4.外道の理論
聖騎士は最後の勝負を挑むようです
翌朝、まだ朝靄が晴れない山間の湖畔。
決然とした表情で、エナが水辺を歩く。
視線の先に、湖に尻尾を垂らしているフィリアを視界に捉えると、荷物を下ろし、いきなり抜剣する。
「フィリア・ルビア!!」
エナの声にネコミミをピクリと反応させ、フィリアは嬉しそうな表情で振り返る。
「お姉様! こんなに早くからフィリアに会いに来て下さったのですか!?」
「喜ぶな! 私はお前を倒しに来ていると言っているだろう!」
「もう、お姉様ってば、ツッコミデレなのですから」
両手を頬に当てて恥ずかしがるフィリアに、エナは諦めたようにため息を一つ。
「……最後まで会話が成立しなかったな」
エナは、クロスソードを正眼に構え、じっとフィリアを睨む。
「お姉様ってば、気が早いのです。こんなに朝早くから、フィリアと愛し合いたいだなんんて……」
恥じらいながら尻尾を湖から引き上げ、九尾に分けるフィリア。
対して、エナは深い呼吸で集中を高め、鋭い眼光をフィリアに向けている。
「ああ、今日が最後の勝負だ。私が敗れたら、お前の好きにしろ」
この言葉に、フィリアはまるで願いが叶ったかのように表情を輝かせ、
「フィリアの愛が通じたのです!!」
「違うっ!!」
拒絶の叫びと同時に、エナの周囲に魔方陣が浮かび、紅蓮の炎がわき起こる。
「フレア・ジャッジメント。私に使える、最大の攻撃魔法だ」
「お姉様、凄いのです! 聖騎士の中でも、最上位の炎のルーンの持ち主しか、使えないはずですのに!」
「……一発勝負だ。フィリア」
エナの周囲の炎は更に猛り、剣へと集束していく。
更に高温に高められた炎は、赤から青へ、そして真っ白な閃光へと姿を変えていく。
「うわわ、なんだか今日のお姉様、本気なのです!」
最上位魔法を向けられ、フィリアはいつになく怯んでいる。
「ああ、本気だ! だからお前も私を殺す気でこい!」
「べー、フィリアはお姉様を殺すことなんてしないのでーす!」
と、フィリアは舌を出し、軽やかに踵を返してしまう。
「ちょ、ちょっと待て! どこへ行くつもりだ!?」
この行動は予測しておらず、エナは構えを緩めてしまう。
狼狽して集中を乱した為、炎の勢いが急速に弱まっていく。
フィリアは背中を見せたまま、エナに視線を戻すと、舌をべーっと出し、。
「三十六計、逃げるが勝ちなのです」
「逃げるが……って、私は全力でお前を倒そうとしているんだぞ!?」
「倒されたくないから逃げるのです。そもそも、お姉様の魔法を避ければフィリアの勝ちなのですから、当然の選択なのです」
「それはおかしいだろ!? これは、私と正々堂々闘う流れじゃないか!?」
「勝ちゃいいのです」
「こ、この外道!」
「はい、フィリアは外道なのですで、この勝負、お姉様の作戦負けなのです」
「ぐっ……」
返す言葉もなく、歯噛みするエナ。
そもそも、正々堂々勝負を挑みたいというのはエナの都合であって、フィリアにはまるで関係がない。
むしろ今までが、よく外道のフィリアが戦略的撤退をせずに付き合っていた、という話だ。
フィリアは尻尾をらせん状に地面に突き立て、跳躍を準備を終えている。この状態から魔法を発動しても、フィリアは射程距離の外へ、一瞬で脱出してしまうだろう。
「わ、わかった!!」
かくなる上は、どうにかして、フィリアが逃げないように仕向けるしかない。
「もし私の全力の魔法を防いだら、私はお前のものになる!」
エナの苦渋の提案に、フィリアのネコミミがぴくんと反応し、逃げようとしていた尻尾が元に戻る。
効果ありと、エナは声を裏返しながら、
「いや、そんな強い妹が出来るのだから、私は好きになってしまうかもしれないな!」
効果覿面。
フィリアの尻尾が嬉しそうに左右に揺れる。
「そんな強い妹と、こんな静かな湖畔で 共に暮らせたら、どんなに幸せだろうなあ?」
「OK! やったるのですっ!!」
頬を紅潮させ、両手をブンブン振り回し、鼻息も荒く振り返るフィリア。
両目の中に炎が見えるのは、目の錯覚だろうか。
ともあれ、挑戦は正面から受けてもらえるようだ。
エナは胸をなで下ろし、もう一度剣を構え直す。
「お前が単純で助かった」
まさに外道