29.ネコミミ娘の無双
お姉様は死を覚悟していたようです
「そんなバカなマネさせないのですーっ!!」
唐突にエナの周辺の地面からネコの尻尾が飛び出し、エナを拘束する。
「なにっ!?」
集中が乱れ、上空の雷雲が霧散してしまう。
「フィリア!? まさか、生きていたのか!?」
「お姉様の処女を貰わないと、死んでも死にきれないのです!!」
「一瞬でも生きててくれたかと思った私がバカだった!! っていうか、何処にいる!?」
「こっこなのでーす!!」
フィリアがエナの背後の地面から飛び出る。
すぐ隣に霊体のカノンが浮遊している。
「フィリア、時間との勝負よ!!」
「分かっているのです! お姉様、お覚悟!!」
「ふん、私がこの程度の――っ!?!?!」
エナは言葉を続けられない。
自分の唇を、フィリアの唇で塞がれてしまったからだ。
「んんっ!?!?!?」
「んん~~~っ!!!」
抵抗しようとするエナの顔を、力任せに引き寄せてキスを続けるフィリア。
「これほどロマンのかけらも存在しないキスなんて初めて見たわ!! 行くわよ、魔力砲撃、準備開始!!」
カノンは両手を胸の前に組み、祈るように魔法を発動させる。
黒い霧とは真逆の、真っ白い光が二人を包み込んでいく。
………………………
何処までも暗闇の広がる空間。
一糸纏わぬエナは、倦怠感に任せて、ただ漂う。
ヒエロを取り込んで以来、エナは眠るたびにこの空間に落ちるようになっていた。
天に淡く揺らめくのは無数のルーン文字。
深海を思わせる空間を漂っている間に、一つ一つのルーン文字が魔力に満たされ輝きを取り戻す。そして、満たされて尚集まり続ける魔力を、エナは攻撃的な魔法として外に放つ。
その繰り返しで、エナは街を、森を、人を、壊し続けた。
暗闇の中に漂っていると、フィリアと共に突入した湖の底を思い起こさせる。
あの時と違うのは、自分が独りであるということ。
自分を姉と呼び、嫁と断じる騒がしいネコミミ娘がいないだけで、なんと孤独なことか。
「これがお姉様のお心なのですね」
そうだ、と呟く。独りでは決して満たせず、他人から奪い取って満たしても吐き出すしかない空虚な存在なのだ、と。
「寂しいのですか?」
違うと言えば、嘘になる。
だが、誰かと共にいれば、その人間の命を奪ってしまう自分に、寂しいという資格など、あろう筈がない。
「だったら、フィリアが一緒にいるのです!! お姉様の心を、フィリアでいっぱいにしてさしあげるのです!!」
ここに至り、エナはようやく我に返る。
何故、自分の精神世界とも言える空間に、一番やかましい声が響き続けるのか。
「……って、どういうことだ!? 何故、私の中にお前がいる!?」
みれば、フィリアは裸体を隠すことなく、堂々とエナの目の前に浮かんでいた。
「お姉様のあるところ、必ずフィリアありなのです」
「全く答えになっていない!!」
「時間が惜しいので今回はボケなしで説明するのです。フィリアと一緒にいたカノンは、ヒエロが集めた魔力を純粋なエネルギーに変換し、砲撃するルーンなのです」
「つまり、お前は私の魔力を奪いに来たのだな!? そうはさせんぞ!!」
「ボケは無しって言ったのですっ!!
掴みかかるエナを、フィリアは頭突きで迎撃した。
「な、なんで、夢みたいな世界で、痛みが、ある……」
額を抑え苦悶するエナを余所に、フィリアは相変わらず仁王立ちのまま。
「奪うも何も、このまま砲撃すればフィリアもお姉様も死んじゃうのです!」
「な、なんだと?」
「ヒエロもカノンも、そういうルーンなのです。自分の命までも魔力に変換してぶっ放す自爆砲撃のルーン。つまり、お姉様もフィリアも、このままじゃ花火になって明後日に向けて、ドーン、なのです!!」
フィリアの説明に、エナは顔を青ざめさせる。
「バカ! 何で発動させた!?」
「お姉様をこれ以上苦しませない為なのです!!」
「私がいつ苦しいと言った!?」
「心底楽しんでいる人が、ひきつった笑い方なんて、しちゃダメなのです!!」
「お、お前……」
エナが戸惑う。
初めて、他人が自分の為に流してくれる、涙を見て。
フィリアは目元を乱暴に拭うと、無数のルーンが浮かぶ天井を睨む。
「今から、乱雑に並んだお姉様のルーンの組み替えをするのです。お義父様の研究成果を全部吐かせたですから、信用できるのですよ!」
「し、しかし、組み替えたところで、魔力収集は止まらない」
「その対策も、考えてきているのです!! お姉様は何の心配もせずに、フィリアに全部任せるのです!!」
フィリアは自信に満ちた表情で小振りな胸板をドンと叩く。
すると、フィリアのお尻から真っ白な尻尾が無数に放たれ、ルーンへと伸びていき、ルーンの位置をパズルのピースを組み替えるように忙しなく動き始める。
徐々に象るのは、まるで満月を思わせる美しい魔法陣だ。
「こ、これは……」
エナは驚きの表情を浮かべる。
自分というデタラメに並べられていた積み木が、一つ一つ、正確に積み上げられていくような感覚。
「フィリア、お前は本当に……」
「ごめんなさい、お姉様。お話しを楽しみたいのですが、フィリアも今度ばかりは、結構必死なのですよ」
フィリアは額に汗をびっしりと浮かべ、切羽詰まった表情で、ルーンの配置を尚している。
そして、エナは気づく。
フィリアの尻尾の数が、明らかに減っていること。
そして自分の指先が、が光の粒子になり、消え始めていることに。
「お、おい、これは!?」
フィリアは、汗を脱ぐ余裕もないまま、エナに笑いかける。
「死ぬときは一緒なのです」
「バカなこと言うな! 死ぬのは私一人でいいだろう!?」
「愛する人を一人だけ死なせるわけがないのですよ」
「お、お前、本気なのか?」
「当然です。フィリアはお姉様の為にしか生きないですし、死なないのですから」
光の粒子が身体から離れる度に、二人の存在が希薄になっていく。
闇との同化が時間の問題と思われたその時、
「出来たのです」
フィリアは凛然と言った。
天には見事な月面の魔法陣が完成している。
「あ、あれが……私のルーン」
「刻まれるべき、正確なルーンの形なのです。ただし、完成にはフィリアから一つ、お姉様にルーンをお渡ししなければいけないのですよ」
「わ、わかった。どうすればいい?」
「心配することはないのです。では、お姉様。フィリアと永遠の愛を……ん~……」
フィリアの唇を、口づけをエナは条件反射で手を差し込んで止める。
「お姉様、何をするのです!?」
「お前こそ何をしている!? なんでお前とキスをしなきゃいけないんだ!?」
「フィリアのルーンをお姉様に渡すんだから当然なのです!」
「意味が分からん!!」
「このままじゃ二人揃って夜空の花火になって消えちゃうのですよ!?」
「だ、だから、なんでキスなんだ!?」
「他に方法があるなら、教えて欲しいのです!!」
「私が知っている訳ないだろう!!」
「なら、答えは一つだけなのですよ!!」
フィリアはエナの手を無理矢理下げさせ、強引に口付けを交わす。
抵抗を示したエナの腕は、次第に力を失い、やがてフィリアを抱き寄せる。
二人の身体は目映い光に包まれ、暗闇の空間を朝日の様に真っ白に染めていった。
変態が真面目になると天才になるという伝説。