花の乙女は平穏を愛す
これにて完結。
お付き合い、ありがとうございました。
「!?」
ぱちりと眼が覚めた。
「?」
ふかふか、とは言い難いが慣れ親しんだ柔らかい感覚を背に感じ、視線だけを動かして確認した場所が自室であることに安堵した。なんだか、随分と・・・変な夢を見ていた気がする。
そう、私がカルナードやアルト、リズどころかグランドール先輩にヴェルナンドと結婚する夢。なんて最悪な悪夢なんだろう。はぁ。
後者、二人なんて結婚か?と思うような夢だし。
グランドール先輩のアレは監禁だ。拉致監禁の犯罪行為だ。ヴェルナンドは異界?神様がいる空間に駆け落ちだし。てかあれ、実は死んでるって落ちなんじゃ。うわぁ・・・なんでそんな夢を見たんだろう。
秘められた欲求?
いや。
いやいや。
・・・いやいやいや、ない。
ないったらない。そんな欲求はミジンコ程にもないっ!
あー、嫌な汗かく。ゆっくりと上体を起こして、私は瞬いた。
「・・・?」
ベッドの端で、両腕を枕に寄り掛かるようにして眠るカルナードの姿。
あれ・・・?怪訝に思って窓を見れば、綺麗な青空。踊るように雲が空を渡り、鳥が楽しそうに鳴いている。いや、違う。そうじゃなくて。
「・・・・・・?」
私の記憶にある空は、綺麗な茜色だったはずなのに。なんで青空?
首を傾げ、視線を元に戻そうとしたら視界にアルトを見つけた。窓側にいるアルトはベッドに背を預け、両腕を組んだ状態で寝ている。
んんん゛?
「・・・・・・・・・?」
これはどう言うことだろうかとベッドから起き上がろうとすれば、壁側の方にリズがいた。しかも私と手を繋いだ状態で、片腕を枕に眠っている。
何、この状況?頭が真っ白になりそうだ。
「・・・えっと」
とりあえず、思考しよう。
現実逃避は後でも出来るからね。うん、大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・私の意識は正常だ。幼馴染三人に先輩や親友と結婚した記憶があるけど問題ない。身体もなんか・・・特に頭が痛いけど問題なし。異常はない!
・・・いやいやいやいやいやいやいや、落ち着け私。
結婚した記憶があることが異常だろうが!頭を抱え、何が問題ない!だと小声で自分を罵倒した。どうしよう、恐怖から身体が震える。
いやだって、平穏を愛する私が平穏とは無縁そうな奴らと結婚?なんて性質の悪い夢なんだろう。鳥肌立ってるよ。あ、悪寒が。眩暈と頭痛と腹痛がトリプルコンボとなって襲ってきた。胃も痛い・・・穴が開きそうなくらい痛いんだけど。うぅぅ。
あ、涙出てきた。
鼻をすすり、袖口で眼元を拭う。うぅぅぅ・・・誰か鎮静剤を頂戴。
どうして経験も記憶もない事柄で、こんなに苦しい思いをしないといけなんだろう。うーあー、頭痛が酷いよぉぉぉ。・・・んあ、そう言えば階段から落ちた記憶が。っは!?そのせいで記憶がおかしくなったのかな!うん、そうに決まってる!
それ以外、認めてなるモノか!
「・・・」
いや、でも正夢と言う可能性も。
「・・・・・・」
だったら意地でも回避しなければそんな未来!でもどうやって?まさか私のことが好き?と直球に聞くとか?異性としての好意じゃなければ自意識過剰だと馬鹿にされる落ちしか見えない。そんな未来は嫌だ。でも、聞かないと始まらないし。うぅぅぅぅ・・・胃薬欲しい。キリキリする。
あ!
そうだよ!アレがあるじゃないか!夢に出てた選択肢。
アレが見えたら・・・うん、全力で回避しよう。見えなかったら性質の悪い夢ってことで。・・・・・・どうか、どうか後者でありますようにっ!
「・・・・・・・・・っ」
ごくりと、唾を飲んだ。
おそるおそる視線を三人に向け、安堵する。――夢に見た選択肢はない。ほっ。
「姉さん・・・?」
擦れた声に、胸に手を当てたままカルナードを見る。
「ああ、漸く眼を覚ましたんですね。よかった」
・・・弟は、こんなに優しかっただろうか?
頬を引きつらせ、そそっと距離を取る。離れた距離に首を傾げ、身を乗り出して近づいてくるカルナードに息をつめた。そっと頬に触れられた手の温度に、心臓が早鐘を打つ。こんな態度、見せたことないのになんで今!
くっそ、夢のせいで妙に意識しちゃう。
「姉さん、どうしたんですか?」
「何でもない。ただ、距離が近いな・・・と思って」
「近いですか?」不思議そうに首を傾げる弟は、本当に弟なのだろうか?
「フィリア?」
次いで聞こえた声に肩がはねた。ぎこちなく視線を動かせば、案の定、アルトが安堵したように息をついている。だーかーらー!
「・・・起きたのか。ったく、心配させんなよ」
こんな態度、今まで見せたことないよね?!
カルナードとは反対の頬に手で触れ、輪郭をなぞるように撫でる仕草に背筋が震える。こんなこと今までやったことないよね!?精々が頬を引っ張る嫌がらせぐらいだよね!なんでそんな、そんな・・・慈愛のこもった眼を向けてくるの?心臓が、私の心臓が嫌な音を立ててるんだけど!動悸が酷くて!
これは何?
何でこうなってるの?
もしかしなくてもあの夢が正夢になっちゃうの?――勘弁してくれ!
「顔色悪いけど、まだ具合が悪いのか?それとも頭を打った障害でも」
「な・・・なんでもない。ただ、そう、ただ夢見が悪くて」
「それ、どんな夢だったのかな?」
身体が石化した。
そろり、そろりと視線をアルトから外し、声の方を見ればやはりリズが起きていて、真剣な顔で私を見ていた。・・・うわぁ、美形は何しても絵になるなぁ。現実逃避に思考がどこかへ飛びかけた。戻って来い、私。
「いや・・・本当、言う程の夢じゃないから」
話せる訳がない。
「あ、それよりも私・・・どうして寝てたの?なんか階段から落ちた記憶があるんだけど」
「覚えてないんですか?」
「覚えてないですねー」
困ったように笑ったら、溜息をつかれた。
これだよこれ!これこそが私が知る弟だよ!ああ・・・安心する。
「何ですかその嬉しそうな顔。やっぱり頭を強く打っておかしく」
「カルナード!」
「な、なんですか・・・!」
「カルナードはそのまま、是非ともそのままでいて!」
勢いのままカルナードの両手を握り、涙目で懇願した。
「は・・・?それはいったい、どう言う・・・」
「あ、二人もね。お願いだから私に優しくしないで、今まで通りの対応で。じゃないと私が困る。夢が現実になるとか絶対に嫌。断固拒否」
真面目に告げた私に、リズとアルトは顔を見合わせて首を傾げた。
うんうん、意味判んないよね。でも解んなくていいよ、むしろ知るな。
「頭強打して余計、おかしくなったか」
「待って。それじゃあ普段から私がおかしいみたいじゃない。撤回して」
「はいはい。それより何で階段から落ちたんだ?誰かに押されでもしたのか?」
アルトの言葉に瞬く。
やっぱり階段から落ちたんだと思いつつ、痛む頭を撫でた。何で、と問われても・・・生憎、その時の記憶がない。これを正直に話せば呆れた眼をされるのは必須。
でも・・・。
「覚えてない」
素直に、話してしまった。
我ながら吃驚。もしかして夢の影響だろうか。内心で首を傾げつつ言葉を続ける。
「と言うか、今日、何してたのかも思い出せない。私・・・何してたの?そして今は何時?」
三人が顔を見合わせた。
「・・・三日目の午後三時だよ」
リズが困惑気味に言う。
「フィリア、転落してからずっと昏睡状態だったんだ。魔法と月の乙女の力で危機から遠ざかってたけど、あのまま眠り続けていたら危ないって医者からも言われていたんだ」
「三日、昏睡、危ない」
「・・・・・・・・・・・・マジか」
「マジ」
「三日前の私、何があったんだ・・・?」
頭を抱え、唸るけど思い出せるはずもなく。
「とりあえず生きてるからいっか」
「それでいいのかよ」
「いーんです、生きてるからね」
「まぁ、確かにそうだけどね。フィリアらしいと言うかなんと言うか」
楽天的な私にアルトが苦笑し、リズが肩を竦めた。ただ・・・。
「あ、そのことですけど姉さんが転落した原因はすでに処理してますので」
カルナードが小さく挙手し、そう告げた言葉に瞠目した。
あれ・・・?なんだか夢で似たようなことがあった覚えが・・・。いやいや、気のせいだ。うん、そうに違いない。
「それよりも姉さん、さっきの言葉はどう言う意味ですか?優しくしないでって私、何かしましたか?確かに姉さんにはその、冷たい対応もしましたけど私だってしたくてしてた訳ではなく、むしろ私、姉さんのことを優しく甘やかしたかったんです」
「や、近い。近いよカルナード」
「姉さんが昏睡状態で意識が戻らない姿を見て、優しくしておけばって後悔した」
ちょっと落ち着こうか弟よ!
「なぁに抜け駆けしてんだよ、カルナ」
弟の姿が消えた!
・・・うわぁ、壁に激突してる。見習いとは言え、騎士に突き飛ばされたんだから当然か。いや、それにしてももうちょっとこう、手加減を。弟のイケメンフェイスに傷が出来たらどうしてくれる!・・・・・・傷があっても美形は美形だな、うん。
「だけどまぁ、俺も気になるな」
「?!」
ぐいっと乱暴に顎を掴まれ、アルトと強制的に眼が合う。
く・・・首が痛いっ。
「なんでいきなり優しくしないで、なんて言ったんだ?」
「そ、それは」
「誰かに何か言われたなら教えて。俺が片付けてくるから」
どうやって、とは怖くて聞けなかった。
冷や汗を流しながら、何だか嫌な展開になってきたぞと頭が警鐘を鳴らす。このままでは夢と似た展開になる予感がする・・・!
「アルト。フィリアが首痛めるから手、放してくれる」
「・・・無理矢理放してから言うなよ。俺が手首痛めたじゃねぇか」
「それは自業自得。フィリア、首、大丈夫?」
そっと右肩に触れて顔を覗き込むリズに、曖昧に笑って頷いた。
「ねぇ、フィリア。フィリアがやさしくしないで、って言ったのは夢が原因」
心臓が口から出たかと思った。
リズが苦笑し、アルトが呆れ、復活したカルナードが肩を竦める。
「図星だね」
「図星か」
「図星ですね」
煩い、どうせポーカーフェイスなんて出来ませんよ!リズの手を払いのける。
「夢の話、してくれるよね?」
拒否権はない。と言うような圧のある笑顔を浮かべるリズに私は観念した。白旗上げるからその表情、やめて。
ぽつぽつと、覚えてる限りの夢の出来事を語る。その度に頬が熱くなり、頭が沸騰したような錯覚を抱く。うぅ、穴を掘って埋まりたい。
これなんて羞恥プレイ?
しどろもどろに、上手く言葉に出来ない私の話をしかりと聞き終えた三人の顔が見れず、俯いて布団を強く握りしめた。穴を掘りたい。そして埋まりたい。
ここにはいない二人の話は、していない。
・・・・・・あれ、この分だと私、あの二人にも好意を持たれてる?
確かめるのが怖いから、気づかなかったことにしよう。私の精神安定のために。
「あー、なんだ」
ぽつり、とアルトが言う。
「夢を現実にしてみるか?」
「は?」思わず顔を上げた。まって、何で顔が赤いの三人共。
「そうですね、それもいいですね」
「は?」何故、三人共妙に嬉しそうな顔を?いや、嬉しそうか?
「夢でフィリアと結婚できたんだから、現実でもしたいよね」
「は?」どっちかと言うと、嬉しいけど悔しい、な顔だ。何それ?
いや、それよりも待って。
お願いだから待って欲しい。
「――――三人は、私のこと・・・・・・・・・」
この一言を口にすれば、元には戻れないと判る。
解るけど、尋ねずにはいられなかった。「好きなの?」
「好きじゃなきゃ言わねぇよ、あんなこと」
「私は姉さんを異性として好きです」
「初めて逢った時から好きだよ」
三人それぞれの言葉に眩暈がした。
いっそ、気を失って全てを忘れてしまいたい。あ、もう一度転落しようか。それか頭を強打して記憶を消そう。真面目に検討していたら、右手をアルトに、左手をリズに、頬をカルナードに掴まれた。
・・・なにこれ。
「フィリア、僕を選んで」
そう――リズが穏やかに微笑む。
「俺を選べ、フィリア」
そう――アルトが不敵に笑う。
「私を選んでください」
そう――カルナードが懇願した。
「わ、私は」
眩暈がした。
心臓が煩く鳴り響く。
「私、は」
泳ぐ視線を閉ざし、息を吐き出す。吸って、また吐いて。それを何度か繰り返して平静を得ようと試みるけどそうもいかない。三人の体温が近いせいだ。
顔が熱い。
眼を開けて、三人を見る。
期待した眼で私を見るな、馬鹿。視線をそらし、舌打ちをしたくなる。
「私は」
でも、何を言うべきかは解った。
この場にいない二人にも、同じようなことがあったら私はこう言うだろう。
「私は――平穏を愛します!」
だから諦めて!――――と。
とは言え、そんなことで諦める程度の想いなら早々に別の恋を見つけてるよね。って話で。結局私は根負けして――――いや、惚れていた事実に気づいて両想いになり、結婚することに。
恋と平穏を天秤にかけるなんて、無理だったんだね。
読む人によって、Goodであり、Happyであり、badなお話。
風味とかこんなend!と書きましたが、最終的には上記のように読む人によってendが違う。そんなお話をかけていたら嬉しいです。ちなみにこのendはnormalendです。誰と結婚したか不明なのはそれが理由。




