聖騎士は外道と生きていく
少々投稿に間が開きました。
このお話で完結です。
エピローグ
窓から朝日がロッジの中を照らす。
ベッドで安らかな寝息をたてていた少女は、光に誘われるように瞳を開き、
「……何をしている?」
枕元に忍び寄っていた人影に冷淡な視線を向ける。
「……お目覚めのキッスを」
愛想笑いで誤魔化そうとする相手に、大きなため息を一つ。
やることはいつもと変わらない。
その日、七日連続になる微弱な地震が、山の木々と凪いだ湖の水面を揺らした。
「お姉様ひどいのです、つれないのです、どめすてっくバイオレンスなのです」
フィリアは頭にタンコブに負けないくらい、ほっぺたを膨らませる。
「だったら少しは懲りろ。何回繰り返す気だ」
「お姉様の唇を奪うまでです!!」
当然と胸を張るフィリアに、ベッドであぐらを掻き、腕組みをして不機嫌さを隠そうともしないエナが、大きくため息をつく。
「……もうとっくに奪っているだろ。本当に不本意だが」
「夜這いで奪わないと、何回キスしてもノーカンなのですよ?」
「そんな理屈は初めて聞いた」
「ぅるさいわね、もうちょっと静かに朝を迎えられないの?」
と、エナの後ろからモゾモゾと顔を出す赤毛の幼女。
「カノンが朝寝坊過ぎるのですよ」
勝ち誇ったように鼻を鳴らすフィリアに、エナは軽い拳骨を一発。
「殴られる意味が分からないのです! 早寝早起きは三文の得なのですよ!?」
「あんたが早過ぎんのよ。だいたい、朝日が昇る前から朝食の準備とか、甲斐甲斐しいにも程があるわ」
カノンは大きな欠伸をしながら、身体のあちこちをのばし始める。
「にしても、まだまだ、この身体には慣れそうもないわ」
「新しい余生を過ごせる時点で感謝してほしいものなのです」
「あんたが勝手に”この身体に“入れたんじゃない!!」
「ちっちっち、入れたんじゃなくて、たまたま、入っちゃったのです」
「そんな都合のいい偶然があるもんですか!」
朝から元気に口げんかを始める二人を前に、エナは面倒そうに頭を抱える。
「私も未だに信じられない。まさか私が意識を失っている状態で、収集した魔力を使わせて、霊体に身体を与えたなんて」
「魔族の使う魔法にも、使い魔を召還するっていうのはあったわ。もっとも、たまたま近くにいた霊体を触媒に新しい人間を生み出した、なんて話は聞いたことも無いけれど」
と、カノンは非難の視線をフィリアに向けるが、
「誉め讃えて結構なのですよ!」
自慢げに胸を張られるばかりで効果無し。
一週間前。
尻尾の繭の中で、フィリアは再びエナと魂のリンクを行い、魔法を使った。
魔族から始まる長い魔法の歴史の中で存在しなかった、子供を生み出す魔法。
肉体の情報は、エナの”子宮の中“から引き出し、変化のルーンを応用して、魔法の人形を生み出す。さらに、カノンという意志をもった霊体を入れて、意志を持って動く”人間の子供“の出来上がり。
全てが終わった後、フィリアは一言。
「今日からカノンは、お姉様とフィリアの娘なのです」
エナとカノン、揃って開いた口を塞げなかったのは言うまでもない。
「さあさ、お姉様、悩んでいる暇はないのですよ。村人の皆さんが待っているのです。今日は治水工事のお手伝いなのですから」
フィリアはいつも通り尻尾を駆使し、テーブルにパンにサラダ、程良く温められたミルク、焼きベーコンに目玉焼きと次々に運ぶ。
エナはどこか達観した表情でテーブルにつき、カノンはパンを不満げ気に頬張る。
麓の村では「聖騎士様と猫神様が神の子をお産みになった」ともっぱら評判となり、フィリアともども、エナとカノンも生き神扱いの仲間入り。
供物の返礼は、魔法を駆使しての開墾で、麓の村は次第に豊かになりつつある。
「……どうして、こうなった……」
呟いてみても、何も解決しない。
分かっているのだが、この一週間、エナがこの言葉を呟かない日は無かった。
「お姉様、どうかしたのですか?」
目の前では、自分一人だけ納得のハッピーエンドを迎えた外道が、上機嫌に笑っている。
「……何でもない」
自分の浮かべる笑みは、苦笑いなのか、それとも……。
エナは答えのでない自問自答を繰り返しながら、温かなミルクに口を付けた。
約一月の間、お付き合い頂き感謝致します。
感想など頂けると幸いです。
続編の準備はございません。
別ネタを仕込んでおりますので、また一読頂けましたら幸いです。