入る。


部長からは係長と侮るなと、平でいたいなら受けるなと、そう言われた。


けれどやる気があるなら係長に推薦すると、内々にそうも言ってもらった。


これから先、私がどういう働き方をしたいのか、部長への返事は一旦保留にしていた。


「うん、ミホちゃんは向いてると思うよ。肩の力の抜き加減、心得てるもん」


部長にすら伝えていない決断は、いともあっさりと賛同を得られた。


「さくら先輩、それって褒めてますか?」


「褒めてる褒めてる! 部下の転がし方も、ミホちゃんの方がサトちゃんより上手。サトちゃんは転がさないで自分で呑み込んじゃうから、無能な部下はいつまでも無能なまま。さっきの会議の資料、サトちゃんなら見もしないで受け取ると思うんだ。だから、その場で間違いの指摘もしなけりゃ、翌日にもう一度見てあげるなんて手間も掛けない。自分でちゃっちゃと直しちゃう、ね? これじゃ無能は進歩する余地がないでしょ?」


な、なるほど納得。


可愛い顔をして、割と辛口な物言いがさくら先輩の醍醐味。だけどそれはいつも、物凄く的を射ている。


「さくら先輩って、やっぱりめちゃめちゃ佐藤チーフの事を心得てますね」


「そうだね。学生時代からずっと、見てきたからね……」


さくら先輩は懐かしむように目を細め、宙を仰いだ。釣られるように、私も空を見上げた。


見上げた空は大都会には不似合いな、煌く星空だった。


「サトちゃんは、会社っていう枠の中で出世していくにはちょっとズレがある気がしてたよ。サトちゃん自身が飛び抜けて出来た分、部下の進捗状況や予算確保やそういう管理はやれば出来たろうけど、なんか違うって思ってた」


物凄く、その通りだと思った。


「佐藤チーフなら会社勤めとかそんな枠を飛び出して、好きな仕事してそうですよね。佐藤チーフタフだし、赤ん坊背中に背負って、家事に育児に仕事に駆けまわってそうです」


「でしょう!? だから私もサトちゃんみたいに、とは行かないけど肝っ玉母さんしながら仕事続けようって思ったんだ」


「……さくら先輩は肝っ玉母さんってタイプではないですけど、働く素敵なお母さんになりそうです」


「え! じゃあ私、素敵でいられるように頑張らなくちゃ!」


さくら先輩と二人、顔を見合わせて笑う。




空は、繋がっているのだろうか?


……きっと、どこまででも繋がっているだろう。










シャッ。


カリカリカリ……、シャッ、シャッ。


羽ペンを走らせる。


トントン、トントン。


「ふきゃぁ」


「よしよ~し、いい子ちゃんね~」


左手で隣のベビーベッドで一人遊びする我が子をあやす。


この子はいつもニコニコで、よーく乳を飲み、よーく眠る、ものすごーく育てやすい子だ。


当初は『たまごク○ブ』や『ひよこク○ブ』が降ってきやしないかと望みもしたが、我が子には不要の産物だった。


そんなものがなくとも我が子は、ぐんぐんすくすく育っていた。


カリカリカリ……、シャッ。


また怒涛の勢いで、羽ペンを走らせる。


我が子を横目に見つつ、ひたすらに計算する。


雑用係には9~12時の短時間勤務で復帰した。12時まであと、15分!


これ以上はダルジャンが頑として首を縦に振らない。


当然、時間外勤務はあり得ない。


カリカリカリッ……、シャッ、シャッ!!


「……お、終わった!! んでもって、疲れたー!」


私は12時を目前に、なんとかかんとか収支報告の再計算を終えた。


ズレやら記入漏れやらの多い事多い事!


しかも書式が各領毎にてんでバラバラなものだから、非効率この上ない。


「おっ、さすがにフミィは仕事が早いな。やはり子連れの短時間勤務でもフミィに復帰してもらったのは正解だったな」


対する私は、安易な職場復帰を後悔してしまいそうだ。


育児どころじゃなく、アルバンド王国の国政管理は一筋縄では行かない。


育児の百倍、疲れる。


「陛下、毎度毎度どうしてこうもザルの収支報告が上がって来るんですか!?」


「ふむ、各領主がフミィ程の処理能力を持つ訳ではないからな。これが各領主の裁量の精一杯なんだろう」


「なら、受け取る時に書記官がきちんとチェックして受け取ればいいんです! まずは、フォーマットを統一しましょう。共通の書式にして、書記官にはチェックリストを渡して受け取り時に最低限のチェックをして貰うようにしましょう!」


けれどやはり、やりがいがある。


「分かった、今度担当官に打診してみよう。……ところでフミィ、ベビーベッドの赤ん坊が臭いぞ」


「え!?」


陛下にクイッと鼻先を向けられて、私もスンスン……スンッ!


「っ、ほんとだ! こりゃウンチですね!!」


鞄から替えのおむつを取り出し、慣れた手順でおむつを替える。


「きれいきれいだね? 気持ちいいね~?」


この世界に紙おむつはないけれど、布おむつは扱いさえ慣れてしまえば、我が子の肌にも優しいしエコロジー。いい事ずくめだ。


「きゃっきゃぁっ」


愛しい我が子を腕に抱き、幸せを噛みしめた。


「ふふふっ。なんていい子ちゃん」




「まさか政務室でおしめ替えをされる日が来ようとはな……。そしてそれを微笑ましいとか思う俺はもう、かつての俺ではないのだろうな」


「えぇ陛下、そして陛下も三月後には愛しい我が子に鼻の下を伸ばすのですよ」


「ダルジャン、来ていたのか」


「ええ、これからはフミィを送りがてら、俺も昼食休憩は屋敷でとるようにします」


「そうか。……ダルジャン、お前も変わったな」


「お互い様です」




「あ!? ダルジャンっ!!」


可愛すぎる我が子と戯れていれば、いつの間にか政務室にダルジャンがいた。


ところがだ、ダルジャンと陛下は何故か、見つめ合って笑っていた。


「……なに二人で見つめ合って微笑んでるの?」


「なんでもない、さぁフミィ、三人で帰ろう」


ダルジャンが肩を抱く。


「うんっ! じゃ、陛下お先です」


「へーへー、お疲れさん」




晴れ渡る空の下、私たちは三人で家路についた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ