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29.魔王の望み

正義とは外道でした


「さあ、父上! 貴方が正義と言うなら、私を止めて下さい! この霧に飲まれた者は、残された僅かな命まで、私に喰われますよ!?」


 エナの放つ黒い霧は、次々に倒れている聖騎士達を取り込む。すると、既に瀕死だった彼らの身体は短い痙攣を示し、全身から光の粒子を霧に吸われ始める。


「貴方の為すべきことはただ一つしかない! おわかりでしょう!?」


 ここに至り、パラノは遂に表情から微笑みを消した。


「悲しいことですね。実の娘のように育てた貴方を、我が手に掛けることになろうとは」


 マントを脱ぎ去り、鎧に包まれた屈強な肉体が露わになる。


「我が正義の雷は、この世のいかなる悪も許さない。たとえ我が子の様に育てた貴方が相手であろうと、悪に染まった者を私は許さない。それこそが私の正義!! そして、私の手で貴方を止めることは、育てた親としての、最後の愛です!!」


 パラノの口上に、衛兵達は武器を構え直す。


 正義の執行者の言葉は、それほど心強い。


 しかし、それを打ち消したのは、

「くっくっく……あははは、あーっはっははっは!!!」


エナの嘲笑だった。


「正義? 親の愛!? 自分の台詞に虚しさを感じないとは、さすが父上!!」

「……なに?」


 反応が気に入らなかったかのか、パラノの眉がピクリと動く。


 対してエナは、人を喰ったような笑みを浮かべ、


「心地良かったですか? 人生最高の正義の口上でしたか? そうですよねぇ、実の娘のように育てた女が、自分を裏切り悪の道に染まった。痛む心を押し殺し、自分は正義を執行する!! なんて悲運な男の物語でしょう!! ……本当に作られたかのようじゃないですか」


 エナの冷たい瞳がパラノを見据える。


「父上、今の私には分かりますよ。はやり貴方は外道だ」

「何を言っているのです!! 聖騎士の長であるこの私が――ッ!」

「正義をこよなく愛する変態ということですね」

「……」

「外道とは、欲望と性衝動に忠実な連中のこと。正義という自分に酔い、他人を殺すこともまた、行動原理は同じ。違うことは、外道と自ら認めているか、大義名分ほしさに己の所行を正当化して、正義を騙ったかだけ」

「……ははは、実に思い切った空論ですね」


 パラノは大仰に拍手をしてみせる。


「ですが、これ以上貴方とお話を楽しむつもりは、ありません。決着をつけましょう」

「ふふっ、それもいいでしょう」

「本当に残念ですよ、エナ! 貴方を手をかけなければならないことが!!」


 パラノがエナに向け腕を伸ばす。


 その瞬間、手のひらから雷撃が放たれ、一瞬でエナの目前へと迫る。


 絶対不可避の稲妻。


 パラノが自身の正義を証明する、最強の力。


「何っ!?」


 しかし、声をあげたのは、パラノの方だった。


 エナの黒い霧は、これまでの魔法同様に、難なく稲妻を吸収したのだ。


「……その程度ですか?」

「お、おのれ!! ならば、こうです!!」


 気を取り直し、パラノは雷撃魔法を連続して放つ。


 しかし、その全てが黒い霧に飲まれ、消えていく。


 エナの薄ら笑いは、まるで消えない。


「ええい、いったい何のルーンを手に入れたというのですか!?」


 パラノは苛立ちを隠せない。


 自分の雷撃魔法に絶対的な自信があった。


 他のどの魔法よりも発動時間が短く、どんなに強い外道を相手にしても、絶対不可避の初手で決着をつけることが可能な魔法。


 それが、自分が独占した、雷撃のルーンのはずなのに。


 パラノはエナに向け突進し、両腕を胸の前に組み、体中に稲妻を纏う。


「しかし、その黒い霧!! 直接身体に触れた状態で、果たして効果はありますか!?」

「試してみますか?」

「後悔するが良いっ!!」


 パラノの両腕がエナの首を鷲掴みにする。


「……そんな、バカな……」


 何も起こらない。


 否、正確には、何も起こせないだ。


「何故だ!? 何故、魔法が使えない!?」

「父上」


 動揺するパラノに、エナは冷たく笑いかける。


「貴方がさげすみ続けた、魔法が使えない者の気分はいかがですか?」

「エ、エナ、あなたは一体、どうしてしまったというのです!?」

「私が手に入れた集束のルーンは、強制永続型の魔法。生きとし生ける全ての者から魔力を……即ち、生命エネルギーを奪い続ける魔法です」

「そっ、それでは……っ!!」

「直接触れることほど、愚かなことはありませんよ」


 エナの身体から黒い霧が溢れ、逆にパラノの首をつかみ返し、魔力を奪い始める。


 パラノはすさまじい脱力感を覚え、エナの首を放し、離脱を試みる。


「どこへ行くのですか? 私に直接雷撃を食らわせて頂けるのでしょう?」

「や、やめな、さい、エナ! やめろと、いっている!!」

「残念ですが無理な話です。私はこのルーンを制御出来ない。一度発動したら、周囲の生命エネルギーを食い尽くすまで、この魔法は止まりません。そう、もう二度と、止まることは無いのですよ」


 パラノの顔から精気が失われ、肌が衰えていく。


 髪の毛の張りも失われ、その姿が年老いた老人の様になっていく。


「やめ、やめて、くれぇ……」

「でしたら、私を殺せばいい! それで終わりですよ! さあ、父上!」

「ああ……あぁぁ……」


 上空に向けて手を泳がせるパラノ。


 残された魔力で、魔法を放つ以外に助かる道はない。


 しかし、掌からは、わずかなプラズマが発生しただけで、それも一瞬で光の粒子になり、エナの身体の中へ吸い取られる。


 愕然とした表情でエナを見つめるパラノには、絶望しか残されていない。


「そう、その顔が見たかった……」


 エナは満足そうに嗤い、パラノの右腕を掴む。


「それでは、とどめにはご自慢の正義の稲妻のルーンでも使ってみましょうか?」


 黒い霧がパラノの右手を包み、胎動する。


 ルーンを、吸い取っているのだ。


「あぅ……ぁぅ……」


 ルーンを奪われれば、ただの人間になってしまう。


 もう二度と、正義の執行は出来ない。


 力と心の拠り所を失いたくない一心で、震えながら首を横に振るパラノ。


 だが、弱々しい抵抗虚しく、パラノの右手からルーンは失われ、その紋様は、エナの右頬に刻まれた。


「あぁぁ、あぁぁっ」


 断末魔にも似た慟哭。


 ここに至り、ようやくエナは充足感を得た。


 あとは、決着をつけるのみ。


「では、さらばです、父上。よき冥府への旅を」


 エナが右手を掲げる。


 雷雲が上空に集まってくる。


 人一人の命を丸ごと奪った魔力の全てを使った雷撃を落とすつもりなのだ。


 黒の霧は、魔力を吸収するが、自分が使う魔法は魔力に変換しない。


 つまり、エナは自分の人生と命の決着も、ここでつけるつもりなのだ。


 迫り来る最後の刻に、エナの表情に安堵にも似た微笑みが浮かぶ。


 これで、あの子の所へ逝ける。


 やかましくて、求愛行動がねじ曲がっていて、愛情表現が歪み過ぎの、人のことを勝手に嫁認定する、ネコミミと尻尾を持った、可愛い妹の元に。




お姉様はネコミミ娘を求めているようです

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