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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
route:アルト
14/30

2

家に帰った私を待っていたのは仁王立ちする弟でした――――。

逃げたい、と思ったのは間違いなく背後に見えてはいけない存在がいた見えたせいだ。青い顔をしたまま眼をそらし、縋るようにアルトの腕に抱き着いた私に向かって、カルナードは「アルトさんを選んだんですね」と悲しそうな声で告げた。

声よりも何故判ったのかと吃驚して視線を戻しちゃった。

アルトもカルナードも常と変わらぬ態度で、殴り合う気配も口喧嘩をする様子も一切ない。とりあえずほっと安堵したけど、「私のために争わないで!」と言う状態にはならなかった。

一度は言ってみたい台詞だったのに残念。

・・・・・・いや、私よりもギネアやルキが言うべき台詞かもしれない。うん、美少女美女だけが使える台詞だね。想像したら似合いすぎてて怖かった。

なんてことを考えながら両親にアルトと婚約することを告げたら、母親が号泣した。

何故?

わんわんと子供のように泣き叫び、意味の解らない言葉を叫んで私の肩を掴み揺さぶってきた。やめて、酔う。青い顔をした私を救ったのはアルトで、カルナードが呆れた顔で母親を部屋から退室させた。父親は素知らぬ顔でお酒を飲んでた。ちょっとは娘を気にかけて。

睨む私の視線に気づかず、いや、気づかないふりをして父親はアルトに結婚までのことを語りだした。ルキに教わった後頭部がハゲる呪いをかけてやろうか・・・。

悪寒を感じた父親がちらちらと私を見ながら、学園を卒業するまでのことから始まり、仕事のことや住む場所、子供のことまで話し始めた。聞いてて恥ずかしくなって、父親の口を物理的に止めたくなった。と言うか、止めた。

ソファにあるクッションを投げて。

執事が青い顔をしていたけど、気にしない。孫は三人欲しいから頑張れとか言った父親が悪い。頷くアルトには思いっきり腹パンを決め、私は冷めた紅茶を一気に呷った。父親が何か言いたげに見ているけど、知らない。ハゲの呪いで寂しい頭になれ!


そして話は進み――夜も遅いので泊まるように勧めた父親の言を、アルトは報告する相手がいるからと断った。


ちらりと時計を見る。秒針は九時少し前をさしていた。

もしかして・・・リズに逢いに行くのかな?ソファから立ち上がったアルトを見上げれば、くしゃりと頭を撫でられた。・・・なんでこの場面で、慈しむような優しい眼をするのか解んないんだけど。

気恥ずかしさから眼をそらせば、くつりと喉が鳴る音が聞こえた。

父親が複雑な顔で私とアルトを見ている。早々に孫を欲しがる父親なんて知らない。

逃げるように部屋に戻って、気分を落ち着かせようとお風呂に入って、以前にルキから渡された化粧品で肌のケアをしてからベッドにダイブした。

そしてお休み三秒。

眼が覚めたのは早朝の四時。

我ならが早すぎる起床時間に驚きつつ、なんとなーくの気分で散歩に出た。

澄んだ空気が気持ちよく、冷えた空を照らす太陽に眼を細めながら家の周りをゆっくりと歩き――――そして現在、アルトの部屋にいる。

「これは誘拐です」

「許可はとったから問題ねぇよ」

「いつの間に?!」

早朝ランニングか、はたまた鍛錬の途中なのかは判らないけれど遭遇したアルトにより、有無を言えずに連れて来られた。抵抗はしたよ、一応。でも男の力には敵わないんだよね。

溜息を吐き出し、眼の前のソファに座ってカフェオレを飲むアルトから視線をそらした。

「・・・変わらないね、この部屋」

「そうか?」

「そうだよ。小さい頃に入った時と家具の位置が同じ」

苦笑した。

アルトの部屋は幼い頃に見たシンプルイズベスト――が似合う部屋のまま。

青を基調にした落ち着いた色合いの部屋には必要最低限の家具しか置かれておらず、部屋の広さもリズやカルナードに比べると狭い。物がないから私の部屋より広く感じるけど。

いや、物はあった。

昔と変わらずに猫や犬、兎と言った小動物の可愛すぎない置物や飾りが部屋の至る所で見ることが出来た。ベッドの近くにある黒猫の形をした時計は、十歳の誕生日に私があげたやつだ。

まだ大事に使ってくれたんだと、心が熱くなって・・・顔を俯かせた。

テーブルに置かれた紅茶でも飲んで、心臓を落ち着かせよう。

「あ、朝食・・・美味しかったって伝えてくれる?」

「何が気に入った」

朝食に出されたメニューを思い出してみる。

カリカリに焼かれたベーコンと目玉焼きを乗せた、ふわふわの厚みがあるパンケーキ。それからトマトとレタスのサラダ。後は温かいコーンスープ・・・と、レモンの味がする水。

・・・この中からあえて一つを選ぶとしたら。

「パンケーキ、スフレみたいで美味しかったよ」

「そうか、また作ってやるよ」

「うん、聞いてきた時点でなんとなく察したけど・・・・・・いつの間に料理を覚えたの?」

私なんて、目玉焼きすら上手に焼けないレベルの腕前なのに。

「胃袋を掴んだら、逃げられることもないだろう」

笑顔でなんか変なこと言ってるよ。

と言うか、料理を覚えた時期を聞いただけで、料理をするきっかけなんて聞いてない。そして知りたくなかった。頬を引きつらせ、紅茶を持ったまま後ろにのけぞる。ソファのせいであんまり後ろに行けなかった。

どうしよう、何か嫌な予感がする。

「どこかの国の話で」

アルトが身を乗り出して右手を伸ばす。あ、やっぱり予感的中。

テーブルが僅かに軋む音がし、冷や汗が頬を伝った。

「朝食に少量の遅効性の毒を入れ、夕食にその毒の解毒剤を入れると浮気されないらしい」

「?・・・・・・・・・っ!!!」

「これには入れてないが・・・俺もそうした方がいいか?」

指先で私の頬に触れ、眼に不穏な色を宿して笑うアルトに戦慄した。

必死に首を横に振り、頬に触れるアルトの右手を掴んだ。浮気予防にしても発想が怖いよ!どこの国の話なの物騒?!

帝国?

聖国?

どこにしても嫌な話だね!聞きたくなかったよっ。

「そんなことしなくてもアルトから離れないから!」

「当然だろう」真顔で言われた。

「フィリアが俺を選んだ時点で選択肢なんてねぇんだよ。俺以外を見たらそいつの眼を抉るし、俺以外に触れたらそいつの身体を刻むし、俺以外と話したらそいつの舌を抜く。フィリアの瞳に映していいのも、声を聴いていいのも、触れていいのも俺だけだ。幼馴染と一部例外は不本意だかが別にしてやるけど。フィリアに害を与えようとする奴は排除するし、害しか与えない奴は抹殺する。だから安心して俺だけを愛して、俺だけを見てろ。他を見たらその眼を抉って、檻に閉じ込めてやる。首輪をつけたフィリアは可愛いだろうな。俺のためだけに毎晩囀ってくれよ。大丈夫。俺が全部世話してやるから。上も下も全部、な」

「ごめん、早口で何言ってるか解らなかった」

でも怖いことを言われた気がする。

「あ、そう」

アルトは意外と怒らず、テーブルに行儀悪く座って左手で私の頭に触れる。ぐいっと頭を掴まれ、身体が前に傾いた。

カップが手から落ち、絨毯を汚しながら転がる。

「ならこれだけちゃんと聞いとけ――死んでも俺から離さない」

唇を撫でた右手の人差し指と中指が私の口の中に侵入し、ぐにぐにと中を荒らすように動く。抗議の声をあげたくとも、舌を掴まれて上手く言葉が出てこない。と言うよりも、変な声が出るから恥ずかしくて喋れない!

っく、計画的犯行か・・・っ。

必死に頭を動かしても口の中から指は抜けず、逃げようともがいても男女の力差にあっけなく体力が尽きる。

私の体力は平均以下だからね!

「んぅ・・・・・・ふぅ、あ!」

漸く口から指が抜けた。

うわ、アルトの指が唾液でてかてか光ってる。・・・なんか恥ずかしいんだけど。

「は!い、いきなり何す――何してんの!?」

「あ?」

不思議そうに首を傾げたアルトが可愛く見え・・・違う。そうじゃなくて。私は頭を抱えて唸った。

「なんで指を舐めるの・・・」

手拭きか何かに拭きなさい。汚いからっ。

ああ・・・!美味しそうに舐めないでよ、もう!うぅ、泣きたい。

「フィリアの味がする」

「しないから!」

馬鹿じゃないですか!

唾液に味なんてある訳ない!ばっかじゃないですか!

「顔真っ赤」

「誰のせいだと・・・っ」

「それでこの先、大丈夫かよ。まぁ、それはそれで俺はいいけど」

この先って何!?

妖しい笑みが怖いんですけど。手加減してください。恋愛経験ゼロなんです。初心者マークの初心なんです。経験値豊富そうなアルトに勝て・・・・・・・・・ん゛?

「言っとくけど、俺だって経験値はねぇからな」

心を読んだ・・・だと?

でもそっか。経験値ないんだ。そっか。そっかぁ・・・にしては、手慣れてるような気がするんだけど。き、キスとか。

「――――おい、アルト!」

ノックもなしに熊がアルトの部屋に侵入した。

おかげで意を決し、手慣れてるとしか思えないキスについて聞こうとした私の出鼻はくじかれた。まぁ、いいけど。

それにしても・・・この熊、どこかで見たような。

あ、アルトのお兄さん。

「お前、私達の許可なく勝手なことをしたようだな」

アルトと違って強面の顔で、アルトと違って筋肉隆々の身体で、アルトと違って暑苦しくて鬱陶しくて、アルトと違って耳障りな声で、アルトと違って・・・と、上げたらきりがないくらいにアルトとまったく似た部分がないこの人の名前はえっと・・・・・・ゼロック、だったような。いや、ケロック?

蛙と似てる名前だったのは確かだから、ケロックかもしれない。

「ただの子爵家の娘と婚約なぞ、お前はインジェット家を陥れたいのかっ」

ずかずかと足音を立てて、アルトに近づく熊。床が抜けるから優しく歩け、と言いたくて睨みつければ私を一瞥して鼻で笑った。

私、来客だけど?

来客に礼もしないなんて・・・いやはや、剣しか能がない男はこれだから。後でそのうっすくなった頭皮、全滅する呪いをかけてやる。

「ただの――とは聞きずれならねぇな、兄貴。エルゥル家は花の乙女がいるってだけで王族よりも立場が上だ」

「黙れ」

「アルト!」

言葉より早く拳がアルトの右頬を殴り、アルトの身体が床に倒れた。

派手な音に驚き、慌ててアルトの傍に駆け寄ろうとするけど、この熊野郎のせいで近づくことが出来ない。

ちょっと・・・邪魔だからそこ退いて。私の前に立つな。

「出来損ないのお前は、私達のためにいや、インジェット家のために尽くす義務があるのだ。母様が憐れんで婚約を決めたが、元から婚約(それ)を破棄する予定だった。・・・なのにお前は私達に話さず勝手に婚約届を出し、簡単に破棄できない状況にした」

地を這うような怒気を孕んだ声に恐れるよりも、告げられた台詞に眼を見開いて驚いた。

私、婚約届にサインした覚えがないんだけど。・・・父親かな?

父親による偽装かな?

ばれないといいな。

「あんな得体の知れない、神に愛されたなどと法螺(ほら)を吹く人間なぞお存在していること事態がおぞましい。アルト、眼を覚ませ。婚約破棄はこちらにも手痛いが、今回は仕方がない。お前の罪として受け入れろ。お前に相応しい女は私達が決めてやる」

アルトに向いていた視線が、ゆっくりと私に向く。

「――失せろ、化け物が。金輪際、コレ(・・)に近づくな」

私を人として見ていない、言葉通り、化け物を見るような冷たく、憎悪に満ちた眼。

「母様が父様に頼み込まなければ、こんな化け物に惑わされることもなかったのだ」

「黙れよ」

「お前は幼馴染を選び間違えたのだ。出来ることなら幼少期からやり直したいが、それは不可能。だからこそ、嫁は私達が決める。母様にはもう口出しはさせない。お前はただ、インジェット家のために尽くせ。いいな」

唸るようなアルトの声を無視し、熊男が優しく、駄々をこねる子供をあやすように告げた。ぽん、とアルトの肩に触れる手に力がこもっており、有無を言わせないのは見て解る。

私に向けていた眼とは違うけれど、アルトを下に見た嫌な眼つき。

実の弟を家のための道具としか見ていないこの男に、冷水を浴びたように思考がクリアになる。

胸から湧き上がるのは憤慨であり、蔑みで・・・この男を殺してしまいたいと言う衝動をぐっと堪え、射抜くように熊野郎を睨みつけた。まったく歯牙にもかけられなかったけど。

口の端から流れる血を拭い、下を向いていたアルトが顔を上げた。

口元は綺麗な笑みを浮かべているのに、双眸に光が宿っていない。胃の腑が冷たくなるような眼差しを兄に向けるアルトに、ぞっと背筋が震える。

視線を向けられていない私でそうだと言うのに、至近距離で視線を向けられた熊野郎はまったく気づいた素振りがない。それでも騎士かと呆れ、抱いた負の感情が霧散した。

「――――黙れって言ったのが聞こえねぇのか?」

「お前誰に向かっ・・・!」

「俺はフィリア以外と結婚するつもりはねぇって、何度も何度も何度も言ったよな?言ったのにまったく理解してねぇこの頭の中に何が入ってんだ?ああ、悪いな。脳みそまで筋肉だから留年したんだっけ。普通は留年なんてしねぇのに二回も三年を繰り返して、同年代の奴らがなんて言ったか覚えてるか?覚えてねぇか。だったら思い出させてやるよ――『剣と家柄しか取り柄のない熊面』だ、思い出したか?思い出したよな?いくら脳筋でも同年代どころか後輩にまでそう言われて、悔しくて情けなくて母さんの前で子供みたいに泣きじゃくってたもんな。忘れるわけねぇよなぁ?」

「こ・・・のぉ!」

早口で何を言っているかまったく解らないが、アルトが熊野郎()の首を絞めている状況に私はどうすればいいんだろう・・・?止めるべき?

アルトの右頬も赤く腫れあがってるし、手当のためにも留めるべきだね。

「アルト、アルト・・・頬の手当したいからこっちに来て」

「その前にこの脳筋男の眼球を抉る。フィリアを見たこの眼を抉った次は、フィリアを愚弄したこの舌を抜く」

「それよりも手当が先!」

右手で熊野郎の首を絞めたまま、左手をチョキの形にして双眸に近づけない。怖いってば!

「大丈夫よ、やっちゃいなさい!アタシが適当に治してあげる!」

「なんでいるのルキ?!・・・と、あ、おはようございます。オルデゥアさん」

「悪いな、嫁と一緒に邪魔する」

扉の前に仁王立ちするルキと、その旦那であるオルデゥアさんの登場に瞠目した。本当、なんでいるの?

しかし、久しぶりに見る旦那さんは相変わらず細いな。もやしみたいに細いよ。筋肉のきの字もない身体つきだね。でもルキを抱き上げられるから見た目と違ってあるのは知ってる。

それに何より髪。

見た目と白髪のせいで病弱に見せるんだよ。初対面の時はこの人、末期患者か?と戦々恐々したぐらいだし。・・・まぁ、とある師団の尻ぬぐいのために一か月も睡眠時間を削ってたんだから、顔色が悪くなるのも仕方がない。

でも顔立ちはルキと並んでも見劣りしない――味のある塩顔男子。

「嫁が婚約の話をどこからか仕入れてな」

情報が出回るの早いな。

昨日の今日だよ?誰だ、情報を拡散させてる奴。

「朝食の時間帯にいきなり『これはからか、いじ・・・お祝いに行かないと駄目よね!』とか言い出してエルゥル家に行ったら、インジェット家にいるって言われてなぁ」

金緑石(クリソベリル)緑柱石(レッドベリル)のオッドアイが、遠くを見るように細められた。心なし、疲れてるように見えるんですけど・・・大丈夫?

「嫁が制止するこの家の人間を魅了して悩殺してここまで来たんだが」

・・・あの、さっきから剣をかちゃかちゃ鳴らして物騒なんですけど。

四つ同時じゃないのが救いかな?でも怖い。笑顔も怖い。

「アンタ――――アタシ達を化け物扱いなんて、いい度胸じゃない」

どこからいたんだろう。

アルトが解放した熊野郎の顎に手をあて、小首を傾げて微笑むルキ。

「何も知らない無知なアンタに、このアタシが教えてあげるわ」

にっこりと思考が蕩けるような微笑み。

あ、やばい。あの笑顔はかなりお怒りの時の顔だ。

どこから聞いてたか知らないけど、熊野郎はルキも敵に回したみたい。ご愁傷様。

旦那さんに斬られないに気をつけるんだよ。

いや、一番に気をつけるのはアルトかな。あと私。

「神に愛された者は奇跡のような現象を、加護を与えることが出来るのよ」

え、そうだっけ?

そんなこと聞いた覚えが・・・・・・・・・あったような、ないような。

「月の鎮静はバフ効果を打ち消し、陽の栄光はバフ効果を与え、水の慈悲は体力を回復させ、火の浄化は攻撃力を増加させ、空の峻厳(しゅんげん)は攻撃を無効化し、大地の活性は防護力を高め、花の繁栄は能力を向上させる」

ルキが妖しい色香を纏いながら微笑む。

ぞっとする程に冷たい眼差しが熊男に向けられているのに、熊野郎はルキに魅入られたように頬を赤く染めていた。・・・旦那さんが鞘に触れてるの気づいてないね、これ。さっきから旦那さん、ルキに魅了された人間を切り殺してぇ。みたいなこと考えてることすら気づいてないね。

それでよくもまぁ、騎士になれたね。親のコネ?アルトと大違いだ!

――とか考えている間に、説明を聞いて加護について思い出した。

確かに聞いた覚えがある。でも随分と昔だし、小さい頃だから記憶の片隅にうすぼんやりとしかなかった。・・・でも加護って本当に何?

私は植物を育てるしか能がないんだよ?

そもそも繁栄って何?私がいるだけでいいことがあるの?よく判らない。

しかも繁栄するから能力が向上って何?チート?

あ、でも王弟は空の乙女である奥さんの力を借りて龍を倒したんだっけ。攻撃無効にされたら、そりゃいくら龍でも負けるよね。

いや、でも王弟なら奥さんの力がなくても勝ちそう。

てか勝つな。

うん、絶対に勝つ。

間違いない。

「第三師団の皆は知ってるから、てっきり騎士全員が知ってると思ってたのに・・・ね」

「第三師団以外、神に愛された者を蔑ろにしてるからな。知らなくても別に普通じゃないし、罰当たりなことを平気で口にするし、化け物扱いしてるからな。何度切り殺そうかと思ったか。あ、言っておくけど全員がそう思ってて、特に団長は他の師団を見ると殺したくなるから総会にも出席しないんだと。副団長は化け物扱いする奴を弄るのが楽しいから代わりに出てるけど」

わぁ、旦那さんの言葉の端々から憎悪を感じるよ。

「神を敵に回してることにも気づかないなんて、本当に馬鹿よね。だから第三師団以外は民衆の支持も低いし、怪我や死亡率が高いのよ。本当、知らないって怖いわよね。――神に愛された者(アタシ達)を道具としか思っていない陛下も、だから子種奪われたって言うのにね」

それは初耳だ。

なんで知ってるのか疑問だけど、熊男から離れて私をぎゅうぎゅうに抱きしめるアルトの右頬を治療に専念しよう。痛々しく腫れた頬は熱を持っているから、やっぱり冷やすのがいいよね。・・・私の手がちょうど冷えてるから、多少は効果あるかな?

でもちゃんと冷やしたいから、部屋の外でおろおろしている執事さんに氷水とタオルを頼んだ。・・・そんなに慌てて走ると転ぶよ?大丈夫かな?

「呪ったのか」

「ん?」

「陛下を呪ったのか魔女め!」

ルキに掴みかかろうとする熊野郎を、旦那さんが素早くルキを背後に庇って膝で熊野郎の顎を強打した。おお!躱すことも避けることも出来ない素早い攻撃!そしてそれを諸に受けた剣しかとりえのない熊。・・・え、これ本当にアルトの兄?

「俺の嫁に手を出すとは・・・よっぽど死にたいらしいな」

うひゃ、冷ややかな旦那さんの声。

・・・に、身悶えしているルキ。花も恥じらう乙女の顔で旦那さんを見つめてるよ。

と言うか・・・ね。

舌を噛んだらしく痛みに呻く熊を冷ややかに見下ろす。この熊、さっきの話聞いてたのかな?馬鹿なの?理解力がないの?

「駄目ね、コレ。救いようのない馬鹿だわ」

一般常識に疎いルキに言われるなんて、流石は三回も留年した熊。

脳みそが小さくて、自分が認めること以外は認識出来ないんだろうな。料簡が狭い男だ。これが兄なんてアルトも可哀そうに・・・。

「馬鹿で愚かで救いようのない・・・えっと」

「第一師団副団長、グロック・インジェットだ。覚えなくていいぞ」

おしい!一文字違いか。

「そうね。この部屋を出たら速攻で忘れるわ!で、ケロック副団長は不敬罪で捕まる覚悟は出来てるわよね?」

「黙れ魔女がっ!お前らのような化け物がいるからこの国が、この世界がぁ?!」

「物理的に口を塞いだ方がいいな」

旦那さんが踵落としを決め、ぐりぐりと熊野郎の頭を踏みつける。

いいぞ、もとやれー!

「ねぇねぇ、今どんな気分?アンタがおぞましいと言った者の力に屈服させられ、下に見ていた弟に見下ろされるこの状況。ねぇ、どんな気分なのか教えてくれない?」

わぁ、下種の顔。

初めて見るルキのその表情に私は一歩後退し、どんな顔でも似合う美形ってやっぱり怖いと心の中で震えあがった。

「あ、そうそう。丁度いいからフィリアの・・・えっと幼馴染一号」

「アルト・インジェットだ。何度か顔を合わせてるんだからいい加減に覚えろ」

私を抱く腕から力を少し緩め、アルトが不愉快に告げた。

ルキは基本的に人の名前を覚えないからね。私も覚えてもらうのに時間がかかったよ。・・・半年はまともに覚えてもらえないと思うから頑張って。

旦那さんの名前は一週間で覚えたのにね!

「アンタ、オルデゥアの家に養子に入らない?」

「は?」

脈略が解らない・・・!

「そうしたらこの家と完全に縁を切れるし、オルデゥアの後継ぎ問題も解決!」

良いことしかないと語るルキに、私もアルトも理解が追い付けていない。唖然とした表情のまま、ルキから視線を旦那さんへと移す。

「前に話したことがあるだろ?俺は辺境伯の一人息子だって」

「ええ・・・確かに」

「でもルキと結婚した俺が、何故、実家に戻らずここにとどまり続けているのかと言えば――ルキと結婚する条件が『月の乙女とこの場所に留まる』ってやつでな。この国から出ることも、この場所から離れることも出来なくなったんだよ」

「だから後継ぎ問題が発生したと」

まって、どう言うこと?

いつの間にか私を離したアルトは納得したとばかりに頷いているけど、私にはいまいち理解できてない。ルキもそうだろうと思って見れば、「新婚旅行も出来ないのよね」と不満そうに唇を尖らせている。

理解できてないの、私だけ?

「勝手なことを言うな!ソレはインジェット家の人間だ!辺境伯の養子にするなぞ、父様が許すはずもない!」

顔を上げて抗議する熊野郎の頭を踏む足により力をこめたのか、床に顎が当たって歯が一本、飛んできた。え・・・なんで?怖い。

「さぁ、どうだろうな」

にたりと、不敵に笑う旦那さん。

ルキが悲鳴をあげ、鼻を抑えている。・・・私はこの夫婦が怖くて仕方がないよ。

「ただ、親父は養子にするならこれから来るであろう災厄に備えて一つ、試験を与えるって言ってんだけど・・・やるか?」

「ええ、やらせてください」

即答!

何をするかも聞かないうちに答えていいの?不安に思ってアルトの袖をぐっと引っ張れば、大丈夫だと安心させるように頭を撫でられた。・・・この手で撫でられると、涙も怒りも不安も引っ込むから、何も言えなくなる。ずるい。

「それで、俺は何をすれば?」

「龍退治」

さらりと告げられた言葉に、思考が止まった。

「龍の中の龍、龍神と呼ばれる七角の一角、天上の支配者である天空帝(クラウド・ラハブ)を用いる全てを使って撃退してこい」

まるで子供のお使いを頼むような気軽さに、眩暈がした。

天白帝って・・・焔紅帝の次に気性が荒くて、気に食わないことがあると嵐を呼んで災害を引き起こすって言う。

普段は空から空を泳ぎ、一か所に留まらないって聞いたのに。

「・・・何故、天空帝を?まだ帝国のどこかにいると聞いたんですけど」

「さぁ、なんでだろうな」

教えてくれる気はないらしい。

ぐりぐりと熊野郎の頭を踏みつぶしながら、旦那さんはポケットから煙草を取り出して、私と眼があった。困ったように唸り、諦めたように煙草を戻すようすに眼を瞬かせる。

副流煙とか、あんまり気にしないんだけどなぁ。

でも良い人だ。

「それでやるか、やらないか?」

「やりますよ。それでこの家と縁が切れて、フィリアと一緒になれるなら喜んで」

自棄になった様子もなく、アルトは言う。

龍神が相手なんだからもう少しこう、考える時間をね?持たない?即答ていいの?大丈夫なの?・・・駄目だ、不安になってきた。

旦那さんはアルト一人でやらせる、とは言ってないけど。


▽「私も手伝うから!」 

 「私も何か・・・」 ×


慣れた選択肢の登場に驚くこともなく、思っていた言葉のまま「私も手伝うから!」と力一杯に告げる。

ルキが瞠目した。

旦那さんがきょとんと瞬く。

アルトが柔らかく微笑んだ。

「私の加護があれば、龍神だって倒せるはずだから」

よくよく理解してないけれど、王弟は嫁の加護で焔紅帝を降した。

なら、同じ神に愛された者である私がいれば――アルトにも勝機はある!

・・・はず。

いやいやいやいや、弱気になってどうする!

アルトをこの家から解放するため、アルトと共に過ごすため、アルトと素敵な老後を送るためにも!・・・・・・倒せるのかな?

「んじゃ、俺の後ろで応援しててくれよ」

ぽんと、優しい手が頭を撫でた。

「フィリアを危険な場所に連れて行くのは不本意だが、お前がいれば俺は絶対に負けない。――勝ってやるよ、フィリアのためにも」

俺達の未来のためにも。

・・・。

「うん、そうだね」


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