9.外道の王の魔法理論
全裸の義理の父は服を着ました
「これでどうかな、義理の娘の姉よ」
「と、とりあえず、それでいい。しかし、何か奇っ怪な行動をするのなら、容赦なく切り捨てるぞ」
「うむ、いいだろう。まだ剣でのお仕置きプレイは未経験だ。我が身を切り裂かれる苦痛、是非とも味わいたい」
「お前の嗜好の話はどうでもいい! それより、話を元に戻せ! 私の魔法が一発しか使えないのが勘違いとはどういうことだ!?」
「おお、ここまで混乱に達した場にあって一番の疑問を見失わないとは、なかなか見所のある聖騎士だ」
「さすがなのです、お姉様」
「混乱するから、これ以上、話題をそらすな! 頼むから!」
次第に涙目になってきたエナに、エクスは咳払いを一つ挟み、たき火の前に胡座をかく。
「義理の娘の姉、エナよ。お主の使う魔法は、我々外道の使うそれに近い」
「外道の魔法、だと?」
「例えば、娘の尻尾の魔法だ」
話の先では、料理を再開したフィリアのお尻で、尻尾がくねくねと揺れている。
「当然、動かすだけでなく、存在させるだけで魔力を消費する。即ち、我ら外道は、日がな一日、魔法を使わない時間が、存在しない」
「魔法を、使い続けている状態……」
「当然、魔法を解除すれば、月が一晩巡るまで、体内の魔力は戻らない。つまり、お主と同じ条件である」
「つまり、私の魔法の解決方法は……」
「我々と同じように、魔力が底をつくまで使い続ける、ということだ」
エクスの説明に、エナは動揺を隠せず、焦点が定まらない。
聖騎士である自分が、嫌悪すべき外道と同じ魔法の使い方で、弱点を克服できる。
それは、見方を変えれば、外道という存在は、奇異な魔法を使うだけの、ただの人間であることの証明。
認められない。認めてはいけない。
聖騎士として踏み越えてはいけない一線を、越えてしまう。
エナは、努めて明るい声を絞り出す。
「では、何故聖騎士の先輩や同僚は、繰り替えし使えるのだ?」
「見解の違いだ。彼らは常に魔法を待機させ、使う時に使っているだけだ」
「ならば何故、私に同じ事が出来ない!?」
「お主の身体に刻まれたルーンの数だ」
頑として断言するエクスに、エナは身体を戦慄かせている。
「元来、人間にはルーン一つが限界である。しかし、我の見立てでは、お主にはあらゆるルーンを刻み込んでいる。それ故に、一度に全てのルーンを発動しなければならず、無意識下で継続できないということだ」
「た、確かに私はあらゆる魔法のルーンを刻んでいる。し、しかし、それは私にその素養があったから故のことだ!」
「その通り。神がかり的な素質である。逆に言えば、もっとルーンの数を少なくしていれば、一日に一度しか使えないような体質になっておらん。それ故に、我にはお主が実験動物としか見えない」
「実験、動物?」
「お主に魔法のルーンを刻んだ外道の、人体実験だ」
エナの髪の毛が一瞬浮き上がり、抜剣する。
「そんなバカな話があるか!! 私にルーンを与えて下さったのは、聖騎士長パラノ・リーベント様だぞ!? 今まで何人もの上位ランクの聖騎士を育ててらっしゃっる方だ!! その方を外道呼ばわりするなど、許さぬぞ!!」
鋭い切っ先を向けられても、エクスは全く動じず、じっとエナを見つめる。
「聖騎士の娘よ、お主はルーンを刻むとき、全て同時に行ったのか?」
「い、いや、物心つく前から、儀式を受けていたらしいが、一つずつだ」
「我には、まるで壊れないか確認をしながらルーンを付属させたようにしか思えぬ」
「何を証拠に!?」
感情的になっているエナとは対照的に、エクスはどこまでも冷静に告げる。
「お主以外の聖騎士が、自分の意思で使う魔法を選んでいるからだ」
「っ!!」
会話を進めるほどに、エナは言葉に詰まる。
エクスの指摘したとおり、通常聖騎士を目指す時点でギルドにて適正を調べ、希望するルーンをその身に刻む。
何故なら日常的に魔法を使うことなどないからだ。
しかし、孤児として育てられたエナだけは、幼少の頃から聖騎士長パラノによって少しずつルーンを刻まれ続けていた。
疑わなかったのは、この世でただ一人、家族と呼べる存在だから。
「……そうだ、パラノ様は私を娘同然に育てて下さった! ならば、私にそんな実験まがいなことをする訳がないだろう!?」
「お姉様……」
フィリアの表情には同情ではなく、むしろ悲哀が浮かんでいた。
疑えないことが不幸であることを、エナは知らないのだ。
「ならば、最後にもう一つ問う」
「な、何だ?」
「お前と共に幼少期を過ごした子供は、何人生きている?」
「っ!!!」
エナの顔が急激に強ばる。
「……どうした? 聖騎士の娘」
「そ、それはっ……」
反論する言葉に詰まる。
答えは単純だ。
エナの友達は、全員死んだ。謎の病魔に冒されて。
「全員、死んでいる。そうであろう?」
エナは答えない。答えられない。
しかし、エクスは最後まで淡々と通告を続ける。
「改めて言おう。お主の育ての親、パラノ・リーベントは、我らと同じ、外道者だ」
エナが膝から崩れ落ちる。
外道王の言葉は、全て推論の域を出ない。
それでも反論が出来ないのは――。
「お義父様、それ以上お姉様をいじめると、フィリアが黙っちゃいないのです」
フィリアはエナを抱きしめながらエクスを睨む。
普段なら全力で押しのけるであろうエナが動かないのを見て、エクスは大きなため息を吐き、ゆっくり立ち上がる。
「やれやれ、己の存在を認めれば楽になるというのに。では、我はこのあたりで……」
「お暇する前に、用件忘れんなです、ボケお義父様」
と、フィリアの尻尾がエクスの後頭部をしばく。
「ぐほぅ! おお、そうであった。娘よ、遺跡の進捗はどうなっている?」
「遺跡の場所は特定しているのです。あとは調査で乗り込むだけなのです」
「そうか……では、あと三日と掛からぬか」
「フィリアの尻尾が通じない遺跡なのですよ。約束なんて出来ねーです」
「尻尾が通じない、だと?」
エクスは目を丸くして、珍しくまじめな表情で顎に手を当て考え込む。
「お義父様がシリアスに考え込むなんて、明日は嵐に違いないのです。探索が二週間ほど遅れるのが決定したのですよ」
「いや、それは困るな。出来る限り、急いでくれ」
「お姉様が蒸発させちゃった湖の水位を戻したら早速始めるのです」
「む。確かに、村人に迷惑をかけてはならぬな。ならば、我がその役を担おう」
エクスはマントを脱ぎ捨て、屈強な肉体を露わにする
「……なんだ、詰まらん。もう慣れてしまうとは」
チラ見した先のエナは、まだ茫然自失で、エクスをまるで見ていなかった。
「フィリアのお姉様にリアクション芸を期待してんじゃねーのです」
不愉快とばかりに、フィリアの尻尾がエクスの股間を打ち抜いた。
「ごうふっ!! む、むぅ、容赦ない攻撃、さすが我が娘だ」
「誉められてもこれっぽっちも嬉しくないからさっさと仕事しやがるのですよ」
「仕方あるまい。我が身に刻まれし、万物をかたどるルーンよ」
エクスの身体全体に、光り輝くルーン文字が浮かび上がる。
「我の姿を水竜へと変えよ!!」
力ある言葉により、エクスの身体が光り輝き、青く巨大な竜に姿を変えた。
「では、娘よ。水位が戻り次第、遺跡へと向かうのだぞ」
「分かっているのです。村の人が困るのでとっとと雨を降らせてきやがれです」
「やれやれ、外道使いの荒い娘である」
竜となったエクスは、巨体をうねらせ水流の姿のまま天高く舞い上がり、夜空へと消える。すると、それまでの月夜が嘘のように雲に覆われ、雨が降り始めた。
「変化のルーンは、相変わらずチートなのです」
エクスが身体に刻んでいるのは、変化のルーンだ。
この世のあらゆる物体に変身することが可能となり、今のように竜になったり、その気になれば炎の魔神にもなれる。
使い方次第では、この世界の全てを掌握できる力であろうに、幸か不幸かその身に刻んでいるのはただの露出狂の変態。
世界は今日も平和だ。
「さあさ、お姉様。変態のお義父様が消えたところで、フィリアたちはゆっくりと愛を語らうのですよ」
フィリアに腕を絡められても、エナは硬い表情のまま動かない。
「もう、お姉様にお姫様だっこされてベッドインするのが、フィリアの夢ですのに」
フィリアは心底残念そうにため息をつくと、尻尾を使って逆にエナをお姫様だっこする。
「もっとも、フィリアの愛でお姉様をお慰めすることは変わらないのですけど。くふふ」
妖しい笑みと共に、フィリアはロッジの中へと消えた。
残されるのは、湖面を叩く静かな雨音のみ。
「……ふぐっ!!」
数分後、何が起こったのかは、言うに及ばず。
魔法について補足
・例えば、火のルーンを身体に刻む → ルーンが魔力によって起動 → 火の魔法が使える
・常識的に1人1個が限界。無理矢理数十個のルーンを刻まれているエナは、全部のルーンが同時に発動する為、一日一回でガス欠になる。
簡単に言うとこんな感じです。もしエナが一つか二つだけだったら、変態と良い勝負をしていたはず。