3.聖騎士の事情
聖騎士さんは困惑のようです
『聖騎士ギルド』とは、世界の外道を倒すために組織された、正義の騎士の集団。
エナ・リーベントはこのギルドの一人だ。
駆け出しながら、全種類の魔法が使える唯一無二の聖騎士。
ただし、一日に一度しか魔法を使えないという体質が、彼女の聖騎士としての活躍を大きく妨げていた。
(どうすればいいのだ……)
宿屋に戻ったエナは、露天風呂に浸かりながら夜空を仰ぐ。
フィリアを討つことは、村人の敬愛している生き神を殺すこと。
エナが修行ではなく討伐に来ていると知ったら、彼らはどう思うだろう。
聖騎士の名にかけて、外道を討伐しない、という選択肢はあり得ない。
どんなに実力差があろうと、どんな手段を用いても倒さねば。
それにしても、とエナは浴槽の湯で顔を洗い直す。
ギルドに依頼が来たと言うことは、村人の誰かが討伐を依頼したはずだ。
予想外の長期滞在は、エナに村を観察する時間を与えてくれた。
しっかりと舗装された道、穏やかに流れる用水路、鉄砲水を防ぐ為の土手。
どれも今の村に無くてはならないものばかりだ。
いくら外道と思われていないとは言え、聖騎士ギルドに誰が依頼を出したのだろう。
フィリアを嫌悪している村人は見当たらない。
事実、フィリアは毎日湖で過ごしているだけで、村人に全く迷惑を掛けていない。
日がな一日、尻尾を湖に垂らし、討伐に来たエナに求愛して返り討ちにして、また湖に尻尾を垂らす。
あの娘がいて困るとしたら、あの湖で暮らす漁師だろうが、昇るまでに二時間以上かかる山道を歩くだろうか。
魚が欲しければ豊かな流れを称える間近の川で釣りをすればいい。
(どこの誰が、あんなマヌケな外道を討伐してくれなどと言うのだ)
依頼人の目的も分からないまま、フィリアを討つことが、本当に正義なのか。
日に日に膨らむ疑問を、エナは振り払うことが出来ずにいた。
「聖騎士様!」
風呂上がりに、エナは宿屋の主人に呼び止められた。
「書状が届いております」
「私に?」
「へい、聖騎士ギルドからでございますね」
「そうか……ありがとう」
書状を受け取り、エナは少し見つめる。
フィリア討伐にこの宿を拠点にしていることはギルドに報告している。
そして、書状の内容も大体予想がついていた。
「ご主人」
「へい」
「明日、早朝に発つ。色々、世話になった」
「どこかに向かわれるので?」
「帰還命令さ」
エナは笑って、借り部屋へと戻った。
…………………
旅支度を調えながら、エナは自問自答を繰り返す。
無論、書面は帰還命令などではない。
期限内の不履行により、外道討伐の任の解任通知だった。
二ヶ月もの時間を掛けて倒せないのだから、当然と言えば当然の話だ。
(本当に、これでいいのか?)
下っ端の自分より遙かに強い聖騎士はいくらでもいる。
上位聖騎士なら、フィリアを倒すことも可能だろう。
しかし、このまま他の聖騎士に丸投げをするべきなのか。
異常なこととは言え、自分に対し好意を寄せる相手を、他人に任せるのか。
(考えられぬ事だが、フィリアは私を好いている。動機が邪であろうと、私に対して本気で好意を向けている。本気の相手に、私は果たして、私の全てをぶつけたのか?)
自分の中の正義に何度も問いかけ、エナは一つの結論にたどり着く。
己の全てを賭して、決着をつけねばならないと。
聖騎士さんも世知辛いようです