13.遺跡のルーン
探索をしていてもブレない二人
まるで王族が住まう洋風の城を思わせる優雅な造形が広がる遺跡内部。
太い円柱がいくつも並んだ巨大な謁見の間、大小様々な寝室、食堂。中には、宝物庫まであった。
通路はフィリアが進むのに合わせて、松明に灯がともり、暗闇に道を見失う心配もない。
「至れり尽くせり過ぎて、逆に気持ち悪くなってきたのです」
「い、いったい、何が潜んでいるんだ」
平然と進んでいくフィリアの後ろで、エナはクロスソードを忙しなく往復させている。
「お姉様、そんなに警戒することないのです」
「し、しかし、まだ誰にも調査されていない遺跡だぞ。何があるか分からないだろ」
「警戒するのは良いですけど、過度な緊張は逆効果なのです。もっと落ち着かないと、トラップに引っかかるですよ」
「私には、何故お前がそんなに冷静でいられるのは、不思議で仕方ない」
「フィリアは遺跡調査の経験があるのです。経験者は驕るのです」
「語らないあたり何とも外道らしいな。今は虎の子の尻尾が使えないというのに」
エナの指摘にに、フィリアの動きがピタリと止まる。
しばし、フリーズ。
やがて鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、さび付いた人形のように振り返ったかと思えば、涙目でエナの太股にすがりついた。
「……そ……そうだったのです!! お姉様、フィリアはどうすればよいのですか!?」
「今、気づいたのか!? っていうか、お前こそ落ち着け!」
「尻尾が使えないなんて、十年ぶりなのです。非常に困るのです、アイデンティティ崩壊の危機なのです!」
「お前の存在意義は尻尾だけなのか!?」
「このままじゃお姉様を縛れないのです! 困るのです! いじめたいのです!」
「縛るな、困るな、いじめるな!」
「あはははっ! おもしろい子たちだね!」
突然響いた第三者の声に、エナとフィリアは素早く背中合わせになり臨戦態勢をとる。
「へぇ、人間の旅芸人って訳じゃなさそうだ」
二人の前に現れたのは、少年。
ぼんやりと光る身体は半透明、右目を覆うように伸びた前髪が、表情の半分を隠している。
「ゴーストか!」
エナは幽霊に向け、攻撃に備える。
フィリアはエナの背中に隠れ、
「お姉様の盾!」
「遊ぶな!!」
「ふぐっ!?」
即、エナの拳骨がフィリアの脳天に落ちた。
「場を和ませようとしたボケですのに~……」
「和む場面か!? 今ここは朗らかな笑いが必要な状況か!?」
「あっはっは! 本当に面白いね、君たち!」
幽霊の少年はお腹を抱えて笑っている。
幸か不幸か、フィリアの目論見通り、これから戦闘に突入する空気ではなくなってしまったらしい。
エナは赤面して黙り込む。
「ところで、人間がこんな場所に何の用だい?」
「この遺跡にルーン文字が封印されているはずだ。私たちはその封印を解きにきた」
「人間がルーン文字の封印を解く? 妙な話だね。魔族のみんなはどうしたんだい?」
幽霊の少年の言葉に、エナとフィリアは思わず互いに顔を見合わせてしまう。
「お姉様、魔族のお知り合いがいるのですか?」
「いや、心当たりがない……お前達外道の方が近しいのではないのか?」
「フィリアたちだって人間なのです!」
「魔族が、いない? ……滅びたのか……結局、間に合わなかったんだね」
二人の返答に、幽霊の少年は見た目のあどけなさからは想像も付かない、大人びた表情を浮かべる。
「ねぇ、君たち。天使の存在は知っているのかい?」
「天使?」
「おとぎ話でしか聞いたことないのです」
「お伽話、だって? く……くっくっく、あっはっは!! そうか、かの天軍の戦士達が物語の、架空の存在に成り果てたか!!」
揃って首を傾げるエナとフィリアに、幽霊の少年のが笑い声が、遺跡に響きわたる。
先ほどのまでの楽しそうな笑い声ではなく、心の底から卑下するような、嘲笑。
その狂気じみた気配に、フィリアはついエナの背後に隠れ直してしまう。
エナは剣を納め、咳払いを一つ挟む。
「とにかく、私たちはルーン文字の解放をしにきた。もし良ければ、封印された場所を教えてくれないか?」
「……探すことはないよ。この場所のルーンは、ボクだ」
「な、に?」
呆気にとられるエナに、少年の幽霊は再び大人びた笑みを浮かべ、
「ボクはヒエロ。司るのは集束のルーン。周辺の魔力を吸収し、蓄えるルーンだ」
「魔力を吸収し、蓄える、だと?」
ヒエロの説明に、エナの目の色が変わる。
「その通り。この遺跡に入ってから魔法が使えなくなっているだろう? それはボクが君たちの魔力を吸収し続けているからだ」
「はた迷惑なルーンなのです。魔族の皆さんも辟易したに違いないのです」
アイデンティティ喪失中のフィリアの恨み節に、ヒエロはふわりと漂う。
「だから、この通り、来るべき時に備えて湖に封印されたのさ。魔力とは即ち生命エネルギー。誰彼かまわず魔力を吸い取とるボクは、厄介者扱いされて当然ってことだね」
すこし物語が動いていきます。