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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
選択肢の恐怖
3/30

☆と言う名の不幸

私達が暮らすルグナリア王国に古くからある、ルグル王立学園。

校章はルグナリア王国の王冠を被った双頭の鷲の国章に似た、王冠を被った梟が描かれている。

制服はシンプルに女子がワンピースタイプのセーラー服で、男子がブレザー。

学部を示す腕章――小等学部ならば梟の腹に〈小〉の字が入っているように、学部ごとに異なる。学年を示すのはネクタイの色で、一年は緑、二年は青、三年が赤となっているだけで、特にこれと言った特徴はあまりない・・・と、思う。

ちなみに日曜学校は六歳から十一歳までが通う事の出来る、その名の通り日曜に開く義務教育学校。

教師は場所を提供する教会の司祭やシスター達。

そんな日曜学校を卒業したら、ルグル王立学園の中等部に入学することが出来る。こちらの入学は義務ではなく、学びたいと言う意思があれば日曜学校を卒業してなくても十一歳ならば入学することは許されている。ルキみたいに通わない人も少数だがいるけど。

中学を卒業すればエスカレータ方式で進学、あるいは外部入学も出来る高等学部に、同じ方法で専門的な知識を修める専門学部へ進学できる。

ルグル王立学園は四つの学部がある学園で、王族貴族、平民からはては異国民であろうと平等に接し、教え、育て上げている。授業の内容は当然、日曜学校より濃く深い。

専門学部の単位を修得した者はより良い職に就け、平民でも重役になることが出来る。

ちなみに一番人気は王立図書館の勤務らしい。理由は不明だ。

さて、ルグル王立学園には学部だけではなく、三つの学科が存在する。

一般的な知識から雑学・生活の知恵なんかを教える普通学科。襟章は梟の腹に〈普〉の字。

知識だけではなく、騎士に必要な体力・武力・精神力を鍛える騎士学科。襟章は梟の腹に〈騎〉の字。

もはやエリートを育てる、と言っても過言ではない特進学科。襟章は梟の腹に〈特〉の字。

腕章と同じように学科が判るようになっている。

ちなみに私は中等学部からずっと普通学科在籍。

普通っていいね、素晴らしいね。成績をあまり気にしなくていいって、本当に楽。父さんと母さんは何か言いたそうな顔をしているけれど、私がどうあがいても特進学科に行ける可能性はないので諦めて欲しい。

普通学科万歳!

ついでに言えば中等学部のカルナードは成績優秀生と言う事で特進学科に在籍。見習い騎士のアルトは当然ながら騎士学科。リズも当然ながら特進学科。

本来、特進学科は王族や貴族、頭の良い生徒が通う学科だ。プライドが高すぎて嫌いなんだよね、この学科。リズやカルナードもよく在籍できるよ。尊敬するね。

私や一部例外の貴族は普通学科に在籍。ちなみにその理由は素行の悪さや、頭の出来――つまり成績不良な生徒だから。

貴族の恥さらしだと特進学科の生徒は見下し、自分達以外を哀れだと嘲笑するけれど普通学科二年を見習ってほしい。

同級生達は特進学科と違って威張らず、卑屈にならず、皆で楽しく馬鹿をやれる――そんな良い仲間なんだよ。

・・・と、逃避からそろそろ現実に戻ろう。

さて、ルキの家ではなく実家に強制帰宅されてから一日。

昨日の騒動を知っている騎士学科からは哀れんだ眼を向けられ、誰かから情報を得た特進学科からは奇異の眼を向けられ、二年以外の普通学科からは馬鹿にしたような眼を向けられた。一切、気にしてないけど鬱陶しいいんだよね。あの視線。

溜息をついて、普通学科二年の窓から見える光景をじっと見つめる。黄色い悲鳴を周囲から浴び、学園長に頼まれて育てている植物がある中庭を歩く二人の幼馴染。


好感度:■■■■■■■


見えた好感度の高さに、泣きたくなった。

眼頭を押さえ、俯くと余計に涙が出そうで・・・。ああ、これはもう×を選ぶべきかもしれない。貞操の危機と引き換えに、好感度をさげよう。

心の準備と護身用を手に入れてから。何がいいかな、防犯グッズ・・・。

「おいおい、物騒な眼をしてどーしたんデスよ?」

「・・・そうだね」右肩に手を置いた人物に視線をやり、嗤う。

「今、無性に力を使って誰かを茨の檻に一生、閉じ込めておきたい気分なんだ。ヴェルナンド、君が檻の中に入ってみる?」

「はぁ?!なんで俺が入んなきゃいけねぇんスか!」

「冗談に決まってるじゃない」

幼馴染や弟と比べれば残念な三枚目が、鋭い紺碧色の瞳を大きく見開いて喚いた。


Name:ヴェルナンド・ルディー Age:17

所属:ルグル高等学部二年 帰宅部

備考:ルディー伯爵家三男 花の乙女の悪友


紫色の髪は何故か右側だけ伸ばし、鈴のついた紐でみつあみにしている。ソレを弄りながら、ヴェルナンドがムッとしたように眉を寄せた。

「冗談でもやめてくんねぇスか?心臓に悪いんデスけど」

同年代だと言うのに、年下に見える幼い顔立ち(ベビーフェイス)。年上の女性から好かれる愛嬌を持った小等学部からの悪友は、猫背のせいで折角の長身を無駄にし、ぐったりと私の身体に寄りかかった。まるで猫が甘えるように、ぐりぐりと肩口に額を押し付ける。

アルトよりも背が高いため、体重が私にかかって重い。

「――で、何か用?」

「用って言うか」ヴェルナンドの視線が周囲に動く。「・・・他の奴らも心配してんデスよ」

「昨日・・・大事な植物、駄目になったんデショ?なのに何でもないように振る舞うから、アイツらも心配して・・・けど、直接聞けねぇから悪友の俺が聞きに来たんデスよ」

・・・本当に、普通学科二年は良い仲間だ。

苦笑し、照れくさそうに私から離れ、そっぽを向くヴェルナンドの頭を撫でた。

それとなく周囲を見れば、「ばらすなよ」とか「口の軽い奴め」なんて、ヴェルナンドが言ったのが事実だと知らせる台詞を口にする同級生の姿。ああもう・・・本当、普通学科二年は大好きだよ!

「ありがとう、心配させたみたいでごめんね?」

「別に・・・心配なんて」

耳まで真っ赤だよ、悪友。


好感度:■■■■■■


・・・ん?

これは、誰の、好感度・・・?心を温かくさせる優しさの中、唐突に冷水を浴びたように熱が冷えた。

頬が引きつり、慌てて周囲を見渡す。普通のステータスしか見えない。んん゛?

好感度があがる選択肢も、何もない状況で誰かの好感度が見えるなんておかしい。首を傾げた。ううん、謎だ。迷宮入りする予感しかない。

「心配するのは当然ですよ、フィリア」

後ろで甘く柔らかい、けれど芯のある声が聞こえて瞬いた。

・・・なんだ、今日は来てたんだ。驚きながら、声がした方を見る。


Name:ギネア・フェンデル Age:17

所属:ルグル高等学部二年 紅茶部

備考:フェンデル財団長女 花の乙女の親友


美しいピンクブロンドの髪を持つ、ルキに比べれば劣るが将来有望間違いなしの美少女が大袈裟な動作で、演技かかったように手を動かし、表情を柔らかく、まるで慈愛の聖女のように変える。・・・舞台女優になれるよ。

病弱で、滅多に学園に来られない親友は相変わらず、演技かかったことが好きだなと苦笑。

「わたくし達は仲間です。小等学部から共に学び、共に成長し、共に支え合った仲ですよ。確かな絆は家族や恋人にも劣らず、学園を卒業しても築いた(えにし)は切れないんですから」

眼を閉じ、息を吐き出した。

儚さに雑じった、年不相応の色気に同級生――主に男子生徒がごくりと唾を飲んだ。

「だからね、フィリア」

再び開けた瞳は、慈愛に満ちた言葉とは真逆に、紅色の双眸が獲物を狙う肉食獣のようにぎらついていた。

「貴女を害する人間がいたら、わたくし達に教えてください?」

そっと私の頬に両手で触れ、こつりと額を合わせる。

何故だか周りから黄色い悲鳴が・・・。

「二度と歯向かえないよう、再起不能にしますから」

「しなくていいから」

聖女みたいな笑顔で、何を物騒な。

「それより、今日は体調良いの?高熱で肺炎になりかけてたって聞いたんだけど」

「月の乙女の薬が効いて、もうすっかり良くなったのです」

「へぇ・・・ルキの」即効性の薬なんてあったっけ?「どんな薬?」

「今朝早く、お父様が頼み込んで購入した〈エリクサー〉、と言う名の秘薬ですよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・へぇ、秘薬」

「量は少ないけれど、少し飲んだだけで体調が改善したのです。凄いですよ、あの薬」

そりゃ、伝説級の代物だからね。

それを売っちゃうルキもルキだけど、買えるギリアのお父さんも凄い。流石は世界屈指の財団。病弱な娘のためにありとあらゆる薬を手に入れようと、世界を股にかけて商いをする豪商なだけはある。

「お、フィリア」

「え・・・?」

「幼馴染が公開告白を受ける見てぇスよ」

「あ、ほんとだ。相手は・・・アルト?リズじゃなくて、アルトなんだ」

「王族相手に公開告白なんてする勇気、相当自分に自信がないと無理ですよね」

「王族相手じゃなくても人眼がある場所でするのは、相当の自信がなきゃ無理っスよ」

まぁ、中庭にいる清楚系美少女は自分に自信があるのは間違いないだろう。で、アルトと付き合えると確信を持っているに違いない。じゃなきゃ、こんな目立つ場所で告白なんて考えないだろうし。

・・・もしくは、私に対する当てつけ?

別に私とアルト、ただの幼馴染なんだけど?あ、よくよく見たらあの清楚系美少女、随分前にトイレで私を嘲笑した女だ。確か・・・ふむ、特進学科の同学年か。こういう時、ステータスって便利。いらないけど。

「その顔、もしかしなくてもあの女と何かあったのですね」

「いや別に・・・てか、どんな顔」

「ふふ、わたくし程になれば、顔を見なくとも心の内は読めるのですよ」

「ギリア・・・、怖いっスよ」

「冗談、冗談ですよ!心の内まで読めませんが、感情を読むことが出来るんですよ」

「いや、それもそれで怖いっスよ。何?メンタリストにでもなるつもりデスか?」

あ、清楚系美少女がアルトに何か言ったみたい。

距離のせいか、はたまた声量のせいか会話はまったく聞こえないが、間違いなく告白だろう。顔が熟れたトマトみたいに真っ赤だし。

「うわ、泣きだした」

「あらまぁ、ふられたようですね」

ころころと楽しそうにギネアが言う。

ふった張本人であるアルトは元から興味がなかったのか、泣きだした清楚系美少女を無視して歩き出した。向かう先は――普通学科の校舎?

騎士学科の校舎は向こう側だけど、何か用でもあるのかな?首を傾げた私と、空を仰いだアルトの視線が合った。え・・・?

「フィリア、ちょっといいか?」

あれ?おかしいな。

さっきまで中庭にいたはずのアルトが、今、眼の前にいる。あれ?

「おい、嘘デショ?こいつ・・・、壁と木を使って登ってきたっスよ?」

「平然と二階の窓まで跳躍しましたね」

樹木をはしごに使うなと怒鳴るべきか、短縮して来るなと呆れるべきか。

「昼休みに食堂に来てくれ」

「え、やだ」

即答したらアルトの眉間に皺が寄っているが、それすら絵になる美形って凄いね。

格好いい・・・!と、同級生が小さく騒いでる声が聞こえる。女子だけじゃなく、男子まで騒いでるよ。あ・・・顔を赤らめさせてる男子発見、眼が合っちゃった。

大丈夫、ソッチの趣味でも変わらず接するから。今まで通りでいよう。

「要件を言わないから断られるんだよ、アルト」

どうしてこう、私の幼馴染は普通に登場しないんだろう。

アルトが教室に入ったと思ったら、リズまで窓から登場したよ。何、窓から登場するのが流行ってるの?危ないからやめてくれません?

「実はね、フィリア。君に頼みたいことがあるんだ」

「それなら今、ここで話せばいいんじゃない?」

「ここじゃちょっと・・・。それにカルナもいないと」

カルナードもいないと話せないことって・・・何?逆に怖いんだけど。

頬を引きつらせる私に苦笑し、リズがむにっと頬を引っ張った。なんで・・・?

「大丈夫、フィリアにとって良い話だから。だから、僕達と一緒に昼を食べよう?ね?」

「ひぇも・・・」

いつも昼食を一緒に食べているヴェルナンドとギリアを見ると、何故だかアルトが不機嫌になった。

「ふぅん。俺達よりもそっちと昼飯食うのがいいんだ」

もしかして、拗ねてる?

いやいや、そんな馬鹿な。私と食事が出来ないぐらいで拗ねるなんて、そんなこと。

「いつもそっちと食べてるなら、今日ぐらいいいだろう」

縋るように私に視線を送り、伸ばした右手で私の左手を掴む。驚いて一歩、後ろに下がった私の腰に手を回した。頬を掴んでいたリズの手が離れたことから、腰を抱くのがリズだと言うのは解った。

判ったけれど・・・これ、どう言う状況?

「そうだよ、一日ぐらいいいでしょ?」

「ぅえ・・・っと」顔の距離、近くない?!

「俺達と一緒は嫌なのかよ」

「あ、いや」耳元で喋らないでくれるかなっ!

ああもう――――羞恥プレイかこれはっ!

耐えられなくて昼食を一緒に食べることを了承した私に、同級生が可哀そうな子を見る眼で合唱した。不吉、やめて!

ちなみにヴェルナンドが不機嫌になり、ギリアが可愛らしく頬を膨らませていた。

私も・・・いつも通り、君達と昼食を食べたかったよ。







昼休み――。

憂鬱な気分で食堂に向かおうとした私の眼の前に、憎らしい選択肢が現れた。


▽食堂へ行く ★all

 中庭に行く ☆


これは中庭に行けと言うお告げだ!と言う事で、中庭に行くことにしたんだけど・・・まさか裏庭に強制連行されるとは。

しかも数人の女子生徒によって。

「騎士学科の女子って、ゴリラ並みの力があるんだ。鍛えるとああなるのかな・・・怖」

昨日のことも考えるに、☆を選ぶとトラブルが起きるんだろう。

で、☆を選びすぎると昨日みたいに私にとってとてつもない不幸な出来事が起きる・・・と。笑えないし、泣けない。今の状況は不幸でも何でもないから笑えてしまうけど。

「物置に閉じ込めるのって、テンプレすぎて笑える」

絶賛、古い癖に無駄に頑丈な物置に閉じ込められている現状。

いや本当、不幸でもなんでもないや。

埃とカビ臭さに鼻と口を手で覆い、物置を見渡す。狭い。物が乱雑に積まれて汚い。床になんか不気味な痕があるのがやだ。

扉に近づき、開けようとするけれど当然のように鍵がかかって無理。

「まったく、ご丁寧に〈魔封じの護符〉を使って、魔法が使えないようにするなんて・・・・・・暇なのかな」

発動に時間がかかる魔法を封じる護符を、物置の至る所に張った根性は認めよう。

無駄ではあるけど。

「神に愛された者は、魔法とは違う力を使えるってこと・・・忘れてるよね」

まぁ、普段から力なんてあんまり使わないから忘れれれてる可能性は高いけど。それはそれで別にいいんだけど――この展開、正直飽きた。

これで何度目だと思ってるんだろうか。

いい加減、何かしらの手を打つべきかな?・・・あ、その時は普通学科二年の仲間に相談してやろう。一人でやったら、ギリアを筆頭に怒られる。

「とりあえず、出よう」空いた左手を持ち上げ、人差し指を扉に向ける。

私を閉じ込めたいなら、植物がない砂漠か海に連れて行くことだね!絶対に行かないけど。

「樹よ、活性せ」

「姉さん、大丈夫ですか!」

私が何かをする前に、扉がひしゃげて吹き飛んだ。

右側を物凄い速さで通り過ぎた扉は原型を留めておらず、派手な音をたてて物置の壁とぶつかった。うわ、埃が舞って鼻が・・・っ!

「怪我はありませんか、姉さん」

「へ、へぐしょ!・・・・・・ああうん、怪我は・・・ない、よ」

ただ、力を使おうと思った矢先なので消化不良はあるけれど。・・・何気にストレス溜まってたのかな。あと、鼻がむず痒い。やばい・・・鼻水たれそう。

息を吐き出し、指先に集めていた力を霧散した。小走りで外に出て、弟を見上げる。

「よくここに私がいるって判ったね」

「姉さんのことは、私が一番知ってますから」

え、それこわい。

「――と、言うのは冗談で」冗談に聞こえなかったんだけど。

「姉さんを迎えに行ったら中庭で騎士学科の女生徒に囲まれまして、急いでいると告げたのですが解放してもらえず、どうしたものかと悩んでいたらとある女生徒がこぼしたんです。――『あんな女、待つだけ無駄よ』と、ね」

うわ、眼が笑ってない。

「それで姉さんに何かあったのだと察し、少し脅しをかけたら素直に話してくれたんです。姉さんを裏庭にある物置に閉じ込めたって」

「・・・へぇ、そうなんだ。ありがと」

「うっひゃっひゃ・・・こんな所で逢引ぃ?姉と弟による禁断の愛が生まれるのかぁい?」

この、独特な笑い声は――――!

「だぁめだよぉ?禁断の愛は、悲劇しか生まないからねぇ」

相変わらず、無駄に色気と艶のある声だ。

そしてテンションが高い。


Name:グランドール・レンディス

所属:ルグル高等学校三年 奇術部部長

備考:レンディス侯爵家次男


顔の書かれた紙袋で自分の顔を隠した、長身巨躯のグランドール先輩は綺麗に、赤と青でネイルアートされた指で私を指さした。女子力高いな。

「でぇもぉ、禁断の愛じゃなくてぇ、姉弟愛だったら美しいから問題なっしぃ!」

着崩された制服から覗く胸板は、アルトよりも肉体を鍛え上げているのが見て判る。無駄なく、綺麗についた筋肉を維持するためにいったいどんな・・・なんか、筋肉フェチみたいでやだな。

「で、実際の所はどうなんですか?」

なんでテンションが落ち着くと、普通の喋り方なんだろう。テンションが高くなると独特な笑い方と、あの奇妙な話し方なのに。二面性・・・かな、やっぱり。

「禁断の愛じゃありませんよ」カルナードが私を背に隠した。「姉弟愛でもありませんけど」

「私達、血の繋がりは父親しかありませんから。異母姉弟なら結婚しても法的に問題はないですよね?」

まさかの台詞に弟を凝視した。・・・くぅ、背後に隠されたせいで顔が見えない。

「法を司るレンディス侯爵家の方なら、よくご存じのはず」

「・・・確かに、異母同士の婚姻は認められてますね。けど、血の繋がりが近いことは事実なので、私はあまりおススメしませんけど」

紙袋で表情は判らないけれど、グランドール先輩が苦笑している気がした。

――それよりも。

「なんでここでソレを言うの、カルナード!」

「なんで?・・・・・・・・・・・・知りたいですか、姉さん」

あれ、寒気が。


▽「知りたい」 ×

 「別に」 ☆


おおう、カルナードの眼が・・・不吉な色を宿して輝いている。

これは×を選んだら駄目だ。私の防衛機能か本能か、良く解らないけれど警鐘を鳴らしてる!これは×を選んだら恐ろしい眼に遭う!

かと言って☆を選ぶのも・・・はぁ、頭が痛い。ついでに胃も痛い。・・・あ、確か昼食を一緒に食べる約束だったっけ。胃が痛いからってことでキャンセル、出来ないかな?無理か。

・・・女は度胸、と言う事で☆を選ぼう。嫌だけど。

「別に」胃薬欲しい。「知りたくないからいい」

「それは残念です」

肩を竦めた弟の眼からは、先程の色は消えていた。消えてはいたけど・・・浮かべる笑顔が妙に怖い。何かを企んでいるような、そんな笑顔を姉に向けないでくれるかな?

ううぅ・・・帰りたい。

平穏だった過去に帰りたい。

「フィリアちゃん、昼食はまだですか?まだなら私と一緒に食べません」

「残念ながら先約がありますので諦めてください、先輩。行きましょう、姉さん」

「え?や、ちょっ、引っ張らなくても・・・!あ、っと、グランドール先輩。また今度でも誘ってください!」

「ええ、そうします」

あれ?なんか腕を掴む力が強くなった?心なしか、歩みも早くなったような・・・ええ?

なんでと不思議に思い、遠ざかるグランドール先輩から、前を歩くカルナードの顔を伺えば・・・。思わず眼を見開いた。

「もしかしなくても機嫌、悪い?」

「そうですね、姉さんのせいで悪いです」

私のせいで?

「まさか、グランドール先輩にまた誘ってください。って言ったから?」

「・・・」

「え、当たり?」

「私とは入学して以来、一度も昼食を共にしたことがないのにどうしてあの人の誘いに乗るんですか。私の誘いには頷いてくれないと言うのに」

「いや、朝と夜・・・いつも一緒に食べてるよね?」

「それでは足りません」

年相応に頬を膨らませ、不機嫌だと解りやすく表情に出すカルナードの姿に唖然とした。足りないって、私にどうしろと・・・?

困惑する私に、足を止めたカルナードが向き合う。

「姉さんにはずっと、私の傍にいて欲しい」

「ずっとは無理だよ」

首を横に振ってそう言えば、空いた手が頬に触れる。掴まれた腕が、より一層強く握られて痛い。顔をしかめ、カルナードを見上げて瞠目した。

どうして、私より痛い顔をしてるの。

「姉さん、私は――――」

こつり、額と額を重ねて苦しそうに言葉を吐き出したカルナードは、最後まで言葉を紡がず、変わりに息を吐き出した。

「・・・行きましょう、姉さん。リズさんもアルトさんも待ってます」

ぎこちない笑みを浮かべるカルナードは、私に何を言いたかったんだろう。

私に何を、望んでるんだろう。

判らないまま、眼に優しい緑に囲まれた食堂に辿り着いた。・・・ついちゃったよ。

リズとアルトがいるのは、食堂の二階にある貴族専用スペースの、奥にある王族専用部屋だろう。予想はつくけど、そこに行くまで私・・・腕、掴まれたまま?逃げないから放してくれないかな?

「カルナード」

「放しませんよ?」

にこりと微笑んだカルナードに、食堂にいた女子生徒が黄色い悲鳴を上げる。そして私に嫉妬の視線を向けて・・・わぁお、ナイフとフォークを握って殺気を飛ばす子もいるなんて。物騒すぎて畏縮しそう。

まぁ、いつものことだから気にしないけど。

慣れによる無視を行いつつ階段を上り、無駄に一階に比べれば装飾が細かで金をかけてるのが丸わかりな貴族専用スペースを通り過ぎ、そこと比べれば質素な王族専用部屋の扉の前に立つ。ううむ、国章が刻まれた扉は何と言うかこう・・・威圧感がある。

あと、地獄の門に見えるんだけど。

・・・よし、胃が痛いし今日は無理ってことで。

「遅かったな、フィリア」

「なんてタイミングの良い男」

「?そりゃ、どうも」

扉を開けたアルトのせいで、逃げることが出来なくなった。

っは!もしかして☆の不幸はこれを意味していたんじゃ・・・・・・訳はないか。どうやら私は大分、疲れてるみたい。今日はゆっくり休もう。

「ああ、よかった。ちゃんと(・・・・)来てくれたんだね、フィリア」

ちゃんと(・・・・)・・・・・・。

「今日の昼食はフィリアの好きなクリームオムレツにしてもらったよ」

「き、キノコたっぷり?」

「キノコたっぷり、シェフ特性のクリームオムレツ」

リズがテーブルに置かれていたベルを鳴らすと、奥の部屋からカートを押した一人の料理人が現れた。あ・・・あの素敵おひげの料理人は!

「お久しぶりです、フィリア様」

「・・・・・・そう、ですね」

「随分とお美しく成長されましたね」

「ありがとうございます」

よもや、王族専用の料理長を呼ぶとは。

お世辞に頬を引きつらせ、綺麗に白く染まった白髪すら美しい、外見にもこだわりを持つ料理長の姿は私が五歳の頃からなんら変わってない。・・・バランスの良い食事のおかげ?

音を立てずにテーブルに置かれた、出来たてのクリームオムレツ。

見てるだけでお腹が・・・っ。

「さぁ、フィリア。座って」

促されるままに席に座り、真正面にいるリズに視線を向けた。

リズは左に座るアルトに眼を向け、右に座るカルナードを一瞥した。視線を向けられた二人が何やら頷いたようだけど・・・・・・食べていいかな?

料理長が淹れてくれた紅茶・・・匂いからして、アールグレイかな?いい香りが余計に胃袋を刺激する。とりあえず紅茶、飲んでいいよね?

「・・・ふわぁ、すっきりとした甘みが美味しい」

「帝国産の茶葉ですよ、姉さん」

「帝国って・・・ヘルムヴェルド帝国の?紅茶生産で有名な国のなら、確かに美味しいね」

普段は自家製のハーブティとかレモン水なんかを飲んでるけど、やっぱり紅茶って美味しい。これ、家でも飲みたいな。この甘さなら、甘くて飲めなかったミルクティが飲める気がする。・・・カルナードに頼めば、家に取り寄せてくれるかな?

ちらりとカルナードを見れば、微笑ましい顔をして私を見ていた。

「家にも取り寄せてますから、大丈夫ですよ」

見透かされていた・・・!

でもありがとう、本当に嬉しい。

「――――それじゃあ、食事が冷める前に食べてしまおう」

その言葉には大いに賛成だけど、話があって私を昼食に誘ったんだよね?まさか紅茶のことだった、なんて・・・言わないよね?

首を傾げる私にリズが苦笑し、アルトが肩を竦めた。

え、何・・・?

「食べ終わってからでも遅くはねぇだろう。ほら、涎が垂れる前に食うぞ」

「それは誰の涎なのかな?!」

「じゃれ合うのは後で。――頂こうか」

リズの言葉を合図に食事を開始し、時折、雑談をしながら食べ進め・・・最後の一口を食べ終えた私を待っていたように、アルトが手を叩いた。突然のことに驚き、スプーンが床に落ちた。やっちゃった!もう、いきなりなんなの。

あ、料理長・・・お手数をかけました。

「そう睨むなよ。食後のデザート、食べるだろ?ちなみにデザートはレモンパイだ」

「・・・それ、アルトが好きなデザートだよね?私、甘いのはちょっと」

「甘さ控えめに頼んだから、お前も食えるよ」

「甘い物が好きなアルトが、甘さ控えめを頼んだの・・・!」

「おい、なんでそんな驚くんだよ」

眉間に皺を寄せるアルトには悪いが、驚かない方がおかしい。

砂糖にはちみつをかけて焼いたハニートーストが大好物で、一人でザッハトルテをホールで食べきることが出来るアルトが・・・甘さを控えたんだよ?具合でも悪いか、何か変なモノを食べたのかと心配になってきた。


▽「具合でも悪いの?」 ×

 「まさか・・・ダイエット?」 ☆


・・・体調を心配して×ってどうなんだろう。

選択肢なのに選択できない状況に本気で泣きたくなる。まだ×を選ぶ心の準備も、道具の準備も出来てないので☆しか選べない。泣きたい。

「まさか・・・ダイエット?」

「ぶはっ!」

「っ・・・!!」

頭を押さえつつ告げれば、紅茶を飲んでいたアルトが噴き出した。汚い。

咳き込む声も聞こえ、視線を動かせばリズが咽ている。酷く苦しそうだけど、大丈夫かな?・・・そう言えばカルナードも紅茶を飲んでたけど、アルトみたいに噴出してないよね?あ、噴出してはない・・・みたいだけど、なんで口元を覆ってプルプル震えてるんだろう?

ん?もしかしてリズもカルナードも、笑いをこらえてる?

なんで?

「誰が・・・!なんで俺がそんなこと!!」

「え?」

「俺のどこを見てダイエットが必要なんだよ!」

「え・・・と、内臓脂肪が増えたら必要じゃない?」

「増えてねぇし!・・・ああ畜生!そんなこと言うなら、お前に合わせて甘さ控えめになんて頼むんじゃなかった」

あ、拗ねた。

「甘い物全般得意じゃないから、気持ちだけで十分だよ。気遣ってくれてありがとう」

「・・・ふん」

頬杖をつき、眼の前に置かれたレモンパイを手づかみで食べるアルトの機嫌はまだ悪いようだ。そっと、私の分のデザートも渡す。

アルトは皿を見て、私を見て、鼻を鳴らしてそっぼを向いた。あれ?

食べていいんだよ?私の分も遠慮せず、昔みたいに奪うように食べてもいいんだよ?怒らないし、むしろ食べてくれるとありがたいんだけど。

困惑してアルトを見る私に、リズが苦笑した。

「フィリア、アルトは君と一緒に好きなモノを食べたいんだよ」

「・・・は?」嘘でしょ?

てか、好きなモノを一緒に食べたいって・・・どこの乙女?アルトは実は乙女属性があったの?信じられなくてアルトを注視すれば、耳どころか首まで真っ赤に染まっていた。

「これ以上はアルトの課題だね。さ、本題に移ろうか」

「そうですね。これ以上は手を貸す理由もありませんし」

「・・・別に、俺は」

三人にしか解らない話をしないで欲しい。

困惑に周囲を見渡せば、厨房に続く扉の前に立つ料理長が微笑ましい眼を向けている。まるで全てを悟ったようなその笑みに、何故だろう、奇妙な恥ずかしさを覚えた。抱いた感情を誤魔化すよう、紅茶を飲む。

冷めても美味しいなぁ。

「実はね、フィリア」

あれ、もう三人だけの会話は終わり?

「森緑帝が良いモノを父上に与えてくれたんだ」

「でも良いモノって王弟に与えたんでしょ?私に関係あるの?」

瞬き、首を傾げた。

すればリズが意味深に微笑み、懐から国章が刻まれた小袋を取り出した。中身が大きいのか、それとも沢山入っているからなのか、ぱんぱんではち切れそう。

「森緑帝が父上に与えたのは――種だよ」

「種・・・・・・?」

「そうですよ、姉さん。昨日、燃えてしまった植物の種です」

「!」

瞠目した。

だってあれは入手が難しくて、なかなか市場に出回ることのない貴重価値の高い種だ。それを森緑帝がどうして・・・?龍が使えると言う、不思議な力の恩恵?いや、だとしても。王弟に与えたそれがどうして、ここにあるの?

「父上がフィリアに渡すよう、僕へ預けてくれたんだ」

椅子から立ち上がり、私に近づいて小袋をしっかりと、両手に握らせるリズを見上げる。ずしりとした重みを感じ、畏れ多さに身震いしそうだ。


▽「貰って・・・いいの?」 ☆

 「そんな、貰えないよ」 ×


そんな畏れも選択肢のせいで、一瞬で消えたけど。

個人的に「そんな、貰えないよ」と言いたいけれど、×がある時点で除外。

ああもう!森緑帝が王弟へ与えたものを、どうして私が・・・!頭を抱えたい心境だけど、それよりも胃がきりきりと痛んで泣けてきた。

ああ、これで連続☆か。

嫌な予感しかしない。

「貰って・・・いいの?」

これ以外を選べないのが辛い。

「だってこれ、王弟へ森緑帝が与えたものなんでしょ・・・?私が貰っていいものじゃないよ」

「気にしなくていいんだよ、フィリア」

「でも」

「『秘薬を生み出す方法を探れ、失敗しても何度でも挑戦しろ。種なら無限に森緑帝から与えられた』――って、父上が言っていたから本当、気にしなくていいよ。むしろごめんね?こんな条件でしか種を分けられなくて」

開いた口から言葉は出ず、私は俯いた。

両手に持つ小袋を注視し、ふるりと首を横に振る。好意は素直に受け取っておくべき、なんだろう。いや、これは好意じゃないな。王弟としては花の乙女としての仕事を果たせ――って言いたいんだろうなぁ、たぶん。もしくは、昨日のことを気にしてくれたか。

息を吐き出し、視線を上げる。困った顔のリズが視界に飛び込んできた。ち・・・近いっ。

「よ、用事がこれなら別に昼食一緒じゃなくてもよかったんじゃない・・・!カルナードがいなきゃ話せない用じゃないよね?」

「ああ、それはね」

だから顔が近いんだって!

「実は――――」

言葉を遮るように勢いよく、壊れるんじゃないかと思うほどに強く、扉が開けられた。いや、壊れてるよアレ。蝶番が飛んだし。

視線はリズから扉に向き、冷静に壊れた扉を支える見覚えがある老執事に瞬いた。

「・・・ディオ?」

そうそう、ステータスにもその名前が――――で、はなくて。

「兄上?そんなに息を切らして・・・何かありました?」

扉を壊した張本人であり、リズの兄である王弟の第一子の姿に首を傾げた。


Name:ラズベリス・ガルム・ガルド・オーフェ Age:23

備考:ニブル帝国王弟第一子 槍の使い手

その他:“ラズベリー”呼びが死ぬほど嫌い


見た目は王弟にそっくりで、瞳の色は王弟妃と一緒なリズの兄・・・だったはずなのに、どうしてだろう。全体的に丸い。恰幅が良いとかそういう問題じゃない。無駄な肉がついて・・・そう、太ってる。

おかしいな。

記憶にあるラズベリス様はもうちょっとスマートで細見の美形だったはずなのに。いや、太っても顔立ちは王弟そっくりなので整ってはいるんだけども・・・こう。何と言うか。

「久しぶりに運動したから、スタミナ切れて息切れ起こしたんでしょう。だから適度な運動をと・・・申したのに」

あれ?動じてるのは私だけ?

平然とラズベリス様に話すアルトに、やはりあのデ・・・ごほん、丸い男性は間違いなくラズベリス様なんだ。・・・嘘でしょ。

「一か月ぶりにお姿を見ましたが・・・また、ストレスで過食したんですか?太りやすい体質なんですから、気を付けた方がいいかと思いますよ?」

そうか、ストレスのせいで太ったんだ。・・・そんな情報、私は知らないんだけどどこで知ったの、カルナード?

「えっと・・・ラズベリス様。とりあえず、脱水を起こさないように水、飲みません?」

「・・・・・・もらおう」

二年ぶりの幼馴染の兄は、かつて想像していた未来予想図の姿とはかけ離れていた。

これ、ラズベリス様の親衛隊が見たら卒倒ものじゃないかな?・・・親衛隊の女性が見てないことを祈っておこう。見てたら阿鼻叫喚地獄だ、たぶん。

ぐぃっと豪快に水を飲み干し、お代わりを要求したラズベリス様。

ううん、見れば見る程・・・かつての記憶と違いすぎる。例えるなら――そう、百年の恋も冷めるレベルかもしれない。

「それで、兄上。いったいどうしたの?確か今日は帝国の外交官が火の賢者を連れ、父上に逢いに来る日だよね?」

「そんなもの!アレ(・・)以上、父上を刺激できないから強制的に終わらせたに決まってるだろうがっ!」

強制的にって、どう言うこと?帝国とは至って良好関係だったはずだけど。

「それはどう言う・・・?」カルナードも疑問に思ったようだ。

「差し支えなければ、私達にも教えてくれませんか?」

「ああ、勿論だ!むしろ聞いてくれ!」

そんな切実な声で・・・。

開いている席に座ったラズベリス様は、両肘をテーブルにつけて指を組んだ。双眸から疲労感がにじみ出ている。・・・なんか、怖い。老執事さんが静かに紅茶を淹れている。あ、ご丁寧にどうも。

「帝国の火の賢者が・・・父上に喧嘩を売った」

「え゛・・・あっつ!」

持ったカップから力が抜け、紅茶が服にかかった。うわ、間抜け!慌てる私に冷静に老執事さんが対処してくれる。ありがとうございます、すいません。

制服は後で洗濯するので、お気になさらずに。

「大丈夫、フィリア?」

「だ、大丈夫・・・だけど、え?それって・・・事実?」

「・・・流石に冗談だと思うけど」

信じられないと首を横に振るリズに、ラズベリス様が溜息を吐き出した。

「俺も信じたくないが、この眼ではっきりと見て、聞いた。悲しいが――現実だ」

生気を失った眼をしたラズベリス様は、実に失笑が似合っている。

「自殺志願者ですか、その方」

「・・・うわ、ないわ」

ぽつりと呟いたカルナードの言葉に、アルトが頬を引きつらせた。

「ちなみに兄上、喧嘩を売った理由は?」

「・・・『私ですら相手にしてくれないのに、お前みたいなのが焔紅龍を降せるはずがない。そもそも、なんだその女は!王弟の妃?・・・っは、お前みたいな男に相応しい下女だな。いや、遊び女か?だとしたら大層、あそこの具合がいいんだろうなぁ』と、出合頭に言いやがった」

「殺していいかな、ソイツ」

リズが静かにキレた!

親を貶されて気持ちは解るけど、隠し切れない怒気が心臓に悪いから抑えて。小心者には卒倒ものだから、本当、殺気は抑えて。無理なら隠してっ。

リズの怒りに連動したように魔力が大気を刺激し、空気を冷たいモノへと変える。見えない刃に肌を刺される、ぞっとする寒気を覚えた。身体が震える。

「・・・ああ、ごめんね。フィリア」

身体を震わす私に気づいたリズが、殺気を霧散させた。

それでも身体の震えは収まらず、肌がジンジンとまだ痛みを訴える。

「注意をする前に気づいたことは良いですが、姉さんがいる場所ではやめてください」

いつの間に席を立ったのか、私に上着をかけたカルナードが静かに言う。

「二度はありませんよ」

聞いたことのない、低い声に驚いて震えが止まった。

思わず弟を仰ぎ見るも、普段と何ら変わらない表情。さっきのは聞き間違いかな?と思うほどにいつも通りで・・・それが逆に怖い。

「まぁ、それでフィリアに嫌われたら俺としてはありがたいけどな」

「そうなったらアルト、カルナも全力で道連れにするから。・・・それで、父上はどうしたんです?勿論――躾はしたんでしょ?」

「ああ、当然だ」

・・・当然なんだ。

「じゃあ、僕が帰ってから話せばよかったんじゃない?わざわざここに来てまで伝える内容じゃないよね?」

「確かにそうだな。・・・早急に伝えなければならないことがある、と言う事ですか?」

畏まった話し方のアルトって・・・・・・気持ち悪い。

内心で呟いた言葉に感づいたのか、それとも偶然か、アルトと眼が合ったのでそっとそらした。・・・不自然に思われなきゃいいな。

「ああ・・・躾けた後に火の賢者が言った台詞が問題だ」

あの、ラズベリス様。ちらりと私を見たのは、何でですかね?うう、嫌な予感しかしない。

「半泣きになって、『こんな野蛮な男がいる国に神に愛された者を、特に花の乙女を置いておく訳にはいかない!速攻、聖国に連れて行く!花の乙女はどこだ!!』と、喚きだして。今、外交官と叔父上に宥められている」

「花の乙女って・・・・・・・・・私、を?」

自分を指さし、首を傾げた。

聖国って、アルティナ聖国って言う――地母神を祀る教会の総本山のことだよね?暮らす民は熱心な信者で、神に愛された者を至宝のように扱うと言う・・・。そこに私を連れて行く?何で?

「姉上、火の賢者と知り合いですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・逢った記憶はない、かな」

「本当か?」

「あのね、アルト。そもそも私、ルキ以外は一般的に出回ってる情報しか知らないから。他国の神に愛された者のことなんて、まったく知らないから。だから記憶にはない!逢ったこともない!・・・はずだと思う」

「そうだね。この国で出回ってる情報は新聞や情報誌に載る写真やプロフィール、何を成し遂げ、何に挑戦しているか。他国については男か女、ぐらいの情報しかないからね」

リズが肩を竦め、何か考えるように顎に手をあてた。

「あちらが一方的に知っている可能性もあるね」

「ですが、どうして姉さんを・・・?」

カルナードの疑問はもっともだ。

情報でしか知らない私を、どうして火の賢者が指名したのか。解らないけど、聖国に行くつもりはまったくない。

行くなら一人で行ってくれ。

「外交官は帝国から離れられては困ると何とか説得し、叔父上も聖国に神に愛された者を渡すのを嫌がって尽力している。が、いかんせん相手はまだ十歳の子供。力の制御も儘ならず、癇癪を起して城を燃やしているんだ」

「十歳・・・!」いや、驚くところはここじゃない。「城を燃やしたって・・・それ、大丈夫なんですか?」

「父上が鎮火した」

即座の返答に、私はあれ?と瞬いた。

神に愛された者の力って、簡単に無効化できたっけ・・・?

「空の乙女である母上が力を貸したから、簡単に消えた」

いや、それでも難しいと思うんだけど。・・・もう、王弟最強だからで完結させちゃおう。理不尽も不可解なこともこれで納得できるってもんだよ。きっと。

「事態を重く見た・・・と言うより、母上の懇願によって俺は花の乙女――フィリア・エルゥルを迎えに来た」

「は・・・い?」

「火の賢者を説得し、帝国へ帰還させろ。また、国を離れ、聖国へ行くことは許さない」

いや、行く気はないんですけど。

城にも他国にも。その思いで首を横に振るけれど、ラズベリス様は強く、それもう逃がさないとばかりに強く両肩を掴んできた。い・・・痛いっ。

「拒否権はない。俺と共に城に来てもらうぞ――――父上が本気でキレる前に」

そっちが本音だな!


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