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バレンタインになんとか投稿出来てよかった・・・ですが、誤字脱字がありそうなので後程確認をします。とりあえず、皆様ハッピーバレンタイン!
あの後、家に無事に帰れたけれども・・・。
カルナードに背負われた私に広間で待っていた両親は驚き、カルナードの「フィリアと結婚します」発言に父親の顎が外れた。驚きのあまりに顎を外して痛みに悶える父親を落ち着かせ、顎を治したのは母親ではなく父親の忠実な執事だった。
母親は何をしていたかと言うと・・・勝利だと言うように諸手をあげ、カルナードの結婚発言を喜んでいた。意味が解らない。
何がそんなに嬉しいのか不明だが、母親は喜色満面でカルナードの手によってソファに座った私の手を取って涙ながらに祝福してくれた。反対されないことに安堵するんだけど、どうしてそんなに喜んでくれるのか理解できなくて首を傾げた。
顎を治した父親は眩暈がするのか頭を抱え、けれど溜息をつくと複雑な表情をしつつ私達のことを祝福してくれた。・・・もしかして、血が近いことを気にしてる?
疑問を抱いた私は父親に理由を聞こうとしたら、母親がぱん、と手を叩いて唐突に「婚約者なら今日から一緒の部屋よね!」とか爆弾を投下して・・・危うく、顎が外れかけた。
待って待って待って!婚約しただけで結婚してないよ?一緒の部屋はまだ早いんじゃないかな!!と必死に、それはもう全力で抗議してみたけど柳に風。華麗にスルーされた。
カルナードは母親の味方らしく、にこにこと嬉しそうに笑って二人で部屋のレイアウトを話し合っていた。味方がいない、だと・・・っ。
頭を抱え、愕然とする私の肩を父親がそっと叩き、諦めろとばかりに首を横に振った。夫婦歴の長さ故の経験論ですね、解りたくないですよ畜生!
絶望する私を置いてけぼりに、二人の提案で今までの部屋はそのままに、婚約者、または夫婦の寝室が誕生してしまった。・・・大きな声で言わないで、羞恥で死ねるから本当。
執事やメイド達の温かい眼差しにSAN値がゴリゴリと削られて・・・ちらり、と縋るように父親を見たが、何勘違いしたのか無言で頷かれた。なんでそうなる!
もう、その場にいるのが限界で堪らず自室へと走った。
そう!
自室に逃げ込んで鍵をかけ、服を着替えずにそのままベッドにもぐりこんで不貞寝をしたんです、私!モノの数秒で夢の世界に旅立ったんですよ!熟睡でした。
・・・なのにおかしいな。
「・・・」
――――どうして隣に、カルナードがいるんだろう。
判らないけれど、どうやら性質の悪い夢ではないらしい。つねった頬が痛く、ひりひりとした痛みが現実だと嫌でも教えてくれる。・・・少し、強くつねりすぎた。
視線が扉の方を向くけれど、生憎と鍵がかかっているかどうかは確かめられなかった。鍵をかけたと思ったのは、私の錯覚なんだろうか・・・?いやいやいや、そんなまさか。確かにかけた記憶があるから、間違いはない!・・・はず。どうしよう、自信がないよ。
「・・・あれ?」
服が、いつの間にかパジャマに変わっている。
これはおかしい。おかしいぞ。
私は着替えた覚えがないのに、どうして着慣れたパジャマを着ているんだろう。知らない間に?寝ぼけて?・・・それはないな。私、一度寝たら自然と眼が覚めるまで何があっても起きないタイプだし。・・・・・・ま、まさか。
「か、カルナード!カルナード!!」
いまだ夢の中のカルナードの頭を容赦なく叩き、身体を激しく揺すって覚醒を促す。小さくカルナードが呻き、もぞりと布団の中から右腕が出てきた。よし、起きる!・・・と、思ったのに私の左腕をカルナードの右手が掴み、ベッドに倒した。
なにこのじょうきょう。
「な、なんで抱きしめるの!?実は起きてるでしょ、絶対に起きてるでしょ!!」
ぎゅうぎゅうと強くなった拘束に確信を得て喚くけど、煩いとばかりにカルナードの胸に顔を押し付けられた。ふぎゃあ?!
「今日は休みなんですから、もう少しゆっくりしましょう。フィリア」
「腰を撫でるなほっぺにちゅーするな!」
「ちゅーって、可愛いですね。もう一回言ってください」
「やだよ!も、放してってば!」
「そんなに嫌ですか?」
「うっ・・・」
卑怯だよ。そんな、捨てられた子犬のような、迷子の子供が見せる不安な瞳で私を見下ろされたら・・・・・・見下ろされたら?あれ、さっきまで顔、横にあったよね?あれ?いつの間にカルナードを見上げる形になったんだろう?不思議だなぁ・・・じゃ、ない!
「あ、あのあのあの」
「どうしたんですか、フィリア」
頬をそっと撫で、指先に髪の毛を絡ませるカルナードが妖艶に笑った。
うう・・・その触り方、なんかヤダ!
「この体勢はいったい・・・?」
「いったい、なんだと思います」
おかしいな。一途純粋なはずのカルナードが、純粋じゃないと言わんばかりの笑みを私に向けているぞ。うわ、冷や汗が流れてきた。別の意味で心臓が痛いよ。と言うかこの体勢、なんだかデジャブを・・・・・・・・・あ。
「アルトにも似たようなことされたっけ」
「・・・そう、なんですか」
「でもあれは不可抗力だから。私が望んでやった訳じゃないから。暴走したアルトが悪い。私はまったく悪くな・・・いとは言い切れないけど、私のせいじゃない。頭突きで仕返しするぐらいに嫌だったから。だから・・・その」
彷徨っていた視線をカルナードに向け、右手をそっと持ち上げる。カルナードの頬に指先が触れ、掌全体でさするように撫でた。私の手に手を重ね、すり寄る姿がなんだか猫に見えて・・・可愛い。なんて、悲しい眼をしている相手に思ってしまう。
私がそんな眼をさせているのに。
「ねぇ、カルナード」
左手も頬に触れ、カルナードの顔を私に近づける。
「キスして。って、言ったら・・・してくれる?」
「――――ええ、喜んで」
一瞬、驚きで眼を見開いたカルナードだが、すぐに穏やかに笑って頷いてくれた。その優しい瞳に赤くなった私の顔が映って見えて・・・。自滅しちゃったよ。恥ずかしさここに極まれり!やっぱり言うのやめればよかった。
何度も何度も降ってくるキスのせいで呼吸が上手く出来ないし、酸欠状態になっちゃう。頭、くらくらする・・・。
「そろそろ起きましょうか」
「・・・・・・・・・起きる前に、聞いていい」
ゆっくりと私の上からどくカルナードを眼で追いながら、乱れた呼吸を整える。
「どうやって部屋に入ったの?」
「合鍵を母さんからもらいました」
・・・その鍵はどこに?と視線を巡らせれば、朗笑したカルナードがベッド脇のサイドチェストを指さした。あ、確かに鍵がスタンドランプの真下にある。あとで没収だ。
「合鍵なんてあったんだ・・・」
「普通、ありますから」
ベッドから降り、服を着替え始めるカルナードから慌てて眼をそらし、窓の外を眺めながら煩く鳴る心臓を宥めるように息をつく。あー・・・今日はいい天気ですね。畜生。窓越しに、シャツを脱いではだけたカルナードの上半身が映って・・・俯いた。裸なんて小さい頃に見ただけだから、免疫ないよ。・・・以外としっかりした筋肉だったな。知らないけど、ちゃんと鍛えてたんだ。――じゃ、ない!
現実逃避に見ることろが筋肉って・・・筋肉フェチか私は。
「ところで!・・・・・・私の服を着替えさせたの、誰?」
シャツを中途半端に脱いだ状態でカルナードが振り返り。
「さぁ、誰でしょうね」
「え、それってどう言う・・・。ちょ、ちょっと、カルナード!?」
意味深に微笑むカルナードは結局、答えを教えてくれず――迷宮入りした。
いや、本当に誰?!
「ああ、そうだ」妙に綺麗な笑顔に寒気がした。「さっきの件」
「買い物がてらじっくりと聞かせてもらいますから」
「――――え˝」
服を着替え、遅い朝食を食べ終わると笑顔のカルナードに手を引かれるまま馬車に乗り、何故か涙ぐむ母親と同情をこめた父親に見送られて街に来た。
街に着くまでの間、私は尋問を受けていた。
尋問と言うより、淡々とした逃げることを許さない質問に震えながら答えていただけなんだけど。・・・悲しげな顔をしていたから気づかなかったけど、お怒りだったのね。
アルトにキスされたことを告げた瞬間、顔を俯かせたカルナードが何か言っていた気がするけど・・・禄でもなさそうだから知らないふりをした。
強く生きろ、アルト――と、心の中で合掌しておいた。
さて、そんなこんなで無事に街についたのはいいんだけど・・・。歩きながら首を傾げる。
「ねぇ、何を買うつもりなの?」
「虫よけです」
「虫よけ・・・?」
まだ春と言えるこの時期に、なんで虫よけが必要なのかな?
夏なら蚊やアブがいるから判るけど。・・・蜂に刺されないようにするため?畑や花のある場所によく行く私ならともかく、あまり足を向けないカルナードが必要?解らなくて首を傾げれば、するりと頬を撫でられ視線を強制的に合わせられた。
ま、周りから好気と嫉妬と憎悪の視線を感じるんだけど・・・!女性の視線が痛いっ。
「お互いの瞳の色をしたピアスでも買いましょう」
「ぴ、ピアス・・・?いや、それよりも放して」
「フィリアの瞳に会う宝石と言うと・・・瑪瑙か紅玉髄、それか紅玉・・・紅玉はなしですね」
首を横に振り、頬に触れる指が耳たぶをなぞった。ぞわっとするからやめて。
「どっちがいいですか?」
「どっちもいらないから放して」
「悩みますが、夕焼けに似た宝石があったらそちらを買いましょう」
あ、これ私に意見を求めてないし、放す気もないやつだ。
耳たぶをなぞり、さすり、つまみ、好き勝手に弄んで満足したのか一つ頷いて手が離れていく。・・・名残惜しいなんて思ってない。視線で死ななくてよかったとは思ってる。
「あ、そう言えばなんだけど」
「なんですか?」
「火の賢者・・・じゃなくて、乙女に会った日のお昼に何か話があったんだよね?あれって結局何だったの?」
問えば、思い出したように声を出してカルナードが苦笑した。
え、何?
「婚約の話をしたかったんだす」
「・・・なんで?」良い話って聞いた覚えがあるけど、記憶違いかな?
「三人であの日、フィリアに求婚すると取り決めていたので。だから三人がいないと出来ない話だったんですよ」
へぇ、そうなんだ。頬を引きつらせ、痛みだした頭を押さえて深く息を吐き出した。あの日に聞かなくてよかったかもしれない。そしたら絶対――――絶対?
きょとんと瞬いて、一瞬で脳裏から消えた思考に首を傾げる。絶対に何だと言うんだろう。あの時の私は三人を、誰かを選ぶ気持ちは皆無だった。なのにどうしてそんな言葉が出てきたのか不思議でならない。謎だ。
あ、わかった!「絶対に誰も選ばない」の絶対だ。納得だよ、納得。
「一人で頷いて、ちょっと気持ち悪いですよ」
「ひどい!」
不気味なモノを見る眼で見ないでよ。本当に私が好きなの・・・?
「冗談ですよ」
本当だろうか。思わず疑いの眼を向ければ肩を竦め、宥めるように私の頭を撫でた。子供扱い。私の方が一歳年上なのに。むぅ。
「何だか嫌な感じがしたので、意地悪がしたくなったんです」
「・・・へぇ」泳ぎそうな視線をどう誤魔化そう。
「さぁ、着きましたよ。行きましょう、フィリア」
と言って立ち止まったのが見るからに超高級老舗、一見様お断わりな由緒と伝統がありそうな建物。宝石とアクセサリーのマークが描かれた旗を下げたそこは、〈フェンデル宝石店〉と書かれている通りにジュエリー専門店なんだろう。・・・フェンデル?
ここはもしかして、フェンデル財団が経営する店の一つ?
「フィリアの友人が経営している店ですよ」
「あ、あー・・・そう言えば聞いた覚えがある、ような」
「残念な記憶力の持ち主でしたっけ、そう言えば」
「失礼な!憐れに思われるほど記憶力は悪くないよ!」
「そう言うことにしておきましょう」
「おかないで!」
「行きましょうか。店の前で騒ぐのはマナー違反ですし」
確かにその通りだけど・・・。
不満げに口を閉ざし、じとりとした眼でカルナードを睨む。カラン、と軽やかな音を立てて扉が開き、中から元気のいい、けれど上品な声で来店の挨拶をされた。愛想がいい笑顔に接客技術の高さが見える。流石はギネアの店。
・・・ん?店の奥に見える扉って、支配人室か応接室かな?そこの扉が開いて誰かが出て・・・あれ?
「ギネア?」
「え、フィリア!?どうしてここに・・・?」
「っぐ!」
店の奥から出てきたギネアが私に気づき、カルナードを突き飛ばして両手を握りしめてきた。素早い。本当に病弱なのかと疑うほどの速さだ。・・・〈エリクサー〉のおかげかな?
「わたくしに逢いに来てくれたのですか?それともこの店で買い物をしに?ああ、買い物ですね。ふふ、それならわたくしがフィリアに似合う宝石を探してもいいでしょうか?」
私、何も言ってないんだけど。
「いや、カルナードと一緒に買い物に来ただけで・・・ここに虫よけってある?」
「虫よけ、ですか・・・へぇ、それはつまり」
驚いた声から、硬く、冷たい声に変わっていく。歓喜を表していた瞳は感情を消し、まるでごみや虫を見るような眼でカルナードを見下ろす。ど、どうした・・・?
「まさかとは思いますが、フィリアと婚約したんですか?」
「そのまさかですけど、何か問題でも?」
二人の背後に竜虎とかハブとマングースとか、そんな奇妙なモノが見える。怖い。めっちゃ怖い。今すぐこの場から逃げ出したい。ああ・・・遠くへ離れた店員さんたちが羨ましい!私も連れて行って!なんかここ、凍死しちゃうぐらい寒いから!
ギネアが私から手を放し、まるでカルナードから私を護るかのように背を向けた。それじゃまるで、カルナードが私を害するみたいじゃない。
「あれ、それはそれは・・・。さっそく婚約破棄の手続きをしないといけませんね」
「そうですね、婚約ではなく結婚の手続きをした方がいいかもしれません」
「ふふ・・冗談がお上手で」
「冗談とは随分と酷い方だ。いや、親友であるからフィリアが選んだ私が認められないんでしょうね。ですが残何ながら、貴女に認めてもらう必要はありません」
ゆっくりと床から立ち上がったカルナードが埃を払い、眼がまったく笑っていない顔でギネアに微笑んだ。・・・私に背を向けるギネアがどんな顔をしているか判らないが、きっと知らない方がいいのだろう。だって・・・ギネアの背中から不穏な空気を感じるし。
鳥肌がたつ両腕を摩り、ゆっくり、足音を立てずに後退する。
よし、このまま行けば店から無事に脱出出来る!私は自由だ!
「貴女が何を言おうと、フィリアが選んだのは私です。他の誰でもなく、私を選んでくれた。なので――――諦めてください」
あれはギネアだけに言っている台詞じゃない。私にも言っている!だって眼が、カルナードの眼が逃げるなって、そこから動くなって訴えてるからね!読まれてた。私の思考が読まれてたよっ。っく・・・流石はカルナード。逃げようとした足が固まって動かないよ。
「それじゃあフィリア」
優雅な仕草で私に近づき、何でもないように微笑む。その姿は紳士的で思わずどきり!と心臓が跳ねたけど・・・。
「ピアス、選びましょうか」
ちょっとお怒りの双眸に気づいて、冷や汗が止まらなくなってしまった。
成程、こう言う仕草ってある意味脅しにもなるんだね!・・・なんて、現実逃避をするぐらいに今すぐこの場から逃げたい。うう、足さえ動ければ逃げおおせたというのにっ。
「どうして逃げようとしたんですか、フィリア」
内緒話をするように耳元に顔を近づけ、小さく呟かれた言葉に口を閉ざした。
怖かったからです、なんて言ったら・・・どうなるんだろう。予想できなくて怖っ。
「私を選んだのはフィリアなんですから、逃げる必要なんてどこにもないでしょう?・・・でも、もしも私を選んでおきながら私から逃げると言うのなら」
と、言うのなら・・・?
まさか、まさかこれは不安支配欲による発言!うわぁ、嫌な予感しかしない。
「檻と枷、どちらが好きですか?」
どっちも嫌!
必死に首を横に振って拒否を示せば、くすりと笑う音を耳が拾った。冗談?あれ冗談発言だったの?心臓に悪いからやめて・・・本当にやめて。
「次はありませんから」本気の眼が怖いってば!
「さて、どれにしましょうか。私の眼の色は判り易いけれど、フィリアの瞳って・・・宝石にするとなかなか難しいですね」
にこりと笑って話を戻し、私の双眸と宝石と見比べるカルナードの頬が引きつった。あの・・・さっきのこそ冗談だよね。なんて聞く勇気はなく、接客モードに入った店員さんと私の瞳に似た色の宝石を探す姿をただただ見つめた。
難しいと言っておきながら、瑪瑙と紅玉髄の二つで迷ってるんだね。
どっちでもいいよ。いや、高いのはやめて。安い方でお願いします。
「フィリア・・・本当に、いいのですか?」
常とは違う、覇気のない声はまさに病弱の令嬢のようで・・・違う、違う。
「アレが婚約者で、本当にいいんですか」
がしりと両肩を掴み、必死さを滲ませるギネアに首を傾げた。いったい、ギネアは何を心配しているんだろう?
「良いも何も・・・カルナードがす、好きだから、その、えっと」
「照れてるフィリアも可愛いですね」
「うっとりする要素がどこにあったの・・・?」
「・・・はぁ、ならわたくしは何も言いません。ええ、言いたいことは山とありますが石のように固く口を閉ざしましょう。不本意ですが」
「不本意って・・・」
私の肩から手を外し、右頬に手をそえて悩まし気に息を吐き出す姿が妖艶すぎます。
男性店員やカルナード以外の男性客がいなくてよかった。いたら間違いなく、ギネアをいやらしい眼で見ていたはずだし。・・・カルナードは、見てないのかな?ちらりと視線を向ければ、瑪瑙と紅玉髄を凝視して唸っていた。まだそれ見てたんだ。
肩透かしをくらった気分だけど、安堵が大きい。・・・ん?
「聖国に勧誘されていましたが、止めることにしましょう」
「え?今、なにか・・・?」小さくてよく聞こえなかったんだけど。
「フィリアの瞳に似た宝石がありますが、見ますか?」
「ええ、見せてください」
「え、ちょ・・・だからさっき何を」
そうですか、答える気はないんですか。がくりと肩から力が抜け、疲労感が私を襲うと同時に寂しさが心に姿を現した。やっぱり、私なんかよりもギネアの方がカルナードの傍にいるのが相応しい。・・・そう思うけど自覚した気持ちに今更、嘘なんてつけないし。自信を持とう、私。カルナードが私を好きだって言うんだから、私が傍にいていいんだって自信を――簡単に持てたら苦労はしないって。はぁ。
「フィリア」
「へ?」
「フィリアも私のを選んでください」
「選ぶって・・・私、男の人の趣味なんて判らないし、そもそもカルナードは何でも似合うから選ぶ必要なんてないと思うんだけど」
「選んでください」
「あ、はい」
また、笑顔に屈してしまった。
私、カルナードの顔に弱すぎない?いや、圧のある笑顔なのがいけないんだ。
「えっと・・・・・・・・・ピアスって、人それぞれの好みだと思うんだよね」
種類がありすぎて、どれがいいのか判んないんですけど。あと、値段が高い。宝石がついてるせいだろうけど、高い。こんなの買えないし、買えたとしても壊すのが怖くて身に着けられないって。触っただけで壊れそうだし。
困惑を見せればギネアが隣に立ち、すっと何を手渡した。
「それならこれはどうかしら」
「い・・・いらない」
凄く、きらきらとしたハートの形のピアスなんていらない。
「それならこっちは?」
「いらない」
犬と猫の顔のピアスって・・・何?
「ではこちらはどうでしょう」
「リングが大きすぎて耳たぶ伸びそう」
「ならこちら」
「眼に痛い」
・・・どれも私の趣味じゃないんだけど。
いつもなら私の好みにあった物を見せてくれるのに、今日はどうしたんだろう?っは!まさかギネアはピアス選びの趣味だけが悪いのかも。・・・だとしたらやんわりと、傷つかないように教えた方がいいかも。
「趣味が悪いですね。そんなのフィリアに似合いませんよ」
「ワザとですから。むしろ貴方に悪趣味なピアスをつけさせて、フィリアが愛想をつくように仕向けただけです。悪意ですよ、悪意」
「・・・ギネア、それ、素直に話すことじゃない」
「趣味が悪いと疑われるのは心外ですからね」
なら最初からするなよ、とは言わないでおこう。面倒なことになるだろうし。いや、もう面倒なことになってるや。カルナードとギネアが言い争い始めたし。
もう・・・他の人に迷惑だからやめなって。言わないけど。
帰っていいかな。
店員さん、こそこそと二人を見て何か言ってるし。あれ絶対、私よりも二人の方がお似合いだとか言ってるんだ。で、私を見る瞳に憐憫があるのは不釣り合いだからで・・・・・・はぁ、惨めになる。
どれだけ自分に自信がないだって話だよね。ルキがいたら呆れられちゃう。きっと「相手を信じて、自分を認めなさい」とか言うんだろうなぁ。認めるって、難しいよ。
「・・・あ」
憂鬱な気分を抱いていたはずなのに、ソレを見た瞬間に吹き飛んだ。
花の形をした藍銅鉱のピアスと、蝶の形をした瑪瑙のピアス。
他のピアスよりも小ぶりで、それでも眼を引くデザインのそれ。花と蝶、二つで一つのそれはまるで私に相応しいものに見えた。・・・まるで花の乙女のためにあるようなピアスだ。
私は魅入られたようにそのピアスを凝視した。
派手さはない。
シンプル過ぎて目立たないだろうけど、気になって仕方がない。うう・・・欲しい、かも。でも値段が高い。桁が両隣のピアスに比べて多い。残念ながら、私のお金で買える代物じゃない。宝石って、どうしてこうも高いんだろう。はぁ。
「それが気に入りましたか、フィリア」
「あれ・・・いつの間に隣に?ギネアは?」
「負け犬は消えましたよ」
「え?は?」
「ああ、これはいいですね。フィリアの瞳によく似た、美しい瑪瑙です」
とてもじゃないが、私の瞳は瑪瑙のように綺麗な瞳じゃない。それでもカルナードは似ていると言う。この美しい瑪瑙と私の眼の色が。
・・・これは、恥ずかしすぎる。
生暖かい視線が感じるし、気恥ずかしすぎて蒸発してしまいそう。うう、顔が熱いよ。
「これにしましょうか。すいません、こちらを」
「はい、かしこまりました」
「あ、ちょ・・・カルナード!」
「どうかしましたか、フィリア」
柔らかく、慈しみに溢れた笑みに言葉が詰まった。・・・やっぱりカルナードの顔に弱い。それともこれが惚れた弱みなのかな?今度、ルキに聞いてみよう。惚気られる覚悟で。
「――――はい、フィリア。どうぞ」
「・・・・・・あり、がとう」
「さっそくつけてみましょうか。あ、私が穴をあけてもいいですか?」
「え?!」
「冗談ですよ。帰ってからにしましょう」
ピアスが入った小袋を持ち、私の右手を引いて店を出るカルナードをじっと睨む。冗談にしては、本気の声音だったんだけど?
「そうそうフィリア」
「・・・何?」
「装飾品の隠れた意味があるって、知ってますか?」
人通りの多い道を、カルナードと手を繋ぎながら歩く。
おかしいな。さっきは恥ずかしいと思ってたのに、今じゃ何も思わない。昔もこうして手を繋いで歩いていたからかな?それとも気持ちに変化が出たから?・・・確かに、心がぽかぽかするけど。
「隠れた、意味?」
自分の心に内心で首を傾げながら、カルナードの言葉に首を横に振る。
カルナードの左手が私の右耳に触れ、ちょっとくすぐったい。首を竦め、距離を取ろうとしたらぐいっと身体を引っ張られた。転ぶからやめて!
「今度、調べてみてください。きっと驚きますから」
「驚くほどの意味なの?」
隙間がないくらい抱きしめられたら、流石に恥ずかしいよ。人の眼も気になるし。
ぐいぐいっとカルナードの身体を手で押しながら首を傾げれば、何故か、そう何故か空いた手で顔を覆っていた。耳が赤いけど、自分の台詞に照れたの?ねぇ、照れたの?
「あ、やっぱり調べないでください」
どっちだよ。