18.聖騎士の覚醒
おや、お姉様の様子が…?
「……お姉様~?」
フィリアは慎重に技を解き、エナの顔をのぞき見る。
「落ちたのですね~? 狸寝入りは無しなのですよ~?」
プニプニと頬を突っつき、閉じられた目の前で手を振り、好機とばかりに欲望に任せて抱きつこうとして思い止まり、安全距離まで下がる。
「お姉様、ごめんなさいなのです。今のお姉様を外に出すわけには行かないのですよ」
フィリアは尻尾が動くことを確認し、開いたままの天蓋の縁へ向け、
「ああ、そうか……これは、こう使うのか……」
いきなり聞こえたエナの声に、フィリアは雷に撃たれたように反応し、その場から飛び退く。
見れば、エナは白い光に包まれて、ゆらりと立ち上がっていた。
まるで幽霊のような異様な佇まいに、フィリアは警戒を強める。
「お姉様、ずるいのです! 狸寝入りは無しって言いましたのに!」
「いや、私は落ちていたよ」
「じゃあ、何でこんなに早く復活するのですか!?」
「回復の魔法だ。まさか、自分に使うとは思わなかったが、な」
身体が包んでいた光が収まると、エナは柔らかな笑みを浮かべる。
「それにしても、さすがだな。勝負は私の完敗だ」
「だ、だったら、集束のルーンを返してほしいのです!! 闘っている最中に取り込んじゃうなんて、反則なのです! 恋人同士にも礼儀ありなのです!!」
フィリアの言い分に、エナは苦笑いを浮かべるだけ。
「お前の言うとおりだ。だが、無理らしい」
「無理、なのですか?」
「ああ……ヒエロのルーンは、私の身体に刻まれてしまったからな!」
エナの微笑みが凶暴な者へと移り変わるのに合わせ、シミ一つ無かったエナの顔に、入れ墨のように黒いルーンが刻まれる。
凛々しい瞳を鋭くさせるアイシャドウはコメカミにまで流れまるで鬼の角を彷彿とさせ、目元から頬へと流れる牙のようなラインは、悪魔と融合してしまった証のようだ。
「お、お姉様、そのお顔は……」
「ああ、顔にルーンが刻まれてしまったか? 変な模様じゃないかな?」
凶悪な表情は一瞬で、エナは再び穏やかな笑顔に戻る。しかし、フィリアは全く警戒を解かず、天蓋の縁へ尻尾を伸ばし、一人で決闘場から脱出する。
「おいおい、ひどいな。こんなところに、私を置いていく気か?」
「フィリアがお姉様を見捨てることなんて、ありません! お姉様には、フィリア諸共、この遺跡に封印されて貰うのです!」
睨みながら宣言するフィリアの頬に、一筋の汗が流れる。
エナに求愛行動しかしない普段の姿からは想像も付かない、緊張した姿。
「ああ、お前は本当に聡いな。気づいているんだな。私の力に」
穏やかな表情のまま、エナは両手を広げ、
「風よ、我を彼の地へ運べ」
静かに風のルーンを発動させ、周囲に風の結界を展開。午後のティータイムのような気軽さで、浮遊を開始した。
「お姉様、魔法を……」
「見ての通りだ。私はもう集束の魔法を使いこなしている。もちろん、供給源はお前なのだろうが、お前の尻尾が動いているということは、ヒエロとは使い方が違うようだな」
「周りの人に迷惑かけるなと、ご両親に教わらなかったですか!?」
「既に他界したと言っただろう」
「それはご愁傷様なのです!!」
フィリアは尻尾を鞭のように振るい、エナの風の結界にぶつけ、上昇の妨害する。
「そうか、上をとったのは私を外へ出させない為か。全く気づかなかったよ」
「油断しすぎなのです、お姉様。フィリアでは止められないと思っているのですか?」
エナは大仰に両手を広げ、闘う意志はないことを示しつつ、
「何故私を止める。この遺跡は全ルーンの魔力を集束させる場所だ。私が何もしなくとも、人間が、外道が、遺跡を解放する度に、魔力は集まってくるんだぞ? 何処にいようと、結果は同じなんだ」
「でも、お姉様がご自分の意志で、人を殺すことはないのです」
真剣な眼差しで睨むフィリアの指摘に、エナの顔から感情が消える。
お姉様、覚醒。