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花の乙女は平穏を愛する  作者: 如月雨水
route:アルト
13/30

1

route:アルトが始まります。

個人的にメインヒーローだろう!キャラ的に!と言う考えでうんうん唸りながら執筆中。ヒーローに相応しい格好いい台詞と行動ってなんだろうか。頭を悩ませる日々がこれから続きます。


危険な時や困った時に頼るのはいつも君だった。

助けを求めればすぐさま助けてくれる、私のヒーロー。

見た目と違って甘い物が好きで、小動物が好きで、でもそれを幼馴染以外には必死に隠して、クールな人間を装う君。・・・友人達にはバレてること、知ってた?

他の人には紳士的で、騎士然としているのに私だけ扱いが違うことに何度憤慨したことか。

でもね・・・。扱いは雑だったけど、君が私に触れる手は暖かくて、大事な宝物に触れるように優しかったのを知っている。

想いを自覚した今なら解る。それが特別な存在に触れる手付きだって。

でも、でもね・・・。


――私は君の邪魔になるんじゃないかって、不安でたまらないんだ――








「どうしよう」

私、アルトにどう言えばいいんだろう・・・?

そもそも告白ってどうするの?どんな顔でやるべきなの?経験値がないからまったく解らないよ。

自慢じゃないけど私、告白されたことないからね!

・・・ギネアがされた時の状況を参考にしてみよう。いや、それよりヴェルナンドかな?それとも別の。あれ、眼から塩水が流れてきた。うう・・・っ。

「どうせ、どうせ私なんて・・・わたしなんて」

勢いでアルトの家に向かってたけど、もうこれ以上は進めそうにない。後もう十分ぐらいで着くけど、行けそうな気分じゃないや。

ふふ・・・精神的ダメージが大きくてね!・・・・・・ぐずっ。まぶたが重いよ。

私のライフはもうゼロ状態だよ。畜生、どうせ私はモテないよ。告白されたことなんてないから、告白の仕方なんて解るはずがないんだ!

いや、幼馴染にはされたっけ?いやいやいや、あれはカウントしない。

だって告白じゃないもん!違うもん!・・・・・・なのに私が告白するって、どうなんだろう。普通、男の方がするものじゃないの?私の勝手な思い込み?

もう、わかんないよ。

(けやき)並木にあるベンチにふらふらっと近づき、腰を下ろす。

どうやって告白すればいいのか、まったく見当がつかない。本当、あっちから告白してくれたら、そうしたら私だって・・・・・・・・・好きって、言えるのに。

「勢いで自爆するぐらいの気概があればよかった・・・」

両手で顔を覆い、首を横に振る。

「や、自爆は駄目だよね。自爆は」

そもそも自爆しようがない。だってアルトは私に好意を寄せている、んだよね?・・・・・・・・・あれ、自信がなくなってきた。選択肢やステータスでそうだって言う認識だし、言葉にもされたのに疑っちゃうぞ。

さっきからちょいちょい、思考回路がマイナス方面に向かってる気が・・・っは!

これ、不安によるネガティブ思考か!

とすれば足が動かないのも、告白の仕方が判らないのもソレが原因かな。

「・・・・・・そもそもだよ」

ふいに、思ったことが口から出た。

「なんで私、告白しようと思ったんだろう。いや、好きだよ。好きだけど・・・」

想いを告げて、その先は――――?

未来を想像してみたけど、平穏が逃げていく未来しか思い浮かべられなかった。これもそれも全部、ネガティブ思考のせいだよ・・・!

ああ、私は平穏がいい。

平穏な日常を過ごしたい。

何気ない平穏を愛してる。

「――でも、平穏より愛しちゃってるんだよなぁ」

「誰を、愛してるんだ?フィリア」

「!?」

いきなり背後から抱きしめら、心臓が止まるかと思った。「あ、ある、アルト・・・?!」

「な、何して・・・?」

「それは俺の台詞だと思うんだが?」

ぐいっと顎を掴まれ、無理矢理上を向かされる。

く、首から不吉な音がしたよ・・・っ。地味に痛いし。

「わ、たしはその」

どこかで見た覚えのある眼差しを私に向け、にたりと笑うアルト。

左手で私の顔の輪郭をなぞり、右手の親指が唇に触れる。左手が私の両目を覆い隠した。え?な、なに・・・・?なんで隠すの?

「私はその?」

「そ、その・・・アルトに聞きたいことがあって」

口から出たのは告白ではなく、別の言葉。・・・うう、違うのに。

「聞きたいこと?」

訝しむような声を出したアルトが、ゆっくりと左手をどかした。

視界一杯にアルトが映って、どこに焦点を定めていいか判らなくなる。直視なんて無理!

「俺に聞きたいことがあるからって、女が一人で夜に出かける奴がいるか」

「う・・・わ、私だって今日じゃなくてもいいと思ったんだよ」

一つ嘘をつくと、また嘘を重ねてしまう。

うぅ・・・素直になりたいよ。

「ルキに助言?されて・・・それで今、ここに。・・・・・・・・・アルトは、本当に私にその、小さい時から惚れてるの?心変わりはしなかったの?」

「――――くだらねぇ、聞きたいことってそれかよ」

低い声音に肩がはねる。

な、何もそんな声をださなくても・・・怒らせた?不安になってアルトを見ていれば、溜息を吐き出して私の隣に座った。

えっと・・・距離、近くない?気にしすぎ?・・・肩、触れてるんだけど。

「明確に惚れた時期を言えば、六歳の頃だ」

怒っては、ない・・・のかな?

「何をしても天才剣士ともてはやされる兄貴と比べられて、卑屈になっていた俺を初めて頼って、俺の力を信じてくれたあの時に俺はフィリアに惚れたんだ。きっと」

「あの・・・時?」

「兄貴と比べられるのが嫌で家出した俺が、東の森で迷子になった時だよ。・・・って言っても、記憶力がザルなフィリアが覚えてる訳ないか」

「しっつれいだな!」

憤慨だとアルトを睨めば、穏やかな表情で私を見て・・・毒気が抜けた。

と言うか、顔が赤くなって力が抜けた。愛おしい者を見る眼で私を見ないで。心臓が破裂しそうで苦しいから。

右手で胸元を抑え、ふいっと顔をそらした。

「アルトのお兄さんって確か、ラインハルト様と模擬試合して三分は倒れずにいられた猛者だよね。・・・それ以外の情報は興味がないから覚えてないけど」

「次期、総長候補の筆頭だぜ?覚えとけよ」

カラカラと笑うアルトに、過去に見えた年に似合わない諦観と悲観の色が双眸にはない。

父親である総長にそのつもりはないのだろうけど、どうしたって出来の良い兄と比べてしまったんだろう。母親も天才である兄を溺愛し、アルトを凡才と決めつけて何をするにも兄の次。

だからかな?

過去のアルトは家族を嫌い、幼馴染の私達にべったりだったのは・・・。

いや、今も家族仲は良好とは言えないけど。昔よりは幾分か良くなってはいるけど。

「迷子になったのって六歳の時だよね?私も一緒にいた・・・記憶はある」

「あって当然だろう」呆れたように息をつかないで。

「俺が、年寄りみたいに花壇を弄ってるフィリアを連れて行ったんだから」

年寄り・・・いや、いいよもう。年不相応なことくらい自覚してるから。どうせ趣味が花弄りだよ。花壇を作るのが好きだよ。

花、いいよ?

気持ちを穏やかにさせてくれるからね。あそこにあるタンポポにだって癒される。

「で、東の森で魔物と遭遇した俺は死にかけた」

「あ・・・」

ルキと知り合うきっかけとなった騒動だ。

僅か五体とは言え、運悪くゴブリンと遭遇した当時のアルトは魔法を使えず、また、武器と言える武器を所持していなかった。その辺にあった木の棒で、倒せる魔物じゃない。

私も花の乙女の力を使いこなせておらず、下手したら暴走するのではと恐怖に苛まれてアルトの右腕にしがみついて離れられなかった。・・・せめて右腕ではなく、身体に抱き着いていれば。と、過去を思い出すと同時に後悔がわきあがってくる。

「・・・ごめんね、アルト」

アルトの右腹部には今もゴブリンに刺され、抉られた醜い大きな傷跡が残っている。

私のせいで・・・ついた傷。

ルキの調合した薬によって一命をとりとめ、水の賢者である第三師団の副団長の力で健康体にまで回復したけど・・・死にかけた事実は消えない。

最低だ、私。あまりにもショックな出来事で、心を護るために記憶から消したなんて・・・。忘れていい事柄じゃないのに。私が、忘れちゃ駄目なのに。

忘れて平穏に暮らしていた酷い女のどこを好きでいてくれるの・・・?解らないよ。

「私のせいで死にかけたのに、どうして嫌いにならないの?」

「俺が未熟だからそうなっただけで、フィリアのせいじゃねぇよ――て、あの時にも言っただろ?だからそんな泣きそうな顔すんなって」

ぐいぐいと頬を引っ張るアルトに、私は眼を伏せた。

「あの時、俺が真っ先に思い浮かんだこと教えてやるよ」

こつんと、額が重なり合う。

私は下を向いたまま、ぎゅっとこぶしを握り締めた。

「――『フィリアと死にたい』」

「・・・・・・ん゛」幻聴?

「死にかけてフィリアに惚れることに気づくなんてなぁ、我ながら吃驚だ」

私も吃驚だよ。

罵倒か何かだと思ったら、まさかの心中発言に思わず、そう、思わず顔をあげて――言葉をなくした。

アルトの双眸にはどろりとした得体のしれない欲が宿り、紫紺色が溶けるような甘さを醸し出している。うっそりとした笑みを浮かべる顔は凄艶(せいえん)で、ぺろりと唇を舐める舌の動きがやけに嫌らしく見えた。どこから男の色気を出したのか、聞きたいくらいに全身から放たれる空気に眩暈がして、呼吸を忘れそうになる。

「アル・・・ト?」ようやく出た声は、掠れて弱弱しい。

そっと頬を撫でる両手は暖かいのに、背筋が震える程に寒気を覚えた。

アルトが私の額に口づけを落とす。

たったそれだけなのに――心臓を握られた様に、ううん、指先一本も動かせなくなった。

「俺にとって幼馴染(お前ら)は俺に価値を、意味をくれる大切な存在だ。リズが王族ではない個として自分を見てくれる幼馴染(俺達)に依存しているように、俺は幼馴染に執着している。・・俺を信じて、頼ってくれた最初の存在だからだ」

額からまぶた、鼻へと移る口づけに思考すら止まりかける。

「その中でもフィリアは特別だ。何をしても兄貴より劣る俺を同情するでもなく、励ますでもなく『努力の天才』と言ってくれた。あの言葉があったから俺は、努力して第三師団に見習いとは言え所属できた」

「それ、は・・・アルトが、頑張ったからで」

「きっかけはたぶん、その言葉からだ」

話、聞いてないよ。

ちょっと色気の耐性が出来て、思考回路が正常に戻ってきた。よし。

「俺はな、フィリア。幼馴染(あいつら)ならまぁ、許せるけど・・・俺以外の誰かと一緒にいるのが嫌で、俺以外の男に話しかける姿を見るのが嫌で、俺以外の誰かがフィリアを護る未来を想像するのが嫌なんだよ」

赤くなっていた顔から血の気が引き、アルトが言葉を紡ぐたびに背筋が震えた。

夜の寒さではない、恐怖を感じて視線がアルトから逃げるように彷徨った。怖い。この寒気の正体に気づいたらいけない気がして、意識を無理矢理にそらした。でも眼はそらす。

「それでフィリア」

彷徨う視線を捉える様に、アルトが無理矢理に目線を合わせる。

逃げることは許さないと言わんばかりの口調に、私は唇を噛みしめた。

「本当は何をしに来たんだ?」

見透かしたような眼差しに息を飲む。

人工の明かりによって照らされた紫紺の双眸に、魅入られたように眼が離せない。引いたはずの熱が頬に集まり、私はアルトの胸板を叩いた。

解ってるくせに聞くアルトの意地悪さに、腹が立ったからだけど・・・どうせ私の力じゃ、痛くも痒くもないんでしょ!顔、笑ってるよ!もう!

強く睨みつければ、その視線すら愛おしいとばかりにアルトが微笑む。

「俺の想いはあの時から・・・考えたって変わらねぇよ」

恋情と愛慕がごちゃ混ぜになった瞳で私を見つめ、頬の輪郭を何度もなぞる指に背中が震えた。

「俺はフィリアが好きだ。お前しか俺は愛せねぇんだよ・・・」

その言葉に、私は――――。


▽想いを否定する ×

 「私も・・・好き、だよ」 ↑


・・・胸の高鳴りも、頬の熱も瞬時にもとに戻った。

この状況下で選択肢が現れるとか・・・空気、読めてないよ。ない、ないわー。

白けた眼で現れた選択肢を眺め、溜息をついた。なんかこれ、意図してこのタイミングで現れた気がする。・・・神々の王の仕業かな?また溜息が出る。

選択肢のせいでトキめきが消えたよ。

ああでも、これなら普通に答えられるね。胸も苦しくないし、顔も赤くないし。・・・・・・告白の返事の場面なのに、何か違う気がする。ううん、でも今更心音を高鳴らせるとか、頬を赤くさせるとか無理だし。このまま行こう。

うん、言っちゃえ。私。

「私も」と思ったけど、いざ口にしたら恥ずかしい。「好き、だよ」

穏やかだった心拍も上昇し、頬だけじゃなくて身体全体が熱くて仕方がない。

特にアルトが触れる場所が沸騰して、火傷しそうな程に熱い。熱すぎて眩暈がしてきたよ。


「だから・・・そ、の」

もう駄目!

もう無理!

アルトから離れないと心臓が破裂して私死んじゃうっ!


その他:幼馴染執着Max、不安独占欲LV.4、狂愛LV.3


・・・だからどうしてこう、空気を読まない出現の仕方なのかな。

おかげで心拍数も落ち着いたけど。

熱も引いたけど。

微妙な気持ちになるからやめてくれないかな・・・はぁ。

けど、あの寒気の正体は判ったよ。変化してない狂愛が原因だ!・・・あと、不安独占欲かな?

「あの・・・アルト?」

不安による独占欲って何だろう?疑問を抱くけどそれよりも謎が眼の前にいる。

「私の右腕、掴んで何・・・してるの?」

「見て解るだろう」

いや、そう言うことを聞きたいんじゃなくて。

「なんで、ブレスレット?」

これ、アルトがいつもつけてるブレスレットの一つだよね?服に隠れて見えないけど・・・大切なモノじゃないの?首を傾げれば、額にキスされた。

待って、意味が解らないよ。

「指輪はまだ早いだろう。だからだよ」

「いやいや、だからの意味が解らないよ」

「いいからつけろ。絶対、風呂の時も寝る時もつけるんだ」

「強制!・・・って、これ」

私の右腕にあるのは少し色の濃い紫水晶(アメジスト)の宝石がついたブレスレットで、アルトの右腕には夕焼けにも見える橙色の紅玉髄(カーネリアン)の小さな宝石が揺れるブレスレット。

つけて気づいたけどコレ、宝石の色が互いの瞳の色に似てない?花の形をしてるのは・・・・・・アルトの趣味、じゃないよね?何か意味があって・・・っは!

「花の乙女にはお似合いだろう?」

「花の乙女って言わないで!」と言おうと口を開いた瞬間、食べられた。

齧りつくように唇を塞ぎ、開いた口からにゅるりと入ってきた覚えのある感覚に戦慄した。呼吸を奪うような口づけに瞠目し、アルトを押しのけようと伸ばしたはずの手は服を力なく握るだけ・・・さ、酸欠になるよ。

「知ってるか、フィリア」

離された唇から繋ぐ銀色の糸が見えて、恥ずかしさに眼を伏せった。

「紫水晶も紅玉髄も〈愛の石〉って呼ばれてる。だけど紫水晶は〈愛の守護石〉で〈真実の愛を守り抜く石〉って意味があるってこと」

返答する間もなくまた唇を塞がれ、酸素不足で眩暈がした。

「俺の気持ちは変わらず、何があってもフィリアを護る。・・・石の力に頼らなくてもな」

「アルト・・・」

「それに、だ。紫水晶は魔除け効果があるからな、虫よけにもうってつけだろう」

「虫よけって・・・」

愛おしそうに見つめながら、何を言い出すかと思えば・・・。

苦笑してしまった。

「俺以外の男は悪い虫だから近づくなよ」

「・・・リズやカルナードも駄目なの?普通学科の同級生は?」

そんなことしなくても、私に恋愛的な好意を抱くのは君達ぐらいだよ。

もう、心配することないのに。・・・ちょっと嬉しいけど。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、それぐらいなら」

「うわ、苦い顔」

幼馴染も微妙なラインなのはどうかと思うよ。

「うるせぇ。嫌なもんは嫌なんだよ」

嫉妬深さを恥じたのか、それとも別の理由か、判らないけれど顔をほのかに赤くさせたアルトが立ち上がった。きょとんと瞬く私からそっぽを向き、「ん」と短く告げて右腕を伸ばす。

くいくいっと、指が動いてる。

・・・えっと、これは。

「送ってく」

「え?あ・・・大丈夫!一人で帰れるよ」

「こんな時間に一人で帰す馬鹿がどこにいんだよ。襲われてぇのか」

「真面目な顔で何言ってんの?私を襲う奇特な人間なんていないよ?」

いざとなったら花の乙女の力で逃げるし。第一、満月の夜に何かをするのは狼の魔物と吸血鬼と呼ばれる存在ぐらいだよ。他は月の女神の力で鎮静化させられるしね。

心配しすぎじゃないかな、まったく。

「あ゛」

わ、ガラの悪い顔。

・・・怖くて泣くかと思った。

「そんなに俺から襲われてぇのかよ」

「アルトが私を襲うのか!」

「俺も男だからな。惚れた女が無防備でいりゃあ、理性の一つや二つ切れてもおかしくねぇだろう?」

にやりと不敵に笑い、右手で首から鎖骨を撫でた。ちょ、ちょっと指が下におりてませんか!それ以上は駄目だからね!絶対に駄目!

慌てて両手でアルトの手を掴み、首を激しく横に振った。

「帰る!帰るから変なことしないで!」

「変なことって?俺はただ撫でてただけだけど?」

いやいや、胸を触ろうとしてたよね!?

きつい眼つきでアルトを睨むけど、意地の悪い顔で笑うだけでまったく堪えてない。騎士団に所属してるから、私みたいな小娘の睨みで怯む訳ないって解ってるけど。・・・むかつく。

「――――ぃっ!」

「馬鹿、バカ、ばーか!」

幼稚な言葉で紡ぎ、掴んだ手を乱暴に引っ張って頭突きをする。

ふふん!私の頭突きは痛いだろう。何せ石頭だからね!頭を押さえて痛みに悶えるアルトを満足気に見やり、くるりと背を向けた。

少し歩いて、後ろを振り返る。

「送って、くれるんでしょ?」

「・・・最初から素直に頷いとけ、この馬鹿」

呆れたように息を吐き出して、隣に並ぶアルトから視線を前に動かす。あ、猫が横切ってった。

ちらりとアルトを見上げれば、しまりのない顔で猫が消えて行った方向を眺めている。私がいなきゃ、すぐさま後を追いかけて行っただろうな。と言うことを察し、苦笑する。

本当、小動物が好きだね。

「――あの、ね」

「なんだよ」

「もし、もしも私がアルトの邪魔になるようなことがあったら」

「ねぇよ、そんなこと。絶対にない」

はっきりと断言され、右手を掴まれて近くの木に身体を押し付けられた。

手首、痛い。抗議の視線をアルトに向けて、ほの暗い炎を宿す双眸に恐怖を覚えた。手首を掴む力が強まり、血の流れが止まる――錯覚を抱く。

「なんでそんな考えに至ったか知らねぇし、知りたいとも思わねぇけど二度と言うな」

低く、恫喝するような声に身体が震える。

「俺がフィリアを邪魔に思うことなんて一生、死んでもない」

「で、でも騎士なら」

「俺が騎士になったのはフィリアを護る力が欲しかったからだ。それに騎士は給金がいいから、フィリアが働いて金を稼ぐ必要もない。・・・リズやカルナ程は稼げねぇけど」

掴んだ右手を口元に近づけ、指先に唇を落とす。

舌が指の間を舐めた。

「俺が信じられねぇか」

人差し指を口に銜えられた状態で問われて、まともな返答が出来ると思うか!

沸騰して熱くなった脳は状況を処理することが出来ず、告げられた言葉に否定を表すようにタイミング悪く首を横に振ってしまった。あ・・・これ、「信じる」って言ったのと同じじゃない。と、一部冷静な思考が呆れたように呟いた。

「なら、もう言うなよ」

アルトは人差し指を名残惜し気に舐めてから、手ごと解放した。よほど強い力で掴まれていたのか、手首が赤くなっている。ジンジンとしたしびれを感じた。

舐められた人差し指を拭くで拭い、私はアルトから眼をそらしてぽつりと言う。

「信じるから、裏切らないでね」

「フィリアも、俺の心を疑うんじゃねぇぞ」

こつりと頭を軽く殴られた。

どうにもさっきの発言にまだ、お怒りのようだ。でも仕方ないじゃないか。私だって不安になるんだから!うっかり、言うつもりもないのに聞いちゃうぐらい不安を抱いちゃったんだよ。だってアルト――格好いいもん!

とは、絶対に言わない。

言ってやらないよ!

「・・・解ってるよ」

「不安だからって俺を疑うより、俺を信じろ。俺はフィリアを裏切らねぇし、見捨てない。何があっても護るからさ。・・・紫水晶にでも誓ってやろうか?」

ばれてた。

恥ずかしくなってそっぽを向き、熱くなる頬を手で仰いで冷ます。うう・・・解っててあの対応はどうかと思うよ!私。

あ・・・そう言えば。

「リズとカルナードにどう話そうか」

「別に普通でいいだろう。俺達、婚約しましたって」

「大丈夫?幼馴染の絆が壊れたりしない?普通学科二年の絆は壊れないと思うけど、ギネアがなんかこう・・・暴走しそうな気がするから気をつけてね。私とヴェルナンドに期待はしないでね・・・って、何その呆れた顔」

心配して言ってるのに酷い!

「友人の手綱ぐらいちゃんと握っとけ」

「無理だよ」さらりと即答する。

「私、基本的に放置だから」

「良い笑顔で言うんじゃねぇよ、馬鹿。可愛いだろう」

ぐりぐりと頭を乱暴に撫でられた。解せないし、髪が乱れるからやめて!

「フィリアが選んだなら、俺達はそれを祝福して身を引くって約束だからな。心配することなんてねぇよ」

「なら、いいけど・・・」

「他には?」

きょとんと瞬いた。

私の右手を掴み、指を絡ませて手を繋ぐアルトに首を傾げる。わぁお、行動が素早い。

「他には心配事、ねぇのか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないよ、今は」

私は笑った。

「アルトが傍にいてくれるなら、何もないよ」

「あ、そう」

満足気に笑って、アルトが前に視線を向けた。私も前を向く。

止めていた足を動かし、ゆっくりと、時間をかけて家に向かう。この先で私は家族にアルトと婚約することを告げる。・・・カルナードはなんて言うかな?どう言う顔をするかな?

私を好きだと言ってくれた弟に対し、申し訳なさを覚えるけど私は、弟をそう言う対象に見ることが出来ない。腹違いでも弟は弟だ。大切な家族だから、家族以外の何者にも出来ない。・・・アルトと違って。

幼馴染から婚約者になったアルト。

そっと、繋いだ手を見つめる。

・・・いつだって、私を落ち着かせる優しい手。

護ってくれる手。

「ねぇ、アルト」

「なんだ」

「ずっとずっと、死ぬまで手を繋いでてね」

「死んでも離さねぇよ、馬鹿」

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