11.聖騎士とネコミミ娘の日常風景
お姉様はつれないようです。
「お姉様、ひどいのです。フィリアは朝の挨拶をしただけですのに」
ロッジの中、朝食の準備を進めるフィリアの頭上には、立派なタンコブが出来ている。
「おかげでとても気分の良い朝を迎えられた、感謝する」
澄まし顔でサラダを口に運ぶエナは、まるで悪びれた様子を見せない。
自衛しただけなのだから、当然だが。
「だいたい、魔法使うより素手の方が強いって、聖騎士としてどうなのですか!?」
「最初から魔法戦でなく殴り合いを挑めば良かった」
「DVなのです。デレデレバイオレンスなのです」
「お前にデレた覚えはない」
「うぅ、つれないのです~……」
しょぼくれながらも、エナのために朝食の目玉焼きを焼き始める健気なフィリアだった。
…………………
「お前の義父は、恐ろしい存在だな」
湖畔の浜辺で、一晩の内に元の水位に戻った湖を見つめ、エナは唸るように感想を漏らす。高位の聖騎士が数十人いたとしても、一晩で巨大な湖畔の水位を戻すなど、果たして出来るだろうか。
「フィリアが言うのもなんですが、存在そのものが”ちーと”なのです。犯罪なのです」
「外道が法律を語るのか?」
「お姉様、外道も人間なのです。”守れる”法律はちゃんと守るのですよ」
「守れる範囲だけ守っていたら、法律の意味がないだろ」
至極まっとうなエナのツッコミに、フィリアは頬を膨らませながらエナの腕にしがみつく。
「人の道を外しているフィリアたちが、守ってる時点で誉めて欲しいのです」
「それは、普段泥棒をしている者が、殺人は犯していないから誉めろと言っているのと同意だぞ?」
フィリアは大仰に頷き、
「誉めるべきなのです」
「私はお前の脳天気さを賞賛したくなるよ」
「誉められたのです~♪」
嬉しそうに両頬に手を添えて、照れまくるフィリアに、エナはため息を一つ。
「皮肉くらい理解してくれ」
「え~?」
「え~、じゃない! それより、私に一体何をさせるつもりだ? 一日一度しか使えない私の魔法がお前の役に立つとは思えんが」
自虐の笑みを浮かべるエナに、フィリアは大仰に咳払いをしてから、
「そんなことないです。一日に一度必要な魔法を必ず使えるというのは、使うタイミングさえ間違えなければ、素晴らしい能力なのです。お姉様はご自分を過小評価しすぎなのですよ」
子供を諭す母親のような口調だった。
「そうは、思えんが……」
フィリアの気遣いを、快く受け入れられない。
役立たずの烙印は、身体に刻まれたどのルーンよりも、深く刻まれているのだ。
……………
「こういう使い方をされるとは思わなかった!!」
悲鳴混じりのエナの声は、もはや誰にも届かない。
ここは水中。湖の中。
何事かと逃げ回る魚の姿が遠巻きに見える。
フィリアがエナに頼んだのは、湖底を調査している間、風の結界を維持し続けること。
巨大な気泡の中なら、呼吸に問題はなく、エナの魔力の限り調査が出来るというわけだ。
「だから素晴らしい能力だと言ったのですよ、お姉様」
フィリアはエナの横から抱きつき、九本の尻尾をカニのように駆使して湖面を移動していく。
胸の膨らみを、顔面で堪能しながら。
「私の魔力がいつ切れるか分からんと言うのにセクハラ行為に及ぶとは、どこまでお気楽なんだ、お前は!」
「お姉様の魔力の大きさは、何回も闘ったフィリアが、この身体で、よーく分かっているのす。自信をもってほしいのですよ。あ、ほら、お姉様、お魚がびっくりして逃げてるのです! それに、湖の底から見上げると、湖面がキラキラして、まるで宝石みたいに綺麗なのですよ」
「景色を楽しむ余裕が、あると思うか!?」
長時間の魔法維持自体が初めての経験だというのに、いきなりしがみつかれて水の中へドボンとされたのだ。もし結界が解ければ全身ずぶ濡れだけでなく、装備品の重量で溺れる可能性だってある。
この状況で水中遊泳を楽しめるほど、エナの神経は太くない。
「結構ロマンチックですのに……」
フィリアは唇を尖らせ、尻尾の動きを早めた。
どこまでいっても夫婦漫才