プロローグ
異世界コメディです。
お付き合い頂ければ幸い。
プロローグ
世界には、ルーン文字がある。
人類の長い歴史の中で、いつ、誰が、何の目的で作ったのか。
誰も分からない。
ただ一つ分かったことがある。
ルーン文字には不思議な力があり、この文字を身体に直接刻み込むことで人間は魔法を使うことが出来ることだった。
………
地平線の先の山脈が見渡せる、冷たい風の吹きすさぶ荒野。
申し訳程度の馬車道の端に、一本の枯れ木が佇む。
そのか細い幹に、少女がいた。
端の切れたぼろぼろの麻布一枚を羽織っただけで、小さな身体を抱え込むようにして、木枯らしから懸命に身体を守っている。
ずっと裸足で歩き続けた為か、それとも虐待を受けていたのか、か細い手足には至る所に擦り傷や痣が見受けられる。
頬はやせこけ、唇はカサカサに乾いていた。
「どうしたのだ?」
不意に聞こえた声に、少女はぼんやりと顔を上げる。
そこには、とても大きくて、強そうな男の人がいた。
「……」
だあれ?
声に出した言葉は、風の音にかき消される。
「ご両親はどうしたのだ?」
ふたりともしんじゃった。
うつろな瞳からは、涙のひとしずくも零れない。
少女は、奴隷の娘だった。
虐げられる暮らしの中で、父と母は殺された。
少女を雇い主の性癖から守った為に。
残された少女に出来ることは、力の限り逃げること。
何をされるのかは分からない。
ただ、とても怖くて痛くて気持ち悪いことをされるに違いない。
だから、父と母は少女を守り、殺された。
だから、少女は逃げなきゃいけないと思い、力のかぎり走った。
屋敷を飛び出し、当てもなく街を逃げ回り、道無き道を一昼夜彷徨い、何度も倒れ擦り傷を作り、喉が渇けば水たまりの水をすすり、それでも尚、ひたすら逃げ続け、とうとう荒野の枯れ木の麓で力尽き、身体を風雨を凌いでいた。
きっとこのまま死んでしまうのだろう。
幼いながら、そう感じていた。
「行く当てもないのか?」
こくり、と少女はうなずく。
「ならば、我と来るが良い」
どうして?
「我が大願を成就させる為である。それには、娘。お主が必要なのだ」
いたいのは、いや。
「案ずるな。我にそのような趣味はない」
大柄な男は、少女の身体を軽々と持ち上げる。
「努々忘れるな。人間とは、突き詰めれば自分のこと以外考えておらぬ」
そんなの、さびしい。
だって、パパとママは、まもってくれたもの。
「そなたの両親が望んだからこそだ。それもまた、自分の欲望の一つなのである」
よく、わからない。
少女は口を噤み、瞳を閉じる。
人肌の暖かさに緊張の糸が切れたのか、程なく安堵の寝息を立て始めた。
「娘よ。これより、お主は我の娘だ。己の幸せだけを考え、生きるが良い」
語りかけながら、男の姿が翼を持った大きな獣に変身する。
「それこそ、我ら外道なのだ」
外道とはかくありき。