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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
選択肢の恐怖
2/30

★=出会い

お気に入りありがとうございます!

のんびり、ゆっくり、誤字とか確認しながらなので次の投稿も遅いと思います。

魔物が活発に動き出す、黄昏時。

王都や街を魔物から護る結界を魔法使いと呼ばれる職業の人が張る場合が多いが、街はずれの村や辺境の地、小島などに数が少ない魔法使いが派遣されることはない。魔獣から身を護るため、大地の賢者が生み出した〈護符〉と呼ばれる札を使用することが多い。

ちなみにこの〈護符〉。文庫サイズの大きさであるために持ち運びに便利で、冒険者や夜にしか現れない魔物を退治する際、派遣騎士達が用いることが多々ある。

そんな〈護符〉を大量に販売しているのが、夜を賑わす繁華街。

その裏に隠れるように存在する、妖しい雰囲気が充満する路地裏――の、さらに隅にある、レンガ調の古びた建物に月の乙女が暮らしているのを公然の秘密だったりする。

月の乙女が暮らすその建物は店も兼用しており、店の名前はシンプルに〈月兎の薬局〉。

ちなみに文字ではなく、月を抱いた兎と薬のマークで〈月兎の薬局〉と読む。これは文字が読めない子供に、判り易くするための配慮だとかなんとか。

〈月兎の薬局〉は名の通り薬を売っている。

さらに薬を売るだけではなく診察・治療もしてくれる場所で、しかも値段も他に比べると割安なこともあってあまり金銭に余裕のない者や裏稼業の人間や娼婦達にとって、なくては困る場所になっている。――治療費等が金銭じゃなく、物でも支払い可能と言うのが理由だろうけど。

そんな〈月兎の薬局〉の、鍵付きの薬棚がたくさん並ぶ薬局部屋でも清楚な診察室でも、ましてや綺麗に清掃された治療室でもない、店の奥にある階段を上った先に見える、月のマークが掘られた扉。

かちこち、と機械音をたてる月のマークは週ごとに形を変え、夜空に月が見えなくても月経を教えてくれる。

ちなみに今日は満月に近い月の形、十三夜月(じゅうさんやづき)になっていた。

さて、その部屋の主は月の乙女こと、ルキ・クルニクは黄金色の長い髪を指に絡め、上質な白いベッドに蠱惑的な身体を横たえながらアイボリー色のソファに座る私を、それはもう呆れた眼で見ていた。

「世界が憎い」

「ならいっそ、世界でも破壊してみたら」

「その前に精神的疲労と過労で死ぬ。そもそもそんな力ないし、世界滅亡願望とかない」

「あ、そう。つまんない女よね、本当」

新緑色の瞳を細め、溜息をついた。

ただそれだけなのに、その表情は無垢な少女のように可憐で、なのにまったく真逆な男を知る娼婦のように妖艶にも見せる。同性なのにドキドキしてしまうほどの色気を纏い、魅了するだけの魅せ方を知っているルキはどの美女や美少女よりも美しく、気高く、妖しく、人の眼を引き付ける。

見慣れたとは言え、ごくりと唾をのむほどだ。

自身の魅力を知っているからか、はたまた肉体を晒すことに抵抗がないからか、両方の理由かもしれないが踊り子よりも服の露出が激しく、かなりきわどい所まで見える衣装を抵抗なく着ている。

豊満な胸なんて小さな布がなければただの紐だ。

腰だって半透明とは言え、腰巻がなければお尻がほぼ見える状態。・・・もしかして痴女なんじゃ。

「なんか、失礼なこと考えてない?」

「世界が憎い」

「聞き飽きたわよ、その台詞」

日に焼けたことがないであろう、白い指を頬にあて、ルキがまた溜息をついた。

その姿でさえ麗しく、姫君と呼ばれる者よりも姫らしく見えた。市井出身の平民のはずなのに、どうしてこうも貴族の姫っぽいんだろう。私と立場、逆じゃない?

「――――で、ここに来た本当の理由は何?新薬開発で必要な植物は、あと三日しないと採取できなんでしょう?」

「ああうん・・・万病に効くと言われる幻の蒼月花(ブルームーン)は満月の夜に、経った三十分しか咲かない上に蕾になるまで肥料や土の質、水の量とか諸々なことを慎重に且つ繊細に行って育てないといけない程、扱いに難しい花だからね。他の種と配合させ、他の希少花の受粉を掛け合わせ、なんとか蒼月花の種を生み出せたのは奇跡に近いよ」

芽が出ても安心できず、ちょっと気を抜くとすぐに枯れてしまう。

気難しい花ではあるがその効果は伝説に上がるほど抜群・・・とは〈幻!希少!伝説!全て見せます、教えます!まるっと植物図鑑〉に書かれてたから間違いはない。

植物図鑑曰く、乾燥させた花弁一枚を使って新しく作られた毒を解毒したと記され、種一つで心臓を患った王様を救った逸話があるそうだ。それを知ったら育てたくなるのが植物好きの性!

育てて見せよう、花の乙女のプライドに誓って!

三日後に咲く、蒼く輝く月の如き花を見るのが今から楽しみですね。にゅふふふ・・・よだれが。ああでも、無事に咲くかな。

それだけが不安だ。不安すぎて気分が沈んだ。

「花の乙女が手ずから育てたんだから、無事に咲くわよ。そんな不安がらなくていいわ、むしろ自信を持ちなさいよ」

「自信・・・自信かぁ。私、ルキみたいには成れないからなぁ」

「あたりまえでしょう」馬鹿にしたように笑われた。「アタシとあんたは違うんだから」

「同じ人間じゃないんだから、アタシに成れるはずないでしょう」

「・・・どうしよう。ルキに惚れそう」

「ふん、惚れるなんて当然でしょう。なんせアタシは世界一の美女なんだから!」

「やっぱり気のせいだったよ」

上体を起こし、豊満な胸を張って威張るルキに冷ややかに告げた。

「失礼ね!・・・で、何に絶望したのよ。話してみたら少しは気分が落ち着くんじゃない?それとも薬でも飲む?精神安定薬がちょうどここに・・・ほら、あった」

「いらないから」

ルキが手に持つ、可愛らしいピンク色のカプセルが入った袋からそっと眼をそらす。精神的にまだ、まだ・・・そこまで追い込まれてない。追い込まれてなんかいない。

「えっと、信じられない話なんだけど」

今日、階段から転落したことから話始めることにした。

・・・我ながら間抜けだ。ルキが遠慮なく私に指をさし、笑いだす。うう、馬鹿なことをしたと自覚はあるけど、そこまで笑わなくても。

けれどステータスが見えるスキル擬きの話をした途端、空気が冷たくなった。ぶるりと身体を震わせ、鳥肌のたった腕をさする。

「それ・・・アタシのも見えてるってこと?」

「え・・・?え、いや、うん?」

「どっちよ」

「見えては・・・いる、かな?」


Name:ルキ・クルニク Age:21

備考:月の乙女と呼ばれる薬学の知識に優れ、癒し手と呼ばれる回復のスペシャリスト


と言う文字は、実はここに来た時から見えていた。

素直にそのことを話せば、ルキが何やら考え出して・・・やっぱり、気味悪いよね。人には見えないモノが見えるなんてさぁ。

溜息を吐き出し、項垂れた。

ああ、ルキに嫌われたかもしれない。これのせいで絶交されるかも。

「どうして女神じゃないの・・・!」

「気にする所がそこなの!?」

「当たり前でしょう。このアタシの美貌をもってすれば、女神と称されてもおかしくないもの。ほら、よく見てみなさい。アタシのステータスには絶対、女神ってあるから」

「・・・ないね」

「もっとよく見なさいよ!隅から隅まで綺麗に!」

「ちょっ!胸元掴むな、この自意識過剰!ないものはない!」

「自意識過剰じゃないわ、事実よ!」

長い脚を生かした俊敏さで私の傍まで一気に近寄り、ガックンガックンと身体を揺らすルキの頭に頭突きをお見舞いした。――っふ、この素晴らしい石頭の味はどうだ。

「っこ・・・の、アタシの美貌に傷がついたら世界の損失よ?!」

知るか、と言葉にする代わりに手近にあったクッションを投げた。

「どうせなら旦那さんが傷つく、とか、悲しむ、とか言えばいいのに」

「な、ななななななにを言ってるのよ!あの人は関係ないでしょう?!」

「・・・相変わらずの照れ具合で。夫婦仲は良さそうだね」

「べ、別にそんな、て、照れ、照れてなんて!それ、それに仲良くなんて、そ、そそそんなことっっ!そんなことないわよ!」

「え?そんなことないって言える?言えるの?一目惚れして、押して、押して、押して、押し倒す寸前で弱腰になって逃げて、嫌われるのが怖いとか初心な小娘みたいなこと言って私に泣きついて、旦那さん以外はいらないって、あの人以外に初めては渡したくないとか言ってたくせに?」

顔どころか全身を真っ赤に染めたルキが、花も恥じらう乙女のように顔を掌で覆った。

恥ずかしいのか。

痴女のような恰好をしても、旦那さんのことをだされると恥ずかしいのか。

見た目とのギャップが凄まじいな。

「お、オル、オルデゥアはその、い、今は関係ない訳で」

「はいはい、そうだね」

「そ、それにしては奇妙な力を手に入れたわよね。貴女限定なのか、それとも神に愛された者限定なのか・・・後者は限りなくゼロに近いわね」

「まぁ、神に愛された・・・が関係してるなら、そう言う事例があったって書物に書かれてそうだし。最悪――歴史書に載ってるだろうからね」

そう考えると憂鬱すぎて、迂闊に誰にも話せない。頭が痛くて駄目だ。

ぽすりとソファに倒れこむ。

「そう言う訳で、泊めて」

「どう言う訳よ!」ルキが吠え、溜息をついた。「・・・別にいいけど」

「それで?ステータスは誰が見えて誰が見えないか、って言うのは検証したの?」

「あ~うん、それね。どうやら私が名前を知っている人なら誰でも見えるみたい」

「名前を知らなきゃ見えないってことね。でもそれ、偽名を使われたら?」

「・・・・・・・・・。見えないんじゃない?」

生憎と、知り合いに偽名を名乗っていた人間がいないので何とも言えない。いや、偽名を使っている知り合いがいても困るんだけど。反応に困るし、面倒ごとに巻き込まれる予感がヒシヒシとする。そう考えると身近にそう言う人がいなくてよかった。

複雑な表情でルキを見れば、口元に手を覆って何かを考えている。

「じゃあ、選択肢は?」

あ・・・!

「三人以外、現れなかった!」

「ふぅん。どう言う原理なのかしら?三人限定?でもステータスは名前を知っていれば見える。でも、三人ほど正確なステータスじゃない・・・のよね?」

確認され、頷いた。

本当、どう言う仕組みなんだろう。名前を知ってる知人は、ルキのようなモノしか見えない。けれどあの三人は・・・・・・どう考えても、おかしい。見えること自体がおかしい。あれ、見えちゃいけない何かだと思うんだけど。私。とくにレベルのヤツ。

「それで、他に何が見えるのか教えなさい」

「言葉にするより、見た方が早いから書くよ。ねぇ、書くもの貰っていい?」

「はい、綺麗に書いて頂戴。解りやすくね」

ベッドの傍にあるチェストからメモ用紙とペンを取り出し、そんな注文を付けるルキに頭を悩ませた。

解りやすく、アレを解りやすく・・・?いや、もういっそ見えたまま書こう。それが一番な気がする。間違いない。えっと、名前と年齢と、それから・・・ああ、書いてると段々、憂鬱になってくる。これが見えてるんだと自覚すると、いや、もう認めてはいるんだけど・・・こうね。気持ちが沈む。

溜息を吐き出し、書き出した紙をルキに手渡した。

無言で。

「どれどれ、名前に年齢、所属に備考があるのね。そして好感度・・・・・・・・・好感度がなんでコレなのかしら?普通はハートじゃないの?」

私に聞かれても困る。

「あ、もしかしたらこれ・・・ゲージ?好感度がマックスになったらコレからMaxって文字に変わるのかもしれないわね。コレが十個集まったらMaxが現れるとか?」

背筋がぞっとした。

血の気が引くほどぞっとした。

■を十個集めたらゲージが満タンにを意味するなら、そうならないように気をつけないと。でも気をつけるにしても、×を選ぶと碌な眼に遭わないからな。■を減らしようがない。

困った。

本気で困った。

好感度をあげないいい方法はないものか。真面目に考えよう。

「その他のコレ、何?LEVELってなんのレベルよ?」

「・・・・・・・・・妄執とか依存とか、そう言うヤツ」

「・・・うわ」

そんな心から嫌な顔をしないでくれない?

ルキは視線を紙からそらし、くしゃりと握りつぶすとゴミ箱に捨てた。・・・いや、何も言うまい。私がルキの立場ならそうする。

「これ以外で変わったことはないの?」

「変わった・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

記憶が〈月兎の薬局〉に来る前に遡った。

あれはそう。こっそりと部屋を出て、秘密の抜け道からここに行こうとした瞬間のことだ。私の脳内で突如、ふぁ~ん!と言う気の抜けた笛の音が響いた。そして眼の前に現れたのは――――。


▽アルトに逢いに行く ★

 リズに逢いに行く ★

 家に帰る ★


★がついた選択肢だった。

・・・うわぁお、何だか新しいのが出たよ。

驚愕ではなく、絶望した私は地面に膝をついて嘆いた。あの三人がいないのにどうして出た!時が止まっているのをいいことに、滅多に出さない大声で叫んだ程だ。神よ、私が何をした!!

★がどう言う効果を発揮するのか知らないけれど、意味は解った。いや、解らない方がおかしい。三つの選択肢の中のどれかを選ぶと、もれなくその人物と遭う。ってことだよね。げんなりしてきた。

私が逢いたいのはその三人じゃない。

けれどこれが出ている限り他の選択肢がない。当初の目的である〈月兎の薬局〉に行くことなんて不可能だ。諦めろ、と言う啓示だろうか?だとしたら・・・ひどいよ、かみさま。

私・・・本気で泣くよ?泣いちゃうよ?意地で泣かないけど。

頭を抱えているとふぁん、ふぁん!と甲高い音が聞こえて、思わず奇妙な叫びをあげてしまった。誰も聞いてなくてよかった。


▽繁華街に行く ☆

 王都の外へ行く


10、9、8、・・・とカウントダウンがされる中、先程まで見えていた選択肢と違う内容に眼を見開いた。だって、えー?何で選択肢が変わったんだろう・・・?☆の意味も解らん。

カウントダウンが5、4、3、と迫るので急いで繁華街に行く、を選択。

ピコ~ンと間抜けな音と共に、【繁華街に行く】と言う文字が眼前にでかでかと表示された。ナニコレ。今までとなんか違う。

・・・とりあえず、無事に繁華街へ行くことが出来た。出来たけど・・・そう簡単に目的地には辿り着かせてくれなかった。切ない。

その後も出てくる選択肢の数々。

そして現れる三人の名前に何度、違う!と叫んだことだろうか。本当、時が止まっていてよかった。そうじゃなかったら私は変質者の眼で見られていただろうな。切ない。

――と、言う事をルキに話せば憐れんだ眼を向けられた。

「まぁ、その・・・うん。ここで好きなだけ愚痴っちゃいなさい。アタシが何でも聞いてあげるわ」

「世界が憎い」

「なんでその台詞に戻る訳?」

ルキが溜息を吐き出したのと同じタイミングで、部屋の扉がノックされた。あれ・・・?

今日は夫であるオルデゥアは仕事で留守のはずだ。この建物にルキと私以外、誰もいないはずなのに。・・・・・・律儀な泥棒?もしくは時間外の客?忘れ物をした従業員?

「――――緊急です、月の乙女様!」

どれもハズレらしい。

「誰?」きょとりと瞬いてルキに尋ねた。

「たぶん、ルシルフルね。王弟の側近の一人で、軽業師みたいに身軽なのよ。――緊急って、何か起きたの?」

「東の森に魔獣が現れ、第三師団の団員が重症を負いました!医療部隊の魔法使いでは応急処置しか出来ず、至急、月の乙女様に来ていただきたいのです!」

「解ったわ。フィリア・・・花の乙女を連れてすぐに行くから案内しなさい!」

「え?」私も?

「花の乙女様もいらっしゃるのですか?!ああ・・・それならあいつらも無事に助かりますね」

「え?」拒否権はないの?

「アタシが治すのよ?助かるのは当然でしょう!」

何一つ言葉に出来ぬまま、ルキに襟首を掴まれて王弟の側近が用意した馬車に乗り、売られる子牛の気分を味わった。ルキは私を巻き込んだ謝罪もなく、輝石と呼ばれる魔法を封じ込められる石に回復魔法を封じている。・・・うん、忙しそうだね。

私、怪我人を助けられる魔法も道具もないんだけど。

植物関係以外は本当、役立たずなんだけど。とか、言える空気じゃない。

「そう言えば、第三師団って参謀が師団長を務める工作員だったかしら?」

作業をしながら、ルキが不思議そうに聞いてくる。

いや、突然何を言っちゃってんの?

「いや、違うよ」間違った知識だし、それ。

「第一師団は総長の指揮下である、騎馬・歩兵の戦闘部隊。第二師団が、参謀が師団長の偵察・諜報の錯乱部隊。第三師団は飛竜(ワイバーン)で搬送も行う特殊空挺部隊。ついでに第四師団は砲弾・迫撃の銃兵部隊。第五師団は補給・衛生の支援部隊。第六師団は情報・通信の伝達部隊だからね。おまけに言っておけば、第三師団だけ紅蓮公の異名を持つ王弟が統括してる別部隊。指揮系統が違うだけで、れっきとした王国騎士団だから。空と陸で指揮系統を別にしたみたいだよ」

まぁ、それが許されたのも王弟が飛空艇を作り出した第一人者であり、飛竜を自らの力で(くだ)して眷属にしたから・・・らしい。しかもそれ、ただの飛竜ではなく、龍の中の龍、龍神と呼ばれる七角の一角、煉獄の支配者と呼ばれる焔紅帝バハムート・クリムゾンなのだとか。

森とか海の支配者よりもさらに上位の存在は、煉獄や深淵、常闇と言う物騒な場所を支配している。――普通に考えて、人間が降せるような存在ではない。

なのに、王弟はそれをした。

もうね、最強の伝説を作り出す人物だよ。小説のネタにされる訳だ。

「飛竜ってアレよね?ドラゴンライダーが使う竜」

「・・・これ、十歳が日曜学校で教えてもらえる一般常識だけど?」

「アタシが日曜学校に真面目に通っていたと思う?」

「思わない」

そもそも、学校に行っていたかすら怪しい。

「じゃ、余談で。王国騎士団員の軍服は紺色で統一されていて、双頭の獅子の国章が記された腕章が金、銀、もしくはその両方だったら銀の場合は副団長。金の場合は師団長。両方だったら総長。で、その下にある数字でどこの師団の人間か分かるようになってる」

「へぇ、知らなかったわ」

「・・・一般常識だよ」

「アタシの常識じゃないわ」

それでよくもまぁ、日曜学校を卒業できたものだ。

「あ、何その馬鹿にした眼!アタシだって龍と竜の違いぐらい判るわよ!」

何故そこなのか、私には解らないよ。

「龍は蛇みたいに胴が長くて、竜はトカゲに翼がはえた生き物よ!」

「・・・・・・・・・・・・ウンソウダネ」見た目の違いだよ、それは。

自信満々に答えるルキからそっと視線をそらし、眼頭を押さえた。ルキを育てた親はもうちょっと、知識を娘に教えるべきだったと思う。

「見えてきました、あそこです!」

「あら・・・・・・火の海ね」

ルキの声に嘘だろう・・・と、思いつつ視線を向けて――――絶句した。

火の海って表現は甘い。あれは海じゃない。どう見ても燃え盛る大地だよ!空も真っ赤に染まってるし!え・・・?あそこに行くの?行っちゃうの?死ぬわ!私が死ぬわ!

逃げよう。

死ぬ前に逃げよう。

私があそこにいて、無事に帰れる保証はないっ!

「あ・・・の、ルキ?」逃げ腰の私の襟首を、良い笑顔のルキが掴んだ。「この・・手は?」

「逝くわよ、フィリア!」

「発音がなんか違わない!?や、ちょっ!・・・ぃぎゃー―――――――!!!」

ああ・・・さらば我が人生。

短い一生でした。――あ、魔獣退治はひと段落したみたい。

ルキに襟首を掴まれたまま場所から飛び降り、引きずられるように足を動かした。わぁお、ルキって力持ちぃ。私の足、ほとんど地面についてないよ。どういう原理?

馬車を置き、後を追いかけていた王弟の側近がルキを追い越し、先頭に立つ。

なんだか・・・焦っていたように見えたけど。っは!ま、まさか王弟の身に――――。

「ラインハルト様!ご無事ですか!?怪我は・・・ないようですね。安心いたしました」

何もなかった。

怪我をした様子も、返り血を浴びた様子も何もかもがない。ただ握っている剣から血が滴っているので、応戦はしていたようだ。他の騎士と違って息切れもしてないし、疲労も見えないからまったくそうとは思えないけれど。

「俺の代わりにユフィが怪我を負ったから、さっそく月の乙女サマにでも治してもらえ」

・・・場違いな程、やる気を感じない声ですね。部下を気遣っているんだろうけど、惰性にしか聞こえない声が台無しにしている。

勿体ない。

「フィリア・・・?」

あ、やばい。

「なんでここにいるんだ、フィリア」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんばんは、アルト」

「ああ、こんばんは。で――なんでここにいるんだ?」

冷や汗をかきながらの笑顔を見せた私に、笑顔で返したアルトの双眸は笑っていない。冷ややかに私を見下ろし、瞳の奥にギラギラと不穏な火が輝いている。怖い。

「なんで・・・って、ルキの家に泊まりに行ったら」

不吉な予感がしたから、素直に白状した。

無断で外出したと話した時点でアルトからどす黒い何かを感じ、やっぱりごまかせばよかったと泣きそうになった。

「――と、言う訳で・・・して」

アルトが俯いた、と思えば何事かを呟いている。何だろう?私の名前は聞こえるけど・・・ううん、良くわからない。

でも寒気を感じるから、怒ってるのかな?

「フィリア、俺がいいと言うまで傍を離れるなよ。魔獣はまだ退治し終えてないからな」

「え・・・まだなの?ち、ちなみに魔獣の数は?」

「目視では百・・・倒しても、倒してもゴキブリみたいに出てくんだよ!鬱陶しい」

その例えは・・・想像するとすごく嫌。

「だから俺から絶対に離れるなよ。傍にいる限り――――俺が死んでも絶対に護る」


▽「駄目、生きて私を護って」 ×

 「死んでまで護らなくていいから!」 


ここで出たか~。

うっかりアルトにトキメキかけた心の熱が、一気に冷めた。氷水をぶっかけられた気分。

てかこの状況で×は選ばない。

どう考えても死亡フラグだし、×(コレ)

「死んでまで護らなくていいから!」

「冗談を真に受けるな」

苦笑し、私の頭を乱暴に撫でた。

「見習いとは言え俺だって騎士の端くれだ。簡単には死なないから安心しろ」


その他:〇〇執着LV.3、〇〇独占欲LV.3、〇〇狂愛LV.1


おや・・・?

その他に何だか変な変化が・・・〇〇って何。

「え?どうしてここにフィリアが?」

「それ、ブーメランで貸すよ、リズ」

さっきからちらちらと、見覚えのある銀髪がいるな~と思ったら・・・やっぱりリズだったか。溜息がでそう。

王弟の傍から離れ、小走りにこっちに来るリズは――服も綺麗で傷をした様子もない。


 「よかった、怪我ないんだね」 

▽「・・・流石、王弟の息子」 ×


・・・何故、王弟の息子で×がつくんだろう。

いや、深くは考えるな。ここは無難に「よかった、怪我ないんだね」を選んでおこう。

「あの程度の魔獣で怪我をしたら、父上に失望されちゃうからね。頑張ったよ」

頑張ってどうにかなる魔獣だっただろうか?・・・うん、リズが倒した魔獣の数が少なかったのかもしれない。なら、頑張ればどうにかなる・・・よね。

笑顔のリズに不格好ながらも笑みを返し、さっと視線をそらした。

王弟最強伝説の次は、リズ最強伝説だろうか・・・?

逃げるように私はアルトを見た。

騎士服はボロボロで汚れが目立ち、右腕部分には切られたような跡が・・・。って、出血してるじゃない!ああ、よく見たら眉間から血が・・・流血がっ!

る、ルキ!ルキはどこだ!

「ちょ!腕!血!ルキ?!ルキはどこにっ!!?てか止血、止血しないとアルトが死んじゃうっ!!」

「落ち着け」チョップされた。

「人は簡単には死なない」

「・・・・・・すごく、微妙な気分だけど落ち着いた」

「そうだよ。僕がちゃんとアルトを治すから、そんなに動転しなくても大丈夫だから・・・ね」

苦笑したリズは、アルトの眼前で右の掌をかざした。淡い緑色の輝き、あれは風の回復魔法・・・・・・の、はず。

この世界で使える魔法は――火、水、風、土、雷、闇、光の七属性。

使える、と言っても適正と魔力がなければ魔法は使えないし、一人一属性。稀に、極稀に三属性使える方もいるけどそれは本当に珍しいこと。・・・・・・王弟が三属性どころか全属性使えるって噂、本当だろうか。本当そうで怖い。

王弟最強伝説継続中――――!

ちなみにアルトは攻撃特化の雷魔法。リズは攻防に優れた風魔法。カルナードは補助に優れた光魔法で、私は・・・土魔法。結界を張ることだけに特化した土魔法ですが、何か。

「癒しの風よ、吹け」

緑のベールがアルトを包み、血を流す腕と額を癒していく。

「・・・はい、これで終わり。まだ痛むようなら月の乙女様に診てもらうといいよ」

「いや・・・必要ない」言って、右腕を激しく動かした。「治った」

「それにしても・・・強いのは知ってたが無傷とはな」

「僕?まさか!父上に比べたら僕なんてまだまだ・・・一撃で殺せない時点で未熟だよ」

基準がおかしい。

王弟は遠目に見える、砦のように巨大な亀王(タラスク)を一撃で殺したのか。あれ、最も防御力の高い魔獣なんだけどな。一撃で倒せる存在じゃないんだけどな。あ、でも血液は美容効果があって、甲羅は精力を活発にする効果があるってルキが言ってたような。いや、そんな情報じゃなくて・・・あれ、あっちにいるのは悪食亀(タートル)?あの小さい亀の魔獣なら一撃で・・・無理だ。小さくても防御力高いわ。でもアレも乾燥させて甲羅ごと粉末にすれば、滋養強壮の薬になるとか。

わぁ、ルキに得しかない魔獣ばっかり。

私にとってプラスになるのがない。帰りたい。

「王弟は、目標にしねぇ方がいいぞ」

「父上以上に目標に出来る相手はいないよ?」

「・・・そうか」


その他:〇〇依存 LV.4、〇〇庇護欲LV.2、〇〇溺愛LV.1


・・・ん?もしかしてその他って、私じゃなくて別の誰かに対するモノなんじゃ!絶対にそうだ!そうに違いないっ。

「フィリア、僕達の後ろにっ」

「へ?」右腕を乱暴に掴まれ、左に引っ張られた。「な、何?」

眼の前を・・・・・・鋭利に尖った白い何かが通り過ぎた。は・・・鼻、鼻先に当たるかと思ったっ。

青白い顔でその何かを見れば、鎧を身に纏った熊の魔獣――キリングベアーで。・・・え゛、もしかしなくても私、殺されかけた?

口から涎を滴らせ、血走った眼でこちらを見る姿に血の気が引く。足から力が抜けて、地面に座り込んじゃった。恐怖に身体は震えてるのに、思考はキリングベアーの肝は食欲不振や胃痛に効く――と言う効果を思い出してた。場違い!この情報はいらないから!

アルトが雷魔法でキリングベアーを麻痺させ、リズが首を斬り落とした。

鮮やかすぎる、見事な連係プレーで何体か倒したけど・・・数、減ってない。

「亀に熊に・・・ああ、虎まで出て来た」

「さっきまで虎はいなかったのにね、どこから沸いて出て来たのかな」

「ねぇ!〈護符〉持ってないの〈護符〉!」

「派遣騎士なら持ってるだろうけど。生憎、僕達は・・・ね」

「そうだな、普段は必要ねぇな」

鞘にしまっていた剣を構え、呑気に会話をしている二人に頭を抱えた。魔獣に退路を断たれるように囲まれた状態で、余裕な態度が羨ましいよ。私に余裕なんてないのに。

あ、あっちの騎士が怪我したみたいだから結界張って、それから・・・。

あれ?ルキはどこにいるんだろう?だ、大丈夫かな?

「おい・・・俺の気のせいじゃねぇなら、王弟・・・あの巨大な雷獣を一撃で殺したか?」

「十体もの雷虎(ライガー)を一撃で・・・流石は父上。僕達も負けてられないね」

「雷虎って・・・危険魔獣指定十段階の内、八段階目の強さにいなかった?」

ルキを最後に見たのはあっちで・・・あ、旦那さんが傍にいた。よかった、無事だ。

「大丈夫だよ、ほら」

「ほらって・・・副団長が悪食亀の群れを撃破してんな」

「僕達だってやればできるから」

「・・・・・・・・・・・・頼むから、他の騎士も見てからそう言うことを言ってくれ」

そう言えば第三師団に所属してるんだっけ。あーあ、こんな状況なのにルキの眼が恋する乙女みたいにハートになってる。・・・ん?旦那さんが第三師団にいるのに、なんであんな情報だったんだろう?

ま、いいや。

怪我人がいる所と結界を繋げて・・・うん、ルキが気づいたみたい。私に一瞥くれて、旦那さんを引っ張って怪我人の所に行った。

いや、旦那さんは置いていきなさいってば。

「姉さん!」

「っはい!」

え、今・・・なんて呼ばれた?

「・・・・・・か、カルナード?」

油が切れた機械のように、ゆっくりと振り返る。・・・ああ、やっぱり。

「・・・こんな所で、何を、しているんですか?」

笑顔なのに、区切りながら告げられた台詞に恐怖を感じる。


▽ごまかす ×

 「いや・・・その」


ごまかせない・・・!

「いや・・・その」眼が泳ぐ~!

「色々と・・・理由が」

「理由?こんな場所にいる理由ってなんですか?」

何・・・と、聞かれても。


その他:〇〇純粋 LV.2、〇〇支配欲LV.3、〇〇偏愛LV.3


いや、これ今どうでもいいから!

だらだらと冷や汗を流し、視線をカルナードからそら・・・そうとして痛いくらいに肩を掴まれた。あれー?まだ十分な距離があったと思ったんだけどな。

「メイドから姉さんがいないと聞いた時の私の心境、判りますか?あの人達が慌て騒がないように『月の乙女の所にいる』と嘘をついた私の気持ち、判ります?」

「つ・・・月の乙女の所にはいた、よ」

「なら何故、こんな所にいるんですか!」

ひぃ、怒鳴らないで!不可抗力だからっ。

私だって好きでこんな危険地帯にいる訳じゃない!拒否権なくここに連れてこられた被害者だよ!

「姉さん、答えてください」

答えるも何も―――――!

「あ・・・ぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁああああぁぁぁぁぁああっ!!!」

「姉さん?!」

そう言えばここは東の森って・・・嘘!

そんな・・・!

じゃああれはっ!!

「姉さん、どうしたんですか?」

「囲んでいた魔物は倒したはずだけど・・・?」

「何に驚いてんだよ」

あ・・・あああ、なんて・・・・・・こと。

「もえ・・・燃えて」

「燃えて・・・?ああ、確かに燃えてるね」

「盛大に森が燃えてるな」

「燃えてますね」

私の双眸にはっきりと映る――赤と橙の炎。

空を赤く染める程に激しい炎が森を焼き、吸い込む空気が熱を帯びて苦しい。緑が燃やされている。轟々と音を立てて、地面を舐めるように激しく。

そう、激しく。

はげしく・・・・・・・・・・・・。

「い」

「姉さん?」

「っやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

激しく燃やされる、東の森に植えた私の可愛い植物達。

「ふっざけんなぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁ!!!」

可愛い・・・丹精込めて育てた植物が――――燃やされてる!

「ちょ・・・!姉さん、そっちにはまだ魔獣がいるんですよ!?」

「放してぇ!あそこには、あそこにはっ!!」

「落ち着け、フィリア!」

「落ち着け?落ち着ける訳ないでしょう!!」

何を馬鹿なことを言ってるの、アルト!

「あそこには、あそこには蒼月花を筆頭に丹精込めて、真心一杯に育て上げた植物があるの!私の植物園が、可愛い植物達が燃やされてるのに、落ち着ける訳がないっ!」

「私の植物園?おい・・・初耳だぞ」

「私だけの秘密なのに教える訳ないでしょう!・・・あ、ああ~っ!火の勢いが、勢いが強く・・・花弁が、茎が、葉が」

そ、そんな。

「もえ・・・た、ぜんぶ・・・・・・もえちゃった。もえて・・・もえて・・・・・・」

「ね、姉さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・コロス」

「姉さん!?」

何やら慌てる弟の腕を肩から外し、一歩、一歩と燃え盛る植物園に向かう。

「殺そう、完膚なきまでに。細胞の一欠けらも残さずに、殺してしまおう」

「ちょっ、落ち着けフィリア!」

「落ち着ているよ?何おかしなこと言ってるのかな、アルトは」

「笑顔が怖ぇんだよ!いや、そうじゃなくてだな」

妙に焦っているアルトに首を傾げながら、右手を伸ばした。

「フィリア、何をするつもり?」

私の前に立ち、邪魔をするリズの双眸は冷静な言葉とは裏腹に動揺している。

「何って」それら一切を気にせず、私は微笑んだ。「復讐」

「丹精込めて育てた植物達と、時間と努力と汗と涙の日々を灰燼にした魔獣に鉄槌を!」

よくも――。

よくも私の植物を燃やしてくれたな!

「森よ、目覚めろ。汝らが領域を犯す愚か者に裁きを降せ!」

「いや燃えるだろう!てか詠唱やめろ!神に愛された者が本気で詠唱すんな!」

「断る!」

この怒り、晴らさずにおけるか――――!

「大地を震わせろ!水脈を呼び起こせ!」

言葉に従うように、大地に張り巡らせた植物の根が地面を盛大に動かし、亀裂をつくって地下から水脈を間欠泉のように噴出させる。

唖然と眼を見開くアルトとカルナードに、私は薄く笑った。

「森が本気を出せば、これぐらいは出来るよ」

「・・・いや、無理だって普通。ありえねぇって」

「森って、本気って・・・いや、無理ですって。ありえませんから」

現実を直視しようか。

「でもフィリア、炎に対して力を使っても意味がないんじゃ・・・?」

「よく見てみろ、馬鹿息子」

「父上!」

まさかの王弟登場。

剣についた血を掃い、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてきた。リズが首を傾げる。

「よく見てみろ、とは・・・一体何を?」

「森は確かに燃えてるが、その炎の中心にいる魔獣に気づかねぇのか?」

驚いた。

まさか私以外で見えてる人がいるなんて・・・。

いや、私もスキル擬きがなければ気づかなかったけど。それがなくても気づく人っているんだ。・・・流石すぎて絶句しそう。

ちなみに例の如くステータス表示されたのはコレ。


Name:グザファン

備考:森緑帝(ベヘモス・フォレスト)を燃やしたい、鬼の魔獣


姿は残念ながら見えない。

けれど私の眼はそこにいて、森を燃やしている不届き者がいることを教えてくれた。ふ・・・ふふ、ほぉら。蔦がお前の体躯を捕まえた。

蔦に持ち上げられた魔獣は――――子豚程の大きさだった。

「最近、東の森周辺で頻繁に鬼の魔獣が目撃されてたが・・・まさかこの森を焼くためだけに集ってたとはな。いや、森緑帝を呼ぶために燃やした・・・が、正しいか」

いや、豚だ。

あれは鬼じゃなくて豚ですよ、王弟!

豚の顔に二本の角があるだけの豚で、鬼じゃない!鬼はもっとこう・・・いかつい顔の、どっちかと言うとゴブリンよりの顔であって・・・あれは鬼じゃない!

「一体、二体、三体・・・・・・・・・ざっと二十体はいるか。よくもまぁ、隠密行動が苦手なグザファンの癖にこれ程まで集まったものだ」

「感心している場合ですか、父上!」

「何を慌ててる」気だるげに王弟がリズを見た。「たかだか二十体、数じゃねぇよ」

「それに・・・花の乙女サマが全部まとめて縛りつけてくれたんだ。殺すのは簡単だろう?」

「それは・・・・・・ですが、相手は鬼の魔獣。簡単に殺せるとは」

「あ?簡単だろう?――――ほら」

豚が!

風の刃で豚が輪切りにされたっ!

「てか、これぐらい普通に出来れよ。面倒くせぇな」

詠唱もなしに風魔法を使うなんて・・・やっぱり王弟最強すぎる。

驚いて発動してた力が消えちゃった。

「花の乙女サマ。俺の眼にはもう敵は見えねぇが、まだいるか?」

「え・・・・・・っと、いえ、いない・・・みたい、です」

「ふぅん」

あの・・・そんなに見つめても何も出ませんよ、私。

「俺は気配で判ったが、花の乙女サマは一体、どうやって敵の存在を知ったんだろうなぁ」

「それは・・・森にいるから、だと思います。たぶん」

「ふぅん、勘って言いたいのか」

曖昧に笑ってごまかそう。

スキル擬きのせいで見えます。――なんて、馬鹿正直には言えないよっ。

「・・・・・・」

ああ、見られてる。

じっと見られてるっ。

「ふぅん」

意味深すぎて怖い・・・っ。

「じゃ、アレは?」

アレ・・・とは?

「アレは敵か、それとも・・・なんだろうな」

笑顔が怖いっ!

何?王弟は私を疑ってるの?!試してるの!?どっち!!

「アレ・・・アレって」

王弟が右を指さしているので、そっと、冷や汗を流しながら首ごと視線を向ける。ああ、水で鎮火された植物園の名残が・・・。泣きたい。

「アレって――――もしかしてアレ(・・)ですか?」

「そう、アレ(・・)

嘘だと言って欲しかった。

スキル擬きの影響で見えるステータスの文字に、遠い眼をしたくなる。


Name:フォラス

備考:森の支配者(フォレスト・ルーラ)の異名を持つ、隻眼の梟。

その他:森緑帝の配下であり、花の乙女の協力者


「・・・・・・敵、ではない・・・ですね」

「だろうな」

苦々しく告げれば、さらりとそんな言葉が返ってくる。

・・・・・・これ、絶対に判ってて私に聞いたな。

ちらちらっと、見つけて欲しそうにでかい図体を、まったく隠しきれていない木々に隠してこちらを見ているアレが、敵になりえないって知ってて聞いたな。

その証拠に剣、鞘にしまってるし!

「フォラス、用があるならさっさと来い」

ほら、やっぱり。

王弟は何で私に聞いたんだろう。知ってたなら聞かないで欲しい。不敬と知りながらも、恨みがましい眼を向けてしまいそう。いや、そんなことしたら王弟の側近に睨まれる。今だって「何か文句でも?」って眼つきで睨まれてるし。

いやいや、文句なんてそんな・・・・・・あっても心の中でしか言いませんから。

((吾輩の気配に気づくとは流石じゃ、人界の魔王よ))

脳内に直接、見た目と違って可愛らしい声を届け、嬉しそうにこちらに・・・一本脚で近づいてくるフォラス。ドン、ドン、ドドン!と羽を動かすことなく飛びながら来た。

地面が揺れるから、飛んでくれないかな。

「人界の魔王・・・?」

「敵に対して冷酷非道、圧倒的な力を奮い、冷徹に敵を屠る姿がまるで魔王のよう――と言うことで、そう呼ばれることもあるようですよ?」

「誰情報だよ、ソレ」

「とある疲れたご老人、とでも言っておきますね。アルトさん」

ドスン!一際大きな音をたてて地面が揺れる。

その正直に身体が倒れそうだったが、背後にいたリズに支えられて転倒は免れた。ありがとう。

笑顔でお礼を言ったはずなのに、リズが困惑気に私を見た。

「ねぇ、フィリア。父上は解るけど、どうしてフィリアは」

「俺を魔王とか呼ぶんじゃねぇよ。魔王になんてなるつもり、二度もねぇ」

((痛い!脚を蹴るな、痛いじゃろうて!))

「不愉快な発言をした罰だ」

魔王と言うより、いじめっ子の構図だ。

「そう言えばリズ、さっき何を言いかけたの?」

「・・・ううん、何でもないよ」

何でもない、と言う顔じゃないんだけど・・・。

首を傾げてみるも、リズは口をつぐんで話そうとしない。スキル擬きでリズのステータスを見ても、特に変わった様子もな・・・・・・・・・好感度が一つ上がってた。いや、これは他の二人も同様か。

・・・ふ。

「それで」一頻り蹴って満足したのか、王弟が口を開いた。「何の用だ」

「ああ――森の支配者を名乗っておきながら、森を護れなかったことに対する謝罪か?それとも俺達に手を煩わせたことに対する言い訳でもしに来たか?」

((吾輩も他の魔獣を排除していたんじゃが・・・・・・いや、それを言い訳にしては支配者の名折れじゃろう。――吾輩の力不足で危険な眼に遭わせてしもうたの、人間))

素直に頭を下げ、謝罪をするフォラスに王弟が溜息を吐き出した。乱暴に前髪を掻き上げ、怠惰の眼で見上げる。

「なら、次がねぇように気をつけろ」

((無論じゃて))

どうも王弟は、危険な眼に遭ったことを気にしていないようだ。・・・いや、あの程度は危険な眼とは言わないのかもしれない。少なくとも王弟に限定しては。

・・・第三師団の騎士達、大小様々だけど怪我してるのにな。

「フィリア!」

「ふぁい!?」

「ちょっと、ちょっとどうするのよ!」

「な、何が・・・首、絞めっ?!」

「どうしたらいいのよ、アタシ!こんな、こんな状態になったらアタシの目的がっ」

やめて、首絞めつつガクガクと身体を揺らさないで。

い、意識が・・・っ。

「姉さんを放してください、月の乙女」

「――っは!・・・はぁ、はぁ、はぁ」

「大丈夫ですか、姉さん・・・?」

心配気に顔を覗き込むカルナードに、手を上げて大丈夫だと伝える。ちょっとまって、まだ喋れそうにない。

咳き込み、絞められた首元を撫でた。

「フィリアに何すんだよ、月の乙女」

「何があったか知らないけど、首を絞めるのはどうかと思うよ?」

「不可抗力よ!アタシだって動揺して・・・・・・悪かったわね、フィリア」

美女にしおらしく謝られると、許さざるをえないじゃないか。

苦笑し、「大丈夫」と言おうとしたらカルナードに口を塞がれた。何故?

「動揺したからと言って、首を絞めていい理由にはなりませんよ?」

アルカイックスマイルを浮かべる弟に、ルキが頬を引きつらせた。

ん?

「まぁ、確かにそうだよな。親しき仲であっても、首を絞めるのはどうかと思うぜ?」

肉食獣を思わせる笑みを浮かべ、同意するアルト。

あれ・・・?なんか、空気が変になっているような。

「謝罪したんだから」パン、と手を叩いてリズが笑う「この件はまず終わり。ああでも次はないから気をつけてね?」

笑顔が黒い。

ルキが壊れた玩具のように何度も首を縦に動かしている。あ、旦那が背中を擦って何かを呟いて・・・慰めてる?

「それよりもフィリア、君の植物達が燃えたけど」

「・・・・・・ごめんね。リズ、カルナード。折角二人が種をくれたのに・・・咲く前に枯れちゃった。私、花の乙女失格だ」

貿易で珍しい種を手に入れてくれた弟にも、伝手で種を入手してくれたリズにも申し訳がなくて視線が下に行く。ああ・・・情けない。

それになにより、あと三日で蒼月花が咲いたのに・・・。ルキにも申し訳がない。

凹む私の頭を、誰かが乱暴に撫でた。

この手つきは・・・アルトだ。

「んな顔して謝ったら、逆にこいつらが・・・ほら、慌てだした」

そんな馬鹿な。

「また僕が新しい種を貰ってくるから、泣きそうな顔をしないで。フィリアに泣かれると僕はどうしたらいいのか・・・」

「大丈夫ですよ、姉さん。あの種はまた手に入れますから、そんな気にしなくてもいいんです」

リズが右手を、カルナードが左手を握りしめ、互いの台詞を被せるようにそう言う。正直、何を言ったのか良く解らない。

困惑顔で二人を見ていれば、地面が派手に揺れた。フォラスが何かしたのか!?

((そのことだが!))

冤罪でした、ごめん。

フォラスはせっせと燃えた森を直そうと、何やら力を使っている。森の支配者だからこそ出来るのだろうか?さっぱりだ。とにかく、声の主はふぉらすではなくぬぽっと、大地から巨大な頭を出した――――龍だった。

滑稽な姿に誰かが噴出した。

だが私は眼の前に現れたステータスに驚き、同時に頭が痛くなってしまった。帰りたい。


Name:森緑帝

備考:深淵の支配者たる龍神。普段は大地の奥底におり、滅多なことで現れない

その他:森に住まう全ての魔獣の王にして神


滅多に現れないはずの森緑帝が現れる程の騒動なの?頬を引きつらせながら、やんわりと二人の手を放す。・・・ちょっと、何でそんながっかりした眼を向けるの?

怪訝に首を傾げた私に、森緑帝が鈴のような、女性らしい声をかけた。

((花の乙女よ、燃えた植物達をよく見てみるといい))

「!こ、これって」

驚いた、って表現じゃ足りない。

確かに植物は燃えて、もう花を咲かせることも出来ない。けれど燃えたからこそ、ある種の奇跡を起こしてしまった。――――まさか、虹色に輝く伝説級の薬が出来るとは。

((偶然とは言え、お前が育てていた全ての植物は花を咲かせる前に一定の量を一定の温度で燃やすことで生み出される、人間が伝説と呼ぶ秘薬〈エリクサー〉を再びこの世に生み出した。・・・お前の努力は、苦労は、炎で無駄にはならなかったぞ))

ああ・・・そっか。

花を咲かせることは出来なかったけど、伝説を・・・・・・・・・なんて、喜ばないよ。

それで喜ぶのは、伝説級と聞いて舞い上がっているルキとざわついている周りだけ。私にはまったく、これっぽっちも、嬉しくない。騒げない。だって、だって私は。

「・・・花の乙女が花を咲かせられないんじゃ、意味がない」

「馬鹿か、花の乙女サマは」

冷たい声で、王弟に言われた。

視線を向ければ、呆れた眼で私を見ている。

「花の乙女サマが枯らさずに育ててたから、この偶然の産物が生まれたんだろうが」

「でも・・・」

「全ての植物に花が咲くか?花の乙女サマの力は、花を咲かせるだけが能か?違うだろう」

冷たい声とは裏腹に、優しく頭を撫でられる。撫で方・・・リズよりも優しい。二児の父親だからかな?

「神に愛されたからって万能でも、全能でもねぇんだ。今は――伝説の代物を生み出した偶然を喜んどけよ」

((その通りだ、花の乙女よ。あまり気に病むな。・・・人界の魔王よ、少しいいか))

「――次に俺をその名で呼んだら殺すぞ、森緑帝」

((・・・焔紅帝が下された理由が判ってしまったぞ))

笑顔でさらりと脅す王弟はやはり最強だ。

私は息を吐き出し、真っ黒い葉の上にある虹色の粉末――〈エリクサー〉を見つめる。

「花を咲かせるだけが能じゃないって、判ってはいても」

蒼月花が咲くところは、見たかったなぁ。

・・・あ、そう言えば王弟のステータス、見えなかった。

ま、いっか。

こうして、スキル擬きを手に入れてしまった一日が終わった――――。

ちなみに。

ルキの家に帰れず、我が家に強制連行されたのは言うまでもない。


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