8.ネコミミ娘の義理の父
尻尾は多いほど使い勝手が良いようです
「お腹が空いていたら何も出来ないのですよ~」
と、鼻歌交じりにフィリアの尻尾が忙しなく動き回る。
片やたき火の焼き魚、片やサラダの野菜切り、片や食器の選択、片や井戸から水くみを全部同時にこなしている。
「お前の尻尾はどれだけ万能なんだ?」
「何か仰いましたですか~?」
「いや、別に」
「そうですか。では、お魚が焼けたのです~」
尻尾に手渡された魚は、見事な焼き加減だ。
「……素直に尊敬する」
「ありがとうなのです。では、ご飯にするのですよ」
野外の手作りテーブルに並べられたのは、焼き魚、山菜のサラダ、パン、さらにパスタにフルーツの盛り合わせ、という豪華な宿屋で出てきそうなフルコースが並べられた。
魚から口に付けてみて、エナは目を丸くしてしまう。
「うまい」
「きゃー、お姉様に褒められたのですー!」
フィリアの尻尾が嬉しそうに横に揺れるが、九本全部が揺れる為少し異様な光景だ。
「つくづく便利だな、お前のその尻尾は」
「お姉様の魔法こそ、凄いのです」
「一発しか撃てない魔法の、どこがだ?」
自嘲気味に笑みを浮かべるエナに、フィリアは何故か自分が誇らしげに、
「そのかわり、全種類使えるのです。フィリア、毎日びっくりの連続だったのですよ」
「だが一度も勝てた試しがない。意味が無いんだ、一日一回しか使えない魔法なんて」
「それって、お姉様の勘違いだと思うのです」
「勘違い、だと?」
「それについては、わだすがお話いだしましょ」
「誰だっ!?」
不意の第三者の声に、エナは立ち上がり臨戦態勢を取り、フィリアの尻尾が、エナを援護するように周囲に展開される。
月明かりの元、二人の視線の先に佇んでいたのは――、
「宿屋のご主人ではないか! 何故、このようなところに!?」
「ダメです、お姉様! 村のおじさんじゃないのです!」
「ほほう、感覚がさらに研ぎ澄まされているようだな、我が娘よ!」
口元に笑みを浮かべたかと思うと、宿屋の主人が突然その場で服を脱ぎ捨てる。
そこには、屈強な肉体を保持した全裸の男が、ボディービルダーのポーズを決めていた。
「我こそ、大外道王、エクス・ルビア・ストラングルなり!!」
「ぎゃあああっ!!!」
名乗った直後、エナの悲鳴と共に投擲した焼き魚の串が、エクスの額に突き刺さる。
「ぐほぅ!? 何という投擲技術か。是非、狩人などへの転職を勧める」
と、ブリッジで耐えていたかと思うと、筋力だけで仁王立ちに戻る。全裸で。
「やかましいのです、この変態裸族お義父様」
いつになく冷たい声で、フィリアの尻尾が義理の父を殴り飛ばす。
「どぅおふ!? おお、我が娘よ、さらに尻尾の練度があがっているではないか!」
「お姉様と何回も闘ったおかげなのです。すっかりレベルアップしたのです」
「ぐほうむ! ネコミミと尻尾をくっつけた私の鼻も高い!」
「道徳的にダメなのは、お姉様が小一時間説教しくれるそうなのですよ」
「おおう、それは何という僥倖! さあ、そこな聖騎士! 存分に我を罵るがよい!!」
フィリアの尻尾に殴打されつつ、自分の肉体をさらけ出すようなポーズをとり、エナに迫っていくエクス。
「ぎゃああああっ!!」
悲鳴を上げながら手近な串をエクスに投擲しまくるエナ。
もっとも刺さっては行けない場所に命中する。
「ほぐぉっ!? ……いい、良いぞ、この苦痛! 最高だ!! ふははは!!」
「とりあえず見苦しいもの隠すのです、どM変態お義父様。外に出てまで裸族気取るとか、変態過ぎて外道の王が聞いて呆れるです」
「おおう、この上義理の娘から罵詈雑言を浴びせられるとは、今日はなんと素晴らしき日であろうか!」
「おい、こいつは一体なんなんだ!?」
目の前の展開について行けず、エナはテーブルの影に隠れ、涙目になっている。
フィリアは、心底残念そうにため息をつき、
「紹介するのです、お姉様。こちらがフィリアをネコミミ少女に改造した義理の父、大外道王、エクス・テント・ストラングルなのです」
「大外道王? この変態が!?」
「混乱するのは無理もないのです。ですが、気にしないで欲しいのです。お姉様にとってはただの赤の他人です」
「ひどい言い方だな。義理の娘の義理の姉は、すなわち我の義理の娘ではないか」
「寝言はいっぺん死んでからのたまいやがれなのです。つーか、いつから覗き見してやがったのですか、この変態鬼畜オヤジ」
フィリアの応対はどこまでも冷たく、反論を許さないとでも言うかのように、尻尾が鞭のようにエクスを乱打し始める。
「ぐほぅっ!! ますます我好みの攻撃方法を身につけたな、娘よ! 我の欲望も更に満たされていくのを感じるぞ! ぬははははっ!!」
「お姉様、ご覧のように何をしても喜ばれるだけなので、最小限の力で最大限のダメージを与えないと、この無益なやりとりは永遠に終わらないのです」
解説の間も、フィリアの尻尾の連打は情け容赦なく、受ける裸族の変態も全く怯む様子がない。
「ぐごぅわっ!! いいぞ、その調子だ、もっと我を殴れぇ!!」
「お前の義理の父の話はどうでもいい! それより、とにかく、服を着せろ!」
「だそうです、お義父様。これから一生、変態趣味に理解ある娘の対応をされたくなかったら服を着ろなのです」
「む、そこまで言われては仕方ない。義理の娘の義理の姉の頼みとあらば、信念に反するが特別に衣服を着用しよう」
エクスが投げ捨てた衣服を拾い上げると、衣服はまるで手品のように黒いマントに変貌しする。
マントを身体に羽織ることでひとまず局部は隠れ、場に平静が戻ってきた。
義理の父はどこまでも変態のようです