2話 償い
「はぁはぁはぁ……うん! この『豪速の天技』すごく楽しい!」
街のすぐ近くにある森を、新たに得た『豪速の天技』で縦横無尽に駆け巡る。
この天技は大体通常のスピードの50倍くらいの速さになっていると思う。感覚的な予測でしかないけれど。
ちなみに『燃焼の天技』は「うわー、燃える―」といった感想で終わった。
「でも、もう飽きちゃった。いつも通り『償い』しに行こーっと」
最後に『豪速の天技』を使って街へと戻る。
今回のように決闘で天技を手に入れたときに、いつもしている『償い』をするためだ。
お、丁度いいところに。
「奴隷商さーん!」
「わぶっ」
『豪速の天技』のせいで凄まじい風が発生し、奴隷商が彼の引く奴隷の乗った馬車ごと倒れそうになる。が、ぎりぎりのところで耐えた。
よかった。いつもの奴隷商さんだ。
「こんにちわ! 奴隷商さん」
「んあ? ああ、アベル君か今のは」
崩れた前髪をあげ、オールバックに戻した奴隷商は僕を捉えてそう言った。
彼は奴隷商さん。名前は聞いたことがないけれど、いつも僕が『償い』をする時にお世話になっている。
昨日のダニエルにも少し似ていなくもない、強面でがたいのいい兄ちゃんだ。
「うん。昨日手に入れたんだ」
そう言うと、何かを察した奴隷商は頭を掻きながら。
「あー、えーとだな。うん、いいんだけどよ。アベル君には返しても返しきれねー恩がある。だから断れねー」
そうはいいつつも渋る奴隷商。
たまたまではあるが、一度だけ彼の命を救ったことがある。その恩があるからと、いつも引き受けてはくれるのだが、商売上不利益にしかならないのは事実だ。
「ごめんよ奴隷商さん」
ここはしょんぼり泣きそうな顔をするのが効果抜群だ。
「ああ、もう。嵌められてるってわかってんのになーったく……ほらよ」
奴隷商は大きくため息をつくと、馬車に積んであるモゾモゾ蠢く布を勢いよく引っ張った。
そう。僕が必要なのは奴隷そのもの。天技を持たない奴隷がいてこその『償い』だ。
「わあ、ありがとう! 奴隷商さん」
これ以上ないくらいの満面の笑みで感謝を述べ、奴隷たちの元へ駆け寄る。
「あいよ。本当、調子がいい奴だぜ」
僕の演技力に奴隷商も驚いているみたい。
そんなことはさておいて、『償い』の時間の始まりだ。
「やあ、僕はアベル。こんにちわ」
馬車に乗り上げ縛られ怯える奴隷達を見渡す。
今回はどの子にしようかな! やっぱり女の子が多いけれど……まあ、誰でもいいよね。
「じゃあ……」
ん! 隅っこの白い子と黒い子でいいかな! 白黒にしよう!
奴隷は合わせて7人。髪の色がまばらで、茶色二人、赤、灰、黄、白、黒が一人ずつ。なんとなく白黒ってだけの理由だ。
大体いつも色で選んでいる。性別や容姿、態度で決めてしまうと、僕が命を選んでいるようで良くない。そんな傲慢、ありえない。
「そこの白い子と黒い子!」
指を指してそう言うと、二人の奴隷は肩を跳ねらせ身を寄せ合った。
そんなに怯えなくてもいいのに。
「安心しなよ。僕は君たち二人のご主人様にはならない。僕の『償い』の対象に選ばれたんだ。むしろ喜ぶべきさ」
怯えるのは仕方のないことだよ。
奴隷は売り出される前に過酷な調教を受けるって、奴隷商さんが前に言っていたしね。
次は何をされるんだろう。痛いことかな、苦しいことかな。そんな志向が永遠に頭の中に残り続けているんだろうさ。
だからこそ、そんな世界から救ってあげられるこの行為は『償い』なんだ。
奴隷という過酷な世界に追いやってしまうのは僕だけれど、その世界から救ってあげるのも僕なんだ。
「譲渡! そうだな……どっちでもいいけれど。うーん……黒い子に『豪速』で、白い子に『燃焼』で!」
〈譲渡申請。クリア。差出人アベル認証。クリア。豪速、譲渡、ニア。燃焼、譲渡、リア。認証。クリア〉
また、あの頭に響く声がそう告げた。
譲渡。これは天技を持つ本人が認めた時のみ、無条件で決闘することなく天技を与えることを指す。
ただし、決闘とは違い、元の天技の持ち主が無くなると天技は消滅してしまう。
「よし、『償い』完了っと! 奴隷商さん、終わったよー」
譲渡が終わるや否や、馬車を降りて奴隷商さんの元に駆け寄る。
すると奴隷商さんは僕の頭を撫でながら。
「おう。ま、無理すんなよ」
「………………何が?」
一体奴隷商さんは何を言っているのだろう。無理なんてなにもしていないのに。
「んーや、なんでもね。それはそうとアベル君」
「なんだい?」
さっきの奴隷商さんの言葉はよくわからなかったけれど、彼の困った顔を見て尋ねる。
「この状況、どうにかしてくれ」
突如、馬車の荷台の端が燃え上がり、何がどうなっているのか、暴風が発生して辺りに火の粉を振りまき始めた。
「ごめんよー! 奴隷商さん。ファイトー」
僕はそう言って、そそくさとその場を後にする。
こうして僕の『償い』は終わる。
もし、『償い』をしてこなかったら僕は今頃、いくつの天技を有していたのだろうか。
「そんな傲慢は、ありえないよね」
僕の理念はそこにある。