カケラのお話し☆ダルジャンの屋敷に通っていた家政婦さんの正体は……
宰相職にあるダルジャン坊ちゃんは公私共にとても多忙な日々を送っている。
なのにダルジャン坊ちゃんは、三日に一回屋敷にあたしを入れるだけで、住み込みの家政婦を置いていない。
以前はあたしも毎日通っていた。けれど夫も仕事を引退して家にいるようになり、あたし自身も年を取り体力的なところもあって、通う回数を段々と減らしてもらっていた。
あたしが行く日は料理も出来るだけ作り置くようにしているけれど、三日は持つはずもない。
ちゃんと食べているのか、孫息子のように思うダルジャン坊ちゃんへの心配は尽きない。
「ダルジャン坊ちゃんにいい人でも出来ればあたしも安心なんだけどねぇ……。まぁ、それは愚孫のバーガンにしても同じかね」
特大の溜息を溢した。
孫のバーガンもダルジャン坊ちゃんと同年だが、あっちの花こっちの花へと飛び回り、ちっとも落ち着かずにいまだ独り身でいた。
対するダルジャン坊ちゃんはその見た目故か、こと女性関係では随分と奥手でいる。いや、奥手というよりは、そもそも望んでいないようだった。
……馬鹿らしい話さ。ダルジャン坊ちゃんの見た目は確かに一般とは異なるが、ダルジャン坊ちゃんほどに漢気溢れる男などおらんと言うのに。
「まったく女どもは見る目がないさね。あー腰が痛い、お陰で年寄りはまだまだ隠居できそうもないね」
けれど、ダルジャン坊ちゃんがテジレーン公国から帰国して、事態は大きく動いた。
「住み込みで家事手伝いの娘を雇う事になった。だが、クレアには今まで通り通って欲しい」
この一言で、あたしはピンときた。
もう二十年近く、ダルジャン坊ちゃんを見てきた。こんなにも穏やかに笑うダルジャン坊ちゃんは見た事がなかった。
あたしが日参の回数を減らしても、ダルジャン坊ちゃんは絶対に新たに人を雇い入れる事をしなかった。そんなダルジャン坊ちゃんが誰彼構わず屋敷に人を引き入れるなどあり得なかった。
雇い入れる娘は、ダルジャン坊ちゃんにとって大事な娘に違いなかった。
「……いいや、そういう理由ならあたしゃ辞めさせてもらうよ。なんだかんだと機会を逸したまま今まで続けてきたが、最近は足腰も衰えてきていたからね」
「そうか、それは残念だな。クレア、本当によく勤めてくれた、今までありがとう」
ダルジャン坊ちゃんからこんな風に見送られるとは思ってもいなかった。
百まで働かねばと、半ば覚悟もしていたが……。
「いいや、あたしも気持ちよく働かせてもらえたよ。それからね、ダルジャン坊ちゃんには迷惑かも知れないが、あたしはダルジャン坊ちゃんの事を本当の孫のように思っていたよ。その娘さんと上手くおやりよ」
ダルジャン坊ちゃんは目を見開き、次いで少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「クレア、クレアにそんな風に言ってもらえて嬉しい。俺もクレアを祖母のように思っていた。しかしまぁ、バーガンに申し訳がたたんな」
「馬鹿お言いじゃないよ。不実にフラフラと遊びまわるバーガンよりも余程に、ダルジャン坊ちゃんの方がいい男なのは間違いないからね! 自信をお持ちよ!」
二十年近く続けた通いの家政婦は、これで一区切りとなった。
さて、これからは、ゆっくりと亭主に尽くそうかね。
「……そういや、住み込みはいいけどダルジャン坊ちゃんの屋敷に客間なんかなかったよねぇ」
ふと、ダルジャン坊ちゃんの屋敷の間取りを思い出して呟いた。
「あん? ばーちゃん、ダルジャンとこは今頃しっぽり懇ろにひとつ寝台使ってっから、心配しないでいいだろうよ?」
「これバーガン! 下種な勘ぐりをおしじゃないよ!」
嫁のターニャさんを連れて訪ねてくれていたバーガンの下品な物言い。バーガンが幼少の頃の名残で、思わず手が出た。
「……いや、ばーちゃん、あの二人もう二週間も缶詰だ。下種な勘ぐりでも誇張でもなんでもねぇと思うぜ」
「!」
律儀にも、避けずにあたしのゲンコツを受けて、バーガンが言った。
「あーはっはっはっ、白獣宰相閣下も隅に置けないねぇ!」
高らかな笑い声を上げる孫嫁のターニャさんは、愚孫には勿体無い程に出来た女性だった。
これもまた、あたしにとっては意外な事だった。
「まったく、そう言うアンタも隅におけないねぇ。こんなにいい娘さんをよく迎えたもんさ」
まったく、いつの間に見る目を養っていたのか。
「だろう? ターニャは自慢の嫁だ」
「いやだよ、バーガン。おばあ様の前で照れるじゃないさ」
「……こりゃ曾孫の顔を見る日もそう遠くないね」
そしてきっと、ダルジャン坊ちゃんのお嫁さんも、素晴らしい娘さんに違いない。




