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☆雑用係に絆されてきた国王陛下の考察☆




「あ、ども。おはようございます」


政務室の扉を開けたら予想外の先客がいた。いや、居る事自体はちっとも可笑しい事じゃない。俺が入室を許した数少ない人物で、今じゃその中でも筆頭格だ。


「って! おはようございますじゃないだろう!?」


「えっ? まだこんにちわには早くないですか?」


そんな頓珍漢な回答をして寄こすコイツは確かにいつも通りの平常運転に見える。見えるのだが、


「って、そうじゃないだろ! 昨日の今日で、大丈夫なのか!?」


男の俺だって立ち直れないだろう、う○こまみれの誘拐劇に巻き込まれたんだ。その心労はいかばかりか。


しかもだ、首にくっきりと残る痕がスカーフ越しにも見て取れる。


フミィは薄く笑ってみせた。


「心配かけましたね、陛下。でももうすっかりいいんです。それに家でぽけっーとしてるより、陛下にはっぱかけてる方がよっぽど気が紛れますから」


一国の王相手にこの言い様。


「……そうか。まぁ、ほどほどにな」


面白いじゃないか。




そんな感じでしばらく面白くもなんともない政務を熟していれば外交担当大臣から声が掛かった。


「陛下、大変でございます!」


まぁ大変な事態でなければ、そもそも俺に報告しに来ていないだろうさ。


「なんだ? 何があった?」


外交担当大臣はちらちらとフミィの方を気にしている。うむ、俺は気にならない。


「大臣? 何かあったのかと問うたのだが?」


「は、はっ! テジレーン公国に配しております間諜よりの報でございます。テジレーン公国の第三皇女が出奔したと言うのです。その行き先がどうやらここ、アルバント王国のようなのです」


……へぇ。そりゃまたえらいスキャンダルだ。


「それ、テジレーン公国はどう動く?」


「テジレーン公国皇帝は相当に立腹の様子。捨て置くかもしれません」


……へぇ。テジレーン公国皇帝は巨大な後宮を抱えている。側女も含め10人を超す妃を住まわせ、皇子皇女もまた10人以上。その中でも第三皇女は皇帝の最も気に入りと言われていた。


へぇ、その気に入りすら捨て置くのか。


テジレーン公国が公式に認めないのなら、そのお姫様を俺がどう料理しようとそれもまたテジレーン公国は一切関与せず。


「ちょっと待った! 捨て置くってなに? 捨て置くって?」


ズイっと身を乗り出したフミィが俺の襟首掴んで問いただす。


外交担当大臣が射殺しそうな目線でフミィを睨む。コイツは自分の娘を俺の妃に据えようって野望があるものだから俺に近しい女にえらく厳しい目を向ける。


よくないなぁ。俺、コイツの極楽鳥みたいな娘キライだし。


ぽんぽん。


フミィの腕をそっと叩く。ひとまず手を放してくれ、俺は結構苦しいぞ。


「あ、すいません」


フミィは弾かれたみたいにパッと手を放す。


「ふぅ。ま、言葉通りさ。ついこの間まで戦争だなんだと揉めてた国への勝手な来訪だ、正体明かせば来訪理由をでっち上げたり、各方面へ諸々の根回し等々色々面倒くさいだろう?」


フミィの眉間にはわかりません、とばかりにくっきり皺が寄っている。


そうなんだよな、フミィは情に厚い女なんだよな。王位ってのは時に綺麗ごとばっかりじゃない。親兄弟で骨肉の争いなんて珍しくもない。


「支配者は時に無情でな、我が子も切り捨てられるんだよ」


それを口にした瞬間、フミィからブリザードが吹きすさぶ。氷点下の視線は俺を射殺さんばかりだ。


「いや、待て。あくまで一般論だ。俺に我が子はまだないからわからん」


最後はフミィを思って濁したが、俺は家族ってものに別段希望を持っちゃいない。この先、俺の息子やら娘やらが王位を巡って争うとしても驚きはしない。


しないのだがフミィの人として至極まともな思考はここにおいては得難く、そして眩しくも思うのだ。


「陛下、私は陛下の臣下ではありませんから勝手な事を言いますね?」


はて?


俺は視線だけ上げてフミィに続きを促す。


「この人と、この人の子供は俺が一生守っていく。そう思える出会いがなかったら独り身の方がいいと思います」


「なっ!! 其方っ、」


これには外交担当大臣がフミィに食って掛かろうと一歩前に出た。俺は手でそれを制す。俺はフミィの話の方を聞きたい。


「たぶん陛下はご自身が思っているよりは正義感に厚い、そして優しいとも思います。だから、家族が仲良くいられない事にきっと心を痛めます。陛下には一夜の関係よりもよほど温かい家庭がしっくりくると思うんですよね」


目からウロコが落ちるとはこういう事を言うんだろう。


正義感に厚い、これはまぁそうかもしれん。


優しい? これは初めて言われたから、正直よくわからん。


けれど、温かい家庭が似合う? そうか、そうなんだろうか?


俺にはとんと縁の無かった温かい家庭とやら、果たしてそれはどんな甘美な夢を見せてくれるのか想像もつかない。


けれど、目の前のこの女となら或いは……


「フミィ、その温かい家庭とやらはフミィと共に築けるだろうか?」


ダルジャン、お前が己の懐で真綿に包むように慈しむこの女は王である俺にとってすら得難い女だ。そして俺すらも絆されて、焦がれる。それが恋情かはわからん。お前と同じ、俺とて真に女を愛した事などないのだから。


「えー?それは無理でしょ」


俺の結構本気の誘いは一瞬で袖にされた。ヤバイ、マジでちょっと凹む。


「はははっ、だって陛下たぬきじゃん? 私はダルジャンみたいな誠実なタイプの方が好みですもん」


肩を落として見せる(本当はガチ)俺をフミィはカラカラっと笑ってみせた。その上サラッと我が盟友のダルジャンを好みと宣った。


そのてらいなく自然体な所はやはり好ましく、この女となら或いはと期待は尽きない。


けれど同時に、我が盟友の初恋成就もまた嬉しいと思えるのだ。よかったなダルジャン、俺が権力に物言わせる暴君でなくて。


「あ、陛下。今のはオフレコでお願いします。あくまでタイプってだけで、私はもう恋はこりごり。自立して一人気ままにやっていきますよ。だから陛下、今後も雑用係はクビにしないで下さいね」


なんと!


ここまできても尚、その恋は実を結ばないのか?


……まぁ、それもいい。たくさんの栄養を吸って大きく育った実はいつか、特大の花を咲かせるだろう。急がずに待つとするか、俺はどんな花が咲くやらせいぜい観察させてもらうとしよう。


たまには悪戯に虫なんぞを放ってやるかもしれんがな。


「あぁそうだな、宰相やら大臣やらはその役職の名に過ぎん。けれど俺の雑用係とはフミィ、お前の事を言う」


「ははっ、そりゃ光栄です」


フミィの笑い顔に対し、苦い顔の外交担当大臣が頭を下げて政務室を辞した。


なんだ、奴はまだ居たんだったか?








***








ドンッ、ドンッ!


薄い眠りからガバッと起き上がる。


深夜に我が家の扉を叩く不届き者がいようとは、全くいい度胸だ。フミィが起きてしまったらどうするんだ。


「ダルジャン、お客さん?」


案の定、俺がガウンを羽織って自室(実はいまだ物置のまま)を出た所で寝ぼけ眼のフミィと行きあった。


っっ!!


「フ、フミィ、俺が行くからフミィは寝ているといい」


なんとか冷静に言を紡げた俺は偉い。フミィの姿はなんと素肌にシャツ一枚だけ。脚は太腿からむき出しで、素足を晒している。


しかもそのシャツというのは俺の古いヤツだ。


ダボダボに大きなシャツの襟ぐりから覗く真っ白な細い鎖骨。見えないその下の二つの膨らみまでが脳裏に浮かんできそうだ。


「えー」


ドンッ! ドンドンッ!


非常識な来訪者の催促が激しくなる。俺は急いで邪な想像を振り払い、階下に向かった。


フミィが俺に続く気配を背中に感じ、階段途中で振り返って見上げれば、角度が付いたことでフミィの太腿のきわどい部分までが目に飛び込んできた。


「フミィ、どちらにせよその恰好では来客を迎えられん。来るのなら着替えてからだな」


「あ、そっか」


フミィはやっと己の恰好に気付いたようで、くるりと自室に戻っていった。俺はほっと溜息を吐いて、今度こそ玄関へと足を向けた。階段を一段踏み外したのはきっと気のせいだ。決して動揺していたとか、そういうのではない。






「わらわを覚えておられるか?」


目の前の娘を見遣る。尊大な態度で我が家の居間まで踏み入って勝手に寛ぐこの娘を?


「すまんが記憶にないな」


俺の言葉に娘は目に見えて肩を落とした。


「そうか。まぁそれも仕方あるまい、調印式典でほんの一瞬すれ違っただけじゃからな」


調印式典? それはテジレーン公国との停戦調停を交わした場を言っているんだろう。その場には確かにテジレーン公国側に皇帝以下ズラリと暇そうな貴族達が控えていた。後ろの方には極彩色の美妃達とその皇子皇女らもあった。


娘の言と陛下に上がった間諜からの報告を考えれば、状況的にはこの娘がテジレーン公国の第三皇女に間違いないんだろう。


「貴方と私は初対面だ。初対面の人間にこんな非常識な来訪を許す程私は寛容ではない。早急にお帰り願おう」


「! 待たれや! わらわはテジレーン公国の第三皇女シャクラ」


娘は一気に顔色を失くすが、気丈にも言い放つ。


「私は宰相職にあるが貴国より、皇女殿下来訪の旨は一切聞いておりません。故に貴方の戯言を真に受ける事は出来ません」


何故テジレーン公国の皇女が俺の屋敷を訪れたのかは甚だ疑問ではあるが、こちらとしてはテジレーン公国が何のアクションも起こさず皇女を捨て置いた以上、無駄に関与する事は避けたい。


見た所、皇女は数人の侍女と近習を引き連れているようだから、このまま大人しく自国に帰ってもらうのが一番いい。


仮にあれやこれやと皇女が騒ぎを起こせば、せっかく停戦が成立したテジレーン公国と新たな外交問題に発展してしまう可能性もある。


「なんと!?」


ぶるぶると怒りに肩を震わせて目の前の娘は拳を握りしめている。その身分に奢り全てを意のままにしてきたであろう娘にはいい薬だ。


「えぇぇぇ!? さくらぁ!」


その緊張感を打ち破ったのはきちんと衣服を整えて居間に降りてきたフミィだった。


フミィは何を思ったか、皇女にがばりと抱き付いた。


「! 無礼者! 離れや、それにわらわはシャクラぞ! サクラとやらではない!」


皇女がグググッとフミィを引き離し、嫌そうに顔を背けた。


「えぇぇ? ちっちゃくて可愛いところも、ぷにぷにピンクのほっぺも、さくらのまんまじゃんかぁ?」


フミィは強い。顔を背ける皇女のほっぺをツンツンと突き、尚も覗き込む。


「其方、わらわへの無礼は一族郎党追放じゃぞ?」


キッと一瞥する皇女の言はきっと冗談でもなんでもない。この皇女は自国ではそれを当たり前とする暮らしを送っている。


俺は良い悪いを議論する立場にないが、テジレーン公国はなんとも皇帝権力の強い国なのだ。


「う~ん、さくらとは似ても似つかぬツンツンっぷり。シャクラ、だっけ? ツンツンの態度も悪くはないけど限度はあるよ? にこにこしてた方が女の子はモテると思うよ? 事実、さくらはモテモテだったもん」


フミィはそれだけ言うと炊事場の方に姿を消した。


機嫌を損ねたらしい皇女は尊大な態度でドサリとソファに背を預けたまま。俺としては早々にお帰り願いたいのだが、皇女に動く気配はない。


はて、引き摺り出すのも憚られる。俺が思案していれば、フミィが盆に茶器や茶菓子を載せて戻って来た。


「ほらシャクラ、お茶でもど? フミィ特製のミルクティは美味しいよ?」


お! フミィの淹れるミルクティは絶品だ。覗き込めば俺の分のカップもあるようだ。


「……其方、ダルジャン殿とはどういう関係じゃ?」


皇女の問いかけにお茶の用意を進めながらフミィは思案顔だ。


俺は内心気が気じゃない。例えばここで雇い主や大家などと答えられては立ち直れる自信がない。


「うーん、すごく大事な人には違いないんだけど、恩人? いや、でも今ではもっと両方向な関係だと思いたいなぁ」


俺はフミィの回答に天にも昇る気持ちがした。与えるだけじゃない、フミィからもそれ以上に与えられている、そんな俺の気持ちをまるで代弁したみたいな言葉だった。フミィもまた俺と同じ気持ちでいるのだと思っていいのだろうか。


こんなにも胸が温かく感じたのは初めての事だ。


「ん~、私達の関係を一言で言い表すのは難しいかな。ハイ、シャクラ。どうぞ召し上がれ」


フミィはそんな風に締めくくった。ところが、皇女はいきなりソファを立ち上がったと思ったら、フミィの淹れたお茶を乱暴に薙ぎ払った。


「アッツ!」


盛大に倒されたカップ。お茶はフミィの捲り上げていた袖の下、肘下に盛大に浴びせかかっていた。


「フミィ!!」


俺はフミィの肩を抱き、大急ぎで流し台に向かう。流水でフミィの両腕を良く流す。


「あの、ダルジャン、もう大丈夫だよ? お茶がちょっと掛かっただけだもん」


しばらく冷やしたところでフミィが遠慮がちに声を上げた。


「だめだ! 火傷になってはいけないから!」


後ろからフミィの腕を持って、俺はしばらくそうしていた。幸いにも真っ白な皮膚は少し赤くなっているが、水膨れにはなっていないようだ。


ホッと一息ついて、フミィの腕を取る。柔らかなタオルで丁寧に水気を拭き取る。


「フミィ、しばらくここに居てくれ」


そのままいつもフミィが踏み台代わりに使っている椅子に腰かけさせ、俺だけが居間へと戻った。




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