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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
route:リズウェルト
21/30

3

――――と、思ったものの。

幼馴染に依存しているリズが私達に婚約者のことを何も話さないのはおかしい、と言う事実に気づいた。よっぽどのことじゃない限り、「え、それ話していいの?」と思うような内容ですら話してくれるからね。今思うとその時点でもう、依存度が半端なかったんだなぁ。

・・・と、言うことから考えるに、これってどう言うことだろうか?

ちょっと過去を思い出そうと唸ってみた。

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・そう言えば、昔に婚約者()作らされた。とか言っていた気がする。

かなり不本意そうな顔で、かなり嫌そうな口調で、かなり苛立っている態度で。

そうだ、そうだ。確かに聞いた。

十歳ぐらいの時に聞いた記憶があるよ、私!いやぁ~、覚えてるもんだねぇ。

「あのね、フィリア。コレ(・・)は聖国が勝手に決めた相手であって、僕も父上も母上だって了承してない、口約束だから。そもそもお互いにそんな感情ないからね。簡単に破談に出来る約束だ。拘束力皆無で、まったく意味がない代物なんだよ」

婚約者がいたと言う事実に胸を痛めたけど、必死に否定するリズを見ていたらなんだろう。逆に王太女が可哀そうになってきた。

「それに僕、フィリア以外の女性は母上を抜かして皆例外なく、カボチャにしか見えない」

眼科に行け。

「何よりアレ(・・)は」

アレ(・・)と言うのは、もしかしなくてもわたくしのことでしょうか?でしたら随分と酷い人ですね。そう思いませんか、花の乙女」

話を振られても困る。

曖昧に微笑み、首を傾げたらそれで満足したようでさらに王太女が言葉を続ける。

「わたくしだって、幼馴染が好きで好きで好きすぎて囲うよう目論んで、実行しようとする男になんて興味はありませんのよ。幼馴染に依存しすぎて、息の仕方すら忘れたような方なんてごめんですから」

なんで、リズが幼馴染に依存してるってこと知ってるんだろう。言葉ではああでも、やっぱり興味があるんじゃ。

顔を覆っていた両手を退け、じっと王太女を見つめる。

・・・駄目だ。アルカイックスマイルの微笑みからは何も読み取れない。

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ、花の乙女。わたくし、心の底から本当にリズウェルトに興味の欠片もありませんので」

力一杯に言われた。

それはそれで・・・・・・なんか、やだ。

「だってわたくし、リズウェルトよりもラズベリスの方が好みでして、特にあの、無駄に肥えたお腹を見るとつい・・・」

つい、なんだろう。

何で色っぽい流し目をして遠くを見てるんだろう。

仕草一つ一つがエロティックだ。ルキよりもエロい人がいたよ。服装はマシなのに。同姓なのに胸が高鳴り、頬に熱が集まっていく。うぅ・・・くらくらする。

もうね。王太女が魅了の魔眼を持っている、って言われても信じちゃう。

「豚のように泣かせたくなってしまって・・・。うふふ」

熱が冷めた。

「わたくしに踏まれ、苛められ、蔑まれて惨めに泣く姿を想像するだけで、ああっ!」

この人アレだ。

嗜虐趣味の変態さんだ。間違いない。

眼をつけられたラズベリス様に心の中で合掌し、私はそっと息を吐き出した。この発言を信じるなら、リズは眼中にないらしい。人の好みはそれぞれだけど・・・・・・うん、趣味もそれぞれだね。

ちらりと見えたステータスに私は頬を引きつらせた。


その他:普段は特大の猫を被る嗜虐趣味の愉悦好き。


なんだこれ。

こわっ。

性質悪すぎて引くレベルで怖いよ、この人。

こんなのが王太女なんて・・・・・・聖国は自滅したいのかな?いや、性格はアレでも能力的には素晴らしいとか。王弟みたいに。なら安心かな?

「変態だからフィリアは近づかないように。いいね」

言われなくても進んで近づこうとは思わない。

・・・中身を知らなかったら近づいたけど。

「それで、妖精を使ってまで夢でフィリアにあった理由は何?場合によっては、容赦しないよ」

「うふふ・・・返り討ちにしてあげますわ」

空気が・・・冷たい。

眼の錯覚でなければ、吐き出す息が白い。おかしいな。

今はまだ、冬季じゃないんだけど。頬が引きつった。

火の乙女が二人の発する冷気に身体を震わせ、「やっぱり来るんじゃなかった」と真っ青な顔で呟いている。本能のままに来るからだよ。自業自得、諦めろ。憐れみの眼で一瞥し、リズの腕を軽く引いた。

「ねぇ、さっきから変なこと言ってるけど、どう言うことか説明してくれる?」

「変・・・?ああ、聖国の王族――女系限定だけど夢を渡れる特殊能力があるんだ。それは精霊を介して行い、夢の相手の運気を奪うことで発動できるらしいんだ」

その、変な能力ってまさか。

考えずぎ・・・だよね。うん、そうであることを祈ろう。

「もっともそれは能力を使いこなせていない奴がすることで、使いこなせれば精霊も運気も奪わずに夢を渡ることが出来る。そうでしょ?」

「ええ、そうです。この能力は神々の王より授かったものですから、制御するまで時間がかかってしまうのです。ですから夢を渡る際に運気を奪ってしまって、それで精霊が夢に現れると不幸になる、嵐の前触れなんて言われるようになってしまい・・・。精霊には申し訳ないことを、と未熟な時期は謝罪をしていましたわ」

・・・やっぱりか。

納得するよりも、呆れが強くて私は脱力した。頭が痛いよ。

「普通、そこは精霊よりも夢の相手に申し訳ないって思うんじゃない?」

「夢でとは言え、わたくしと逢えたのですから運を使い切っても間違いはありませんのよ」

「そんなことで運を使い切るとか、最悪だね」

「幸運が起きたのですから、仕方ありません」

火の乙女が二人の剣呑な空気に耐え切れず、この場から逃げ出した。

王太女が傍にいない状況で、この城を一人でいたら・・・・・・・・・・・・。うん、頑張って逃げてね。王弟に見つかったらトラウマがまた生まれるだろうから、死ぬ気で。

遠くで悲鳴が聞こえたけど、まだ捕まっていないことを期待するよ。

頑張れー。

「で、王太女様はどうして私の夢に現れたんですか?」

私はこっちで、脱線してしまった会話を戻すことを頑張る。

「うふふ」意味深に笑って近づかないでください。

「そんなに怯えないでください。リズウェルトも、そんな怖い顔で睨まないでくださいね?わたくしはただ、女の子同士の秘密の話しがしたいだけなんですから」

「女の子?フィリア以外に誰がいるんだ?」

「まぁ!それは早急に眼科へ行った方がいいですわね」

私を背に庇い、リズが笑顔で酷いことを言う。

そして王太女も応酬する。

・・・帰りたい。今すぐ、この場から帰って布団をかぶって眠てしまいたい。けど、私の心情に気づいたらしいリズが腰に手をまわしているせいでそれも出来ない。畜生。

心の中で泣きながら、またそれた話題を戻す。

「だから!私の夢に現れたのはどうしてですか?!」

もうこの問題片付けて、私はお家に帰る!

胃に負担がかかる空気の中、いて堪るか!私の胃に穴が開いて、なぜか溜まる疲労のせいで倒れるよ!

さぁさぁさぁさぁ!

どんな理由でも私は驚かないよ。

どんと受け止めて、さらりと帰るんだ。平穏を求めて私はお家に帰る!

「わたくしとお母さま以外で、神々の王の加護を与えられた存在に逢ってみたかった――それだけですよ」

爆弾は受け止められない。

「か・・・ご?」

なんでこの人、神々の王のことを知って・・・ああ、聖国の王族だからか。神話ではなく、実在する存在として認識して。いや、それ以前に、だ。

神々の王に加護を与えられた存在?誰のこと、それ。

私は加護なんて貰った覚えはないよ。

もしもアレがその加護と言うものならば、私は認めない。

あんなはた迷惑な、いらないスキル如きを加護だなんて、絶対に認めてやらない!心の底から全否定し、全力で否!と叫んでやろうじゃないか!だって――――。


あれは!


加護!


なんて!


たいそうな!


ものじゃない!!


――――と、叫べたらどれだけ楽だろうか。

はぁ・・・。

「そうなの、フィリア?」

「加護を貰った覚えはありません。人違いです」

「なんで敬語?でも・・・嘘を言ってる顔じゃないね。なら僕は信じるよ」

「あら、それはおかしいですね」

こてり、と首を傾げる姿すら絵になる。

・・・劣等感とか持つことがおこがましい。と思ってしまうくらいの美しさだ。中身は残念だけど。中身は。

「精霊達が貴女の姿絵を見て、『神々の王に気に入られた可哀そうな子』と言ってましたけど」

似たようなことを、地母神と魂の管理者に言われましたよ。ひきつった笑みを浮かべ、リズの背中に頭を押し付けた。

神々の王って本当、なんなの?

あの時もよく判らなかったけど、今回ので余計に判らなくなったよ。誰か教えて。いや、やっぱり教えないで。私の平穏が脱兎よりも早く逃げてしまうから。

・・・平穏が欲しい。

リズと一緒に平穏を得られる場所にでも逃避しようかな。・・・温泉郷とか、いいかも。

「それってつまり、聖国の王族も可哀そう。って言われたってことだよね」

「ええ、初代が」

うわ・・・子孫が笑顔で肯定って。

しかも、破壊力抜群のとびっきり素敵な微笑みで。小さく親指をぐっ!と立てて。・・・草葉の陰で先祖が泣いてそう。

私なら泣くね、絶対。

「えっと・・・精霊がそう言ってたから私の夢に現れたんですか?」

「敬語じゃなくても大丈夫ですよ。むしろ、敬語はやめてください。わたくし、貴女とお友達になりにきたんです」

素早く私に近づいたと思ったらこの王太女、がしりと見た目からは想像できないくらい強い力で両手を握って来た。ふ、ふりほどけない・・・!

「花の乙女とは是非、仲良くなりたいと幼い頃から思ってましたから」

・・・いい笑顔で言われた。

言われたけど、それってさぁ。知らず、眉間にしわが寄る。

「花の乙女じゃない私には興味ない、ってことだよね」

敬語を外し、呆れたように告げれば首を傾げられた。

出逢って数分だけど、言葉の意味が解らない。なんてことはないだろう、この王太女は。リズと同じくらい頭の回転が速そうだし。・・・いや、下手したらカルナードぐらい?まぁ、それはどうでもよくて。

また溜息を吐き出した。

「それならお断りします。他を当たってください」

神に愛された者だから仲良くなりたい、と言う輩は昔からいた。そう言う人間は大抵、碌でもない。

王太女が禄でもない人間、とは言わないし、そうなのか解らないけど、仲良くなりたいとは思わない。神に愛された者と仲良くなりたいなら、他を当たれ!心の中で親指を下に向ける。

そんな気持ちではっきりと断言すれば・・・・・・私が吃驚するぐらい、何故か笑みが深くなった。

なんで?

こわ。

嗜虐趣味だけじゃなく、被虐趣味もあるの?

「うふふ」

掴まれた腕を引かれ、額と額が重なる。

え、なにこの状況?

「やっぱり、聞いた通りの人ですね」

「僕がフィリアのことを言う訳ないでしょ?」

思わずリズを見れば、即座に否定された。

じゃあ、誰に聞いたの?知り合いの顔を脳裏に浮かべるけど、聖国と繋がりがありそうな人間が・・・・・・・・・・・・ギネア、かな?

「花の乙女と仲良くなりたい、と思ったのは確かですが、お友達になりたいと心から思ったのはフィリアさん、貴女だけですよ」

「ぅ、あ・・・」

もはや笑顔が凶器だ。

「はいはいはいはいはいはい。いい加減、僕のフィリアから手を放してくれないかな?距離も近い」

べりっと勢いよく王太女から離され、リズの胸の中に閉じ込められた。まって、コレはこれで恥ずかしい!赤くなった顔を隠すように胸板に顔を押し付け、羞恥を訴えるようにばんばんと腕を叩いた。

「あら、乱暴」

「煩い、僕のフィリアに近づくな。視界から消えろ。ついでに僕の幼馴染にも関わるな」

「うふふ・・・依存って鬱陶しい」

「嗜虐趣味の変態がやかましいよ」

興味なんて持たなきゃよかった。

ちらりと視線を二人に向けたら、比喩でもなんでもなく眼から火花が飛んでいた。うわぁ、気のせいじゃないなら王太女の周りに精霊が見える。

「え、精霊?!」

なんでいるの!?と驚けば、リズがものすっごく嫌そうな声を出した。

「聖国の王族は精霊に愛されてるんだ。どこに行くにしろ、何をするにしろ、常に一緒。危険だと精霊が判断したら姿を現し、害を排除するんだよ。・・・一番の害は傍にいるのにね」

リズが毒を吐いた。いや・・・えっと、つまり。普段は見えないけど、こんな場面だと姿を現すってことだよね。

それって・・・・・・・・・危ないんじゃ?

「ねぇ、フィリアさん」

「うわっはい!」変な声が出た、恥ずかしい。

「うふふ、可愛い」

穴を掘って埋まりたくなるからやめてください。

両手で顔を隠し、俯く私の頭をリズが撫でた。・・・リズだよね?王太女じゃないよね?指の隙間から伺えば、間違いなくリズだった。ほっ。

「わたくし、貴女にお願いがありますの」

「おね・・・がい?」

なんだろう、嫌な予感がする。

平穏が地平線まで遠ざかっていくような、そんな変な錯覚すら抱くんだけど。気のせい?

「精霊の祝福を受けに、聖国へ来てください」

「却下」

即座に否を申し立てリズに構わず、王太女が言葉を続ける。

あの・・・笑顔で近づいてこないで。

「神に愛された者は生涯に一度、精霊の祝福を受ける決まりがあります」

「母上はそんなことやってない」

「あら、それは不思議ですね。お忍びで来られた際、ラインハルト様が『ついでだから』と奥方様と一緒に受けましたよ」

「聞いてない」

「精霊の祝福、それ即ち!」

リズの言葉を無視し、王太女が演技かかったどうさで両手を天に向けた。

美少女は何をしても絵になるけど、霊感商法的な詐欺の匂いがする台詞に引いてしまう。聖国は詐欺を推奨しているんだろうか?なんて、あり得ないことを考えてしまう程に。

「精霊王から祝福されると言うことです!!」

「へぇ」

「・・・もっとこう、リアクションをくれませんか?」

そんなことを言われても正直、「へぇ」以外の言葉がでないんだから仕方がない。両手を下ろし、つまらなそうな顔をする王太女に呆れた眼を向けながら私は本日、何度目か判らない溜息を吐き出した。

・・・もう、お家帰っていいかな?

「悪いけど、ルキからもそんな話聞いたことがないから信じられない」

新婚旅行を王国内ですませ、たまの旅行も王国にある温泉郷一択のルキから聖国へ行った。なんて話は今まで一度も聞いたことがない。やっぱり新手の詐欺?

聖国は詐欺国になろうとしているのかな。

「それはそうでしょうね」

王太女がにこりと、淑女の微笑みを浮かべた。

ゆっくりと、靴音を鳴らして王太女が私に近づく。リズが私の前に出た。

「精霊王との謁見を、祝福を、見届けた者以外が語ることは許されておりませんからね」

「――――さっきから疑問なんだけど」

リズが静かに口を開く。

「どうしてフィリアにこだわる?」

背に隠された私は、リズがどんな顔をしているのか判らない。

「神に愛された者なら他にもいるはずなのに」

けど。

「わざわざ夢を渡ってまで何故、フィリアに逢いに来た?」

とっても不機嫌で、険しい顔をしているだろうことは容易に想像できた。

「それに何より――精霊の祝福を受けさせたがるのはどうしてかな?」

「うふふ」

「それは答える気がない、ってことかな?だったら仕方ないよね。僕、女だろうが容赦はしないよ」

「いやいやいやいや待って待ってまって!」

笑顔を浮かべ、拳を作るリズに待ったをかけた私は間違ってない。

仕方ない、で暴力はどうかと思うよ!私!それに何より相手は聖国の王太女。国際問題にまで発展する恐れがあるんだからね!解ってる!?そんな意味を込めて必死にリズの右腕にしがみつき、首がとれるんじゃないかと思うくらい首を横に振る。

よーし!笑顔で怒ってて怖いけどちょっと冷静になろうか!

ほら深呼吸して落ち着こう!ね?ね?ね?!

っく、この・・・ぐぅぅ、ち、力が強すぎるぅぅぅぅぅうぅぅっ!

どれだけ殴りたいの!?

あーもう!王太女も笑ってないでよ。誰のせいで私が苦労してると思ってるのかなぁ?

「笑ってないで、説明!ちゃんと説明してよ!」

あ、ちょっと!

リズ待って!本当に待って!それ以上は進んじゃ駄目だってば!当たる!拳が当たっちゃうから待って、ストップ!ステイ!・・・なんか違う気がするけど止まって!

「うふふ」

「だから笑ってないで」

「ごめんなさいね」

「は・・・?」いきなり謝られた。

怪訝な目線を王太女に向ければ、優雅な動作でスカートの裾を摘まみ上げている。なんで?困惑する私とは裏腹に、腕を振り上げていたリズが「まさか」と小さく呟いた。

まさかって何?

何か思い当たる節でもあるの?

さっぱり解らず、微笑む王太女を不気味に思えてきた。

「貴方がいくら拒絶しても、拒否しても、これは確定事項なんですの」

ゆっくりと頭を下げる王太女の視線は、不敵にリズを見つめている。

王太女の足元が揺らめく。・・・揺らめく?

「これは精霊王のご命令であり」

「!この部屋から出るよ、フィリア!」

「神々の王からの勅命」

リズが私の手を引くより早く、王太女の影が私とリズの影に触れた。途端、身体が動かなくなる。指一本も動けず、言葉すら発せない。何故と眼を見開く私とは違い、何かを理解しているらしいリズが忌々し気に王太女を睨みつけている。

「うふふ」

変わらず王太女が微笑む。

「そんなに怖がらないでください、フィリア」

こつり、靴音を鳴らして私に近づいてきた。

「精霊の力を使って、動きを止めただけですから。ああ、喋れないのも口を動かす、と言うことが動作だからですの」

細い指先が私の頬を撫でる。

「手荒になって申し訳ありません」

反省も、後悔もない声で謝罪された。

王太女は微笑んだまま、こてりと首を傾げる。

「ですが、貴女を聖国へ招かねばわたくしがお叱りを受けてしまうのです。神々の王の怒りに触れるなんて恐れ多いこと、神の下僕たる我々には出来ませんし、したくもありませんの」

知ったことか。悪態をつけるように睨めば、初めて王太女の笑顔が崩れた。

「本当に、残念です」

心の底からそう思っていると解る、今にも消え入りそうな声。

「貴女とは、もっと違う形でお逢いしたかった」

眼を伏せ、息を吐き出す。

その動作に何故だろうか。泣いているような気がして、そして、知っている誰かに似ている気がして心がざわめいた。私の知り合いに、王太女と似た人なんて・・・いないはずなのに。

「さぁ」

顔を上げた王太女は仮面のように笑みを張り付けていた。

「行きましょう」

頬に触れていた手を緩慢な動作で下ろし、右手で私の手に触れる。

「リズウェルト――貴方はお留守番ですので、悪しからず」

左手はリズの肩に触れ、トン、と軽く後ろに押した。

「わたくし、精霊を介しての転移はまだ未熟でして」

恥ずかしそうに微笑んでいるのに、眼が意地悪な色だ。

「定員がわたくしを含めて二名、なんですの」

ころころと喉を鳴らして笑い、私の手をぎゅっと強く握りしめた。リズの方を見る。必死な顔で、何かを叫ぼうとしているのが判った。・・・たぶん、王族としていちゃいけない言葉なんだろうな。

若干、呆れた。

「ごめんなさいね」

視界が黒く塗りつぶされる。

右手が暖かいのは間違いなく、王太女が握っているからだろう。

「――――フィリア!!」

意識が薄れる瞬間、必死な声が聞こえた。

・・・大丈夫、って返せたらよかったんだけどなぁ。そう思いながら、私の意識はブラックアウト。


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