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養子の話は、随分と前からあった――。
オルデゥアさんは第三師団の中で特に俺を弟のように可愛がってくれていたから、インジェット家でのことを耳にするたびに何度も養子のことを話に持ち出していたから。家のことが煩わしいと思っていても、是と頷かなかったのは辺境伯の存在理由を重々理解しているからと、フィリアの傍から離れたくなかったからだ。
フィリアが唯一を決めなら、潔く諦めて恋心をゆっくりと消していくつもりだった。
それでも傍を離れるつもりはなく、幼馴染としてフィリアを、フィリアが愛する家族を護るつもりだった。――だがフィリアは俺を選んだ。
諦める必要も、恋心を消す必要もない。
恋を、愛を、想いをどれだけ向けても、言葉にしても問題ない関係となった。
初恋は叶わない、と言うが、俺の初恋は無事に成就した。
嬉しいことだが、家族のことを考えると舌打ちをして悪態をつきたい嫌な気分になってしまう。
あいつら死ねばいいのに――と、本気で願ってしまう程に。
さてどうしようかと考えていたら、馬鹿がフィリアを化け物と言った。その時点で俺はインジェット家を切り捨てた。
神に愛された者を疎み、毛嫌いしているのは知っていたがまさか俺の最愛に対して化け物と言うとは思わなかった。ああ、俺はまだ家族に期待していたのかと気づいたが、もうどうでもいい。
フィリアを傷つける奴を、家族なんて思えない。――血の繋がっただけの他人だ。
親子の情も、フィリアと天秤にかけたらないに等しい。
育てられた恩義も、今までかけてくれた金銭も、貯金を崩せばすぐに清算できる。伊達に早くから騎士団見習いとして第三師団に所属していないからな。だから簡単に捨てられる。ああ、こんなことなら早々に切り捨てておけばよかった。
そうしたらフィリアを傷つけずにすんだのに。
フィリアを汚れた眼に映すことも、フィリアが汚い息を吸うこともなかったのに。
後悔するのはそのことばかり。
縁を切ることに微塵の後悔も未練もない。むしろ清々しい気分だ。
だが、外面の良い家族だから、親戚や縁者が煩く言ってきて縁を切るのは手間かもしれない。猫かぶりが上手いからな。本当に面倒だ。物理的に斬ってやろうかな。
フィリアが血を嫌がるからしないけど。
俺はオルデゥアさんの話に乗り、養子になることを決めた。必要な書類にサインをして後は手続きをすませ、無事に龍を撃退すればいい。気軽に言っているが、これが最難関だと、誰に言われなくても俺が一番理解している。
けれど、フィリアと別れる気はさらさらない。
微塵もない。
アリが通れるような隙間すらない。
「ねぇ、どうして天空帝が王国の辺境に現れるか知ってる?」
くいくいっと、可愛らしく袖を引っ張って尋ねるフィリアに肩を竦めた。
「さぁな。けど、ラインハルト様が降した焔紅帝もそうだが、龍神は気まぐれで退屈を凌ぐためならどんなこともするらしい。今回もソレだろう」
「うわぁ、傍迷惑」まったくだと頷いて、フィリアの頭を撫でた。
気恥ずかしそうに頬を染めながらも嫌がらない姿に、押し倒したい衝動に駆られる。恥ずかしいと嫌がり、涙ながらに抵抗するフィリアの両手を抑え、ボタンを丁寧に外し、柔らかな肌を直接手で触れたい。そして俺の欲をその身で受け止めて欲しい――と、欲望に素直な本能を理性で抑え、ちらりと部屋に残る月の乙女とオルデゥアさんを見た。
この二人がいなかったら、間違いなく押し倒してヤってたな。
いちゃいちゃと言う文字が背後に見えそうな空気に溜息をつき、「それで」とオルデゥアさんに声をかけた。月の乙女が睨んでいるが、知ったことじゃない。
俺はフィリア以外の女に興味なんてないし、嫌われても別にどうも思わないからな。
「天空帝が来ると判った理由は何ですか?」
「三日前、王弟妃様が」
「空の乙女が風の精霊に聞いたんですね。理解しましたが、何故、辺境伯の所に?退屈凌ぎなら王国を・・・・・・まさか」
「ああ、団長が脅して辺境に・・・俺の親父、エーデル伯が治める地に向かわせた。ちなみに向かわせた理由は『あそこは迷惑をかけずに、本気で暴れられる数少ない土地の一つだからな』で、脅した理由は『馬鹿のせいでむしゃくしゃしてた』・・・だそうだ」
遠い眼をして告げるオルデゥアさんに、俺はかける言葉を失った。
馬鹿って、間違いなく王様のことだよな。またなんかしたのか。溜息をつき、それでも苛立ったからと言って、龍神を脅すなんて無謀なことを平然と行った王弟はやはり最凶の存在だと戦慄した。流石は第三師団の団長。
尊敬はするが憧れはしない。
――さて、円満にインジェット家と縁を切るために俺も頑張りますか。
全てはフィリアと共に過ごす未来のために。
どんな手を使ってでも、俺からフィリアを遠ざけようとするモノを排除しないと・・・な。
「ねぇ、加護ってどうやったらつくの?呪文でも唱えるの?それとも念じるの?」
知らないことなので素直にルキに聞けば、きょとんとした顔で首を傾げられた。
「知らないわよ、そんなこと」
ただいま私、第三師団が所持する飛空艇に乗って空を飛んでいます。
国章と、紅蓮公の異名を持つ王弟の紋様を刻んだ飛空艇は大きく、海に浮かぶ船とはまったく違う形をしている。木製と鉄製を比べる時点で間違ってるんだろうけど、私にはそこしか違いが解らなかった。
で、その鉄の塊が巨大な風の魔石と、空の乙女の力を込めた宝玉によって浮いている。
鉄の車が雷の魔石で動くのと同じぐらい、不思議な気分になる。
操縦する人が不透明な魔石に魔力をこめ、捜査しているから余計に不思議。
鉄の車を動かすのはハンドルなのに、鉄の鳥は魔石で操作なのか。・・・魔力が切れたら墜落――なんてことはないよね。
鉄の車が魔力切れと、魔力回線がショートしたせいで事故を起こしたことが多いから不安。
いや、これは王弟も乗る飛空艇だから大丈夫!・・・大丈夫だよね。
やっぱり不安。
「ただ傍にいれば自然と加護がつくはずよ!」
「はずじゃ困るんだけど!これからどこに行って、何と相対するか解っていってる?!と言うかなんでいるの!?」
「天空帝から空に咲く幻の天上の華を貰うためよ!瀕死の人間も即座に復活すると言う伝説級の〈レザレクション〉なのよ!」
「・・・・・・天上の華の別名、知ってる?不死鳥の羽だよ?不死鳥を発見しないと駄目だし、そもそも不死鳥の羽は燃えてるから触ることが出来ない。さらに言えば不死鳥は絶滅危惧種」
不思議そうに首を傾げるルキを、私は憐れんだ眼で見つめた。
「手を出したら捕まって、即、死刑になるから諦めて。死にたいなら別だけど」
「それにしてもラインハルト様、飛空艇を貸してくれたのに乗ってないのね。それに第三師団のメンバーも一、二、三・・・・・・操縦してる五人だけだし」
判り易く話をそらしたね。
うん、けど私達を合わせたら九人だよ。数にいれてないの?
「天空帝を脅した張本人はどうしていないの?」
「ああ・・・・・・陛下が崩御されたからな。来たくても来れないんだろう」
「ほうぎょ・・・?」
ルキがきょとんと瞬いた。
私は絶句した。
「お、オルデゥアさんそれって本当ですか?!え?いつ!?」
「朝方」
さらりと何でもないように爆弾が投下された・・・!
え、嘘?!
「王妃が王を情事の最中に毒殺したらしい」
「らしい?」私は首を傾げた。
オルデゥアさんの話を引き継ぐよう、アルトが言葉を繋ぐ。
「王妃も毒で自害。近くにあった小瓶から猛毒の〈死送〉の成分が発見されたそうだ。どこで薬を手に入れたか、何故、殺したのかは謎だけどな」
「〈死送〉・・・淡く美しい青い花弁は触れた者の皮膚を溶かし、その花粉を吸った者は一瞬にして神経障害を起こして脳髄を焼く。根の毒素を排出すれば鎮静剤の役割を果たすが、毒素を持ったまま調合すると眼球を溶かす毒を吹き出す」
〈禁忌取扱説明書〉に書かれていた内容を思い出し、血の気が引いた。
「この美しい花全てを調合すれば、口に入れなくても一滴、肌に触れるだけで人を殺める猛毒となる。もし、この毒を多量に内服したら――内から臓器が、骨が、血管が、溶けてただの肉の塊になる。ゆえにこの花を育ててはならない。薬にしてはならない」
「それを薬にして、王妃に渡した馬鹿がいるって恐ろしいな」
「どうせ死ぬなら、迷惑をかけない死に方にして欲しいわよね。おかげでアタシが、このアタシがよ!王妃に毒を渡したんじゃないかって疑われたのよ?・・・死んでも迷惑をかけるなんて本当、最低。最悪な気分よ」
あ、そう言えばルキと王妃って・・・。
「王の崩御に天空帝の襲来・・・」
疲れたようにアルトが呟いた。
だ、大丈夫?傍によって背中を撫でた。本当は頭を撫でたかったけど身長差で無理だった。無駄にでかくなりおって・・・。私にわけろ。
「すげぇ、面倒な予感がする」
「それ、口にしたらフラグになると思う」
と言うか、ね。
「王様が死んだのに私達・・・ここにいていいんですか?」
「天空帝が来るのが今日なんだよ」
「・・・ラインハルト様にお願いしてもう一度脅してもらいましょうよ。そしたら日にちをずらせますって」
「俺もそう思ったんだが・・・はぁ」
疲弊のこもった溜息をつき、オルデゥアさんが死んだ魚の眼で私を見つめる。
こ、こわい。
いったい、何を言われたんだろう。
「まだ何も言ってないのに、顔を合わせた瞬間にロイヤルスマイルで『俺と戦うか、阿呆龍と戦うか、どっちがいい』って言われてな。はははは・・・俺はまだ命が惜しい」
真顔で言われた。
そんなに王弟が怖かったのかな。と頬を引きつらせながらも、でも解る気がすると同じように遠い眼をした。その時の情景が簡単に眼に浮かぶもんね。・・・あ、なんだか寒気が。
今頃、王城は不機嫌な王弟が放つ殺気で満たされてるんだろうな。リズ、大丈夫かな?他の騎士団の人達生きてるかな?
・・・帰ったら王城が半壊してました、とかないよね。
ありそうで怖いわ。
「団長と戦うより、天空帝と戦った方が数千倍マシでだしな!」
自棄気味に叫ぶオルデゥアさんから眼をそらし、私はアルトを見上げた。
「龍神よりマシって言われるラインハルト様って、本当に人間?」
「前世は神か魔王だった、と言われても俺は信じる」
「何故だろう。すっごく同意できる」
そう言えば、誰かが王弟を魔王とか言っていたような・・・。誰だっけ?
う~ん、思い出せない。昨日の夕飯のことも思い出せない。・・・いや、そもそも夕飯食べてないような。だから今朝、一杯食べられたのかな?アルトの料理の腕がいいからじゃなくて、空腹だったから美味しく感じたのかも。空腹は最高の調味料って言うしね!
「フィリアもこっちに来て、一緒にお茶しない?」
「ぅえ゛?!・・・え、なんで優雅に寛いでるのルキ?」
今まで静かだと思ったら、オルデゥアさんの隣にいないと思ったら角にあるソファに腰を下ろしてなんか飲んでた。しかもよく見れば、テーブルにはお茶請けが!クッキーを持ち込む人、この中にいるのかな?
「おい、なんでお前がソレを食ってんだよ」
「ご馳走様、美味しかったわよ」
「盗ったのか」
「人聞きの悪いことを言わないでくれる?クッキーが、アタシに食べられたくて出てきたのよ」
「・・・内ポケットにしまってたんだが」
「出てきたのよ」
あくまでも盗った、と言わないルキにアルトの額に青筋が浮かぶ。ぴくりと右の口角が引きつり、両手がわなわなと震えている。あ、これはやばいかも。
「ルキ、俺との約束を破るのか」
「ごめんなさい、お腹がすいていて盗りました」
笑顔のオルデゥアさんの言葉に、即座に綺麗な土下座を披露して謝るルキ。私の眼が点になった。あれ・・・ルキってこんなキャラだっけ?もしや偽物?
「でも誇っていいわ!このアタシの口に合ったんだもの」
「威張んな」
「何よ。アタシが素直に称賛してるのよ?!喜びなさい!」
・・・な、訳ないか。
土下座したままだけど、いつも通りのルキだ。こっちの方が安心するなぁ。
「悪いな、アルト。今度何か奢るから許してくれ」
「オレンジショコラのタルトをホールで」
「わかった、わかった」
なんか、仲の良い兄弟みたいなやり取りが。
・・・・・・養子になったら、オルデゥアさんが兄になるのか。私達の前以外で、年相応に子供っぽいアルトが見れるならいい。断然いい。
全力で養子の件、協力しよう。――そう強く、決意を胸にした。
「アルト、頑張ろうね!」
「あ?ああ・・・」
「打倒・天空帝!全力で加護をアルトにつけてみせるから!」
「張り切りすぎて倒れんなよ?」
苦笑したアルトに頭を撫でられた。
もっと撫でて。気力とやる気を充電するから!・・・ごめん、冗談だからキスしようとしないで。人前は、人前はやめて。せめて人気のない場所で・・・いや、それでも心臓が持たなくてやだけど。別に嫌な訳じゃなくて。
顔を近づけてきたアルトの口を両手で塞ぎ、頬に熱を宿したまま俯いた。
「顔真っ赤だけど何、もしかしてキスされると思ったのか?」
「顔が近いからだよ!」
その通りだよ、馬鹿!
にやにや笑うな!
「――――着いたぞ」
ああもう、この苛立ちを天空帝にぶつけてやる!
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・大地に降り立った瞬間、植物の蔦で体躯を拘束して花粉攻撃だ!
これしか思いつかない私が、本当に苛立ちを天空帝にぶつけられる訳がない。むしろ返り討ちだよね。笑えない未来しか想像できないんだけど。
「で、天空帝はどこに?」
飛空艇を降りたのは私とアルトと、オルデゥアさんとルキ。
残りの人は飛空艇で遠くへ・・・。逃げた?とそれを見送っていれば、アルトが街に被害が行かないように結界をはりに行ったと教えてくれた。
逃げたと思ってごめんなさい。
心の中で素直に謝罪する。本当、すいませんでした。
「えっと・・・街外れの草原に天空帝が本当に来るの?」
「ラインハルト様がしっかり脅したんだから来るだろう」
説得力がある。
でも・・・と、私は周囲を見渡した。見事に何もない。
上空から見た景色だと、街の西側には湖や森があったのに。北側には草原だけって・・・いや、進軍されやすいね。流石は国境近くの街。最初の防波堤。
・・・防波堤でいいのかな?なんか違う気もする。
「フィリア、フィリア。危ないからこっちに来なさいよ。さぁ、アタシとお茶を飲みながら優雅に天空帝を待ちましょう」
「空気読んで」
「いやよ、空気なんて読んでも面白くないもの」
天空帝がいつ来るか判らないのに・・・。溜息が出た。
アルトとオルデゥアさんは剣こそ抜いてないが、警戒した様子を見せる。なのにルキと来たら・・・状況、解ってるのかな。
ある意味、大物だよ。
近くの岩に腰を下ろし、魔法瓶に入ったお茶をコップに注いでるんだから。いつの間に用意したんだか。あ、また溜息が。
「ルキ・・・お前なぁ」
「大丈夫よ」
自信満々に言う根拠は何?白い眼をルキに向ければ、首を傾げてにこりと微笑んだ。コップを持っている手とは逆の手が一をつくり・・・いや、違う。
上を、指さしてる?
「もう来てるから」
「んなっ!?」
息も出来ない程の突風に襲われ、両足が地面から浮き上がった。ひぃ!
アルトが抱きしめてくれなかったら今頃、空の彼方。この世の果てにまで飛ばされてたかも。ありがとう!本当にありがとうぉ!でも抱きしめる力、強すぎ。内臓でちゃうから緩めて。
「・・・でかいな」
ぽつりと、耳元で呟いたアルトに頷いて同意する。
地に降り立ったのはこれぞ龍!と言った、まさに物語に出てくる通りの姿をしたトカゲの体躯に蝙蝠の羽を持つ巨大な生物。
天空の名を示すように空色の鱗を持ち、透けるように透明な翼。土に隠れて龍と解る部分が顔だけの森緑帝とは大違いだ。
Name:天空帝
備考:天上の支配者たる龍神。普段は空から空を自由に渡り歩き、気まぐれに天災を起こす
その他:空を飛ぶ全ての魔物の王にして神
でも傍迷惑。
見えたステータスの文字に白い眼を天空帝に向け、気まぐれで天災を起こすなよ。と、溜息をついた。森緑帝は温和で大人しい龍神なのに・・・。
((おっと、待たせたようだな))
にたりと天空帝が嗤う。
ただそれだけなのに・・・すっごく殴りたい。顔面ぼっこぼこにしてやりたい衝動に駆られる。それをぐっと耐えているのは、アルトにまだ抱きしめられてるから。
抱きしめられてなかったら間違いなく、天空帝に殴りかかっていたな。と、他人事のように考えた。うん、私――生理的にコイツが嫌いだ。
ある意味、初体験!
ゆっくりと私を腕の中から出すアルトの背に隠れ、じっと天空帝を見た。やっぱり殴たい。
((それにしては数が少ないようだが、その人数でこの俺様に勝てると思っているのか))
ふん!と鼻息だけで足が浮きかけた。
((ところで――――俺様を脅した奴はどこにいる))
ぎょろりと、大きな眼が周囲を見渡して王弟を探す。
何だか、その眼がとっても焦っているように見えるのは気のせいだろうか?・・・龍神がただの人を恐れてるの?
「団長――ラインハルト様なら王国に留まっている」
いや、相手は王弟。
「お会いしたいのならば直接、王国へ行くといい。喜んで相手をしてくれるだろう」
「そうよそうよ!オルデゥアの言う通り!今なら全力で相手をしてくれるわよ!だって最高潮に不機嫌だもの!アタシが断言してあげる!」
知性のあるなし関係なく、敵に回したら誰もが恐れ、震えあがる人物だ。
龍神とて例外じゃないはず。
・・・それとルキ。
何か言いたいなら私の後ろからじゃなくて、オルデゥアさんみたいに眼の前で言えば?ほら、背中押してあげるから。こ、の!服を引っ張るな!肉を掴むな!くそ、意地でも私の後ろから動かないつもりかっ!
「そうだな。今なら天空帝の骸が出来るぐらいだろうし」
((今なら?!))
「被害を受けてくれる天空帝には感謝しないといけないな」
((待て待て待て待て!俺様は行くとは言っていないぞ!))
「正直、王国の未来を考えるとぎせ・・・生贄は必要だからな」
((言い直す必要があったのか!?))
犠牲も生贄も変わらないよね。
アルトったらもう。
((貴様らが!この俺様と!戦うのだ!それ以外はなしだ!))
「えー」
((嫌そうに声をそろえて出すな!無礼だぞ!俺様を誰だと思っておる!!))
「天空帝」
またそろった。
オルデゥアさんとアルトは本当、仲が良い。その様子にちょっとだけ胸がむかむかする。うー・・・今までは何とも思わなかったのに。
((解っておるならそえ相応の!))
「ラインハルト様と戦うのが嫌なら、俺達と戦うのか?言っとくけど、ラインハルト様の部下だからそれなりに戦えるぞ?それなりに」
((ああ!戦ってやろうではないか!))
っは!
もしかして私、リズやカルナードに対してもこうなるんじゃ。・・・え、だったらどうしよう。むしろどうしたらいいんだろう。
平常心?
平常心でいたらどうにかなる?
「ほらフィリア!アタシ達の加護を二人に付ける時よ!」
「・・・背中、痛いんだけど」
「思いっきり叩いたから当然でしょう?」
きょとんとした顔のルキの頬を引っ張り、にこりと笑う。
「私に、ストレス、ぶつけないで?ね?」
「ごふぇんなふぁい」
解ればよろしい。
・・・何考えてたか忘れちゃったよ。
「ところえ――その樽はなんだ?」
((見て解らんか))
解る訳がない。と言う思いはきっと、この場にいる皆共通の思いだろう。ルキ以外。
実は登場した当初から大きな樽を両腕に二つ抱え、尻尾に一つ持った状態だった天空帝。誰も何も言わなかったのは、とりあえず王弟のストレス発散アイテムになってもらおう。と言う考えがあったからだろう。・・・オルデゥアさんは。
アルトはただたんに興味がなかったんだと思う。
ルキは・・・知らない。
私はツッコんだら面倒そうだから口をつぐんでいた。・・・で、その樽は何?
((武力を持って戦うのもいいが、今回はこれ――飲み比べだ!!))
いや、絶対に王弟と真正面から戦うのが嫌だったんだ。
「ラインハルト様と戦うのが嫌だったのか」
((違うわ!))
即答する所が怪しい。
ジト目で天空帝を見るアルトに、オルデゥアさんが苦笑した。
「飲み比べ・・・ねぇ。酒豪として有名な龍神と、ただの人間が普通に勝負出来る内容じゃないよな」
((ふふん!安心しろ。龍神の中でもこの俺様は一番、酒が弱い!))
威張ることじゃない。
「でもハンデは貰うわよ!龍神の中で一番弱いとは言え龍に変わりないもの!」
((この酒も度数が弱いんだがなぁ。それで十分ハンデになっていると思うが?))
「駄目よ!龍にとって度数が弱くても、人間にとってはそうじゃないかもしれないじゃない!」
((そのハンデと言うのは、加護をつけると言うことか?それは不可能だ。俺様達龍神の前で、神に愛された者の加護は絶対につかない))
え゛・・・?
そ、そうなの?驚きのあまりルキを振り返れば、初耳のようでこちらも驚いていた。え?え?え?!どうするの!?
((そもそも――人が龍神に勝てるはずがない。それが常識だったと言うのに・・・・・・))
王弟は非常識的な強さなんだ。
それは仕方がない。
だって王弟だもん。
魔王と呼ばれても間違いないくらい強い人間だからね。非常識的な強さは当然だよ。
でもどうしよう。天空帝と相対するのは非常識的強さを持つ王弟じゃなくてアルト。と、オルデゥアさん。この二人が飲み食らべとは言え、勝負で龍神に勝てるだろうか。
・・・加護がつけられないんじゃ、私が来た意味ないよね。
そもそもつけ方しらないし。
あれ?私ただの邪魔なんじゃ・・・。
「別に加護なんて期待してねぇよ」
「ぅえ?」
私の肩を掴み、身体を抱き寄せるアルトに瞬いた。
「フィリアがいるだけで俺には十分だからな。惚れた女の前で無様な姿はさらせねぇよ」
私がいるだけで・・・。
私が・・・。
どうしよう。嬉しすぎて顔が熱い。赤くなった頬と、にやけそうな口を俯いて隠す。駄目だ、どうしても口元が緩んじゃう。あと、心臓が痛い。
これが惚れた弱み・・・なのかな。
心臓発作で死なないように気をつけないと。
ぱん!と勢いよく叩いた頬で赤みを隠し、痛みで口元のにやけが引き締まった。よし。
▽「アルトが勝つよ、絶対」
「負けないで、アルト」 ×
・・・この選択、別に現れる必要はなかったのに。
呆れつつも、私は口を開いた。
「アルトが勝つよ、絶対」
「当然だろう」
はっきりと断言すれば、アルトは不敵な笑みを浮かべる。
ぐしゃりと乱暴に頭を撫でて歩き出すその背に、私は「大丈夫」と根拠のない確信を抱いた。だってアルトが言ったんだもん。
「惚れた女の前で無様な姿はさらせない」って・・・ね。
だから絶対に大丈夫。




