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『コルシカの修復家』-ボッティチェリは火を焼べる

 今回は、「小説家になろう」において、現在も連載中の作品である、さかな氏著『コルシカの修復家』について、その価値を考察する。

 紹介作品の詳細は以下の通りである(詳細はいずれも作品URLより引用)。


 作品名:『コルシカの修復家』

 著者:さかな

 ジャンル:ローファンタジー〔ファンタジー〕

 作品分類:下流作品

 作品URL:https://ncode.syosetu.com/n2183cf/(最終アクセス2018年7月11日現在)


【あらすじ】

 地中海に浮かぶコルシカ島。この島には、とある画家が遺した幻の絵画が隠されている―。


 地球に埋蔵されたエネルギー源が枯渇した未来。ある科学者が「絵画を還元して得られる不思議なエネルギー」の発明に成功、人類は未曾有の大災害から救済された。新たなる資源としての存在意義を得たことで、絵画からは次第に芸術としての価値は失われていった。

 そんな時代において、絵画に芸術性を見出す絵画修復家の少年がいた。少年は記憶を失くした少女との出会いをきっかけに、謎の絵画と少女の記憶を巡る冒険へと導かれてゆく。


 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

 ウェブサイト:waiwaisakana.wixsite.com/canaan



 作品の概要は以下の通りである。

 絵画修復家の主人公・道野ルカは、記憶喪失の少女ニノンと出会う。彼は父に託された指輪と、仮面の男「ベニスの仮面」に奪われた謎の絵画の断片を追い、コルシカ島を巡る旅に出る。

 旅の先々で出会う「絵画」とそれを取り巻く人々、絵画の声が聞こえる不思議な少女と主人公との数奇な運命、そして、自称修道士アダムや、元サーカス団長ニコラスとの出会いを通して、主人公は絵画から失われた「芸術」と向き合っていく。

 世界からエネルギーが枯渇し、絵画からエネルギーが生成される、絵画の芸術としての価値が失われた時代の中で、彼らは何と出会い、葛藤するのか。「ヨーロッパ最後の楽園」と謳われるコルシカ島を舞台に、少年達は大切なものを見つけ出していく。



 同作は、明確な様に、非なろう系作品の一つであり、ブックマーク数が505件ある、下流作品である。

 筆者は、まず、同作を論じる上で重要な要素として、1.絵画の芸術としての価値の喪失、2.絵画のエネルギーとしての新たなる価値の創出、3.芸術性の喪失に伴う、絵画の消費財化の3つを取り上げる。

 初めに、1.について、「芸術」とは、


『1 特定の材料・様式などによって美を追求・表現しようとする人間の活動。および、その所産。(以下省略)』

(松村 明監修、池上 秋彦・金田 弘ほか編集「げい‐じゅつ【芸術】」『goo辞書』(提供元『デジタル大辞泉』(小学館))(https://dictionary.goo.ne.jp/jn/66566/meaning/m0u/芸術/ 、最終アクセス2018年7月13日12:11現在))


を言うとされ、美を表現しようとする人間の活動及び、その結果生まれた作品そのものを指す言葉である。即ち、芸術の本質は、美を追求する事を主たる目的とする。

 絵画にエネルギーとしての価値が認められ、芸術としての価値が認められなくなったと言うことは、即ち、絵画における美の追求という要素が排除された事を意味する。そして、後述するように、絵画には芸術という価値とは異なる新たな価値がもたらされる。

 次に、2.は、1.とは異なり、絵画からエネルギーの抽出に成功した事に伴い、絵画には新たなる価値、エネルギー原料としての価値が現れた事を意味する。これら相反する二つの要素は、同作を考察する上で最も重要な要素と言える。

 最後に、3.は、エネルギー資源としての絵画という価値の創出によって、絵画とは「保存するもの」から「消費するもの」へと変化している事を意味する。このような考え方を如実に表しているのが、第4章「星の降る村」にあるAEPを活用した地域活性化の提案であり、作家が作品を提供し、発電所でエネルギーに変換する(消費すること)を主たる目的として、絵画を描く描写が認められる。同時に、絵画に対する価値観が変化し、エネルギー効率の良いものを優れた絵画、そうでないものを価値の低い絵画と考えられるようになった。


 絵画がエネルギー資源となるという独創的な発想は驚嘆に値するが、同作の価値を考察する上で、筆者が重視する価値は「芸術と価値観」の関係性である。

 芸術には流行があり、時代に応じてその評価が次々に変化するという特徴を持つ。一方で、同作における絵画のエネルギー化には、一種の普遍性が存在し、エネルギー効率の高い類似の絵画が、最も価値のある絵画になると考えられる。このような価値観の変化は、芸術における流行にも同様に影響を与えるものである。


 芸術の価値の転換と言えば、真っ先に思いつくものはルネサンスである。「再生」による古典芸術の再評価は、絵画における流行がいかに重要なものかを示している。普遍性の獲得は、その代償として、このような価値観の変化を抑止するものとなる。

 例えば、同作におけるエネルギーショック以降、貴重なエネルギーの節制は重要なものと考えられ、第6章 「マスカレイド・カーニバル」において、ジルベールがカーニバルの開催に対して苦言を呈する理由は、正しく節制のためであった。「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉の通り、エネルギー優先の社会においては、絵画の芸術的価値は損なわれ、消費財としての価値が認められることで、更に絵画からは芸術性が排除されるのである。


 さて、ルネサンスが示した芸術における流行の価値に対しては、それが決して重要なものではないと考える者もあるだろう。そこで、流行の危険性についても考察したい。

「春」や「ヴィーナスの誕生」等の名画で知られるボッティチェリの名を知らないものは少ないだろう。彼の芸術家としての傑出した才能は現代までよく知られている。

 しかし、彼が後半生に書いた絵画の評価が、それ以前に書いた絵画よりも高くないことは、この才能に対して影に隠れがちである。

 彼が自らの芸術を焼いたきっかけは、ジローラモ・サヴォナローラと言う、敬虔なドミニコ会派修道士の神権政治である。サヴォナローラは、芸術品や嗜好品を焼く為に「虚栄の焼却」を行った。サヴォナローラに心酔していったボッティチェリは、その後華美な絵画を描く事をやめたという。晩年の彼の絵画に対する評価が下がったのも、このような時代の奔流が影響している。一時の流行は、過去を焼却するには十分過ぎる力がある。


 また一つの例を挙げる。

 この世界で最も悪名高い独裁者の一人とされるアドルフ・ヒトラーは、しかし優れた宣伝力によって多くの支持を得た事はよく知られている。

 彼は映画などの娯楽を適度に与えることによって、国民感情に豊かさを与え、実際にドイツに富をもたらしてみせた。

 彼が用いた娯楽の提供という政策は、確かにサヴォナローラとは逆向きに行われているが、その実、プロパガンダとして利用される。そして、その政策が行き着く先は、その知名度故に語る必要もないだろう。


 人々の流行に対する熱狂は、様々な功罪を生み出し、普遍的価値を否定する事を拒んでいる。

 あるいは、この熱狂こそが、普遍的価値の不在を示す有効な証拠なのかも知れない。


 エネルギーという一律の価値への変換、そして芸術という最早価値をなくしても残り続けるという不利益も含めて、残せる過去の遺産、同作は主人公や旅先で出会った人々を通して、二つの価値観について考えるきっかけを与えてくれるのである。その点で、同作の価値は小さくないと言える。


 最後に、同作の価値に関するまとめとして、筆者の私見を述べたい。

 共産主義の失敗は、その閉塞性にあり、サヴォナローラの失脚は、その厳格さ故に引き起こされた不満の為であり、ヒトラーの底知れぬ野心は、彼が統治者となる事で、疑いなく生じた利益を奪ってしまった。

 芸術における美の表現とは、時代を通して変化していくものであるが、これは閉塞性を嫌う人間の性なのかもしれない。あるいは、彼らが示す閉塞性もまた、時代の流れが生み出した徒花であるとすれば、芸術もまた、その時代が作り出した虚しい幻日なのかも知れない。

 果たして、価値が流動的であるが存続する芸術と、価値は普遍的であるが消費財であるエネルギーのいずれか一方を欠く世界において、我々はどのようにあるべきであろう。その答えは、やはり「他者」が教えてくれる。


 ボッティチェリが自らの価値を火に焚べたのは、果たしてサヴォナローラのためか、それともヒトラーのためか、あるいは自らを表現するエネルギーのためか。我々は、同作を通して、今まさに、この問題に直面しているのである。

誤字・脱字などは比較的多い作品だと思いますが、この作品に途轍もない価値があると気づいた瞬間の衝撃は凄まじいものがありました。

掲載を許可してくださったさかな様には、この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。本当にありがどうございました。

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