1話 無敵のアベルという少年
――唯一神、エイレーネは死んだ。故に我、エリスがこの世の唯一神となる。
――対話の世界は終わりを告げ、今この瞬間より、強さこそがこの世の秩序となる。
――民よ戦え。その術を我が与えよう。
これは、僕が生まれるずっと昔、唯一神エリスによって告げられた『神の死宣言』だ。
この『神の死宣言』をきっかけに平和な世界は終わりを告げる。
神により与えられた力は異常な力を有し、人々は私利私欲のためにその力を振るった。
それから数百年の時がたった今、その能力の解明が徐々に進み続けている。
研究者はその能力に『天技』と名前をつけた。
そして、天技の中でも固有の、ただ一人しか持たない10の天技を『神技』。固有であり、一人で国を滅ぼすほどの力を有する天技を『龍技』。リスクの高い悪質な天技を『魔技』と呼んだ。
長く続いた争いは『龍技』を持つ3人と、『魔技』を3つ持つ1人の存在により終結。
現在はその4人が選定した人間がそれぞれの国を治め、その一族が今でも国を治めている。
4人の後継者は世界の王として、どこかで王達を監視しているらしい。
まあ……僕には関係のない話だけれど。
「お前さんが『無敵のアベル』だな?」
図太い声の目覚ましが、睡眠中の僕を無理やりに起こしてきた。
とっても不愉快だ。
「そうだけど、なに? 僕、まだお昼寝中なんだけどな」
そう寝ぼけた声で言いながら薄く目を開くと、強面髭面の大男がベンチで横になる僕の前に立っていた。
「それは悪かったな。お昼寝の時間はお終いだ。今日はお前さんに少しばかり用があって来たんだが……わかるだろ?」
腕を組んだまま睨みつけてくる大男。
いや、僕のお昼寝の時間、勝手に終わらすのおかしいよ。用だか何だか知らないけど、僕は寝る!
顔を背けて目を閉じて、お昼寝の再開だ。
「おい、寝るな! しらばっくれても無駄だぞ。15歳で白髪ロン毛のチビ。一目でわかったぜ!」
相変わらず失礼だよそれ。まあ、事実だし言われ慣れたから否定しないけど。
「てことで本人確認オーケーだ! お前さんの『無敵の天技』、俺が頂戴する!」
「うるさいなー」
図太く馬鹿みたいに大きい声が街中に響き渡った。
耳を両手で抑えるが、その手を大男が掴み無理やり僕を放り投げる。勢い余って果物屋に突っ込んで果物をぶちまけてしまった。
あぁ、不愉快だ。気持ちが悪い。この手にへばりつくベナナ、大嫌いなんだ。
「決闘だ! 参加者はこの俺、ダニエル・クレバーと『無敵のアベル』だ。客はこの商店街にいる町民! 神に誓って殺しはしねえ!」
〈戦士認証。ダニエル・クレバー。無敵のアベル。クリア。聴衆34人。クリア。誓い申請。クリア。唯一神エリスの名のもとに、決闘を許可する〉
大男がそう叫ぶと、機械的な声が直接頭の中に響くようにしてそう言った。
これは『神の死宣言』以降に起こるようになった超常現象。
決闘の勝者が敗者の全天技を奪い取るシステムだ。ただ、天技なしの人間は普通、奴隷の道しか残されていないため、なかなか決闘をしようなどとは思わない。
けれど、馬鹿で愚かな人間は己の天技を過信して決闘をする。事実、か弱く見えるが『無敵の天技』持ちの僕は、よく決闘を申し込まれる。申し込まれると言っても、決闘に相手の合意は必要ないのが難点だが。
汚れた体を起こし、果物屋の店番さんに謝ると、僕は顔にかかる髪を掻き揚げ、満面の笑顔で言った。
「ねえ、君さ! 家族はいるの?」
「うるせえ! んなこたどうでもいいんだ、よ!」
ダニエルと名乗った男は体に似合わない俊敏さで距離を詰めると、燃え上がる手で僕の首を掴み上げた。
ギリギリと音を立てて占められていく首、燃え盛る頭。でもね、僕には効かないんだ。
「ねえ、家族はいる? どうなの?」
「て、てめえ、どうして普通に喋ってんだ!? これが『無敵の天技』の力だってのか」
震える声に、初めて見せる動揺した顔。
それでも手を放さないのは意地なのか、ただ恐怖で動けないだけなのか。
それはそうと、早く僕の質問に答えてくれないかな。これは重要な質問なんだ。
「あのさ、家族は――」
「黙りやがれ! このインチキ野郎が!」
物凄い速さで首を掴む腕を振り上げると、目にも止まらぬ勢いで僕を広場の噴水に投げつけた。
噴水は崩壊し壁に体を打ち付ける。が、痛みはない。
「はん! 俺の2つ目の天技、豪速の力、舐めるんじゃねえぜ」
額に汗を流すダニエルは一息つくと、指を鳴らしながらそう言った。
もう、答えてくれそうもないし、いいかな。
「あのね……僕はさ、善人でもなければ悪人でもないんだ」
「嘘だろーよ、おいおい」
僕は立ち上がると俯いたまま距離を詰めていく。
僕の『無敵の天技』に威圧されたダニエルは、じりじりと後ずさりし始めた。
「だからさ、結果として君の人生を終わらせてしまうことになるけれど、悪人だと思わないでくれるよね? 助かるチャンスだってあげたしさ!」
そういいながらダニエルとの距離を詰め続け、壁まで追い詰めた。
後は一言、僕が天技を使えばいいだけなのだけれど、もう一回だけチャンスを挙げようかな。
「ね! ダニエルさん。最後にもう一度聞いてあげるね?」
「あ?」
声にならない声を出すダニエル。
肩が震えだし、尋常じゃない汗をかきながら顔を青くする。
「君に家族はいるのかな」
「ぐっ……し、死にやがれ!」
悲鳴を上げながら、無我夢中で燃え盛る腕を振り始めた。
これはもう駄目だね。
理性が飛んじゃってるし、言ってることもやっていることも投げやりだ。
「ごめんよ。悪く思わないでね。だって、僕に敵はいないからさ」
せめてもの謝礼に満面の笑顔でそう告げた。
悪いとは思っていないけれど、悪いことなのは確かだからね。まあ、仕掛けてきたのは彼だけれど。
「うるせ……あ、がっ――」
白目を向いたダニエルは痙攣しながら倒れた。
そして数秒後、何もなかったかのようにスッと立ち上がった。
「やあ、ダニエル。この状況、理解できるかな」
「……はい。俺が……お前に、決闘を……」
ダニエルの顔を見上げると、心ここに在らずといった表情でそう言った。
いつもこの瞬間は心が痛むな。
別にやりたくてやっているわけじゃないからね。
「そうだね。なら、この状況がおかしいのも、理解できるだろう?」
「……はい」
「じゃあさ、何をすればいいのか、わかるよね!」
「……はい」
これでようやくお終い。
こんな洗脳じみたことをしていると、たまに聴衆に『洗脳の魔技』なのではないか、と尋ねられるが、そんな大層な代物ではない。これはただの錯覚だ。
「俺の負けだ」
〈決闘決着認証。クリア。勝者、無敵のアベル。クリア。燃焼、豪速、譲渡。クリア。唯一神エリスの名の元に、決闘の終了を宣言〉
ダニエルが負けを認めた瞬間、再び脳に直接声が響き、決闘の終わりを告げた。
これで彼は天技を持たないただの人。いや、人以下の存在だ。
本当に可哀そうなことをしたと思うよ。だから、僕に決闘を申し込んで敗北していく人たちにはいつも、言うことにしているんだ。
「君も勘違いしているようだけれど、この世にはね」
聴衆には聞かれないよう、そっとダニエルの耳元に小声で告げる。
「『無敵』なんて天技――存在しないんだ」