24.崩れていく魔道者の心
お姉様に戻ります
霧が立ちこめ、朝日が届かないほどの深い森の中を、呼吸を乱しながら、エナはゆっくりと足を進めている。
エナがフィリアと別れてからおよそ四日。
野宿を繰り返しつつ、エナはギルド本部への帰路を急いでいた。
睡眠はほとんど取っていない。
わずかな睡眠時間でも、周囲の命を吸い集めてしまう今の状態は、常に意識を絶やさす、集束のルーンを使い続けるしかない。
朦朧とした意識の中、ただ自分の目的を果たすためだけに、エナは歩き続けていた。
たった一人で弱々しく歩く格好の獲物と思ったのか、木陰に潜むように熊ほどもある蜘蛛が一体、また一体と、姿を現している。
それもそのはず。彼女が歩いている森は、地元の民が人喰い蜘蛛の巣窟と恐れる場所なのだ。
エナは周囲を取り囲む大蜘蛛にまるで気づく様子もなく、森の奥へと進んでいく。
やがて樹齢千年を越えるかという大木の元までたどり着くと、エナは疲れ果てたように幹へと背中を預けた。
無数の蜘蛛がエナを取り囲み、ネズミ一匹逃げられる状況ではない。
この状況にあっても、エナの目は虚ろだった。
剣を抜く素振りすら見せず、ただ乱れた呼吸を繰り返すだけ。
不意に、大木の上から、ぬめりのある液体がエナの方にかかる。
見上げれば、全長十五メートルはあろうかという、一番巨大な蜘蛛が涎にまみれた牙をむき出しにして、エナを捕食しようと近づく。
エナの歯が震える。
それは、恐怖ではなく、忍耐の限界の震えだった。
「……ぅぅうああああああああっ!!!」
エナの方向と同時に、身体から真っ白な光の柱が放たれ、頭上の巨大蜘蛛も周囲の大蜘蛛達も、悲鳴を上げる暇もなく、光に飲み込まれ、跡形もなく消し飛んでいく。否、蜘蛛だけでなく、周囲の草木一本も残らず、光に飲み込まれたものは消し飛ばされている。
光の柱は大木を飲み込み、周囲の木々を消し去って尚広がり、直径四百メートルをただの荒野と化して、ようやく霧散した。
「いかん、またやりすぎてしまった……」
エナはよろめきながら立ち上がると、歯を食いしばり歩き出す。
その足下の大地から、光の粒がエナの身体へと集まり始めている。
「くそ、まただ……もう魔力が集まってきてしまう……くそっ!!」
エナが苛立たしげに軽く腕を振るう。
魔力の固まりの光弾はむき出しの大地に突き刺さり爆発。大きなクレーターを生み出す。
「強制継続型か……このままでは、また人を殺してしまう。どうにか、しなくては……」
エナは自分の身体を引きずるように歩を進める。
「フィリア、お前の言った通りだ。私にこのルーンは使いこなせない。丸一日、生きとし生けるもの全てから命を奪い、朝になれば満たされた魔力を、どこかで吐き出さなければ私の身体が壊れてしまう。お前には、それが分かっていたんだな」
エナの瞳の色が、再び虚ろになっていく。
口元に自嘲の笑みが浮かび、その横を一筋の涙が伝う。
「愚かな奴と笑ってくれ。こんな状況になっても私は、魔法を無制限に使えることに、大いなる愉悦を感じている。まさしく、魔道者と呼ぶに、ふさわしいとは思わないか?」
むなしさに耐えかねた独白に答えてくれる自称妹は、もういない。
「ふっ、ふははっ、あははははっ!! あーっはっはっは!!!」
高笑いを上げながら、狂気のとりつかれた少女が荒野となった森の先へと進んでいく。
もう止められない。止められるわけがない。
フィリアにも。エナ自身にも。
お姉様、壊れる。