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カケラのお話し☆化粧小物屋へお買い物 ※本編4にてターニャが目撃




「フミィ、買い物に出ないか?」


朝食を終えたフミィに水を向けてみた。


さり気なさを装ってはみたが、今日の公休でフミィを連れ出そうと、連日ずっと考えていた。ぜひともフミィを連れて行きたい店があったのだ。


「おっ、やったね! お味噌が無くなって困ってたから丁度良かった! ダルジャン、荷物持ちはお願いね!」


……今日の買い物は食材ではなかったのだが、まぁどうせ方向は同じか。


「ふむ。味噌だな、では行くか」


フミィと連れ立って通りを歩けば、行く先々で人々からの視線を感じる。


俺はフードを深く被っているから、この視線は俺に向けられたものではない。これらの視線はフミィに向けられたものだ。


フミィの黒髪黒目に白い肌は珍しいが、アルバンド王国にあっては好意的に受け止められる。


「店主、この子に一通り揃えてくれ」


「かしこまりました、って! まぁまぁまぁ! なんて綺麗な白い肌でしょう!? それに瞳も綺麗な黒!」


「えっ、ダルジャンここ高級っぽくない? 一通りってダルジャンそんないいってば、化粧水とクリームだけでっ」


案の定、化粧小物屋の店主はフミィの容姿に息を呑んだ。


「化粧水やクリームはもちろん、白粉や紅も合う物を頼む」


「えぇえぇ! こんなに綺麗な肌にさて、一体どんな白粉を誂えたものでしょう。そうだわ! いい色の頬紅も合わせてみましょうか!」


「って、だから必要最低限でっ」


店主は手際よくフミィの前髪を留めつけると、試し用の白粉を選び始めた。


……ふむ。前髪を上げたフミィは少し大人びた印象で、また別の美しさだ。


「頬紅の他にも一式全部だ。それから髪留めも幾つか見繕ってくれ。そんな風に髪を上げる為の物と、括る物だな」


「それでしたら入荷したばかりの珊瑚の髪留めがあるので、あとで合わせてみましょう!」


「いやいやいや! だからっ」


俺は後ろの椅子に掛け、店主とフミィの軽快なやり取りを微笑ましい思いで見つめていた。


美しく化粧を施されていくフミィを眺めるのは、至福だった。




接客の間、フミィは多少の遠慮はしつつも、嬉しそうにしていると思った。


この店にフミィを連れてきて良かったと、俺の心は浮き立った。


「フミィ? このような店はあまり好みではなかったか?」


けれど、店を出た後のフミィはぼんやりとして、心ここにあらずといった様子だった。


もしかするとフミィは俺の手前、喜んでいる素振りをしていたのだろうか?


「え!? やだっ、違くって! これは嬉し過ぎるくらい!」


フミィは化粧小物の一式が入った袋を大切そうに、ギュッと胸に抱き締めた。


そうしてフミィは俺を見上げ、ゆるゆると首を横に振った。


「……そうじゃないの、ダルジャン。こんな風に化粧品一式を前にも揃えてもらった事があって、それを思い出したの……」


胸がズキンと傷んだ。俺の前にフミィに化粧品を誂えた男がいたのかと、フミィがその男を切なく思い返しているのかと想像すれば苦い思いが湧き上がった。


「ダルジャン、少しだけ昔話を聞いてもらってもいい?」


フミィは切なく微笑んで、俺から視線を外すと宙を見上げた。


フミィの笑みがあまりにも切なくて、そのままフミィの輪郭が宙に溶け、消え去ってしまうんじゃないかと本気で思った。


俺は人混みから庇うようにさり気なさを装って、そっとフミィの肩に手を添えた。


それは、俺の精一杯の勇気。


……あぁ、ここが、人通りの多い中央通りで良かった。


手のひらに感じるフミィの温度を切なく感じていた。


「あぁ、少しと言わず幾らだって聞くさ」


フミィの語る話なら、過去の男の話だろうと何だろうと、俺は聞きたい。例え俺の胸の内、激しい嫉妬の焔が狂おしく燃え上がろうとも。


「大学……ええっと、上級の学校に入学が決まったの。その時に母が、これから必要だろうから化粧品を揃えようって買いに連れて行ってくれた。この時は何故か、普段は買い物になんて絶対に付き合わない父も、一緒に出掛けた」


なんとフミィに化粧品を誂えたのは母上であったらしい。


フミィが絡めば、俺はどこまでも愚かな男だ。そうして愚かな俺は、フミィに化粧品を誂えたのが母上だという事実に、心底安堵していた。


フミィの一言一句が俺を天国にも地獄にも連れてゆける。


「母が愛用していた化粧品メーカーのカウンターで、美容部員のお姉さんと私と母、三人で色々試しながら初めての化粧品を選んだ。その後ろで父が居心地悪そうに、まだかまだかと覗きながら待ってた。私は嬉しい思いで、こんな風に真新しい袋を胸に抱えたのを覚えてる。だけど家族の気安さからか、面と向かってお礼を言うのは恥ずかしくって、その時の私はまともなお礼だって言ってないの」


それは至って年頃の娘らしいエピソード。俺はフミィの思い出話を、微笑ましい思いで聞いた。


仲の良い親子の光景が浮かぶようだった。フミィ親子は分かり合えている。フミィが言葉に出来なかった礼も、間違いなく両親には届いている。


けれど、フミィの表情は暗い。


「化粧品を買ってもらった後は、三人でレストランで食事をした。だけど私、その時にどんな話をしたのかだって、覚えてない……」


元より身長差のある俺とフミィだが、今この瞬間のフミィは小さく頼りなく感じた。


それはまるで迷子の幼子のように、心許なく見える。


「フミィ?」


常の俺は、安易に人に触れる事をしない。


フミィは気にも留めないだろうが、俺との接触を厭わしく思う者は少なくない。だから俺は意識的に他者との接触を避けている。それはフミィに対しても例外でなく、今肩に触れる手は、俺のなけなしの勇気で伸ばした。


なのに今は、更に一歩を踏み出しても許される気がした。フミィがそれを望んでいる気すらした。


人混みにかこつけて、フミィの肩に触れる手に、僅かにだけ力を籠める。そっと、そおっとフミィを俺の方へと抱き寄せた。


俺の胸にトンっとフミィの肩が触れる。


愛しいフミィの感触に、胸が震えた。


「だって私、そんな当たり前の日常はずっと先も続くって思ってたから。まさかそれから数日後に二人ともいなくなっちゃうなんて、これっぽっちも思ってなかった。……知ってたら、お礼を言ってた! レストランでの会話だって、一言一句忘れたりなんてしなかった!」


!!


ポタン、ポタンと地面に透明な雫が落ちる。透き通る雫はまるで、フミィの透明な心をそのままに映す鏡。


フミィを抱く手を、反射的に引いた。邪な想いを抱く俺の手が、フミィに触れている事が憚られた。


フミィに触れられて嬉しいとか、フミィの温度が感じられて役得だとか、そんな風に思った俺自身が酷く汚らわしかった。


あまりに浅はかだった自分自身に愕然とした。


「ダルジャン、湿っぽい話をしてごめんね。だけど今、なんでかダルジャンに聞いて欲しかった。それに聞いてもらって、スッキリした」



宙に浮いたままの俺の手を、フミィが取った。


化粧小物を抱える胸に、俺の手を引き寄せた。


流れる涙はそのままに、フミィは晴れやかに微笑む。清らかに澄みきった黒の双眸は、俺には眩しさが過ぎる。


「ダルジャンこれ、ありがとう! 大事にする!!」


化粧小物の袋と一緒に、フミィが俺の手を抱き締める。


フミィという圧倒的な存在に出会わせた運命に、俺はひれ伏して謝したい。


「……フミィ、賛否があるだろうが、俺は今生が全てとは思っていないんだ。死してまほろば。常世に来世。数多に広がる無限の世界に、可能性もまた無限。ならば何をよすがとすればいいか」


突拍子もない俺の言葉にフミィは目を丸くして、パチパチと瞬きを繰り返す。


瞬きに伴って幾つかの雫が頬を伝った。


けれどフミィの目に、新たな涙はもう浮かんではこなかった。


「きっと、想う心だけが道しるべ。フミィ、父上と母上に今のフミィの言葉、想い、余さず伝わっている。残念ながら今生では叶わぬが、またいつか何処かで再びに笑い合う日も来よう。必ず巡り合える、いくらだって語らえる、フミィの想いがある限り可能性は果てしない」


「驚いた。……なんだか、ちょっと意外。宰相職のダルジャンはもっと、リアリストかと思ってた」


数多の夢の幾通りもの可能性は、厭わしい姿で生まれ出でた俺の心の拠り所。


これまで誰にも告げた事はない。


「呆れただろう?」


呆れられたとて構わなかった。それこそが、望み。


一時フミィが、馬鹿な事を言う男だと、笑いでもしてくれたなら、それだけで十分。


どこの世界ででもいい。呪わしいこの姿でなく、ただの男としてフミィに再び見えたその時は、俺はフミィの愛を乞う。


その時こそ、俺はフミィを手に入れる。


「ううん、ダルジャン。私、今改めて思った。私を拾ってくれたのがダルジャンで良かった。最初に出会ったのがダルジャンで良かった! ダルジャンに会えて、良かった!!」


!!


「ダルジャン早く家に帰ろう!? それで私、今日のお礼にいっぱいダルジャンの好物を作る!」


フミィ……、やはり俺は、数多に広がる無限の世界を願わずにはいられない。


「それは楽しみだ」


今の俺には叶わぬから、だからそれらに望みを繋ぎたい。




「あーーっ!! 味噌買い忘れた!!」


呪われた我が身にフミィは、あまりにも眩しい。




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