14.聖騎士の豹変
お姉様、ご乱心
「ヒエロ!!」
エナが突然身を乗り出す。
「お前のルーンを手に入れるにはどうしたらいいんだ!?」
「お、お姉様?」
突然血相の変わったエナを、ヒエロは値踏みするように見つめる。
「君は?」
「エナ・リーベント。聖騎士だ。お前のようなルーンをずっと探していた!」
ヒエロは興味深そうにエナの周囲を漂う。
「それは興味深い。ボクは周囲の魔力、即ち命を奪い取るんだよ? それでも、ボクを欲しいというのかい?」
「私は現在聖騎士団で発見されたルーン全てをこの身体に刻んでいる。だが、現存する全ての魔法を使える代わりに、一日に一度しか魔法を使えない体質になってしまったのだ!」
「成る程、人間は面倒な魔法の使い方をしているんだね」
「答えろ! お前のルーンを手に入れるには、どうすればいい!?」
「そうだねぇ……ボクたち魔族が想定していた使い方とかけ離れているから、正直何とも言えないところもあるんだけど、たぶん……」
ヒエロが、口元を歪める。
「ボクを取り込めばいいよ」
「取り込む、だと?」
「そう、ボクと魂で融合するんだ。ボク自身がルーンなんだから、そうするしかないね」
「ならば、今すぐ私と融合しろ!」
「お、お姉様! ちょっと待って下さいなのです!」
ヒエロに手を伸ばそうとするエナの前に、フィリアが両手を広げて立ちふさがる。
「邪魔立てするか!?」
怒気をはらんだ瞳に睨まれても、フィリアは一歩も引かず、むしろエナに詰め寄る。
「邪魔するしない以前の話なのです!!」
「なんだと?」
「彼は自分で、魔族に封印された、と言ったのです。それは、魔法の先駆者である魔族たちですら、扱えなかったということなのです! 魔族が匙を投げるような危険なルーンを、たかが人間のフィリアたちに扱えると思うのですか!?」
「そ、それは……」
フィリアの言葉に、エナが言葉に詰まる。
ヒエロは音の鳴らない拍手を送りつつ、
「なかなか聡明だね。どうやらネコミミちゃんの方が頭は回るみたいだ」
「フィリア・ルビア。お姉様の旦那なのです!」
「……君たちの関係が、全く分からなくなったんだけど?」
「お姉様はフィリアの嫁で、恋人で、お姉様なのです! これ以上、変なことお姉様に吹き込んだら、ただじゃおかないのですよ!」
「お前の嫁に、なった覚えはない」
言いつつ、エナは再び剣を抜く。
「お、お姉様?」
「悪いが、ヒエロのルーンだけは譲れん。ここでお前を倒してでも、だ」
エナは迷いなくフィリアに向けて剣を構える。
「くっくっく、実に欲深くて、人間らしい行動だ。ボクも数百年ぶりに愉しいよ」
ヒエロは心底愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「いいだろう、エナ・リーベント。君が勝ったら、ボクは君に融合しよう。フィリア・ルビア、君が勝てば、もう一度ボクを封印すればいい。さあ、戦いの場はボクが提供しよう!!」
ヒエロが両手を広げた瞬間、二人の立っていた床が抜け、フィリアとエナが闇に飲まれる。
数秒の浮遊間の後、
「きゃん!」
尻尾を使おうとしたフィリアはお尻で着地してしまった。
「砂?」
無事着地に成功したエナは、足下の感触を慎重に調べる。
「その通り」
ヒエロの声が響くと、周囲の松明に炎が灯る。
照らし出された室内は、天井が円形に開けた、闘技場のような場所だった。
魔族にも嗜虐嗜好があるようです