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リズと婚約する――そう告げた直後、悲鳴をあげて倒れたのは母親だった。
父親は頭を抱え、「王族と血縁関係」と青ざめた顔で何度も呟き、仕事の出来る執事から胃薬を手渡されていた。目立つこと、派手なことが嫌いな父親にとって娘が王族の者と婚約した事実が胃にきたらしい。・・・ならリズを婚約者候補にいれるなよ。と言いたいが、言ったら確実にリズが拗ねて面倒になるので言わない。
その場にいたカルナードと、何故かいたアルトが眼を見開き、そして悲しそうに笑ったのが印象的だった。
ごめん、選べなくて。
申し訳なく思うが、だからと言ってリズ以外を選ぶつもりはない。こればっかりはどうしようもないよね。気持ちの問題だし。
だから謝るのは違う気がして口をつぐめば、リズが二人の腕を引っ張って部屋の隅に行く。そんなに広くない応接間の隅って、行く意味あるのかな?・・・何を話してるのか当然ながら聞こえないけど、碌なことではなさそうだ。だってアルトとカルナードの顔色が青を通り越して土気色だもん。
やけにすっきりした顔のリズが印象的でした。
怖いよ、リズ。
でも黒い所も格好いいな、とか思う私はもはや手遅れだ。
自覚したら全てを好意的に見えてしまう。恐るべき、恋!・・・恋は盲目ってこう言うことなのかな?
なんて考えてたら母親が床を這いながら私の元へやってきた。ちょっと、貴族らしからぬ行動に室内にいたメイドがぎょっとしてるよ?仕事の出来る執事が窘めてたけど。でも驚くのも仕方がない。私もぎょっとしたし、他人の振りをしたかった。
子供みたいに駄々をこねる母親の耳元で、妙に輝かしい笑みを浮かべたリズが何かを言ったらしく――私の足元にしがみついて「いくら王族でも駄目よやめときなさい!」と本気で懇願された。
何を言ったのか気になるが、妙にいい笑顔のリズが怖くて聞けない。
そして母親よ。
自分で婚約者候補だと言っておきながらそれはない。
何を言われたのか知らないけど、私の好きな人だよ?段々と王弟に似た部分が出てきたけど、青ざめて恐怖する程じゃないと思うんだ。王弟よりマシだと思うんだよね、私。
それはカルナードも同じらしく、似た台詞を母親に告げて落ち着かせていた。
すまん、弟よ。
両親のことは頼んだ。
・・・と、無責任なことを心の中で思いながら私は、迎えに来た護衛と共に帰るリズを見送ってから就寝した。ただ――――。
「・・・っ!?」
珍しく見た夢に精霊が現れて驚いた。
「・・・・・・」
まるで何かを伝えようと必死になっている姿に、心がざわめいて眼が覚めた。息が荒い。ぐっしょりとかいた寝汗のせいで気分も悪い。だけどそれ以上に、精霊の後ろにいた一人の少女の姿が脳裏から離れなくて。
精霊とは違い、その少女の口は動いていない。だけど私とリズが、一緒になっちゃいけないんだと言われてる気がして胸が締め付けられるように痛む。思い込みでも、精霊が夢に現れた時点でそう思ってしまう。
息を吐き出し、喉が渇いていることに気づいて、寝る前に置いておいた水差しの方へ視線を向けた。
「・・・・・・・・・なんで?」
「おはよう、フィリア」
「いや、なんで?」
視線を上げたら水の入ったコップを持った、リズがいた。
絶句。
頭が真っ白になって、おかげで胸中に沸いた不安が綺麗に消えた。驚きって時として不安も消すんだ、初めて知ったよ。と言うか・・・何故、いる?
おかしいな、部屋に鍵をかけたはずなのに。
ちらりと扉を見たが、壊れた様子はない。マスターキーを使って入ったのだと推測でき、溜息をついた。いや、リズならピッキングも出来そうだけど・・・・・・仕事の出来る執事か、父親か、そのどちらかからマスターキーを貰ったな。
「誰を脅したの?」
「脅すなんて人聞きの悪い。愛する妻を起こすのは夫の役目だと言ったら、快く手渡してくれたよ。お義父さん」
・・・何か、別の呼び方をされた気がする。
しかし、そうか・・・父親を脅したのか。いくら婚約者とは言え、淑女の部屋の鍵を渡すのはどうかと思うよ。ずぼらで女性らしい魅力がない私だとしても。
まったく、父親には困ったも・・・ん゛?
「お義父さん・・・呼び?随分とまぁ、気が早いね」
「今から慣れてもらおうと思って」
「へぇ」
それってつまり、絶対に結婚すると言うことですね。恥ずかしい。
その断固たる決意に熱が沸騰しそうで、私は布団で顔を隠した。リズがそう言うなら、その言葉は真実になるのだと知っている。だからこそ恥ずかしいし、嬉しい。
「それより、うなされてたようだけど大丈夫?」
「あー・・・」
手渡されたコップを受け取り、口に含んでから首を縦に動かした。
「昨日、色々あって疲れたからだと思うんだ。だから大丈夫、問題はないよ」
夢に精霊が出てきた。なんて素直に言える訳がないので嘘をつく。・・・別にこれが嘘と言う訳ではないよ。
事実、色々あって疲れたのは確かだし。
夢見が悪くても仕方ないよね!
「そうなんだ」空になったコップを私の手から奪い、リズが笑う。「で、本当は?」
「僕には言えないことなのかな?」
こてり、と小首を傾げる仕草は可愛いくて悶えるのに、告げられた言葉の冷たさに頬が引きつった。もしかしなくても、怒ってる。
眼が、不穏な色を宿してる。
間違いなく怒ってるわ、これ。
ハイライトない眼って怖いんだね、初めて知ったよ。
滝のように冷や汗が流れている気がする。無意識に身体を後退すれば、リズがベッドに乗りあがって私を追いかけてきた。ひぃ!
「夢じゃ、僕はフィリアを助けられない」
コップを持っていたはずの手で、そっと私の頬に触れる。
「でも、話を聞くことは出来る。安心させることは出来る」
もう一方の手が頭の裏に回り、ぐいっと身体をリズに引き寄せられて。
「僕は頼りにならない?」
確かに、危険な時や困った時はアルトに。
知識について知りたい時はカルナードを頼っていた。
だからと言って、リズが頼りないと言う訳ではない。適材適所と言ってしまえばそれまでなんだけど、明確な理由を断言できないから困る。
「頼りになる、ならないとか関係なくて」
それでもはっきりと言えるのは、私はリズウェルトと言う人間を信じている。
「私はリズを信じてるよ・・・?」
――と言うこと。
「それ、答えになってないから」
リズが不貞腐れた。
ムッとした、子供みたいな表情を隠すことなく、不機嫌ですと如実に表している。うわぁ、珍しい。
私達の中で一番上、と言うこともあって普段は大人びているのに。
「なんで笑ってるの」
「え・・・嘘」
「気づいてなかったの?」
むにむにとリズの腕の中で頬を動かす。表情筋が動いた気配なんて微塵もなかったよ!無意識だとしても怖いな・・・。
呆れた息を吐き出し、リズがゆっくりと私から腕を放した。
「で、夢の内容は」
「そこはぜひ、聞かないでほしかったよ」
溜息を吐き出して、のそのそとベッドから降り・・・ようとして、そう言えばパジャマだったことに気づいてまた布団の中に戻る。リズが不思議そうな顔をしてたので、こっちを見るなと無言でリズの首を横に動かした。ぐぎって音がしたけど空耳に違いない。
複雑な乙女心に気づいて欲しい、なんて言ったら笑われそうだから言わない。
はぁ・・・恥ずかしい。
幼馴染だった頃は別に気にもしてなかったけど、想いを自覚したら駄目だ。私に女性らしい恥じらいがあったことに吃驚するぐらい、駄目だっ。
好きな人に、パジャマ姿なんて見せられない――!
もっと言えば、寝起きの姿なんて論外!
とは言え・・・後者は手遅れだし、パジャマ姿だって今更だ。うぅ・・・平常心で行こう。
でも恥ずかしい。
想いを自覚するってこう言う副産物もあるんだね・・・っ。
「夢に、精霊が出てきたの」
「精霊」
「夢占いで精霊が出ると、〈不吉の前触れ〉か〈嵐の前兆〉って意味だから言いたくなかったんだよ。でも、さっき言ったことも本当だからね」
「その精霊は、何色だった?」
色・・・?
精霊の色なんて、どれも同じだと思ってたけど。「青と、黄色?だったと思う」
「青と黄色・・・水の精霊と光の精霊か」
精霊に属性なんてあったんだ。
で、それが何か夢と関係してるの?首を傾げながらリズを見ていたんんだけど、段々とリズの顔が険しくなって怖い空気を纏いだした。
「ねぇ、フィリア」
「は、はい・・・」声が怖いよ!
「その夢、精霊以外は誰も出てない」
疑問形ではないその問に、私は瞬いた。
「出てた、けど。それが・・・どう、したの?」
「へぇ、出てたんだ」
だから声が怖い!
あと顔!
悪人も真っ青のわっるい顔だよ!子供がビビッて失禁するレベルの凶悪さだよ?!何が原因かいまいち判らないけど、元のリズに戻ってっ。
怖すぎて私も泣きそうだからっ!
「嫌がらせか、それとも牽制か。はたまた妨害か。考えられる要因はこの三つだとして、良い度胸だよね」
「へ・・・?」
「夢のことだけど、別に〈不吉の前触れ〉でも〈嵐の前兆〉でもないから」
そう・・・なの?
いや、でも精霊が夢に出てきた人はもれなく悪いことに見舞われてるからな。不安は拭いきれないよ。
「そもそも精霊が夢に現れるのはアレらの嫌がらせだ、悪ふざけだ、暇つぶしだ!気まぐれに夢を渡って、退屈しのぎにからかったり、弄ったり、相談に乗ったりその日の気分で適当にするだけの迷惑な存在なんだよ?不安になることも、気にする必要はないから。と言うか忘れても問題は何一つないよ。だから安心して」
「そ、そうなんだ」
何がだから、なのか解らないけど頷いておいた。
あと顔、近い。
近すぎてリズの顔がぼやけるんだけど。ぼやけても格好いいってずるいよね!
「でも、そうだね」
何か思案しだしたリズが、ベッドから降りて私に背を向ける。この隙に私もベッドから出よう。で、着替えたい。
ご飯が食べたい。
「夢にアレが出てきたってことは、たぶん」
うわぁ・・・もう十時だ。
朝ごはんまだ残ってるかな?ないようなら簡単に摘まめるモノを頼んで・・・・・・・・・料理長が作る焼きおにぎりが食べたい。あと漬物。以外と美味しいんだよね、あれ。
「僕と一緒に城で暮らそう、フィリア」
「い、いきなり何・・・?あと、着替えてる途中だから後ろ向いて。離れて」
「あ、ごめん」
素直に後ろを向いたリズの耳が赤くなっていることに気づき、私まで照れてしまった。
袖を脱いだだけなんだけど・・・。
「あの・・・」
「どうかした、フィリア?」
「私はなんで、城でご飯を食べてるのかな?」
「美味しくない?」
リズの部屋で、テーブルに置かれた料理を見て頬を引きつらせた。
胃袋はおにぎりを求めていたけど、出された料理がだし巻き卵と焼き魚の定食なので不満はない。むしろ我が家で滅多に食べない料理なので嬉しい限りだ。
「美味しいけど、そうじゃなくて」
ごはんを焼きのりで巻き、使い難い箸で口に運ぶ。・・・美味しい。
「どうして私を城に連れてきたの?」
幸せな気分に浸りながら、大根のお汁を飲む。・・・しみるぅ。
「ごはんを食べてからじゃ駄目だった?」
「それだとカルナが来ちゃうからね」
「来ちゃうって・・・駄目なの?」
呆れながらほうじ茶を飲み、空になった食器を見下ろす。
ごちそうさまでした!
「僕は自分が幼馴染に依存していることを知ってるし、自覚もしてるけど、だからと言って嫉妬しない訳じゃない。僕が傍にいられない時間を共有するカルナを妬むし、何かと頼られるアルトを僻むこともするよ。僕だって人間だからね」
ほうじ茶を飲みながら、困ったように語るリズを見れない。恥ずかしい。
顔を両手で覆い、頭を抱えるように項垂れた。嫉妬・・・してたんだ。嬉しいけど恥ずかしい。頬どころか身体全体に熱が行き渡り、食事を終えた直後と言うこともあって血行の巡りが良すぎる。頭、沸騰しそう・・・っ。
「や、だからって城に連れてくる理由にはならないよね?私の部屋でご飯を」
「それじゃあ駄目だ」
やけにはっきり、強く否を告げられた。
「僕がフィリアを独り占め出来ない!」
「きりっとした顔で何言ってんの!?」
恥ずかしいからやめて!
ほら!若いメイドさん達が嫉妬の眼を向けて・・・ない、だと!微笑ましい視線と、なんかこう、憐れみをこめた眼で見られてる気がするんだけど。
憐れに思われるようなこと、したっけ?
記憶にないな。
仕事の出来るメイドさん達は素早く食器を片付け、ほうじ茶を急須ごと置いて退室した。・・・普通、一人ぐらい残るもんなんだけどなぁ。
「それに何より、フィリアの家じゃ駄目なんだよ」
「駄目って・・・確かに王族と比べる価値もない平凡な一貴族だけど」
「そうじゃなくて」
溜息をついたリズが腰を上げ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
何・・・?
「僕がフィリアを護れない」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・真顔で、何を言ってるんだろうか?
きょとんと瞬いて、首を横に傾げた。何言ってんだろう。
馬鹿には理解できないことなんだろうか?喧嘩売られてる、私?
「夢にアレが出たってことは、間違いなくフィリアの元に向かう。城なら騒動が起きても問題ないし、なんなら戦闘行為をしたって翌日には何事もなかったように出来る」
いや、出来ないから。
普通は無理だから。
普通じゃなくても無理だから。
無茶苦茶なこと言ってる自覚、あるのかな?
「そもそも、アレって何?妖精のこと?妖精は聖国にある聖域でしか生きられないって聞いてるから、王国に来るとは思えないんだけど」
「違う」
力強く否定された。
怪訝にリズを見つめれば、私の隣に腰を下ろして深く、ふかぁく息を吐き出した。そしてぐっと私の両肩を掴み、視線を合わせる。ぱちくり、と瞬くも常にない程の真剣な表情に驚いた。
こんなリズ、初めて見た。
それだけ重要なことなんだ。なら、しっかりと聞かないと!
ごくり、と唾を飲み込んでリズの言葉に耳を傾ける。
リズがゆっくりと口を開いた。
「アレは」
「――――ここか!花の乙女!!」
聞き覚えのある怒声のせいで、リズの声がかき消された。
ぴくりと動くこめかみと、浮かぶ青筋は眼の錯覚ではない。逃げろ、火の乙女。と言うか何故いる?
苦手意識が多大にある人物の登場で、私はソファの端まで反射的に逃げた。
・・・行き場のなくなったリズの両手が、いや、指がぴくぴくと震えているような・・・怒り?
「ああ!俺の麗しの乙女!愛しき花の化身よ!久しぶりだな」
鳥肌がたった。
「愛すべき俺達を引き裂く王国なぞ捨てて、今すぐにでも俺の手を取ってくれ。何があろうと花の乙女を護ると誓おう。火の賢者の名にかけて!」
駄目だ、身体の震えが止まらない。
「へぇ・・・」
低く、地を這うような声に別の意味で震えた。
「フィリアを護る?随分と勝手な台詞だね」
恐る恐ると視線をリズに向ければ、冷ややかな笑みを浮かべて楽し気に笑っていた。こわっ!
凍てつく怒気を向けられている火の乙女は身体を震わせ、顔を青ざめさせながら腰に手を当て、鼻で笑うように言葉を吐き出す。やめろ、火に油を注ぐな。
「勝手?勝手ではない!聖国の王太女が花の乙女は俺のモノだと言ったんだからな!」
胸をはり、堂々とそう告げた火の乙女の台詞に首を傾げた。
聖国の王太女って、次期聖王のことだよね?なんでそんな人が私は火の乙女に相応しいって言うんだろう?確かに聖国は神に愛された者が最初に生まれた地で、地母神が降臨したとされる神聖な場所だよ?精霊が唯一暮らす聖域でもあるよ?
だからと言って、人生に関わるようなことを容易に口にしていい権利はないよね?
そもそも聖国の言葉は絶対じゃないんだ。
勝手なことを口にしないでくれ。
私はリズと――――リズと、一緒になっていいんだよね?
ふと浮かんできた不安に心が支配されそうで、首を思いっきり横にふった。このっ、ネガティブ思考め!悪い方に考えるな。ポジティブに、明るい方角を見て思考するんだ。
「そんな戯言よりも僕、気になるんだけど」
「戯言だと!これは聖国よりの」
「どうしてここにいるんだ、火の乙女?確か・・・父上から王国への立ち入りを禁止されてたはずだよね?」
判り易くぴしゃり、と火の乙女が固まった。
「父上が許可を出すとは思えない。・・・密行か?」
だらだらと流れる汗は、図星によるものだろう。
「犯罪行為だね、これ。と言うか、この城にどうやって入って来た?不法侵入の罪状も追加になるな」
「ち、ちが!俺はあの人について来ただけで・・・!許可だって、あの人がいるから大丈夫だって言われて!それで」
「父上が、この国が、許したのか?」
静かに、一音、一音と区切る様に告げたリズの眼光が鋭く光る。
「許されてないのに、何が大丈夫なのか僕には判らないな。あの人がいるから?そいつが許可を出したと言ったのか?聞いたのか?聞いてないんだろう、どうせ」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・うわぁ、お怒りだー。
私もムカッとしたけど、リズと比べる程でもないな。
涙眼で今にも泣きだしそうだけど、同情することはない。不安を抱かせた罰だ。・・・と言うよりは、苦手意識が強すぎて可哀そうと思えない。悪いけど、視界に入れたくないんだ。ごめんね?
そそそ・・・っとお尻を動かしてリズの隣に行き、ぎゅっと腕にしがみつく。
驚いた顔をして私を一瞥し、空いた手で頭を撫でてくれた。いや、ただ火の乙女を直視したくないからリズの傍に行っただけで、他意はないんだよ?でも嬉しいのでもっとして欲しい。
「そう怒らないでください。相手はまだ子供ですよ?」
突然、聞こえてきた艶のある・・・いや、艶がありすぎる美声に意識を失いかけた。なにこれ怖い!
ただ声を聴いただけなのに、洗脳されたような感覚に陥って身体が震えた。
美声って、美しすぎると恐怖を抱くんだね・・・。知りたくなかった。あ、でも同じ美声なら私、グランドール先輩のが好きかも。声がね、好みでね。
「火の乙女の滞在許可も、入国許可も、わたくしが確かにとりましたので問題はありません」
そう言って私の視界に現れたのは、蜂蜜色に煌く長髪の儚い印象を与える絶世の美少女。
神様が一から作りました、と言われても信じるレベルの人形めいた美貌を持つ、息も凍るような存在がそこにいた。だけど私が驚いたのは存在だけではなく、儚い印象とは裏腹の強い意志を感じる、芯がしっかりした夜空に星を散りばめたような青い瞳。
ガラス細工で作ったような脆さと、宝石のような輝きを放つ双眸に魅入られて言葉をなくした。
「初めまして、花の乙女」
美少女が優雅に頭を下げる。
頭部に乗った華美さのない王冠から見るに、この人は間違えようない王族だ。それも、他国の。
「お逢いできて光栄です」
そして今まで話題に出ていたのは聖国。
さっきの発言も併せて考えれば、馬鹿でも理解する。
「わたくし、アルティナ聖国イリアス聖王が末娘」
この美少女が。
「――ウルティナ・ルクス・ルクセ・ティナーと申します」
聖国の王太女なのだと。
「どうぞ、末永くお見知りおきを」
にこりと完璧な淑女の姿を見せる姿に、やはり言葉が出てこない。
なんでここにいる、とか。
どうして末永く、とか。
色々と聞きたいこともあるのに、喉から掠れた音しか出てこなかった。唖然と眼を見開き、無意識にリズの腕を強く掴んだ。
「・・・フィリアの夢に出たそうだね、ウルティナ」
「ええ、花の乙女に興味があったものですから」
「興味・・・ねぇ」
・・・なんで一色触発の空気?
「あの・・・」ようやく出た声は、思っていた以上に情けなくて弱弱しい。
「知り合い・・・なんだよね?」
リズに対して気安い態度の王太女と、私以外の女性の名前を呼ばないリズが名前呼びなことを考えればそれ以外はないんだろうけど。しかし、こう・・・ううん。
私、けっして心は狭くないと思ってたけど、実は違ったらしい。
リズが私以外の女性の名前を呼んだ、と言う事実が胸に痛い。
いや、別に呼ぶなとは言わないけど、言わないけども・・・うぅ。
「婚約者です」
「聖王が無理矢理させた、を忘れるな。そもそも僕はお前と結婚する気はさらさらない」
はっきりとそう告げたリズだけど・・・・・・・・・。
だけど・・・・・・。
・・・。
「婚約者、いたんだ」
そのことが一番、私の心に深い棘をさした。




