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20.魔道者は譲らない

お姉様はお疲れのようです

第三章


 月が夜空に浮かび、村の灯りも一つ、また一つと消えていく夜半過ぎ。


 村唯一の宿屋に、一人来訪者が現れた。


「すまない、部屋は空いているか?」


 宿屋の主人は、飛び込みの客を不審そうに睨む。


 簡素な革の鎧に、薄汚れた衣服の少女。


 疲弊した様子なのは、仕事を終えてきたのか、それとも敗走してきたのか。


 とはいえ、宿屋の主人が、気にするのは客が何者かではなく、金を持っているかだ。


「……空いているが、この時間だ、メシは出ないぞ?」

「かまわない。一時、身体を休めたいのだ」

「一階の奥部屋だ。素泊まりは先払いで二五〇ゴールド」

「ああ、わかった。ありがとう」


 微笑んだ少女は安いとは言えない金額を、あっさりとテーブルに並べる。


「確かに……仕事かい?」

「ああ。決着がつき、これからギルドに戻るところだ」

「ギルド? じゃあ、あんたは!?」

「一応聖騎士だ。ああ、宿代は気にしないでくれ。多少ふっかけられた金額かも知れないが、私にはもう必要の無い金だ。それに、ギルドへ悪徳業者と報告するつもりもない」


 青ざめている宿屋の主人をよそに、エナは疲れた様子を隠せず借りた部屋へと向かった。


………………


 部屋に入るなり、エナは疲労感に満ちた身体をベッドに乱暴に投げ出す。


 値段の安さを感じるベッドの硬さも、地べたに直接横たわるより、遙かに心地良い。


「疲れた……」


 思わず口から零れてしまう。


 訓練の肉体的な疲労とは違う。自称妹が側にいた時とも違う。


 心の隅で、永遠に膨れ続ける鉛があるような、重圧。


 精神が、自分の良心が、丸ごと削られていく感覚。


 聖騎士として単独での行動にはすっかり慣れている筈なのに。


 あの喧しい娘がいないだけで、孤独の苦しさを味わうことになろうとは。


「だが、これで良い。魔力が満ちてくるこの感覚。今までの私には無かったものだ。集束のルーンさえあれば、もう貶められることは無いのだ……」


 悔恨の念の中、僅かに覚える充足感を拠り所に、エナは睡魔に身を任せた。



…………………


「随分と安い復讐心だねえ」


 唐突に聞こえた声に、エナはまどろんでいた意識を覚醒させる。


「き、貴様、ヒエロ!?」


 完全にいたのは、集束のルーン自体として生きていた、ヒエロだった。


「いったい、何故!? いや、それよりここはどこだ!?」


 周囲は闇。


 日の光届かぬ深海のような深い闇。


 エナとヒエロは、共に生まれたままの姿で漂っていた。


「ここは君自身の魂。恨み辛み、嫉妬に妬み。あらゆる負の感情に飲み込まれた、君の心そのものだよ」

「私の、心……」


 光の一つも差し込まない、真っ黒な心。


 エナは肩を揺らして嗤ってしまう。


 正義の聖騎士を気取りながら、心根はこの有様。


 なんと、滑稽なことだろうか。


「それにしても、てっきり殺された両親の仇、とか、悪に染まった兄の目を覚ます、とか、もう少し深い設定があるのかと思ったけど? 安っぽい理由じゃ、君に食われた僕も浮かばれないよ」

「それは済まないな。私はお前がまだ存在できている事の方が驚きだ」

「正直、僕もギリギリのところで意識がつながれている。明日になればもう消えているだろうから、最後の交渉に来たんだ」

「交渉? 霊体すら失ったお前が、私と何を交渉するというのだ?」

「上を見てごらん」


 ヒエロが指さす先、天には無数の星々が煌めいている。


「……星? いや、あれはルーン文字か!?」


 よく目をこらせば、一つ一つがルーンを象っている。星に見えたのは、ルーン文字の端の部分が僅かに煌めいていたからだ。


「あれは君に刻まれたルーン文字だ。正直、僕は感動したくらいだよ。魔法理論から象形論から、全て無視した順番と配置だ。これだけのルーン文字を埋め込まれて、まだ生きているなんて本当に奇跡だよ」

「褒め言葉と受け取ろう。それで、一体何故お前は現れたのだ?」

「エナ。僕に身体を明け渡す気はないかい?」

「断る」

「即答しないでおくれよ。これでも、僕は君の為を思って言っているんだ」

「理由を聞こう」

「僕は集束のルーンとして意識を持っている。君がフィリアと闘っているときは、僕が集束する魔力量を調節していたんだ」

「……それで?」

「けど、僕は既にただの魔力エネルギーだ。君が一度でも魔力を全解放してしまえば、僕の存在は消えてしまうだろう。つまり、君を補助することが出来なくなる」

「だから、私の身体を明け渡せ、ということか」

「もちろん、僕が君の身体を奪う、と言う意味じゃ無い。君が睡眠を取っている間だけ、僕が身体を支配して、ルーンの集束速度を抑える、と言う意味だ」

「成る程な。だが、断る」

「何故だい?」

「私の目的は、この心を見れば分かっただろう。私に巻き込まれるか?」

「……本当にそれで良いのかい? 僕の力は望んでいる人間以外も殺す力なんだよ?」

「分かっている」

「人間のことはは他者を気遣う愚か者と思っていたけれど、今の君を見ていると、考えを改めたくなるね」

「当然だ。私はもはや人間では無い。外道にも劣る魔道者と成り果てたのだ」

「自分の目的の為に、他者を殺すということに後悔は無いと言うことだね」

「その通りだ」

「ふ……ふははは、愉しいなぁ、本当に愉しいよ。他人を巻き込まないことより、自分の薄っぺらい復讐を選ぶなんてね! なんて君は強欲なんだ!」

「何とでも言え。私は咎と共に歩み、そして必ず目的を果たす」

「虐殺の罪を背負い続けるか……なら、最後に一つだけ、助言をしてもいいかい?」

「聞こう」

「集束のルーンにも集められない魔力がある。それは、自分自身の魔法だ」

「……自分の魔法は、自分を傷つけられる」

「エクセレント。君はどうやら、魔道を極めるにふさわしい人間のようだ」


 ヒエロの姿が光の粒になる。


 まるで、集束のルーンに集まる、魔力の結晶のように。


「さよなら、エナ。復讐の旅路の果てに、幸多き未来があることを祈っているよ」

「……」


 気が遠くなるような時間を過ごしてきた魔族の最後は、あまりにも呆気なく、エナは何も言葉を発することが出来ず、唯々残光を見つめていた。



気遣い魔族は魔道者に飲み込まれました。

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