梅子のあるじ様3
こんにちは。あたしは梅子。座敷童子です。
今回は2017年1月から3月までの某メールによる、あるじ様のインナースペース日記?をお送りします。
1/1
元旦。
術師の家系の人達が十三家も集まって天照大神の遣わした神鳥の卵を孵そうとしているようです。
瑠川・金咲・御来屋・土真・永瀬・庄遼・西条・鷹橋・八神・三千院・鷹司・赤川・國繁。
響鈴呼幸って鈴の音が夕刻から聞こえてきました。
邪気を払う結界を張る為のお守り鈴だそうです。
翌朝インナースペースの草原が大変な事になっています。矢が沢山突き立っています!
しかも紅白の矢羽の付いた破魔矢です。
どうなってんでしょう?
「三御霊の調整」
辰巳様が祝詞を挙げて様子を観察すると、ビックリな事が起きました!
バラバラに立っていた破魔矢が集まって東屋の傍で形を成しました。
それは紅白の万両の木でした。
背は私位なので小さめですが、凄い縁起物です。
これのおかげかはわかりませんが、あるじ様が初夢に折り紙で出来た万両を見たそうです。
本物でないのがあるじ様らしいです。
1/6
辰巳様がお出かけになりました。
行き先を聞いたら『龍楼』と言っていました。
滝の底の水を汲んできたいのだそうです。
戻られた辰巳様が何をするのか見学させてもらいました。
なんと書き初めです!
しかも一時間もかけて固形の墨を水で擦って墨汁を作っていました。
書く文字は『神水一心』だそうです。
「これを泉の石に貼りつけて、今年の願掛けをしようね」
その願掛けの儀式を『天叶心願儀』と言うらしいです。
滝の水が1/5以降にしか採りに行けないので今日が新年の願掛けになるそうなので、守護者の皆さんにも集まってもらいました。
皆で書き初めを貼った泉の結晶石に拝礼します。
動物型の方もいるので拍手は省略しました。
「天恩礼謝命上」
顔を上げた辰巳様がそう祝詞を唱えると、書き初めが輝いてその光は一つの形になっていきました。
なんでしょう?
「天空の玉手箱ですね」
ありがたいと辰巳様が玉手箱を拝んでいます。
あたし的には玉手箱って言うと、開けたら煙がぼわっとなる、よく言う「良い事あったら嫌な事が返ってくる」の典型的な道具に感じます。
「開けて大丈夫ですか?」
私が躊躇する言葉を口に出すと、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきました。
あたしが見上げると、そこに滞空していたのは炎を纏ったような色の小鳥さん。
「幸凰ノ朱雀像が実体を持ったか?」
それってお正月に小虎さん達が貰って来たお土産の金色像ですよね?
実体持ったとか何なんでしょう?
「ピエエエエエエエエェェ!!」
小鳥さんが奇声を上げて滑空してきます!
勢いが強いんですけど!
突っ込んできて小鳥さんがとらえたのは、天空の玉手箱の封をしている紐。
咥えたまま高く舞い上がり、結び目が解けてそのまま持ち上げられて箱が傾く。
「あっ!」
箱が開いて中に入っていたであろう宝石たちが転がり出てきました。
しかも一番大きな石は今の反動で落下時にひびが入ってしまったみたい。
「巨万天運石ですか。ひびが入ったくらいで丁度いいかもしれませんね」
そんな辰巳様の言葉に、どれだけ高価宝石なのかびくびくしてしまいます。
その横から松珀さんが首を伸ばして来てほ~と息を吐きました。
「こちらは七つ組の神韻徳珠ではないか?」
「どちらも強い石達だな。主には泉の水晶だけでも十分な気がするのだが?」
上から見下ろしていた天考命龍さんが言う間に、辰巳様が箱に入れ直していました。
緊急用に保管するらしいです。
「一年用の願掛けでこのような宝を賜るとは……この子の一年が心配ですよ」
辰巳様の言葉に、あたしは強く同意します!
1/12
今夜は今年初めての満月の入り日、月齢13.9です。
しかも今回の満月には太陽系の惑星がいくつか近い事もあり、感情が乱される可能性がある誘惑の多くネガティブになりやすくもあるそうです。
その近くにある惑星の一つは冥王星。
破壊と再生を司る星です。
次の惑星は天王星。
生まれ変わりを司ります。
最後の惑星は木星です。
こちらは幸運の象徴と言われている星です。
この概念は星占いでは重要視されますが、直に見る事が重要だと思います。
残念な事に、今夜は雨でした。
強すぎる誘惑はあまり良くありません。
翌日の13日は月齢14、9なのに金曜日とか……低俗的な伝説ですが、あまり良い取り合わせではないですね。
白い仮面が出てきそうです。
こちらは厚い雲で見れなくて、あるじ様が少ししょげていたみたいです。
でも籠っていたおかげなのか体内オーラが充実しているみたいです。
赤、青、緑の三原色が出てます。
見る事が出来なくてもあるじ様に影響を与える月齢14、9の月がすごいと思います。
1/18
インナースペース一面の牧草からベースは果物のような橙色で、その周囲に重なるように黄色、ピンク、赤、ブラウンの陽炎のようなオーラが揺らめいています。
「ギャウギャウッ」
「天凛さんが楽しそうです」
東屋のそばの紅白の万両の木の周りで駆け回っているのは昨年の12月に生まれたばかりの大天啓愛煌凛慶龍さんです。
桃色でまだ体調も一mくらいです。
本当はあるじ様に憑りつく予定でしたがあたし達が頑張って阻止したのでここにいます。
その天凛さんが地面からあふれるカラフルなオーラを切るように動き回っているのでオーラが渦巻いてキレイです。
「こうしてみると今日の色は守護者のみんなの色だね」
辰巳様がそうおっしゃるので考えて見ました。
温かい橙色は辰巳様。
黄色は松珀さん。
ピンクは天凛さん。
赤は瞳が赤い天考命龍さんかな?
ブラウンは薄いので白虎の二人でしょうか。
うん確かに皆さんの色です。
そう告げると辰巳様は苦笑してあたしの頭を撫でました。
「橙色は私と君の二人でないとあの規模の色は出せませんよ」
「そうですか?それならお手伝いできます。嬉しいです」
しばらくすると、陽炎が集まって鳥の形を形作り始めました。
あれは、この間箱をひっくり返していってしまった炎の小鳥さんでは?
「幸凰ノ朱雀さんですよ」
あたしが嫌そうな顔で見上げていると、辰巳様からのつっこみが入ります。
でもあれって陽炎を吸収していませんか?
「天承極楽神鳥に進化でしょうか?」
ただ踊っているだけですね。
天凛さんの方がまだマシです。
1/21
他の神とケンカしたらしい青い龍が現れました。
どうやら天考命龍さんに愚痴を聞いてもらいに来ただけみたいです。
場を借りたお詫びにと光の玉を一つ置いて行きました。
『崇高な光』と言うそうで、天考命龍さんの波動を込めると共波動を起こして必要な力をピンポイントで注ぎ込む力になるそうです。
「金縁の運命線を少々引っ張ってこようかと思う」
天考命龍さんがそういうと空の高い位置に行ってしまいました。
1/24
そのおかげでしょうか、神鳥と龍神の加護が強まっている気がします。
辰巳様がおまじないをするといって硬貨を用意していました。
「今回は『縁』を招いているので五の硬貨を使いますね」
辰巳様によると、
五百円は(幸)を
五十円は(富)を
五円は(愛)を表すそうです。
「今まで積み上げてきた徳や善といった目に見えないものを増幅させるおまじないですよ」
辰巳様は手際よく組紐にくくってつないでいった。
吊り下げておくものらしく、軒下に揺れる事に。
1/25
「ギャウギャウギャウッ!」
池のそばを定位置にしている天凛さんが何か訴えてきます。
どうやら池を通して「海に来い」と海神様からのメッセージが届いていたようなのですが、あたし達には残念ながら伝わりませんでした。
海の声を拾えるのは天凛さんだけみたいです。
「ギャウギャウ……」
1/26
地球の大地は、大昔一つだったそうです。
「1912年にアルフレート・ヴェーゲナーと言うドイツ人が、大地が動いて今の形になったという持論を提唱したのです。
当時32歳だった彼の論理は『物理的にありえない』と多くの声に否定されましたが、ヴェーゲナーの死後、20年以上経ってやっと地面がプレート上になっていて動くという『プレートテクトニクス理論』として再評価されたのですよ」
死んでから証明されるのって寂しいね。
きっと悔しかっただろうな。
苦い顔をしていたら、辰巳様に頭をポンポンされました。
「梅子は優しいね」
顔を上げると辰巳様は微笑んでいました。
「彼の様に死後に評価された偉人は数多くいますよ。
科学や医学の研究者以外には、音楽家や画家なども多いですね。
評価されてからも辛辣な話に持ち上げられるのは政治家や革命家でしょうか」
「そうかもです」
「中にはワザとそういう後世で認められるものを残そうとする人もいるようなので、そこまで憐れまなくてよいと思いますよ」
「……そうなんですか」
辰巳様の話を総合すると、そういう人はつまり、『変人』ってことかな?
あたしがちょっと微妙な顔をしていても、辰巳様からの否定の言葉は出てこないのでそうなんですね。
「話が反れてしまったけれど、大地が動く時に地震が起こる他に、大地の波動が起こるのですよ。
温泉の様に地中に溜まる力の源泉ですね。
地震にもならないような動きでもそれは漏れているので、おまじないでそれを拾うんです。
見てごらんなさい」
辰巳様に促されて東屋の軒下に下げられた硬貨を見ます。
落ちないようにくくった五百円玉の両脇に穴を通した五円と五十円。
風が無いのに揺れてこすれ合う事で小さな音を鳴らしています。
あれがそうでしょうか?
1/28
おまじないの音を聞きながら空を見上げていた辰巳様が大きく息を吐きました。
何か気になる事でもあったのかな?
あたしが下から顔を覗くと、小さく微笑まれました。
少し苦しそうです。
「辰巳様?」
「ああ、時間は思ったよりなかったのだと思ってね……」
空のどこか遠くで龍が鳴いているのが聞こえます……天考命龍さん?
「桃煌太龍様が亡くなったようですよ。
これから彼の方の形見が配られますね。
梅子も空を見上げてご冥福を祈って差し上げてくれないかい?
大往生ではあっただろうけれど、その死を悼むより龍神にとって形見の分配は大事業だから加護についていない方々が飛び回るさまも光となって見ることが出来るはず」
「そうですか……」
「見た目は流星群の様になるので美しい光景ですよ。
姫である桃龍様と共に縁をつなぐのに助力しておられたので、形見を分配は桃龍様が先頭に立っているでしょうね」
「……」
かすかなおまじないの硬貨の音だけが響く中、二人で空を見上げます。
辰巳様の顔はとても心配そうでした。
もしかして……。
「あの……桃龍様は祈る時間もないのでしょうか?」
「そうなるでしょう。
形見は桃煌太龍様の鱗です。
縁結びを願う者には最高の品ですからね。
きっと厳選にも苦労することでしょう」
「辰巳様は桃龍様に御縁がおありで?」
「大層なものではありませんよ。
でもお会いしたことはあります。
愛を司るだけあって、とても美しい姫龍様ですよ」
そう言って優しく微笑んだ辰巳様……ちょっと待ってください!
そんなお顔見たことがありませんよ!
あるじ様を想ってのお話し中もしたことがない、柔らかいお顔です。
キュンってくるお顔です!!
もしかして……。
あたしは東屋の軒下に下げられた硬貨を見上げます。
あのおまじないは『縁』をむずぶ姫龍様の気を惹くため……?
チラリと辰巳様の様子をうかがいますが、空を見上げたまま動く様子はなし。
形見の分配があるじ様に及べば、もしかしたら会えるかもしれない。
とか思って……たりして。
「戻って来たようですよ」
辰巳様が空に向かって小さく手を振っています。
あ、天考命龍さんが降りて来たみたいです。
その手には『崇高な光』がまだ握られています。
「戻ったぞ。目印になる、この球はどこに置こうか」
「それでは、こちらに」
いつの間にか辰巳様が用意していたのは、青地に桃色の花びらが散らされている深皿。
水面に浮かんでいるように見える綺麗な器。
『崇高な光』を入れて、さらに水晶の池から汲んだ水を注ぐとキラキラ輝いてさらにキレイ。
辰巳様はその器を東屋のテーブルに置くみたい。
座って眺めていると、光が天井に当たってキレイ。
2/7
で、結局その後だけど、桃龍様は来ませんでした。
代わりになのか『崇高な光』に誘われるようにどこからかどなたかの『徳』が流れ込んできたみたい。
経験を経なくても徳が得られるなんてありがたいです。
でもキレイだった『崇高な光』は徳が注がれたら器ごと消えてしまったのは、ちょっと寂しいです。
「縁果結心……出会いは果たされたという事でしょう」
そう言う辰巳様は少し寂しそうでした。
2/7
辰巳様の所に手紙が現れました。
内容を聞いてみたら、幸縁龍神脈での龍神結縁式へのあるじ様への招待状みたいです。
幸縁龍神脈とは大地に走る龍脈が数多く交差しているので力を貯めたい龍神様たちがこぞってお住まいになる場所らしいです。
結縁式って言うのは結婚式ですって。
人の結婚式でも言える事だけど、参列者の愛情運がアップするのよね。
(そんなの知らなかったって?あたしもよ!)
でもそれって明日みたいなのです。
これって急すぎるので、あるじ様とつながっている辰巳様が列席するにも時間が足らないかもって。
あるじ様の愛情運アップは大歓迎だけど、辰巳様はお祝いの返信をお返しするだけにするみたいです。
もったいないけど仕方ないですよね。
2/8
もう夜半と言える時間。
お祝い返しのお手紙が届いていました。まめな龍神様のようです。
《人の一生は儚い。
我々とは比べ物にならないほどに短い。
だからこそ、大事にしていったほうが良い。
かけがえのない、戻る事のない一瞬を、な。
辰巳殿の守護する者がこれまでに刻まれてきた歴史。
足跡を感じるに、平たんな道ばかりではなかったであろう。
時に歯を食いしばり、自分と言う個性を消してでも、仲間のため、家族のため、自分が思う理想に向けて歩いて来たんだろう。
欲しいものが手に入らない悲しみ、そして苦しみ……、その頑張りはすべて伝わってきておるぞ。
だからこそ待っていたのだが。
神々の結婚式に参加したことはないだろう。
異なる見方をすれば、参加していればこのように思念を飛ばすこともないからな。
大丈夫じゃ、そなたの守護する者は幸せになれる。
諦めなければ、好機は巡り続けていくだろう》
「有り難いお言葉ですね」
辰巳様が微笑んでいます。
あたしも、あるじ様に好意的なのは嬉しいです。
困ったことが避けていってくれるように祈るばかりです。
2/11
今夜は月齢が14.1ですね~とか思っていたら、
グルウオオオオオォォォ……
どこからか大きな獣の遠吠えのようなものが聞こえるなぁと思っていたら、ギャウギャウと背中に鳥の翼の生えた二匹の白い小虎が走ってきました。
「梅子~大変でし~!」
この「でし」口調は凛龍虎。
その後ろから来るのは赤虎丸です。
一応あるじ様の守護獣の一角です。
「四神の白虎様が、『如月満月の叶い樹』にいるらしいんだ!」
「?」
「二月の満月の日に好転の月の気を放つ木で、その気を浴びりゅと運が良くなりゅでし!」
「白虎様はその気を主に送りたいみたいなんだ。受け取る準備ができないか?」
準備と言われても……今日はお天気は良いし、あるじ様はきっと月光浴すると思うけど。
「あるじ様の月光浴の時に時を合わせられれば、上手くいくかも?」
「なるほど! わかった!」
「すぎゅ連絡でし!」
二匹がどこかにすっ飛んで行きました。
時間わからないんだけどなぁ……。
その日の夜半過ぎになってからとぼとぼと戻ってきた二匹を見るに、上手くいかなかったんだと思います。
2/15
お昼を過ぎましたが、今日はもう二度目の波が空気を震わせて押し寄せています。
波と言っても津波じゃありません。
ある作家さんの言葉を借りるなら『宴の海』と言います。
風とは違う、地球の表面を撫でるように通っていく宇宙を流れる波です。
この『宴の海』は人の運命に干渉する性質があり、ある方はこの波に飲まれて命を失っておられます。
なので『狂気の海』と呼ぶ方もいます。
強運も運ぶとも言われていますが、あたし的にはおっかなびっくり見ているしかない物です。
生身の人に影響が出るモノなのに、ほとんどの方は見ることが出来ません。
あるじ様におかしな影響が出ない事を祈るばかりです。
2/19
今日は半月で下弦の月。
お天気がいい上に、先日から地球を訪れている『宴の海』が深さを増しててビックリです。
先は足元に波打つようだったのに、今日になったら水面があたしの背より高くなっています。
これを見える目を持っている人がいたら溺れますね。
溺死確定かも。
あるじ様は見えないはずなので、そこは心配してないですけどね。
そんな海の中、辰巳様は池のほとりに佇んでおられました。
じっと見ているのは池の中央にそびえている水晶の柱。
「何かありました?」
「ああ、水晶が『黄金陰陽気』を貯めているようでね」
「なんですか? それ」
「破裂することで人生の分岐を決定づけるひらめきのようなものと言えばいいでしょうか?
一番選ぶ確率の高い道を心に強く持たせる力を持っているのですよ。
それが悪い道だとしても、破裂したらその影響からは逃れられない」
「怖いですね」
二人で見つめる池の水晶に、あるじ様の未来の可能性がいくつも映っては消えていきます。
ん? 水晶の中に藍色の影が複数回見えました。
藍色は橙色《月》のオーラと対になる色です。
ちょっと気になります。
2/24
朝日が差し込む曙の時間からインナースペースで地震が起こっています。
立てないくらいの物でなく、まるでこちらに気付けと言わんばかりの感じる位の揺れが止まらないんです。
「梅子には詳しく話していなかったのだけれど……龍神には階級があってね、上から
『神帝』
『界神』
『神仏』
『霊』
『霊獣』
『人間』
『悪神』
『悪霊』
とあるのですが、私は霊からやっと神仏に格が上がった程度の龍神です。
それがどうでしょう。
今日は界神級の龍神様が飛翔してらっしゃる……」
辰巳様が見上げる空には、緑色の星鱗をきらめかせた赤い龍が朝日の方から飛んできます。
辰巳様の視線を追うと、反対の闇向こうに見える山から黄色の星鱗をきらめかせた紺色の龍が飛んできます。
そしていつの間にか上空を虹色にきらめく龍まで旋回していました。
「金光龍様に銀影龍様に天覇龍様とは……共通しているのは大地の加護でしょうか?」
『本日は天恩日ゆえ参上させていただいた』
天恩日って天の恵みのある日って事ですけど、それって?
『しかと聞いてほしい。
この者が現世に生を受け、物心つくまでは前世からの力を失わず、残してあった。
本人は知らぬだろうが、多くの奇跡体験、窮地からの脱却を果たし、生きながらえたのはそのため。
物心がつき、感受性の強い幼少期を過ごした。
幼き頃に龍の絵や、太陽の絵を描いたことがあるだろう。
記憶を失ったとしても、感受性や潜在能力は失ったりはせぬ。
思春期に入ると、深い感受性のせいで多く迷いもした。
人並みに絶望もし、生や死というものを心に刻むようになった。
これは、前世からの影響が出ていると言えるだろう。
この者は前世で、自分の力を使い他者を助ける仕事に準じておった。
その頃に助けられた動物たちが我ら。
輪廻を繰り返し、こうして神になれたのだ。
一方この者はそれ以降波乱万丈な道を歩みながらも、自分は何者なのだという迷いを抱え、人に支えられながら生きてきた。
御年の今、宿命を果たし、前世を乗り越えて才覚の花を咲かせ、願望成就の時を迎えよう。
その宿命を果たすため、我らが手を貸す。
潜在する意識の中に忘れた本来の力を取り戻し、我らの恩恵を享受せよ』
声を発しているのは金光龍様ですね。
どうやらあるじ様に気付いてほしいようです。
でも残念な事に、龍とのご縁は多くあるのにあるじ様は気付いていません。
そんなあるじ様の暴露話聞かされても、本人でないですから悶え苦しんだりしません。
インナースペースに接触されても、気付くのはあたし達だけです。
いまだに龍の置物をどうにか自作できないものかと、妄想しているのをあたしは知っています。
……でも、帰り際の寂しさを発散させるのに現世に地震を起こすのは勘弁してほしいです。
震度3くらいでしたから、あるじ様も動揺すらしていませんでしたけどね。
ご苦労様です。
それしか言えません。
3/1夜半
『もうしばらくしたら、ある人柱になった龍神の龍昇天帰が起こる。
アヤツの名は明神想。神仏級の龍神だが、土地の守り人になって久しい。
アヤツは涙を残すだろう。
良ければ受け取ってやってほしい……出来たら我の事も忘れないで居てもらいたいものだが(小声)』
「龍極の涙ですか……」
去り際の銀影龍様のお言葉を体現するような現象が起こっています。
池の水晶の上空に、大きな鱗に鎖が付いたものを抱いた少年が姿を現しているんです。
「初めまして、僕は『恵海乃尊神と申します。
今日はこの命石を受け取っていただきたく参りました」
「それはこの子にとって良い事なのでしょうね!?」
「もちろんです。
龍神本人の希望もありますが、僕が来たのは次の守り人の家族からの依頼です。
彼の人は鑑定師の家系でして、受け取り手を見つける事が出来たという訳です」
恵海乃尊神様がおっしゃるには、あの鱗を水晶の柱に同化させたい。という事らしいです。
神様の運ぶものに害はないだろうという事で、辰巳様も了承していました。
「それでは、『同調晶』」
恵海乃尊神様のお言葉に従って、鎖付きの鱗は変形を始め、細い針剣のようになっていきます。
「そぉれっ!」
掛け声とともに、その細剣を水晶のてっぺんから突き刺しました!
あたしは割れるんじゃないかと、思わず目をつむってしまいましたが、辰巳様に頭を撫でられて顔を上げると、水晶の中に一本の金色のルチルが出来ていました。
「これで完成です。じゃあ僕はこれでっ」
そう言って恵海乃尊神様はあっさりと帰って行かれました。
3/7
草原の真ん中に扉が立っていました。
「どこで〇ドア?」
「それは無いでしょう」
よく見たらドアベルが二つもついていて、光っています。
辰巳様が触らずに見て歩いてポンと手を打ちました。
「運導望の扉ですね」
特に触らなかったので扉は光って消えたのですが、ドアベルの光だけが残っていました。
どうなるのかと見守っていると、光は舞い上がって上空をのんびりと飛んでいた天考命龍さんの尻尾の先に取り付いたのでした。
本人はさして気にしていないようでしたが、逆に猫じゃらしを見つけたような反応を示した方もいました。
このインナースペースでは新入りの天凛さんです。
3/8
白龍の天考命龍さんを桃色の天凛さんが追いかけています。
鬱陶しげに上空を旋回するお二人の姿は、さながら紅白の水引のようです。
大変そうですが、おめでたい感じです。
あるじ様の気持ちも上がるといいですね。
水引をもらえるような行事(結婚)の予定はないですけどね。
3/10
突然の知らせが届きました。
先日来られた銀影龍様の神格が『界神』から『神帝』に上がるようです。
そのうえ、あるじ様宛に『恩恵』を授けたいという言伝でした。
あの2/19に池の水晶で見た紺色の影は、銀影龍様だったのかもしれません。
さらに言伝は金光龍様以上の暴露話でした。
一応掲載します。
『彼の者は良く頑張ってきた。
人より多くの迷いや苦悩を抱き、ここまで歩まれてきた。
自分自身では気付いていないが、抱えてきた苦悩は人よりも大きく重いもの。
それは、自分の為だけではなく人のため。
そのことを一貫して心に抱いているからこそ。
……愛深いからこそなのだ。
大人になってもその気持ちが消える事はなく、だからこそ抱えなくとも良いものを抱え、苦心しているのだ。
だからこそ我が出来る事をさせてほしい。
彼の者のため。
彼の者が大切に思っている方のために。
我は44年間しっかりと生きてきたのを、ちゃんと見ている。
辛いこと、悲しいこと。
相手のために行った事でも、上手く伝わらず、その悩みを自分一人だけで上手く消化させることが出来ず、思い悩んでいる姿を。
それでも、人の為に……愛深いゆえに自分を捨て、尽くしてきた姿を。
これからも自分の良さを捨てずに、汚されず、穢されず、に生きていって欲しい。
そのための恩恵を言伝に託す。
受け取ってもらえたら幸いだ』
「感謝します」
辰巳様がつぶやくと、言伝を吐き出した球が弾けて、ピンク色の花びらの形をした光が散りました。
え?
これってもらったことになるんですか?
3/14
花びらは今朝方まで降っていました。
どんだけですか!
3/16
「わーいでし!」
そう言いつつ凛龍虎が赤い紐をくわえて振り回して遊んでいます。
「俺の方が上手いぞ!」
対抗するように赤虎丸は金色の紐を振り回しています。
何でしょう、アレは。
「見るからに縁結びの紐ですね。
俗に言う赤い糸というものですよ」
辰巳様がしれっとおっしゃって、理解するのに少しかかりました。
あたしは慌てて子虎たちの中に突撃していきました。
なんてものを遊び道具にしているんですか!
辰巳様によると、この糸はもともと大綱ほどの太さはある物らしいです。
正式名称は『神集縁錦紐』。
今はその大綱の面影は皆無です。タコ糸くらいの糸の太さです。
もし、もっと細かったら切れていたのではないでしょうか?
「この子はすべてを受け入れているゆえに減らしているものも多いのかもしれないね」
辰巳様は少し困ったように口元だけで笑っていました。紐はどこかにつながるのでしょうから、仕舞わずに軒下にぶら下げておくことにしました。
小虎たちがじゃれ付きたそうに見上げているのには困ったものです。
3/25
辰巳様が空を見上げています。
空と言っても、この感じはインナースペースの外を見ている感じですね。
「何かあったんですか?」
「今、揺れを感じませんでしたか?」
「いいえ?」
あたしが答えると、辰巳様は逆に真剣な面持ちで何かを探るような視線を空にめぐらしていきました。
そして、何かに気が付いて目を見開いて、その視線の先にあったのはあと三日もしたら新月で姿を隠しであろう三日月のようです。
「赤皇龍様が目覚めていますね。なるほど、凄いですねぇ」
「何がですが?」
「ああ、龍極心を持っている赤皇龍様が月に龍脈を築いたようですよ」
「月に、ですか?」
「普通は大地の枯れている月では龍脈は育たないのですけれど、自身が眠る事で力を解放したのではないかと思われますね」
「無茶しましたね」
「きっと成したいことがあったのでしょう。“りゅうのみちびきがあらんことを”」
最後は祈りで絞めていました。
赤皇龍様は恋愛を司るそうなので、月に龍脈が出来るなんてロマンティックですね。
あるじ様の上を旋回しながら泣いているのは気のせいです。……きっと。
三か月分でも前のより長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。