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もしかして宿に入るなり圧し掛かってこられるんじゃないか? 本当はそんな思いで戦々恐々としていた。


本心ではセックスは怖い。しかも同意ないそれを強要されればその恐怖はいかばかりだろう。


「フミィ、寒くねーか?」


ところが馬上で私を後ろから抱いて手綱を握るエルビオンは、いっそ紳士的過ぎるほど。


エルビオンはあの宿を拠点のひとつとしていたらしい。備え付けの衣裳棚から旅に必要な荷物を纏めると、私達はあの後すぐに宿を出た。


そうしてかれこれ数時間馬に揺られているわけだ。


「寒い! これから北の方に行ったらもっと寒いじゃん? だから、ここらで引き返そ!?」


「だーめ」


こんな不毛なやり取りを一体何度繰り返したことだろう。それでもエルビオンは、「寒くはないか?」「体は辛くないか?」「喉は乾かないか?」繰り返し問うてくるのだ。


エルビオンに言わせれば、私の体格は華奢で頼りなくて心配なんだそうだ。


まぁこちらの世界の人達に比べれば骨格のつくりからして違うわけだけど、フミィさんは割かし頑丈に出来ている。


けれど不思議と心がざわつく。心が悲鳴を上げるのだ。


こちらの世界に来て、今までずっとダルジャンが私の隣にあった。それはもう当たり前の感覚で、王城で働いている時も呼べばダルジャンが来てくれる、そんな安心感が常にあった。


けれど今、そのダルジャンがいない。呼べど叫べど、ダルジャンには届かない。それがひどく心細くて、足元から崩れ落ちそうに不安だった。


康太やさくらにだって感じた事の無いこれは、依存心だろうか? 


……いいや、きっとそうじゃない。


本当は、分かってる。


……私はもう、とっくにダルジャンを男として愛してる。


その愛に目覚め、受け入れればストンと違和感なく胸に馴染む。そしてこの愛は紛う事無い、私の生涯を賭けるに足るだけの恋だ。


歩様によって様々だけれど、騎馬は速歩で時速12キロ位なんていうのを聞きかじった事がある。だけどこの世界の品種は、日本で知る馬よりも余程ガッシリした体躯だ。


そうすると50キロくらいは移動したのかな。振り返っても王都はもう目視で確認できない程に遠い。


王都が、王城が、……ダルジャンが、遠い。


不思議だった、勝手に目頭がぐっと熱を持つ。じわっと視界が滲むのはどうしてだろう。


「なぁ、お前にそんな顔をさせるのは同居人の宰相閣下か?」


そんな顔? 私を後ろから抱くエルビオンに私の顔なんて見えよう筈もない。


「なんのこと?」


すました返事で誤魔化した。


「他の男を思って俺の腕で涙を零すたぁ、妬けるだろう」


エルビオンはグイッと私を抱く腕を強くした。けれどエルビオンはそれ以上言を重ねる事をせず、ただその手の温度を伝えるだけ。


頬を伝った涙が一滴、風に流されてエルビオンの手に落ちた。その時に一瞬、エルビオンの手がビクリと震えるのを感じた。


……ダルジャン、今、こんなにも貴方を恋しく感じてる。








☆恋に身を焦がす男の考察☆




本当の意味で自分から欲しいと思った物なんて今まで何ひとつなかった。


それが今、俺の腕の中にある。


俺の気持ちひとつで柔らかな肢体を好きなように組み敷く事だって容易い。


それが何故だ?


腕の中で他の男を思って泣く女をいじらしく、切なく感じるのだ。蹂躙する事が躊躇われ、そっと包み込むように慰めてやりたいと、そんな不可解な感情が湧き上がる。俺自身、初めての感情に戸惑っていた。


これまで俺に、望んで手に入らない物などなかった。俺はそれだけの行動力と決断力を備えていたし、こと女に関しては欲しいと思った事すらない。


黙っていれば女は全て向こうからすり寄って来て、俺が女の尻を追いかける必要なんてなかった。


「おい、フミィ。腹は減らないか?」


だけどフミィはそうじゃない。俺自身が初めて望んだ。俺が俺の伴侶にと望む女だ!


まぬけな白獣宰相よ! お前は指銜えて見てりゃあいい! フミィは俺が俺の腕で幸せにしてやる!


「おかげさまで絶賛馬酔い中。なんも入りそうにない」


飾りのないフミィの言葉に苦笑が漏れる。


気を張って強がって、フミィは強い女だがその体力もそろそろ限界だろう事は肌で感じていた。よくもまぁここまで弱音ひとつ吐かずに来たもんだ。


まぁ、悪態は都度都度で吐きまくっていたが。


「喜べフミィ、今晩が最後の野宿だ。明日にはトルデーダに到着だ。トルデーダに着いたら一番に教会で婚姻の誓いを立てるぞ」


教会で誓いさえ立ててしまえば白獣宰相とて手が出せない。神が認めた婚姻は覆せないから、少なくともフミィの法律上の夫は俺だ。


「私、悪妻になるよ? 引き返すなら今がチャンスだよ?」


ここにきてもまだ、フミィは軽く流そうとする。これがきっとフミィなりの最大限の抵抗であり、処世術でもあるんだろう。


もちろんフミィは安易な逃亡を謀ろうともしない。分かってはいたが、頭のいい女だ。


「ははははっ! 悪妻か、大歓迎じゃないか? だがな、俺の交接は強いんだとどの女も悦ぶ。お前のような気の強い女だってアンアン喘いで物言わせなくしてやれるぞ」


「……いらないし、そんな情報」


一見すれば平静を保ったままに見えるフミィだが、その目が明らかに狼狽し泳いでいる。


きっぷのいい女だったからこの手のネタもいつも通りに受け流すんだろうと踏んでいた。どうやら違ったようで、この手のネタは拙かったかと内心舌打ちした。


これまでこんな風に一人の女に執着した事はない。こんな風に一人の女を本気で欲しいと思った事もない。


今俺の腕の中にあってさえ、その心を俺に向けないこの女は俺が初めて望んだ。


白い項に視線が留まる。きめ細かく滑らかなその肌に触れた時、果たして物言えなくなるのは本当にフミィだろうか。


俺はきっと天にも昇る心地でこの女の柔らかな肢体に酔うんだろう。








***








既に馬を走らせて三日。


ジニーもフミィの窮地を察しているんだろう。常から強く逞しい走行が自慢のジニーではあるが、今はその脚にいつも以上に力が入る。


とは言え、三日の走行で随行員の馬には疲労が見え隠れしてきたものもある。気ばかりが急くが、走り潰してしまっては元も子もない。注意深く馬の状態を見て、休みを入れながら二人の後を追っていた。


「ダルジャン! エルビオンとフミィの二人連れをリンゴ売りが見かけていたぞ。二人はトルデーダ地方へ左回りの行路を取った! しかもそれが今朝の話だ!」


馬に水を与えながら休憩を取る俺達一行に、荒い息で駆け戻って来たのは近くの村へ情報収集に向かっていたバーガンだ。


「そうか!!」


ジニーの脚ならば今晩には追いつける!!


「……ここからは馬の状態で二手に分ける!」


隠密を手配すれば比較的早くフミィの行方は知れた。俺の直属の隠密部隊は優秀だがこんなにも早くフミィの行方を知れたのは、フミィを攫ったエルビオンという男がフミィとの道中で無理を押さずにまめに休憩を取り、物売りを見かければ新鮮な果物などをフミィに買い与えながら進んでいるからだ。


「バーガン! お前の馬は行けるな!?」


「あったりめーだ!」


そのリスクを男は十分に認識しているだろうに、男はフミィに強行軍をさせない。もちろん慣れないフミィは三日間の馬での移動で相当に堪えているだろうが。


それは男がそれだけフミィを大切に想っていると、そういう事なのか。苦い思いが俺を支配する。それは全身を焼き尽くす怒りの焔。エルビオンという男に対して、そしてそれ以上に不甲斐ない自分自身に対しての憤怒の焔だ。


「他にドルトンとアンドレ、先発で行く! 他の者は馬の状態を見て後から来てくれ!」


もう後悔はしたくない。


俺は庇護者から一歩踏み出してフミィの愛を乞う。


フミィが俺を望まぬならば、俺は喜んで見守る役目に徹しよう。


けれど伝えもしないまま、指を銜えて眺めたまま、俺の女神を横から別の男に奪われる。それでは俺は、どうしようもない阿呆だ。


女神は、フミィは、不可侵の偶像なんかじゃない! 


俺は確かにフミィという女性と共に暮らし会話を交わし、笑い合う生活を送っていたんだ。今回フミィが攫われた事で、俺は奇しくもそれを再認識させられたんだ。情けないくらいにふ抜けた阿呆だ。


けれど今度こそ、フミィに俺の心の内を打ち明けて、その愛を乞う!




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