第1章 光
第1章 光
突然目の前が真っ白になった。
雪のように白くて、それでいて眩しくもなく、ただただ真っ白な異様な世界に。
えっ!何!ここどこ!?と、回りを見渡す。何もない。辺り一面真っ白な世界がどこまでも広がっているだけだ。その中に一人ぽつんと立ち尽くし、ぼうっとしている。
どのくらい時間が立っただろうか。いや時間が止まっているような気さえする。
不思議と恐怖感もまったくなく、どちらかというと安心感さえも感じられる。
そしてゆっくり上を見上げた。
すると見たことのない光が、上からゆっくりと降り注いでくる。雲の隙間から天使が日を差すように降りてくる。きれいだ。そんな言葉が出てくるような美しさの光が目の前に伸びてくる。
その光の優しさに、温かい気持ちに包まれていくのを感じる。
光が降り注いだその先で、男の子が三輪車を一生懸命漕ぎながらぐるぐる回っている。
見たところ3歳ぐらいだろうか?白いTシャツに白い半ズボンをはいている。
晴を見ながら顔をくしゃくしゃにして笑っているが、声は聞こえない。
その男の子の後ろに、誰かがいて晴を見つめて立っている。
はっきり見えないが、白いワンピースを着て姿形から女の人のようにも見える。
舞い降りてきた光が徐々に薄らぎ消えていく。そして目の前の霧が晴れるように、
その女の人の姿形がくっきりと見えてきた。
「亜希子!」晴は思わず叫んでしまった。
「亜希子?亜希子か?」ポニーテールが揺れ、優しく微笑んでいる。
近寄ろうとするが、魔法にかかったように体が動かない。一歩たりとも前に足が出ない。
「あ・・あ・・あ・・あきこ~」手を伸ばし晴は叫ぶ。けど動けない。
ほんの5メートルぐらいの距離なのに、一歩も足が動かない。
自分の右腿を両手で力強く掴み、前へ出そうとするがダメだ。
男の子は一生懸命漕ぎ続けていた三輪車を止め、後ろにいる亜希子を反り返りながら見てる。
そして晴のほうを見て、大きく手を振っている。。
その後ろで亜希子が、ゆっくりと頭を下げお辞儀をする。そして顔の前で小さく手を振る。
その笑顔は、今まで見てきた笑顔と同じだ。毎日見てきた笑顔と同じだ。
呼びかけても何ら返事はない。静かに晴をまっすぐ見つめて微笑んでいるだけだ。
するとまた、さっき舞い降りてきた見たことのない光が、すうっと天から舞い降りてきた。
何も言わずまた小さく手を振っている亜希子の元へ舞い降りてきた。
男の子も三輪車を楽しそうに漕ぎながら、晴に手を振り亜希子の元へ、光の中へ入っていく。
亜希子は優しく微笑みを浮かべ、晴を見てゆっくり頭を下げ、顔の前で小さく手を振る。
さよならをするように。
男の子は三輪車に座ったまま、彼女の足元で力いっぱい大きくまた手を振っている。
その時、亜希子の唇がわずかに開き何か言っているように見えた。
口の動きから、あ・り・が・と・うって言っているかのように感じた。
「えっ!何!何?・・・亜希子~!」晴は叫ぶ。
返事はなく亜希子と男の子は、舞い降りてきた光の中へとすうっと消えていき、その光は天に昇って行った。
「あっ!」と叫ぶかのように声に出し晴は起き上がった。
どうやら眠ってしまったらしい。目の前には亜希子の遺影が、晴に向かって優しく微笑んでいる。
夢か?でも何だろ?この清々しいような気持ちは?
悲しいはずなのに、清々しくて爽やかなこの感じは。
「晴、夏子さんが手伝いに来てくれてるよ。」晴の母は台所から叫んでいた。
「そう・・・」ぼそりと言う晴に「おはよう」と夏子も何やら忙しそうに動き回っている。
そっか。昨日で亜希子の七日日とやらが終わったのか。
でも先ほどの夢は何なのか?何もかもまだ鮮明に覚えている。夢のようで夢でない夢。
亜希子が、さよならを言いにきたのだろうか?
じゃ、あの男の子は一体誰?もしかして夏子のお腹には、子供がいたからその子なのか?
そして、『あ・り・が・と・う』って言ったような唇は?
亡くなってありがとうなんておかしいよ。そんなわけないだろ!
晴は亜希子の遺影を見つめ、線香を立て「ほんとうに逝ってしまったのか、亜希子」と呟いた。
亜希子は返事をすることもなく、ただいつもの笑顔で微笑んでいるだけだった。
その日から何日か経ち、晴の家には亜希子の遺影もない。
もちろん城崎家のお墓にも眠っていない。すべてが終わった後に、亜希子の両親が亜希子を家に連れて帰ったのである。晴は、そりゃあんまりだと頑なに拒否したが、結婚3ヵ月くらいしか立っていないし子供もいない。だから晴君はすべて忘れて、また新たに生きていってほしいという亜希子の両親の考えだった。
それが亜希子にとって幸せなのかどうかは、晴にはわからない。周りの人たちも何も言わない。
いつもは口のいい親友の健三も、亜希子の親友の夏子も、何も言わない。わからないのである。
結局、亜希子は両親のもとへ帰り、山上家のお墓に眠ったのである。