25.トリガーのルーン
ネコミミ娘は実家に戻ったようです
朝日に照らされた山頂。
立てられた西洋風の巨大な城に、フィリアを背に乗せたグリフォンが舞い降りる。
「お義父様」
「なんだ、娘よ」
「フィリアは実家に帰ると言った覚えはないのです」
「そうだな」
「じゃあ、何故フィリアはお義父様の居城に来ているのです?」
「決まっておろう、傷いた娘を癒す為、父のあふれんばかりの愛をふぐおふっ!?」
口上の終わりを待たず、フィリアの尻尾がエクスの顔面を打ち抜く。
さらに間髪入れず、先端を丸めたフィリアの尻尾千本が、グリフォンス姿のエクスを殴りまくる。
「戯言聞いている暇なんてねーって言ってんのです! 裸体の変態オヤジに癒される年頃の娘なんてこの世に存在しねーってのですよ!!」
「ま、待つのだ、娘よ!」
「言い訳なんて聞いてる暇なんてねーのです!! こうしている間にお姉様に何かあったらどうしてくれんのですか、変態クソオヤジ!!」
「ま、まて、娘、た、たしかに、私にとって娘に罵らるのはご褒美な訳だが、このままでは意識を失ってしまう!」
「だったらとっとと白状するです!! トリガーとなるルーンはどこなのです!?」
「ここだ!! この城に封印されているのだ!!」
「……どういうことなのです?」
意外な返答に、フィリアは意外そうな顔で尻尾の乱打を止める。
「フィリアの知る限り、この城に封印されたルーンなんて、見たことがないのです。そもそも、お義父様がルーンの封印を解かないとか、あり得ないのです」
「歩きながら説明しよう。時間が惜しいのだろう?」
エクスは人の姿に戻ると、真剣な面もちで立ち上がり、裸に黒マントをはためかせ、居城の中へと向かう。
その姿は外道の王であり、フィリアの父としての威厳に満ちている。
「お義父様が真面目とか、気持ち悪いのです」
義理の娘には、何も通じていない。
……………
「私はずっと研究をしていたのだ。ルーンとは、封印した遺跡とは、いったい何なのか」
エクスは、城の地下へ――山の内部へと向かって大股に進んでいく。
程なく始まった螺旋階段はいつ終わるとも分からない。
小さな小窓から差し込む日の光だけが頼りだ。
「魔族が魔法を使うという伝承はあった。しかし、その使い方までは記されていない。そこで我は、身体に刻む、という方法を考案した」
「魔族の幽霊からは不便な使い方をしている、と言われたのですよ」
「おそらくだが、魔族と人間では使える魔力の上限が違うのだ。ルーンを魔力で描く魔族に対し、人間が使う上では身体に刻むのが最良と思われた」
「言っていることは分からなくもないのです」
「研究を始めて数年、我は意志を持った霊体のルーンと出会った。そして、遺跡は天使の軍団に魔力砲撃をするための魔法陣、さらに各遺跡から魔力を集束するルーンが存在していることを知ったのだ」
「そして、フィリアを派遣したと……にしても、時系列がおかしくないのですか?」
「む? どういうことだ?」
「フィリアは拉致されて来たときからずっとこの城で暮らしていたです。もっと前から集束のルーンを調査する外道がいても不思議じゃなかったはずなのです」
「ふむ、確かにその疑問は全うだ。いや、実は少しずつしか事情を聞き出せんでな」
「……? 変な話なのです。ヒエロは普通に会話は通じたのですけど……」
「さて娘よ、おしゃべりはここまでだ。着いたぞ」
暗がりの先に重厚な扉がそびる。
魔族が勇ましく闘う姿を描くものは、まさしく魔族の作った古代遺跡のものだ。
エクスは無造作に扉を開き、中へ入っていく。
その瞬間、
「きゃあああああああ!!!」
耳をつんざくような悲鳴が上がり、フィリアは慌てて義父の背中を追う。
扉の奥は円形の大きな部屋。
天井は遙かに高く、光は針の穴のようにしか見えない。
そして、中で広がっていた光景は、
「はっはっは、今日も元気そうじゃないか、カノンちゃん」
「いやああああっ!! あんたなんかに絶対ルーンは渡さないって言ってんでしょ!! 追っかけてくるな、変態ーっ!!」
幼い幽霊の少女を追いかける全裸の義父の姿。
「はっはっは、嫌よ嫌よも好きのうちというのが人間の常識で――」
「てめーの接し方に多大な問題があるんじゃねーのですか、鬼畜変態オヤジ!!」
「ふぐぉぅふっ!?!?」
フィリアの尻尾が巨大な拳を型どり、エクスを吹き飛ばす。
天高く吹き飛ばされたエクスは、受け身も取らず後頭部から落下し動かなくなった。
「ったく、見境がなさすぎるにも程があるってのですよ」
「ありがとう……えっと、あなたは?」
「フィリア・ルビア。不本意ながら、そこでぶっ倒れている変態の娘なのです」
「娘? あんな人、の?」
幽霊が警戒するようにフィリアから遠ざかる。
「拾われたのです。おまけにネコミミ幼女にパパと呼ばれるのが夢とか曰う変態に、魔法で改造させられた被害者なのです」
「あ、うん、わかる。猫の変身ルーンと分身のルーンを埋め込まれてるね」
「分かるですか?」
目を丸くするフィリアに、幽霊の幼女は自慢げに腰に手を当て、胸を反らせる。
「当然よ、トリガーのルーンこと、カノン・フォルスティは、全てのルーンに精通しているだから!」
「では、その全てのルーンに精通しているカノンにお願いがあるのです!」
「へ? なに?」
「実は、フィリアの大切なお姉様が、集束のルーンを自分の身体に取り込んじゃったのです!」
「集束のルーンって……もしかして、ヒエロを取り込んじゃったの!?」
「そうなのです! 無制限に魔法を使えるようになって、今までバカにした人間に復讐するって、フィリアを捨てていっちゃったのです!」
「最後に理解不能な言葉が混ざっているんだけど」
「とにかく、フィリアに力を貸して欲しいのです! 無制限に周囲の魔力を集め続けているお姉様は、きっと今にも壊れる寸前で、フィリアの助けを待っているのです! はやく何とかしなければなのですよ!」
フィリアの真摯な頼みに胸を打たれるカノンだが、ばつが悪そうに頭を掻く。
「ああ、うん。フィリアの言うとおりの状態だと思うし、協力してあげたいんだけど、ごめん、あたしには何にも出来ない」
捜し物は義理の変態がもっていました。