第2章 夏子と亜希子
第2章 夏子と亜希子
晴はヘルメットを被り、赤いバイクに乗って郵便物を配達している。
そう郵便屋さんなのである。できれば地元で働きたいと猛勉強し、高校の時試験を受け何とか合格したのである。勤務先も希望通り地元になり、高校の時から続けていたサッカーも町のクラブに入り、今も続けている。サッカーも意外とうまく町のクラブでもフォワードいわゆるトップで活躍している。あまり勝てないけど。
ただ青春だなぁとか、アオハルだなぁって言う恋愛話は、まず聞かない。
どうも恋愛に関しては苦手らしく、自ら告白したことなど一度もなく、告白されたことはあるにはあるけど、続かない。というか、その後どうしたらいいかわからなくて、結局振られてしまう。
好きな人がいるかといえばそうでもなく、どんなタイプが好きか聞いてもはっきりせず、
ただもじもじしている感じだ。
だから毎日毎日が、これといったこともなく平々凡々に過ぎて行った。
そこへ高校卒業したばかりの新入社員が一人入社してきた。
局長が新入社員を紹介し、一言どうぞと言う。
「小桜夏子です。よろしくお願いします」と彼女は少々緊張気味で自己紹介をし、深くお辞儀をした。彼女の顔はちょっと火照っているかのようだった。
「おっ!何か意外とかわいいじゃん」同僚でもあり親友でもある、立林健三が隣の晴にこっそり耳元で言う。そして肘で、どう?っていうようにつついた。
「そう」関係ないねというように、晴はどこか遠くを見て言った。
「振られたからっていつまでグズグズしてんだよ。あの女はダメだ。もう忘れろ。次だ!次!」
「グズグズなんかしてないよ」晴は健三を睨むように言う。
健三はこれまた失礼しましたと笑っている。
「こら!立林君しっかり聞きなさい」局長の話はいつも長く、毎日のことにほとんどの職員は聞いていない。でも局長は、みんながしっかり聞いているものだと思って喋っている。
「すみません」と健三は頭を下げる。晴は、いい気味だ!とにやけている。
「おはようございます」小桜夏子は職場にもだいぶ慣れたのか、いつも明るい声で入って来る。
いや、もともと明るい性格なのかもしれない。肩にかかるか、かからないかの黒髪がとてもつやつやしてて、そして似合っている。笑顔もかわいい。
「あ!小桜さん、おはようございます」健三も朝から元気で、そして何より女の子にはとても愛想がいい。できちゃった婚で結婚はしているというのに、どうも女の子にはチャラいとこがある。
それもまた健三だ。
晴は結婚式の友人代表のスピーチで、何であんなに真面目に健三のことを褒めてしまったんだろって後悔している。少しはみんなの笑い者になるようなことを言えばよかったと。
「城崎さん、おはようございます」夏子は晴のほうを見て、しっかり挨拶をしてくれる。
「あぁ~おはよう」ぶっきらぼうに、目と目を合わせようともせず晴は言う。
「こいつ失恋してからだいぶたってるのに、まだこんなんでねぇ~」健三が夏子に耳打ちする。
「おい!健三!おまえ!」晴は逃げる健三を追っていく。
「仲いんですねぇ~」って夏子は、逃げてそして追いかけていく二人を微笑ましく思って呟いた。
職場の中を走り回る二人に、他の職員はいつものことに誰も気にせず、また始まったと笑っているだけだ。漫才でもしているような二人が、夏子にとっては元気をもらえるのだった。
桜も咲き始め、待ち遠しかった春が、北国にもようやくと言っていいほどやって来た。
「明日の試合、気合い入ってっか?明日は何としてでも勝たなきゃな」
健三は仕事の手を止め、晴を見て言った。
「おまえこそ気合い入れてしっかりやってくれよな」
晴は手紙を仕分けしながら、健三を見もせず活を入れる。
『はいはい』と言うように健三は首をすくめ、ちらっと横目で晴を見て『怖怖』って肩をすくめている。
「あの~明日何かあるんですか?」
二人の会話を聞いた小桜夏子は、二人を代わる代わる交合に見ながら言った。
「明日は、サッカーの試合なんですよ。二人とも町のサッカークラブに入ってるんでね」
健三はすかさず答える。女の子にはほんとに愛嬌のよい笑顔で答える。
「サッカーですか。へぇ~そうなんですか」
夏子の意外そうな言葉に、また健三はすかさず言う。
「よかったら見に来ませんか?こいつ意外とうまいんですよ」って晴を指さしてにやけてる。
「いいんですか?どこで何時からですか?」目を見開いて夏子は聞いた。
「ぜひ、ぜひ来てください。小桜さんが来てくれたら勝てるかもしれませんから」
と健三は、晴をチラチラ横目で見ながら時間と場所を教えた。
次の日、グランドの土手の上で大きく手を振っている女の子二人がいた。
軽くウオーミングアップしている晴と健三は、気づいたらしく「ん?」って顔を見合わせている。
土手を転げ落ちないようにゆっくり降りてくる二人。キャーキャー言ってる。
夏子はマネージャーのように、アディダスの赤いジャージ姿に、これまたアディダスの赤い野球帽を被り全身真っ赤でやって来た。友達らしき女の子と二人で。
ほんとに来たのか?晴も健三もまさか来るとは思っていなかったので、正直びっくりしたけど何だかうれしくて、そしてあきれるように笑っている。二人はウオーミングアップをやめグランドの外に向かった。健三は自分の肩を晴の肩にぶつけ小さく呟いた。
「こりゃ~脈ありだな。夏子はおまえに惚れてる、間違いない」
「おい、やめろよ。そんなわけないだろ」力いっぱい健三の肩に自分の肩をぶつけかえす。
「ほんとに来たんだ。ありがとうね」晴は、すぐそんなことが言える健三が羨ましかった。
「うん。ほんとに来ちゃった」と言う笑顔の夏子は、楽しそうだった。
「あ、えぇ~と同僚の城崎さんに立林さん」夏子は二人を紹介し、二人は軽く頭を下げた。
けど二人とも妙に緊張していた。特に健三は、びっくりしたように目を大きく見開いている。
「えぇ~彼女は親友の亜希子、山上亜希子さん」と彼女の肩に手をのせニコニコし彼女見る。
「はい。山上亜希子です。何か恥ずかしい」と言いぺこりと頭を下げた。
晴と健三は、先ほどから固まっているらしく声に出ない声で「あ、どうも」って言い、なぜか深く深く頭を下げた。「ん?」と夏子を見る亜希子に、夏子は笑っているだけだった。
夏子と亜希子は高校時代からの同級生で今も一番の親友らしい。
夏子に言われたのかそれとも相談したのか、彼女も上下ジャージを着て、頭には野球帽をちょこんと乗せていた。アディダスの紺色のジャージに、アディダスの黒の帽子がとてもかわいく似合いすぎていた。ポニーテールにした後ろ髪が風に揺れ、爽やかなシャンプーの香りがする。目もぱっちりとかわいい。ジャージ姿であったがプロポーションも抜群だ。
もちろん笑顔は最高にかわいい。晴の心臓はドックンドックンと音が聞こえてきそうだった。隣の健三も、おとなしくしているということは亜希子があまりにもかわいくて驚いているからであろう。晴は、前の彼女のことがなかったかのように、頭の中から完全に消えてしまっていた。そう、晴は亜希子に人目ぼれしてしまったのである。人目ぼれというのに出会ったのも、生まれて初めてのことだった。心が躍ってしまっていた。何かいつもの自分じゃない、地に足がついてないというのはこういうことか、どこかふわふわ浮いているような感じさえして、全身から力が抜けていくような気がした。熱でもあるかのように体中がぽかぽかしてくる。
「お~い始まるぞう」仲間が呼ぶ声に晴と健三はハッとし、夏子と亜希子に「じゃ」と言い軽く手を上げ走っていく。
「がんばって」大きく手を振り夏子が言うと、二人は振り向き「おぉ!」と親指を立てグーサインをした。夏子の隣で亜希子もかわいい笑顔で大きく手を振っていた。
サッカーの試合でかっこいいとこ見せなきゃと、力み過ぎてしまい、まったくいいところがなく試合は3対0の惨敗だった。チャンスは何度かあり、確実なところで決めなければいけなかった晴は、大きく外してしまった。ふがいない。まったくもってふがいない。
試合が終わりグランドから悔しそうに歩いて来る二人。
健三は疲れた、死にそうだという顔で、晴は本当に悔しそうに雑草を蹴散らしている。
夏子は「残念だったね」と笑顔で言った。その横で亜希子も笑顔で「うん」と頷いた。
「でも二人ともかっこよかった。私こんな近くでサッカー見るの初めてだったの。楽しかった」
亜希子は、ほんとに楽しかったのか満面の笑顔で二人に向けて言った。
「うん。夏子さんに亜希子さん、今日はわざわざありがとう」
二人の笑顔に救われたように、晴も笑顔で返した。
隣の健三は、晴の態度に「ん?」と思ったけど
「いやぁ~二人が応援にきてくれたおかげで5点ぐらい入れられたのに、3点で抑えられたのだから、まぁいいんじゃない。俺もいつもと違う気持ちで楽しくできたし」
そうだそうだと言うように健三は、大声で頭を掻きながら笑っていた。
それが晴と亜希子との出会いであった。
仕事も終わりに近づいた頃、夏子はちょこちょこっとやって来た。
「あの~城崎さん、今日これから何か予定とかってありますか?」
机に座って仕事をしている晴のところに来て言う。
「えっ!えっ!何!?」びっくりして晴は夏子を見上げる。
メモ用紙を机に置き、あと何も言わず夏子はまた、ちょこちょこっと仕事に戻って行った。
何?って思いながらメモ用紙を見ると、「今日7時にセイリングで待っています」と書かれていた。セイリングとは食事もうまく、お酒も飲める。小さいけどこの町ではかなり評判がいい。
えぇ!何これ!返事も聞かずに行ってしまうし、何なんだこれ!
はぁ~どうしようかな。誘われるのはうれしいけど、何か面倒くせぇなぁ~。また行くも行かないも自由だけど。はぁ~まいったなぁ~。何があるというんだろ。もしかして相談事でもあるのだろうか。まったく予定はないし、特にやることもないし、暇だといえば暇だし。
かといって無視して行かないと、明日からまた都合悪くなるんじゃないかなとも思ったり。
結局、とりあえず待ち合わせの時間に、晴はセイリングへと出掛けて行った。
お店に入ると、奥のほうから夏子がここよというように小さく手を振っていた。
不愛想に晴はズボンに両手を突っ込んだまま、手招きされるほうに歩いていく。
「何なんだよ急に」
「ごめんね」と素直に謝る夏子に、晴は拍子抜けしたかのように、怒りもどこかへ吹っ飛んでしまった。ちょっと言い方が悪かったかなと反省しつつ黙って夏子の目の前に座った。
「いや、別にいいけど・・・」と呟くように言った。それがおかしくて夏子はくすくす笑った。
二人とも町の特産でもある、雪下ニンジンを使ったビーフシチューを頼んだ。
「城崎さんってお付き合いしている人いるんですか?」え!急に!何!びくっとしながら晴は
「そんな人いないよ」とぶっきらぼうに答える。
「まだ前の彼女のこと忘れられないんだ」夏子は、はにかみながら言う。
「ちょ、ちょっと何それ。この前、健三の奴が言ったことか。
ちぇっ!そんなことあるわけないだろ」
「う~ん」夏子は晴をじっと見つめて、またはにかんでる。
「あの野郎」明日覚えてろよと、怒りを露わにして言った。
「でもほんとに仲いいね。気にしない、気にしない。ねぇ気にしない」夏子は笑っている。
「そっちはどうなんだよ。彼氏いるのかよ?」話題をそらそうと晴は夏子に聞いた。
「今はいない。そりゃ私だって前はいたよ。振られたけど」
素直に答える夏子に晴はまた面食らった。
「そう・・・なんだ」
嫌なこと聞いたかなと思いながらも、何でそんなにはっきり答えるんだよとも思った。
「そう・・・なんです」夏子はまた笑う。よく笑う子だなと晴は思った。
「ねぇ今度二人でどっか行かない。デートってわけじゃないけどデートになっちゃうのかな?」
夏子は首を傾げて考えながら言う。
「えっ!二人で・・・」
この子は一体何を考えているのか?晴にはもう何もかも、ちんぷんかんぷんだった。
「じゃ、私と付き合って。って無理だよねぇ~」夏子は眉を寄せて子犬が泣くように言った。
「はぁ?・・・」
付き合ってと言ったかと思うと、すぐ無理だよねって言う夏子に、晴はまたも拍子抜けした。
「城崎さん、彼女ほしくないの?」子犬のような顔が一変し、キラキラし聞いてくる。
「はぁ?・・・そりゃ~ほしいよ」すっかり夏子のペースにはまってしまったなと晴は焦った。
「私じゃダメだし、そうだ友達紹介しようか」我ながら名案とばかりに夏子は言う。
「誰もダメと言ってないだろうに」と言ったつもりが声に出ていなかった。
「じゃ、まず三人でデートしよう。三人ならいいでしょ。ねぇ、いいでしょ。」
夏子のペースから抜けられない晴は、気が付いたら頷いていた。
夏子もどちらかというとかわいい。顔だちも悪くないし、スタイルだって悪くない。
何でもすぐに口に出し、顔にも隠すことができず、すぐ顔に現れてしまう。
それが短所のような長所のような、憎めないところもある。性格は確かに明るく、いつも笑顔が絶えない。でも付き合ってって何?それって告白?いや、告白とはまた違うような?
すぐ無理だよねぇ~って、それも何?意味がまったくわからない。全然わからない。
俺のこと好きなの?まさかそんなことあるわけないし。今まで考えてもみなかったし。夏子は俺のこと好きなの?好きなの?だったら何で返事聞かないうちに勝手にやめちゃうの。
晴は、そんなことを思いながら夏子おまえは十分かわいいよ。と心の声で言った。
しかし夏子の口から友達って言葉が出てきた時、晴は一瞬ギョッと固まった。
「友達って?」晴は何かを期待するように、ゆっくりと口を開いた。頷いてしまった後だけど。
「亜希子よ」どうって顔で夏子は、晴を覗き込む。そして笑顔に変わりクスクス笑った。
ヤバい、心臓がドキドキし始めた。夏子に聞こえるはずもないのに、聞こえたらどうしようと焦った。顔が赤くなっていないか無性に気になって、目の前に置かれたコップの水を一口飲んだ。
二人の間には沈黙が流れ、夏子は微笑んだまま晴の返事を待っている。
健三ならこんな時どうするだろう。うんうんと大喜びするだろうなと思いながらも
「そっか」それならと嬉しいのをこらえ、そっけなく言えた自分が誇らしく感じた。
晴は恋愛に関しては、まったくもって奥手だった。自分に自信が持てないのである。
そして告白して断られるのが、何より怖いのである。だから自分から告白何てしたこともないし、これからもできるわけはないと確信するように思っていた。臆病で情けない、健三とは真逆なのである。恋愛に関していえば、健三がうらやましく思うのだった。
前の彼女の時も、親友の健三の紹介で知り合い、その気になったが一向に進む様子が見えず、
しびれを切らした健三が、間に入ってようやく付き合うことができた。
もちろん晴からの告白らしい告白は特になく、すべてが健三のおかげである。
けど煮え切らない晴に、彼女はとうとう愛想をつかし別れることを選んだのだ。
交際期間というのは、2ヵ月もあっただろうか?
さすがに晴は落ち込んだが、『別れたほうよかったんじゃないか』って健三は晴の肩を叩き一人頷いていた。あんな女、紹介した俺も悪いとも言っていた。
それがまた健三の憎めないところでもあった。
「じゃ、決まりね。多分亜希子も大丈夫だと思うよ」フフフと夏子は笑う。
「どこ行くの?」心臓が高鳴っていくのを抑え、愛想なく言う。
「私に任せてもらっていい?」まじまじと晴を見てくる。
「うん。別にそれでいいよ」晴は顔をそらし、残りの水を一気に飲んだ。
「私、映画好きなんだよねぇ~・・・だから映画かな」うんうんと夏子は一人頷いた。
「え、夏子が映画好きだから映画?」晴はおかしくて笑ってしまった。
「俺も、映画大好きだよ。でも今は、もっぱらDⅤDばっかりだけどね」
二人は、何がおかしいのかずうっと笑いあっていた。
それからは、仕事の話や他愛のない話が続いた。
「ここは俺に奢らせて」伝票を持ち晴は立ち上がった。
「ダメだよ。誘ったのは私だし、私に奢らせて」夏子は伝票を取ろうとする。
「一応職場では先輩だし、少しはかっこつけさせてくれよ」
「じゃ、割り勘で」と夏子が言うのも構わず、晴は伝票を持ったまま会計に向かった。
布団に入り眠ろうとする晴だが、眠気は一向にやってきそうにない。
夏子とのランチは楽しかった。でもまだ何か引っかかっていた。
「じゃ、私と付き合って。って無理だよねぇ~」
何だったんだろう。軽い冗談だったのか、それとも・・・いや、それはないだろ。
亜希子のことが気になりつつも、夏子のことも気になりかけていた。
眠れぬまま天井を見つめどれぐらいたっただろうか。携帯が短くなった。
今の時間に何だろって携帯をみると、夏子からのメールだった。
アドレスは、仕事上のこともあって交換してるけど夏子からのメールは初めてだった。
「遅くにごめん。今日はありがとう。亜希子OKだって」
携帯を開くと、ごめんとOKのところに絵文字が打たれていた。
「こっちこそありがとう。おやすみなさい」
返信すると、すぐまた携帯が短くなった。
「おやすみなさい」
フッて吹き出しそうに笑い、携帯を枕元に置き、それからまもなく晴は眠りについた。
「ただいま、遅くなっちゃった」いつものように明るく言う。
「お帰り、ご飯は?」テレビを見て笑っていた夏子の母は、立ち上がりながら言った。
「食べてきた」
「あ、そう、もしお腹空いたら勝手に食べてね」またテレビの前に座り込む。
「うん」そう言い、自分の部屋へ入っていく。また母の笑い声が聞こえてくる。
小学生の頃、両親は離婚し母が女手一つで育ててくれた。
朝と夜二つのスーパーを掛け持ちしながら育ててくれた。
辛いことはいっぱいあっただろうけど、辛い顔もみせず、いつも笑顔でいてくれた。
高校一年生の時、夏子の身に起こった出来事にも優しく笑顔で抱きしめてくれた。
高校卒業後どうするってなった時、母は好きなことをしなさい。行きたい大学があったら行って、行きたいところがあったら行って、好きなことをしなさいと言った。
お母さんは一人でも全然大丈夫だよと笑って言ってくれた。
でも夏子の気持ちは、もうすでに決まっていた。
そんな大好きな母を少しは助けたくて、大学には進学せず高校を卒業したら働くと決めていた。
できれば地元で、母と一緒に暮らしながら働いていたいと。
部屋に入るなり、ベッドにバタンと倒れる。
しばらく天井を見上げていると、高校一年の時のあの出来事が蘇ってきた。
雨の中を傘もささず、泣いて歩いている私の横に一台の車が止まった。
「大丈夫?」車の窓を下げ、男の人が声をかけてきた。
私は知らないふりをして雨の中、下を向いたまま泣きながら歩き続けた。
すると彼は車から降り、走って来て私に傘を差し伸べた。
びくっとする私に、「あ、ごめん。びっくりしたよね」と言い、その傘を開いて私に無理やり預けるようにして帰って行った。走っていく車を見ると彼は、ニコッと笑い軽く手を上げた。
その時初めて彼の顔を見た。ありがとうと素直に言えない私は、さらに大声で泣いてしまった。
透明なビニール傘でどこにでもある傘だが、今でも大事にとってある。
高校卒業し、郵便局に就職したその日、その彼がそこにいた。
彼は、その時のことなどまったく覚えていないようだった。
その彼とは、城崎晴だった。
あ、亜希子に連絡しないと、と思い夏子は携帯を開いた。
「今度、晴君と三人で映画に行くことになったけど、いいよね」と送信した。
「え、うそ」すぐに返信がきた。携帯の向こうで亜希子が微笑んでいるのがよくわかる。
「でも・・・」とまたすぐ返信がきて、その後携帯が着信を伝えた。亜希子からだった。
前にサッカーの試合で晴と初めて会ったその日、亜希子に晴君どう?って夏子は聞いた。
いい人みたいだね。ってちょっぴり火照った顔で亜希子は微笑んで言った。
じゃ、決まりだね。私に任せておいて、と夏子はニコニコしていた。
「でも」と言いかけ、その後何も言わない亜希子に「何?」と問いかけたが、何でもないと亜希子は言い、不思議がる夏子に気にしないでとも言った。
携帯を開き電話に出ると
「夏子」と亜希子は静かに言った。
「ん?何?何かあった?」
「ハッキリ言ってもいいかな」
「うん。何かあったなら言って」
「夏子ってさ、ほんとは晴君のこと好きだよね」
突然のことにすぐ返事出来なかった夏子はあわてて
「え?何?・・・私が晴君のこと・・・え?何?」電話の向こうで亜希子は何も言わない。
「私が晴君のこと好き?」
「うん。別に隠さなくてもいいよ、友達だもん」
「亜希子、そう思ってたの。でも残念。いい人だとは思うけど、そんな恋愛感情なんてないよ」
「そうなの」
「うん。そうだよ」
「私の誤解かな?」
「ほんと、いい誤解だよ」
「でも、夏子だってそろそろあれだよ。・・・忘れてっていうのはあれだけど、次に向かっていかないと。って私は思うよ。ごめんね、夏子の気持ちも考えずにこんなこと言って」
「ううん。ありがと。私は大丈夫だよ」
高校一年の時の出来事を知っているのは、母と亜希子の二人だけだ。
「じゃ、映画はいいよね亜希子」
「うん。夏子も行くんならいいよ」
「うん。じゃ、また連絡するね。おやすみ」
「うん。おやすみ」
その後、すぐ晴にメールを送った。
「遅くにごめん。今日はありがとう。亜希子OKだって」と。
そうして三人で映画を観に行くことになってしまった。
晴と夏子と亜希子と三人で。亜希子とはこれが2度目の出会いだった。
いいとこの一つ二つも見せることもできずに、負けてしまったサッカーの試合以来の。
昨日の夜から緊張して眠れない晴は、明け方ようやく眠りについたがかなりの寝不足だ。
でもその寝不足も、亜希子を見たとたんすっかり消えてしまっていた。
映画館の中では、夏子の言う通りに真ん中に亜希子、右に晴、左に夏子と座った。
亜希子の隣に座ると、今まで続いていたドキドキが最高潮に達し、心臓が口から出てきそうだった。どうしたらいいかわからず、隣の亜希子に声をかけることもできず、落ち着かない。
映画が始まってどこかほっとしたような気持ちもした。何も話さず、まっすぐスクリーンだけを見ていればいいから。ちらっと覗き見した亜希子の横顔は、スクリーンの光を浴びてきれいだった。その時、夏子と目が合った。夏子は晴と亜希子を見てうらやましそうに笑っていた。都合悪そうに晴は、スクリーンに目を戻した。
行き帰りの晴の車の中では、助手席に亜希子、後ろに夏子が座った。
亜希子と夏子はほんとによく喋って笑っていた。車の中では、亜希子も後ろの夏子の方を見てずうっと喋っていた。晴は、たまに聞かれることに答えることぐらいしか喋らなかった。
夏子が気を使って晴に質問し答えさせ、「えぇ~」と亜希子と二人笑っていた。
でも二人が、楽しそうに笑っているのを見ているだけで晴は楽しかった。
最初会った時よりくさらにかわいい、かわいいすぎる。これじゃ無理だなと晴は諦めていた。
どう見ても自分とは釣り合わないし、彼女にはもっとイケメンでかっこよくて、頭がいい人が似あうだろう。今日だって何もおもしろいことの一つも言えなかったし、振られるより、最初から諦めたほうが自分は傷つかないし、と夏子と亜希子を車から降ろして、一人になった車の中で思い、そうしようと決めた。
「ねぇ亜希子どう思う」あれからなぜか時々夏子と二人で会うようになった。
「かわいいね」晴はお世辞じゃなくほんとの気持ちを言う。
「じゃ、とりあえず付き合ってみない」夏子は覗き込むように見つめて言う。
「えっ!えぇ~でも、向こうが何て・・・言うか」しどろもどろになりながら晴は夏子を見る。
「大丈夫・・・だよ」夏子は自信ありそうに、そして楽しそうに微笑んだ。
結局また振られるのに、もうどうでもいいやと晴は他人事のように思っていた。
しかしどこでどうなったのか、夏子の計らいで、晴と亜希子は付き合うようになった。
一番びっくりしたのが晴本人で、次にびっくりしたのが健三だった。
「おい、夏子から聞いたけどほんとか?亜希子さんと付き合ってんの?」
目を大きく見開いて健三は言った。
「よくわかんないけど。誰にも言うなよ」
睨みつけるように言った晴だが、ほんとはうれしくて恥ずかしくて照れていた。
晴は自分でもまだ信じられず、心から喜べない。いつまた振られるかわからないし、ましてどれくらい持つものか?
晴と亜希子は、それからいろんなところへ出かけた。
サッカーの試合がある時は、亜希子も一緒に来て弁当も作ってくれた。
夏には海に出かけ、作ってくれた弁当は最高においしかった。冬はスノーボードにも出かけた。
スノーボードが初めてでキャーとかギャーとか叫んでいた亜希子も、何度か行くようになってからは、それなりに滑れるようになった。春にはもちろん桜まつりにも出かけ、秋には紅葉狩りにも出かけた。お互い休みの日は、ほとんど会うようになった。
そうしているうちに、晴の家に遊びに来るようになったけど、晴は親と同居なので最初は恥ずかしくてしかたなかったけど、亜希子の明るさでそれも吹っ飛んでいった。
1ヵ月も持てばいいほうだろう、いや1ヵ月も持つかな?うれしいより不安の方が大きかった。
すでに諦めていて、いつでも振られる準備をしていた晴だったが、気が付いてみると二人は4年近くも付き合っていた。4年も付き合うと結婚という文字もちらほら見えてくる。
晴は、できるなら亜希子とずうっと一緒にいたい。あの笑顔をずうっと見続けていたい。
でも、結婚を申し込んだら断られるだろうか?無理かもしれないな。
断られるのが怖くて結婚の『け』の言葉も言い出せないでいた。
それに見かねた夏子が、とうとう怒り出した。
仕事が終わって帰ろうと出口を出た晴を、後ろから呼び止めた。
「ちょっと、城崎さん何やってんのよ!」夏子の顔は、眉も目も吊り上がって髪も静電気が走った時の様に、もじゃもじゃになって今にも爆発しそうであった。
そして腕を組み、さらに続けた。
「いつまでそうしてるの!亜希子のことどう思ってんの。
このままじゃ亜希子誰かにとられちゃうわよ。いいの!」
「えっ!・・・」夏子の初めての喧騒に、晴は仰天して青ざめてしまった。
「どうなの。・・・亜希子のことほんとに好きなの?」腕組をしたまま声は段々高くなっていく。
「そりゃあ~好きだよ」独り言でもいうようにぼろりと言うと、すぐ夏子は続けた。
「聞こえない!」ほとんど叫ぶように夏子は言った。鼻と耳からも噴煙が出そうだった。
「だから好きだって」夏子をちらっと見て、さっきよりは少し大きな声で言った。
「だったら早くプロポーズしなさいよ」ずうっと晴の顔を直視したまま夏子は言った。
「でも・・・」夏子に睨まれたまま晴は、またぼろりと言った。
「でも?でもって何?」一歩晴の前に足を突き出し、さらに続けた。
「いや、何でも・・・ないです」逆に晴は、一歩後ずさりした。
「そう、いいわね。わかった?」
「・・・・・」
フンと夏子は言うように、晴に背を向け職場に戻って行った。
夏子の頭からは湯気が上がっていそうであった。
じめじめと湿った梅雨も、お天気姉さんの言ってた通り、今年は例年よりかなり早く開けたようだ。太陽もこれでもかとサンサンと輝き、空はどこまでも青く広がり、入道雲がどっしりと構えている。北国にとうとう夏がやって来たのだ。短いけど何かありそうな夏が。
そんな爽やかな夏の始まりの7月、晴と亜希子は大岩海岸の大岩の頂上にいた。
青かった空がオレンジ色に染まり始め、夕陽が二人だけを照らすように真っ青な海の上を這いながら、すうっとゴールドラインがキラキラと光り輝きながら伸びてきた。その眩しさがとても心地よい。いつものようにカモメも頭の上で「アーアー」泣きながら飛んでいる。
お金もなく婚約指輪も買えなかったけど、晴は思い切ってプロポーズをすることに決めていた。
いつまでもずるずるしているのは、夏子の言うように確かにいけないことだとはわかっている。
断られてもいい。そうなったらむしろ早めに諦めがつくだろう。
どうせダメもとだと思い、プロポーズしたのである。
「もし、俺でよかったら結婚してください」
シャレた言葉のひとつふたつも思いつかず、プロポーズか何なのかわからない言葉だったけど。
そのダメもとに、二つ返事で亜希子は「はい。こちらこそよろしくお願いします」と答えてくれた。 うわぁ~やった。と晴は亜希子の周りを走り始めた。
「俺、断られるかもと思ってた」亜希子を見つめ言う。
「え、何で」クスクス笑う亜希子がとても愛おしくてたまらない。
そしてあわててそこらへんに咲いている草花をちぎって亜希子の薬指に巻いたのである。
薬指の真ん中で、白い小さな花が夕陽に照らされキラキラと輝いているように見えた。
キスをする二人は、さらにゴールドラインに包まれ、また二人を祝福するかのように、カモメもさらに鳴きながらグルグル二人の上を飛んでいた。
そして晴26歳、亜希子23歳の時、二人は結婚することになった。
すでに子供が二人いる健三はもちろん、彼氏ができたという夏子も心の底から祝福してくれた。
結婚式の日取りも決まり、面倒だなって思いながらもいろいろ準備に取り掛かっていた。
「ねぇ、結婚式大事かな?」亜希子がぽつりと言う。
「えっ!・・・」晴はきょとんとした顔で亜希子を見る。
「うちの両親にも話したんだけど、最初は一応やったほうがいいんじゃないのって言ってたけど
、私の好きなようにしてもいいよって言ってくれたし」
「えっ、そんな話したのか?」びっくりして晴は言う。
「新婚旅行だけは行きたいし、どうせなら二人だけで結婚式しちゃおうか。ハワイとかで」
晴の目をじっと見つめ、ねぇねぇと亜希子は、はしゃぐように言う。
「俺は・・・いいけど。亜希子はほんとにそれでいいの?」
「うん。だから日取りなんか関係ないから、予定より早くなるけど、もう結婚しちゃおう」
「えぇ!結婚式しないの!」健三も夏子もびっくりして大きく目を見開いてる。
「そっか。友人代表の時、何をばらしたらいいか今からもう考えてるのになぁ~残念だけど仕方ないか」健三は腕を組み、よし!わかった!というように言った。
「でも、二人で決めたんならそれでいいかもね。両親も賛成したし。ハワイかぁ~何かいいかもね」夏子は上目使いで職場の天井を見つめる。ハワイの結婚式を想像しているのだろうか。
ハワイの結婚式では、晴は白いタキシードに亜希子は白いウエディングドレスをレンタルした。そわそわしながらホテルで着替えて待っていると、白いリムジンが迎えにやって来た。
ホテルからリムジンに向かう間に行き交う人たちや、乗り込むのを見た人たちが大きな拍手をしてくれた。やけに恥ずかしくて、片言の英語でサンキューと言い頭を下げまくると、
立派な日本語で「かわいい、おめでとう」って逆にまた返され、二人とも顔が真っ赤に染まってしまった。
オアフ島のカワイアハオ教会では、大きなパイプオルガンが美しく優しく響き緊張を解してくれた。亜希子の父の代わりに、知らないおじさんが亜希子と一緒にバージンロードを歩いてきて、新郎の晴の前まで来た。
当たり前だけど神父が英語なので、何を言ってるのかまったくわからず、適当に間が開いたところで「YES」と言った。誓いのキスや指輪の交換は、神父の仕草で何とかわかり、戸惑うことなく行うことができた。
その後は、教会の外に出て記念写真やビデオを撮り続けた。
ハワイの空はどこまでも澄み切った青さが続き、海はエメラルドグリーンに染められ、爽やかな風がヤシの木を優しく揺らし、その風がまた頬に優しく触れとても心地よい。
来てよかったと二人微笑む。そして今度は3人、いや4人、5人かな?
子どたちとまたいつか絶対来ようと言いあっていた。
そんな二人だけのハワイでの結婚式も終わり、新婚生活も2ヵ月が過ぎ3ヵ月目に入ろうとした時だ。亜希子の職場から突然電話が掛かってきた。亜希子が倒れたらしい。
亜希子は介護士をしている。ちょうど内勤業務だった晴はすぐに亜希子の職場に向かった。
夏子と健三は、何事だと心配そうに晴に目配せし、大丈夫だと言うように頷いた。
亜希子の職場に着くと、電話をくれた看護師さんが出迎えてくれた。
意識はしっかりしているがどうも立てないらしい。
「すみません。いろいろご迷惑をおかけしまして。ありがとうございます」
晴は亜希子を抱きかかえお辞儀をする。
「何かハワイの時の写真みたいね、結婚式の。お姫様抱っこっていうのかしら」
一人の介護士が場を和ませてくれるように言う。晴も顔が火照り、腕の中の亜希子も照れ臭そうにしてた。笑ってる亜希子を見てほっとした晴は、さらに顔が赤くなっていく。
「そうそう。先に産婦人科に行ったほういんじゃないの?子供ができてるかもしれないしね」
「えっ!あぁ!そうですね。わかりました。そうさせていただきます。ありがとうございます」
晴は亜希子にそういうことだからというように、大きく頷く。
産婦人科の診察室から、ゆっくりと亜希子は出てきた。壁に手をかけほんとにゆっくりと。
さっきよりかなり良くなったようだ。晴はよかったって思いながら亜希子に駆け寄り肩をかす。
「子供・・・できてるって」亜希子は額に汗を流しながらも、うれしそうに言った。
「そっか。いつ?いつ?」晴はやったとばかりに、今にも大騒ぎしそうだった。
「まだ詳しいことはわからないって」ちょっと息を切らしながらも亜希子は笑っていた。
「そっか。がんばったね。あと何も喋んなくていいからね」
晴は亜希子に向かって、小さくガッツポーズをし『うん、うん』と頷いた。
そしてすぐ大きな病院に向かった。
子供ができていることを話したら、明日入院して少し様子を見ましょうということになった。
その日は家に帰り、明日の入院の準備を始めた。亜希子の様子も少しよくなり、ゆっくりと立ち上がりちょっとは歩けるようになった。この分だとすぐ退院できるだろうと二人とも思っていた。
子供ができていることが、何よりうれしくて病気のことなど忘れてしまっているようだった。
しかし、入院しても微熱がずうっと続いていた。でも歩行器を使っては何とか歩けるまでになった。子供ができているということで、レントゲン検査などは行うことができず、ベッドにずうっと寝たままだった。これといった検査も薬もなく、ベッドに横たわっているだけだった。この分だとすぐ前のように歩けるようになり、退院できるだろうと思ったけど、気が付いたら1ヵ月にもなろうとしていた。そんな時、病院から電話が入った。
内容は来てからとのことで、とりあえずすぐ来てくださいとのことだった。
晴は退院かな?でもそれにしては変だな、想像もつかず何だろうなと思い病院に向かった。
病院に着き、とりあえず亜希子の病室にまっすぐ向かった。
六人部屋の窓際だったのが、入口のほうに移されていた。
ん?亜希子の様子がどこかおかしい。病人のように目を閉じ、顔色も青く寝ている。
一体何があったんだろ。もうすぐ退院できるんじゃなかったのか。亜希子に声をかけることもできず、ただ傍でぽかんと立っていると、看護師さんがやって来て
「先生からお話がありますので」と言われた。
退院かなと思ったのは完全に間違いらしい。掌に嫌な汗が滲んでくる。
心臓がすごい音でドックンドックンと今にも破裂しそうに響いてくるのがわかる。
主治医の前に置かれた丸椅子に座り、何を言われるのだろうとじっと構えて待つ。
「あと持って3日くらいでしょ」文章を読み上げるように、主治医は淡々と言った。
「えっ?何が?・・・何が3日?」晴は、何が起こったのか理解できなかった。
「肺に水が溜まっています。せめて今日からずっと傍に付き添っていてください。」
主治医は顔色ひとつ変えずに言った。
じわじわと目の中から何か出てくる。出てきたと思ったら止まらない。溢れ出して止まらない。
声が出ず嗚咽に変わり、泣きじゃくった。主治医も何も言わず黙っている。
「何で!何でや!」晴は叫び飛び出した。誰もいない病院の庭の隅で声を出し泣いていた。
そして三日後、主治医の言うとおりに亜希子は亡くなった。
お腹の中の子供と一緒に、23歳の若さでこの世から消えてしまった。
死亡診断書には急性心不全と書かれていた。
もし予定通り結婚式をあげていたら、亜希子は死なずに済んだのだろうか?
そして二人の生活はずうっと続いていたのだろうか?
それともやはり、同じ運命だったのだろうか?
もし同じ運命だったのなら、結婚式をキャンセルし、二人だけでハワイで結婚式を行ったおかげで、1ヵ月ほど多く亜希子と暮らせたことになる。それが唯一の救いでもあったのか、とも思ったが、それもやはり違う。一体どっちが正解だったのだろうか。
晴は答えのない答えを探し、悩み続けていた。