×は避けましょう
誤字脱字等々がないか十回ぐらい確認し、「大丈夫・・・だろう!」と投稿しました。もし誤字脱字なんかを見つけたら「あるじゃん」、「またか」と駄目な子を見る眼で見ていただけると幸いです。
この作品からそれらを見つけ次第、訂正します。絶対・・・します!
この世界には魔法がある。
神秘の代名詞であり、この世界を守護する慈母神より与えられた奇跡の業。
それは日常生活にも大変活躍し、魔力がない者でも魔石があれば――例えば光の魔石で暗闇を明るく灯したり、水の魔石で清純な水を出したりすることが出来る、欠かせない代物だ。鉄の馬も鳥だって、雷と風の魔石があれば動かせるんだから凄い。高額だけど。
そんな便利な魔法があるからか、お決まりか、魔獣も当然ながら存在する。
最強最古と呼ばれるドラゴンだって存在する。
精霊だって存在する。
神秘の存在なんだから当然だ。
けれど神秘と関係のない魔獣は?
とある学者は言う。――魔獣とは、世界に漂う魔力が形になって生まれた存在なのではないか。
でもそれが真実かどうか、誰も知らない。当たり前だ。殺せば霞か霧のように姿を消す魔獣のことを、どうやって調べられる。誰も知らないからこそ、判らないからこそ、憶測をたてたソレが事実かいまだに謎のまま。
ちなみに魔王は存在しない。
魔族だって存在しない。
存在するのは娯楽小説の中でだけ。
勇者だってその中でしか存在できない架空の人物だ。この世界、魔獣だけで手いっぱいだから、魔王や魔族なんて現れたら即、滅亡ルートをたどってしまう。確信を持ってはっきりと言える。
だって王様、魔獣が出るだけでわーわー騒ぎ、騎士団や冒険者、魔法使いを総動員して駆除させるから。王城のテラスから真っ青な顔で情けなく悲鳴を上げている王様を見たら、誰だってそう思う。王弟は怠惰の表情で、呆れながら王様を見て面倒くさそうに指示をだしてたっけ。この国が今尚、魔物に滅ぼされていないのは王弟のおかげだね。あと、仕事から逃げる王弟を捕まえて仕事をさせる王弟妃のおかげだね!
もういっそ、王弟が王様になればいいのに。とは王様を操り影の王を気取る貴族と甘い汁を吸いたい役人以外、皆思っていることだったりする。
その内、王弟を王様にするためのクーデターが起こりそう。と言うか、条件さえそろえば一年以内に起きる、と知り合いの情報屋が言っていた。
・・・さて魔法、魔術、ドラゴン、精霊がいれば当然、神に愛される存在もいる。
何かしらの能力に秀でて、魔法とは異なる能力を持っているためにそう呼ばれている。ちなみに女なら乙女、男ならば賢者と呼ぶ。
さらに神に愛された者は一種類の魔法に特化し、ありとあらゆる現象を奇跡のように操ることが出来る――らしい。とある知り合いの乙女から聞いた話なのでなんとも言えないけれど。
魔法がある。
魔獣がいる。
神秘の存在が生きている。
でもこの世界に、スキルと言う架空の能力は存在しない。
存在しない、はずだったのに・・・・・・。
階段から足を踏み外し、落ちた衝撃で頭を打ったら電流が流れた。比喩ではなく、本当に雷に打たれたように体が痺れたのを、ベッドの中で思い出した。よくもまぁ、死ななかったものだと我が事ながら頑丈な体と石頭に感心してしまう。
いや、そうじゃない。
死にかけたことは問題じゃない。
いや、大事ではあるけど今、頭を悩ませている事実に比べればなんてことない些細なことだと思う。
切実に。
心の底から。
真剣にそう思う。
どうしたらこの現実を受け止められるというのだろうか?
どうせなら前世の記憶が蘇ったとか、物凄い力を手に入れたとかの方が「あ、物語みたいな展開だ」と受け入れられたはず。・・・いや、そうだとしても暫くは現実逃避して部屋にこもっていたと思うけど。
えっと、つまり何が言いたいかといえば――――。
「姉さん、大丈夫ですか?」
ベッドの端に腰を下ろし、心配げに私――フィリア・エルゥルを見下ろす二つ年の離れた弟、カルナード・エルゥルの言葉に対する選択肢が、眼の前に見えているせいだ。
ちなみに選択内容は・・・こうだ!
無言で頷く
▽「ありがとう」 ×
なんで「ありがとう」でバツマークがついているのか、意味が解らない!と言うか、これ以外の言葉が喋れないんですけど。迂闊に口を開いたら「あ」ってでて、これは問答無用で「ありがとう」って選択肢になるってことですか?×が怖いので無言で頷く、を選択する。
こくり、と頷けばカルナードは幼いながらも端正な顔をほころばせ、周囲に花を咲かせた。ぁう・・・イケメンの笑顔。我が弟ながら眼福もの。ありがとうございます。
色彩豊かなこの世界にしては珍しく、闇を連想させる黒髪の私と違って燃えるような赤い髪をした弟はきっと、物語で言うならばメイン人物だろう。
実際、中等学部で生徒会役員に選ばれ、生徒会書記として役職についている弟は誇らしい。
高等学部で地味に園芸部に属している私とは比べてはいけない。これ絶対。
背も十五歳にしては高く、高等学部に入学したらもっと高くなるのではないかと背が低い私はいつ追い越されるかとビクビク怯える日々だ。男女の差が憎い。
凛とした雰囲気。
幼さを隠した涼やかな顔に似合う、私の夕焼け色と違う藍銅鉱の瞳。
性格は真面目だけど柔軟で優しく、朗らかで社交的。
運動神経よしの頭脳明晰。学校の成績は常に上位三位以内、と言うか毎回一位をキープ。平凡を絵に描いた私の成績や運動神経とは月とすっぽんだ。比べてはいけない。
「ちょっと頭がくらくらするだけだから、大丈夫だよ」
あ・・・普通に言葉が出た。
どうやら選択肢が出てない時は普通に喋られるようだ。ほっ。
「くらくらって・・・やっぱりもう一回、医者に診てもらった方がっ!」
「いやいや、本当に大丈夫だから。頭が痛い程度だから」
「死なないでください、姉さん!」
「死なない、死なない」
がばりと私に抱き着いてきた弟の頭を撫で、溜息をついた。
おかしいな。姉として確かに慕われていた記憶はあるけど、こんな抱き着いてくるような行動をする子だっただろうか・・・?思わず頭を撫でながらはて、と首を傾げた私の眼に映ったのは選択肢、ではなくて・・・・・・・・・弟の頭上に浮かぶ大きな枠。
Name:カルナード・エルゥル Age:15
所属:ルグル王立学園中等学部三年 生徒会所属生徒会書記
備考:エルゥル子爵嫡子
好感度:■■■■■
好感・・・度?
眼の錯覚かと思って眼をこすってみても、■の数は変わらないし見える文字もそのまま。てかこれ、ステータス?え、何でステータス表示?
・・・この世界に、こんな能力?魔法?が実在した話、聞いたことがないんですけど。頭を強く打った衝撃で、変な力が身についた?え、いらない。
ただでさえ、面倒な能力と役割を与えられたのにこんな良く解らない力まで・・・本気でいらない。切実にいらない。泣きたいくらいにいらない。
いや、でも弟の行動の意味が解った。
判ってしまった。
つまり――好感度が高くて抱き着いた、ってことですね。
「解りたくなかった・・・っ」
「姉さん、どうしたんですか?や、やっぱり頭が痛いんですか?!待っていてください、すぐに医者を連れて来ますから!!」
些細な怪我をしたら「だから言ったでしょう」と呆れて、溜息を吐きながら治療してくれた弟はいずこに?
脱兎のごとく、私の私物の本と植物と必要最低限の家具しかない部屋から飛び出た弟を見送り、今の弟ってまるで過保護だなぁ、と乾いた笑みを浮かべた。とりあえず、好感度をこれ以上あげないようにしよう。
弟相手に好感度がマックスになったら・・・・・・どうなるんだろう。怖い。
あ、五つの■で好感度マックスだったらどうしよう。
戦々恐々し、ベッドで震える私の耳にドアをノックする音が聞こえた。このノックの仕方は・・・!
「生きてるか?」
「アルト・・・!」
返事をする前にドアを開け、部屋に入ってきた不届き者、基、幼馴染のアルト・インジェット。
硬質ながらも艶のある青い髪を持つ、長身痩躯の人目を惹く端正な顔立ちをしたこの幼馴染は、由緒ある王国騎士団師団長総帥の次男坊である。
親同士の仲が良いため、生まれた時からの付き合いなんだけど・・・正直、由緒と歴史があるだけのただの子爵家が、地位どころか由緒も歴史もある方と仲が良いことに疑問しかない。両親がどうやって知り合ったのか、未だに謎だったりする。
だって我が家は出世欲のない父親と、派手なことが嫌いな母親を持つ貴族にしては平凡で地味だ。本当、子爵と侯爵がどうやって知り合ったの?何度となく聞いてみたが笑ってはぐらかされ、教えてくれなかった。永遠の謎になるかもしれない。
・・・あ、ちなみに祖父母も先祖もみんな、出世欲はないし派手なことより質素倹約、地道にコツコツが好きなタイプらしい。農業とか園芸とか。私も好きです、園芸。弟は最近、魚釣りにはまったらしい。・・・アウトドア派のイケメンですよ、弟は!
ごほん、余談だった。
顔は悪くないのに紫紺色の三白眼のせいで怖い人、の印象を持たれがちなアルトが小動物、特に猫が好きで甘い物に眼がない。なんてある意味、お決まりの設定のように感じてしまう。小説の読みすぎかな?
そしてアルトの頭上にも、当然のように文字が浮かんで見える。
Name:アルト・インジェット Age:17
所属:ルグル王立学園高等学部二年 オルディア王国騎士団第三師団見習い
備考:インジェット侯爵次男
好感度:■■■
好感度は■が三つか。安心していいのか、それとも怯えるべきか悩む。
「階段から落ちて頭を打った、にしては・・・・・・随分と元気そうだな」
「ああうん、石頭だから」
「知ってる」
苦笑しながら私の傍に近づき、デコピンをした。ひどい。私、怪我人なのに!
「で、何で階段から落ちた?」
「・・・・・・本で、前が見えなくて」
「ほぉ、ふぅん、へぇ・・・前が見えなくなる程の本を抱えてたのか」
「・・・ぅぅ」
「確かそれで、前も頭を打ったよな?あの時は階段じゃなくて廊下だったから問題はなかったが、下手をしたら死んでたんだぞ。わかってるのか?」
「い、石頭だから大丈夫!」
「大丈夫じゃないし、そんな根拠を聞いてないんだよ!」
「った!痛い、痛い痛い痛い痛いから連続のデコピンはやめて!」
おでこが赤くなる!両手で額をガードした私のベッドにアルトは腰を下ろし、脱力するように息を吐き出した。そのまま仰向けでベッドに倒れる。病人のベッドに倒れるってどういう神経を・・・いや、その前に幼馴染とは言え、レディのベッドに倒れないでくれないかな?
▽「私以外の女の子にしたら駄目だよ」
「私が女だって知ってる?」 ×
またか!
またなのか!!
また選択肢が出るのか!と言うよりも個人的に下を選びたいのに、選んだら×ってどう言うこと?!そもそも×って何!?危険?危険なの?なんの危険があるのか誰か教えてくださいっ。
頭の中で葛藤している間、おかしなことにアルトの動きは止まったままになっている。そう言えばカルナードの時も止まっていた・・・よう、な。
もしかして選択肢が出ている時に限り、時間が止まるとか?そんなまさか。時に関する魔法が存在しないのに・・・。
「私以外の女の子にしたら駄目だよ」
難しいことはさておいて、危険を避けて通ることはしよう。
「しないし、その予定もないから安心しろ」
にやりと不敵に笑うアルトに、私は頬を引きつらせた。それはどう言う意味の笑み?いや、深読みすると怖いし、勘違いだったら恥ずかしいから何も考えないようにしよう。うん、精神安定は大切ですね。はい、深呼吸。
・・・頭が痛い。
「おい、まだ痛むのか?」
「っい、痛みはそれほど・・・・・・・・・あの、近くない・・・かな?」
「これぐらい普通だろう」
普通・・・?
抑えた額を見るためなのか知らないけれど、鼻と鼻がくっつきそうな距離が、普通・・・?私の自意識過剰?いやいやそんな馬鹿な。今までこんな近づいた記憶、私にはないんですけど。
やっぱりおかしい。
アルトはいくら気心の知れた幼馴染だからと言って、こんな行動をするはずがない。いや、行動はしなかった。少なくとも、こんなに近づいたりはしない!
断言する、これはおかしい!
好感度:■■■■
好感度のせいかっ!!!!
三つだった■が四つに増えたから、アルトの行動に変化が起きたのかっ!!畜生、嬉しくない納得の仕方だよっ。くそ、何で増えた■!てか、好感度って普通はハートマークじゃないの?!何で■!!
「フィリア?」
▽「恥ずかしいから離れて」 ×
「ちょっと・・・近い」
そしてまた選択肢かっ!!!!
もういい加減にして!何?×を選べば何か変わるの?!なら選んでやろうじゃないか!!
「恥ずかしいから離れて」
ぎしりとベッドが鳴ったと思った瞬間、視界いっぱいにアルトが映り込んだ。ゼロ距離のせいで輪郭は歪み、唇には少し硬い、けれど柔らかい何かが押し付けられる。唖然として息を吸えばにゅるり、と生暖かい何かが入り込んで口内を蹂躙する。水音がした。
え、これって・・・。
キスされた――と、認識するまで一分ほど時間を要した。
「・・・っは、真っ赤になって可愛いな」
「なん・・・っ」
唇を放し、互いの鼻をくっつけながらアルトが熱のこもった眼を私に向ける。
「あの程度で恥ずかしいなら、もっと恥ずかしいことをしてみるか?」
キスだけでも十分なのに、それ以上をしようとするアルトに首を横に振る。と言うよりも何故、私にキスをしたのか解らなくて右手で口元を隠しながらキッと睨みつけた。
恋人でも何でもない、ただの幼馴染にキスをするとはどう言うつもりだ!叫びたいのをぐっと堪えたのは、目の前に選択肢があったから。
なければ感情のままに叫べたと言うのに、選択肢のせいで迂闊に口を開くことも出来ない。まったくもって忌々しい・・・!
▽「・・・っいい、よ」 ×
「冗談はやめてよ!」 ×
アルトに頭突きをする
三択の内、二択が×って何の嫌がらせだろう。
けれど×を選ぶのは危険だ。さっきみたいなことをまたされたら、私が発狂しかねない。とりあえず「・・・っいい、よ」は絶対に選ばない。これ、確実にそう言う行為に入る前振りだよね。解ってる、私は解っているからね・・・!
ならば選択は決まっている。――――喰らえ、私の渾身の頭突きを!
「っい!・・・・・・何すんだ、フィリナ!」
「何する、は、私の台詞だと思うんだけど・・・?」
「・・・別にキスぐらい減るもんじゃないし、いいだろう」
「減るわよ、確実に減るの!乙女の大切な何かが減るの!」
「乙女・・・?」
胡乱な眼で私を見るアルトに、もう一度頭突きをお見舞いしてやろうかと不穏なことを考えていたら、それを察知したのか素早く私の上から身体を退けた。・・・本当、勘のいい男。
「そう言えばフィリナは花の乙女だったな」
「その名前を言わないで!」
悲しいことに私、植物に愛された花の乙女なのです。
とは言っても、ただたんに植物を育てるのが得意で、幻や貴重とされた花や実を枯らすことなく咲かせることが出来て、自然の力を借りるだけしか能がないんだけどね。
仲の良い月の乙女は薬を作ったり、癒しの力で人助けをしているのに私は・・・。
比べると虚しくなって、溜息がでてしまう。
「乙女って、処女じゃないと力を失うんだっけ?」
「それだと賢者は一生、童貞ってことになるけど?」
「ふぅん、処女じゃなくてもいいのか。なら問題ないだろう」
「問題あるから」
きっぱりと告げれば、不満げな顔をされた。
これは・・・説明するしかないのかな?凄く嫌だ。説明すると私のSAN値が減る。それはもう、ゴリゴリとやすりで削るかのように・・・。けれどこの際、SAN値が減っても仕方がない。
説明しないと納得せず、隙を見せればキスしてこようとするアルトから逃れるためにも・・・っ。
「神に愛された者が性行為をすると、高確率で妊娠するから!」
ああ、どうしてこんなことを私が言わなきゃいけないんだろう。
「へぇ・・・それって確実に自分のモノに出来る――ってことだよな?」
ぞっとした。
にたりと笑い、どこか期待に満ちた眼を私に向けるアルトに背筋が震えた。むしろ恐怖を感じる。な、何て眼を私に向けているのかな・・・。た、たかだか幼馴染相手に。
小刻みに震えながら、私はアルトを見上げる。
するりとアルトの右手で頬を撫でられて、悲鳴が出そうだった。
「子を孕ませたら」頬を撫でる手が身体を這い、お腹に触れる。「俺だけのモノになるんだ」
「アル・・・ト?」
「子供はいらないけど、フィリアが俺のモノになるならいっか」
うっとりとした表情で、愛欲に満ちた眼で私を見下ろすアルトは――知らない男に見えた。
目の前にいるのは小さい頃から見慣れた、幼馴染だと言うのに。
眼を細めたアルトの顔が近づき、両手が頬に触れた。
なんで?――解らなくて、思考が混乱する。
なんでこんな、急展開に?何が原因だろう?選択肢は現れてないし、×を選んだのは一度だけだし・・・頭が痛くなってきた。とにかく、こんな事態になるような原因が判らない。何がきっかけだったんだろう?
――――ああでも、やることは決まっている。
意味不明な暴走を起こしている幼馴染を、正気に戻さないと。――と、言う建前を置いて、八つ当たりさせてもらおう。
「正気に戻れ、馬鹿!」
「いっ・・・!」
男の急所を容赦なく、渾身の力で蹴り上げてやった。痛みに悶え、声もないようだけど私は謝らない。悪いのは変な暴走を起こしたアルトで、私は悪くない。
しかし・・・本当、意味が解らない暴走だったな。
溜息を吐き出し、悶絶しているアルトを冷ややかに見やって――眼に飛び込んできた文字に絶句した。
その他:執着LV.3、独占欲LV.3、狂愛LV.1
なにこのおそろしいもじ。
レベルって何?レベルって何!執着って、独占欲って、狂愛レベルって何!?
意味不明な暴走はこれが原因!?この、その他のレベルのせい!ぞっとした。ぞっとした!
「何すんだよ・・・!」
「それはこっちの台詞!バカみたいなこと、冗談でも私に言わないでくれる?!」
げしげしと容赦なくアルトを蹴り、手近にあった枕を盾に距離をとる。
怖い。
見知った幼馴染が怖くて仕方がない!
・・・けど、一番怖いのはこの妙なモノが見えるスキル擬きだ。これ、本当にいらない。知りたくなかった事実に気づいたような、なんとも言えない複雑な気分になるからいらない!・・・本当、勘弁してほしい。
じりじりと枕を盾にアルトから離れ、顔を動かさず目線だけで入り口を確認する。っち、アルトが邪魔で最短距離で逃げ出せない。
「冗談、ねぇ」
含みを持たせた言葉が物騒で仕方がない。
「なら冗談じゃないってことを今、ここで、証明してやるよ」
「しなくていい!」
持っていた枕をアルトの顔に投げ、素早くこの場から逃げようとした私の視界に映る――――分厚い植物辞書、と言う名の凶器を持った弟の姿。
「姉さんから離れろ、害虫」
「っぐは!」
あ、これは死ぬ。
冗談抜きで死ぬ奴だ、アルトが。
容赦なくアルトの頭を本の角で殴り、何度も殴打するカルナードは笑っている。それはもう、背筋が震えて言葉を失うほど綺麗な笑みを浮かべて。
・・・おかしいな。
私の記憶にある弟は、こんなことを笑顔でするような人間じゃなかったんだけど。むしろ呆れた眼を向けて、馬鹿にしたように冷ややかな言葉を吐き出すだけだったんだけど。・・・まさか。
嫌な予感がして、恐る恐るとカルナードをよぉぉぉぉっくみて見た。
その他:純粋 LV.2、支配欲LV.3、偏愛LV.3
眼に映り込む文字に、言葉が出ない。
純粋なのに支配欲って・・・弟が怖い。内心で戦き、そろりと二人から距離を置く。ああ、平穏だった昨日が懐かしい。そっと涙を拭い、言い争う二人にばれないように細心の注意を払ってベッドから降りた。
神様、いるかどうかわからない神様。
私、貴方に何かしました?心の中で涙しつつ、抜き足、差し足、忍び足と・・・・・・忍び足って何だろう?
「どこに行く気、フィリア?」
「・・・!り、りりりりリズ?!」
輝く白銀の髪を、色あせた赤いリボンで結んだ佇まいから姿形まで、全てが秀麗な美青年、基、もう一人の幼馴染であるリズウェルト・ガルム・ガルド・オーフェが目の前いた。
に、逃げ場がない・・・だとっ!
紅玉の瞳を不思議そうに瞬かせ、こてりと首を傾げる姿は普段なら眼福ものだけど、状況が悪い。悪すぎて実は狙ってやったんじゃないかと疑ってしまう。いやでも、偶然であって欲しい。私の精神安定上!
リズがさらりと、絹糸のような髪を弄る。
その何気ない仕草一つひとつが美しく、まるで出来の良い人形が意思を持って動いているような印象を覚える。・・・列記とした人間だけど。でも人形みたいに完成された美だ。
凛、と清浄な空気を纏う侵しがたい雰囲気を纏うこの幼馴染は、年を取ることにその美しさに磨きをかけているような。
・・・なんで弟と幼馴染二人して美形なんだろう。私の周り、イケメン率高くない?今更な事実に戦慄した。
中の中レベルの容姿である私には、相応しくないイケメン率だ。
「どこ行く気、フィリア?」
もう一度、同じ台詞を口にしたリズを見上げ――そっと視線をそらした。
Name:リズウェルト・ガルム・ガルド・オーフェ Age:18
所属:ルグル王立学園高等学部三年 生徒会会長
備考:ルグナリア王国王弟第二子
好感度:■■■
はい、本日三人目のステータス!
畜生、見えないで欲しかったっ。
「フィリア?!」
がくりと膝から崩れ落ち、両手で顔を覆う私にリズは焦ったような声を出した。うん、ごめん。ただ神様と言う存在に絶望しただけだから。だからね、別に抱え上げる必要ないから。死なないからそんな悲壮な顔をしないで。いや、本気で。
その他:依存 LV.4、庇護欲LV.2、溺愛LV.1
リズの、私に対してらしい依存レベルが恐ろしい事実を見なかったことにしたい。
・・・そう言えばリズと知り合ったの、私が花の乙女になった五歳の頃だっけ。
神に愛された者はその能力の真偽を確かめるため、王族の前で能力を見せなければいけない決まりがあって、私も訳が分からないままに父さんに連れられて王城に行って、たくさんの人が見ている前で能力を使ったなぁ。
その時、偶々、王弟と王弟妃に連れられたリズと出会って・・・うん、「ともだちになって!」とか唐突に言われたんだっけ。
いやー、懐かしいな。
父さん、友達発言に絶句してたっけ。あははは、懐かしいなー。
・・・どこで依存、されたんだろう。
心当たりが全くない。
ないから恐ろしい。
私、リズに依存されるようなこと何一つした記憶がないんだけどなぁ・・・。花の乙女だから?いや、それはないな。
息を吐き出し、私はべしべしとリズの腕を叩いた。
とりあえず、この状況から脱出しよう。口論していたはずのカルナードとアルトが、鬼も真っ青な顔でリズを見てるから。美形だから余計に怖い。もうやだぁ。
「大丈夫だから、下ろして」
「でも・・・」
「本当、大丈夫だから。・・・ちょっとした立ちくらみだから」
と、言う事にしておこう。
絶望して膝から崩れ落ちた、なんて何に絶望したのか話さないといけないからね。言える訳ない、こんな変なスキル擬きっ。あぁ、見えるステータスの恐ろしさよ!
渋々、と言った感じで私をベッドに下ろし、横に寝るよう促すリズに頬が引きつった。過去を振り返っても、こんな対応をされたことはない。・・・カルナードやアルトにもだけど。
このスキル擬きが発現、どうにもおかしい。おかしすぎて気持ち悪い。
こんなの、私が知ってる三人じゃないっ!と、叫んで壁に頭を打ち付けたいレベルで。
「リズウェルト王子、どうしてこちらへ?」
「今日はフィリアに逢う予定があって・・・。この前、フィリアが母上に青い薔薇の種をあげただろう?どうやったら枯らさずに、上手く咲かせることが出来るか。って母上が悩んでてね。忙しい母上に代わって僕がその方法を教えてもらいに来たら、フィリアが階段から落ちたって聞いて・・・。ところでアルト、ここでは別に敬語を使わなくていいよ?ここにいる限り、いや、君達だけの時は僕はただのリズウェルトだから」
苦笑し、公けの場じゃないから問題ないと言うリズにアルトは息を吐き出した。くしゃりと前髪を掻き、左手を腰に手を当てる。どうやら、言に従うらしい。
「ここにいる理由は解った。が・・・護衛はどうした」
「僕は王弟の第二王子だし、護衛なんていらないよ」
「それが護衛のいない理由にはならないだろうが」
「んー・・・でも、父上ほど強くなければいても意味がないし、襲われても問題ないから」
確かに、リズの父親である王弟は強い。
剣術は当然ながら、弓術、槍術・・・武術全般を簡単に、まるで呼吸するように熟してしまう。規格外の強さから王国騎士や近衛兵、他都市や街を護るために派遣される騎士――所謂、派遣騎士から羨望の眼を向けられ、同時に仕えづらい王族として忌避されている・・・らしい。
だって周りから護衛・騎士いらずの王族と呼ばれるほどだし。
その王弟の息子であるリズもまた規格外の強さを持っていても不思議じゃない。
・・・そう言えば、王弟の第一王子も槍術だけは規格外の強さだって聞いたような。
末恐ろしいな、王弟の血。
髪の色以外、王弟妃の血はどこに行った。疑問でしかないよ。王様と血が繋がってるはずなのに・・・とは、あえて考えないでおく。
「それよりカルナ」
「なんですか、リズさん?」
「廊下にいる医師はフィリアのために呼んだのかな?」
「あ・・・!」忘れていたのか、弟よ。
「そ、そうでした!ちょっと待っててください、姉さん」
慌てて部屋の外で待たせていた初老の医者を呼び、怪我の具合を診てもらった訳だけど・・・。うん、転落して脳震盪を起こして、外傷がコブだけなことに呆れられた。石頭ですから、と視線をそらしながら言ったら苦笑されて・・・うう、恥ずかしい。
医者からは一応、薬を処方してもらえることになった。
夕方に届けるから頭が痛みだしたら飲むように。それまでは無理しないで寝ていること。と言われたので大人しくしておこう。
リズがベッドに横になる私の傍に近寄り、優しく頭に触れる。
何だと瞬いてリズを見上げれば、こてりと首を傾げられた。傾げたいのは私の方なんだけど?
「頭、痛くない?」
「まったく」
「・・・本当に?」
▽「眩暈はする」 ×
大丈夫だと笑う
リズの頭を撫でる ×
私、泣いていいでしょうか?
泣いてどうにかなる問題じゃないね。ふ・・・泣いてもどうしようもないなら、×を避けて笑うことにしよう。むしろそれ以外の選択肢がない。辛い。選択肢がないことが辛すぎる。神を呪うほどに辛い。
本当に私、何かしましたか・・・神様。
「今日は無理しないで、ゆっくり休んだ方がいいよ。青い薔薇の育て方は・・・また今度、教えてくれるかな?」
「え?別にそれぐらいなら今でも」
「だ~め、また今度。ね?」
私の唇に人差し指を当て、こてりと首を傾げるリズの色気に言葉を失った。なんで・・・、何で!私に対して色気を出すのかな!今までそんなことなかったくせにっ。
これもそれも――スキル擬きのせいだ!
赤面したまま、頬を引きつらせる奇妙な芸当まで身に着けてしまった。
「そう言えば姉さん、あんなに大量の本で、何を調べるつもりだったんですか?」
カルナードが不思議そうに尋ねてきた。
「調べものなら書斎でしろ、書斎で。大量の本を部屋に持って来ようとするから、足を踏み外して死にかけるんだよ」
「死にかけてないから」
「意識を失ったのは事実だろうが」
アルトが呆れながら呟き、ベッドの端に腰を下ろす。
「あんまり、危ないことはしない方がいいよ?」
頭を撫でながら、リズにそう諭された。
「それで、何を調べるつもりだったんですか?」
カルナードが床に膝をつき、ベッドに寄りかかる。
▽「頼まれた花についてもう少し知りたくて」 ↑カルナード
「書斎だとお父さんがいて集中できないから・・・」 ↑アルト
「・・・わかってる」 ↑リズウェルト
――――そしてまた選択肢である。
勘弁してほしい、切実に。
いや、本当、心の底から。
と、言うか・・・新しく出たマークは何?↑ってなにこれ。どうにもこう、不吉なモノを感じる。けど選ばないと時は進まない。・・・嫌だ、良く解らないけど嫌だ。嫌な予感しかしない。
↑が不吉に見えてきちゃう。
青ざめた表情で固まる三人を見やり、どうしようと真剣に考える。
嫌な予感から・・・■五つのカルナードは除外。
■四つのアルトか、四つになったリズか。どちらを選んでも恐怖しか覚えないのはどうしてだろう。ああ、身体が震える。いっそ、気を失ってしまいたい。
好感度:■■■
・・・ん?
アルトの好感度をよくよく見て見たら、■の数が減っている。これはもしや、×を選んだから好感度が下がったのでは!?おお・・・×は好感度を下げる役割があったのか!――と、喜んだけど×を選んだ結果を思い出して項垂れた。
貞操の危険を感じる×を選ぶのは、もう出来ない。・・・眼頭が熱いなぁ、もうっ。
「書斎だとお父さんがいて集中できないから・・・」
好感度の低さでアルトを選んでおこう。
「仕事でもしてるのか、おじさん?」
「あー・・・ツヴァイン翁がいて、その・・・ねぇ」
「宰相がいるってことは、おじさんに魔術書関係で聞きたいことでもあったのか?」
魔術書とは文字通り、魔術に関する書物のこと。
で、ついでに言えばその魔術書を管理・保管・封印する役目の者のことを魔術司書と呼ぶ。魔術司書は誰でも出来る訳ではなく、禁書認定された魔術書を封印するために必要な魔法を扱える、特殊な家系だけが就ける職種で・・・つまり、エルゥル家はその特殊な家系で、且つ、代々魔術司書の役職に就いている。
こんな家系だから、由緒と歴史はあるよね。
「そう言えば、最近・・・父上を真面目に働かせるにはどうしたら、とか、仕事をしたくなる魔法がないか、とかぶつぶつ言ってたっけ」
「そんな魔法、ある訳ないじゃないですか」
呆れるカルナードに、同意して頷こうとして・・・ふっ。
▽「そこまでして、仕事させたいんだね」 ↑アルト&リズウェルト
「仮にあったとしても、無駄だと思うけど」 ↑カルナード
またもや、選択肢である。
ど・う・し・て・こうなる!頭を抱えたくなった。いや、もう抱えてる。
胃薬、誰か胃薬を私に頂戴!一瓶じゃ足りないから箱で頂戴!本当もぉ、胃に穴があきそう。頭痛の薬よりこっちが重要かもしれない。
・・・よし、胃に優しくて効き目のいい薬を店に買いに行こう。
「そこまでして仕事させたいんですね」
「父上が真面目に仕事をしたら天変地異が起きるよ、絶対」
「いや、笑顔で言う事か?・・・同意はするけど」
好感度:■■■■■
うん、予想はしてた!
いや、それよりも三人の好感度が五になってしまった。どうしよう。本当・・・どうしよう。あ、恐怖で指先震えてる。
「姉さん・・・?顔色が悪いけど、もしかして具合が悪くなったんですか?!」
そうだね、具合は悪くなったよ。――精神の具合が。
けれどそれを口にすることは出来ず、私は笑って見せた。・・・失敗して表情筋が引きつった。
「あの医者、もしかして誤診したんじゃ・・・!」
「それなら新しい医者を呼んで見てもらおう」
「誤診した医者は処罰した方がいいんじゃないか」
双眸に不穏な色を宿す三人に、とてつもなく嫌な予感しかしない。このまま三人に喋らせたら、なんかこう、私を診てくれた医者の未来が閉ざされそうな気がする。いや、閉ざそうとしてるよこの三人!親の力を自分の力にするつもりか、やめなさい!・・・いや、そう言えば三人ともちゃんと仕事してたわ。
カルナードは跡継ぎと言う事で家の手伝いと、あと事業を展開させてるからそれなりに自分の権力と金はある。まぁ、私も植物関係で事業はしてるから立場的にはどっこい。
アルトは見習いとは言え、騎士として働いているしリズは・・・この中で一番権力を持っている。
ひぃ、なんて恐ろしいんだ――――!
「つ、疲れただけだから!」
リズだけでもやめて、本当にやめて。早まったことはしないで!
嫌だよ、私のせいで一人の医者の未来が途絶えた。なんてことになったら・・・・・・考えただけでゾッとする。ゾッとして血の気が引いた。
「ほんと、休めば大丈夫だから。ねぇ、本当・・・何もしなくていいから」
私の精神安定のためにも、本当、何もしないで。と言う本音を心の中に隠し、私は頭まで布団をかぶった。
寝て眼が覚めたら、夢オチでした。と言う展開を激しく希望します。
「そう言えば」寝ようとする人の前で、思い出したように言うのやめてくれない?
「アルトさんはどうしてここへ?姉さんと何か約束でもしていましたか?」
「いや、ちょっとフィリアに聞きたいことがあって屋敷を訪れたら・・・・・・階段から転落して意識が戻らない。と使用人が教えてくれてな」
顔を見なくても、冷ややかな眼で私を見ていることが判る。
「聞きたいことって?」
「リズも知ってるだろう?人間の身体を組み換え、化け物にしてしまう薬のこと」
「ああ・・・アレか、凄いよね。肉体が溶けたと思ったらグミのように形を変えて、口らしき部分に皮のない人の顔が現れる。骨は骨でグミのような肉体の中で変形し、その中に捕らえた人間を解体する道具にしていたっけ。解体された人間の身体でより大きさを増し、頭部らしき所にある穴に眼玉が何個も浮かんで・・・間近で見た僕も吐きそうな程に気持ちが悪かったよ」
布団から顔を出してリズを見れば、青を通り越して白い顔色をしていた。
「しかもアレ、最悪なことに斬っても魔法を使っても死なないんだ。・・・父上が手を下さなければ、もっと被害が出ていただろうね」
「・・・・・・ちなみに、どうやって殺したんですか?」
「父上曰く――裏ワザを使ったらしい」
「裏ワザって・・・」
「それ以上は教えてくれなくって、動転する母上に聞くのも・・・ね」
なるほど、王弟最強伝説か。
布団から顔を出し、上体を起こしてアルトを見上げた。
「聞きたいことって、人を化け物にする植物があるかどうかってこと?それならあるよ。――とある植物から作り出された、〈禁忌〉と呼ばれる薬が存在するからね」
「・・・それって、十年前に起きた人体発火怪奇事件と同じ薬ってことですか?」
何かを思い出したようなカルナードの言葉に、私が首を傾げた。五年前・・・?五年前にそんな事件があったような、ないような。どうにも思い出せない。
唸る私に、リズが苦笑した。
「十年前、王国騎士師団に所属していたエニマと言う魔法使いが突如として発火した事件があったんだ。当初は魔法が失敗したのかと思ったけど、死亡解剖してみたら臓器が全て炭になっていたことから魔法の失敗でないことが判明したんだ。知っての通り、火の魔法で外はともかく中を焼くのは難しい」
ほうほう、それで?
「数多の魔法使い、科学者達が知恵や知識を絞ってもどうやって人体発火させたのか解らず、頭を悩ませていたら次の死者が出てしまったんだ。被害者の名前はミリル。森に住まう狩人の一人娘で、二匹の狼と戯れていた所で発火。・・・発見者は森で狩りをしていた父親と、その父親に用があった新米騎士のアウル。あ、新米と言ったけど彼は同期のディアッカと一緒に、第一師団で特攻隊長を務める程の兵になったんだよ」
「そのミリルって人も、エニマって魔法使いと同じ死に方だったんだよね?」
「そう、内臓から燃えたんだ」
そんな事件が確かにあったと、薄っすらと思い出せた。
当時は原因が解らず、王都が混乱の渦に見舞われていたのは覚えている。世間で何が起きてるか分からず、夜に一人で眠るのが怖くて何度、カルナードに一緒に寝て欲しいと頼んだことか・・・。
過去を思い出す私の耳に、アルトの声が届く。
「被害者同士の関連性を見つけられず、無差別殺人ってことで捜査は続けられた。その時の指揮を執っていたのが第二師団団長のバルバゼス様だ」
「バルバゼス様・・・ああ、幼妻と結婚した侯爵!」
「姉さん、その覚え方はどうかと・・・」弟に呆れられた。「ちなみに、奥方の名前は覚えてますか?」
「・・・・・・・・・・・・え、エステル?」
「正解ですが、自信なさげに答えないでくださいね?」
面目ない。
アルトの呆れたような、白い眼が胸に痛い。
四十路に突入しそうな男が、二十も年の離れた女生と結婚した。と言う事しか興味がなかった。とは言えない。もしかしなくても私は貴族として何かが駄目なのかもしれない。・・・まぁ、跡継ぎはカルナードだし大丈夫だよね。
「話を戻すよ?バルバゼス率いる第二師団が必死に捜査しているにも関わらず、事件は次から次へと起きていったんだ。三人目の被害者はオルフェウス。かつてアウラディオ家の当主であった人物が、薄汚れた路地裏で焼け焦げている死体が発見された。けれどこの現場に証拠が落ちていたらしいんだ。それが――――赤い花弁」
あ、解った。
と、言うか思い出した。
「三日月型の花弁は花冠で蝶の形となり、紫色のめしべが模様のように見える酷く美しい花。けれどその花は色によって危険性があり、人が薬として使用すれば青ならば神経毒となり、黄色ならば麻薬となり、緑ならば皮膚が爛れ、経口摂取すれば内臓が溶ける。赤ならば内から全てを燃やす。これは人が触れていい花ではない、これは毒花である。ゆえにこの花――四花を薬にしてはいけない」
本来は四花ではなく、死の花で死花と読むのだけどそれでは不気味すぎるからと、植物研究者はあえて四花と名付けたらしい。四色あるから、四花でも間違ってはいないんだけど。
「赤い四花は皮膚に触れればその部分だけ燃やし、経口摂取することで臓器から身体全てを燃やしてしまう――って、有名な〈禁忌取扱説明書〉に書いてあったけど?読まなかったの?」
「あの時はバルバゼスも気づかなかったんだから、許して?――で、人体発火の原因が解ってさて、犯人を確保するぞって時に新たに事件が起きた。父上に恋をした、愚かな女が母上を殺そうとしたんだ」
それは知っている。
確か愚かな女、基、ルナディアはエニマの恋人だった。けれどリズの両親の結婚式で初めて見た王弟に一目惚れし、恋人を捨てて「自分こそが王弟に相応しい!」等と喚き散らして数々の問題を起こしていたらしい。そのたびに元恋人だからとエニマが宥め、王城の前から強制連行していたとかなんとか・・・アルトの父親から聞いたような記憶が。
ああ、そうだ――人体発火怪奇事件の犯人はルナディアだったっけ。
自分の邪魔をするエニマを鬱陶しく思い、〈禁忌〉と呼ばれる花を薬に変えて殺害。その後の被害者はルナディアの実験のために殺された――らしい。
実験した理由はどれだけ醜く、どれだけ早く殺せるかを確かめたかったから。とは処刑される日に、ギロチン台の前で声高らかに色々と話していた。と言う事を処刑を見たご婦人が世間話をするように、他のご婦人に語っていたっけ。子供が近くにいるのに話すことじゃない。溜息をつき、険しい顔でご婦人方を注意するおばあちゃんの姿を覚えている。
まぁ、そんな事件もあって幼いながらも「植物って怖い!」と恐怖し、「花の乙女になっちゃったんだから、ちゃんとしよう!」と決意し、「危険な植物を全て知っておかない駄目だ!」――そう思ったんだ。
育てるのを間違えたら明日は我が身かも・・・!震えていた過去が懐かしいような、恥ずかしいような。
おかげで植物関係の知識だけは全て習得した。
「まぁ、アルトの話に戻せば〈禁忌〉と呼ばれる植物なんて結構あるからね。知らずに薬として使った者もいるだろうし、〈禁忌取扱説明書〉をわざわざ調べて薬として使う奴だっていると思うけど?それで、化け物になった人って誰?」
「とある貴族に買われた・・・確か、フィンって名前の娼婦ですよ、姉さん」
「まだ情報開示はしてないのに、何で知ってんだよ」
「人の口に戸は立てられませんから」
「・・・まぁ、その女がおかしい奴でな。娼婦の癖に王弟妃を見て、『アンタがいるから不幸になった!』って叫んだらしいぜ?そうだろう、リズ」
「え、あー・・・そうだね」
?
顔色も悪いし、言葉の歯切れが悪いような。・・・ああ、化け物になった姿を思い出したのかな。
「――――で、その人を化け物にする薬の材料ってなんだ?」
「狐草」
「は?」
「だから、狐草。狐の尾に似た花穂をつける一年草」
「・・・・・・俺、狐草で遊んだ記憶があるんだが」
「ああ・・・大丈夫。危険なのは根っこだけだから、花穂自体に問題はないよ。だから子供が猫で遊ぶ道具にしても、何の問題も起きないでしょ?」
根まで引き抜く子供なんて、そうそういないし。
それに間違って根も引っこ抜いたとしても、とある薬品と混ぜなければ触っても問題ない。・・・多少、触れた部分がヒリヒリと痺れたりするけど。
死なないから大丈夫。
「あ、〈禁忌〉ついでに私も聞きたいことがあります」
「挙手しなくても・・・何が聞きたいの?」
「人が生きたまま腐る薬ってあるんですか?ほら、五年前に二人の女性の皮膚が爛れ、腐って死んだ怪奇事件があったじゃないですか。犯人は女性と関係を持っていたグレンシードって言う、女にだらしなくて孕ませた女性を魔獣に殺されたと見せかけて殺害した極悪犯。絞殺刑になってもう死んでますけど」
「ああ、孕ませた女だけじゃなく、関係を持った女全てを殺したって言う。・・・いや、死んだ令嬢って確か王の側室じゃなかったか?」
「そうだよ」けろりとリズが答えた。「側室と言っても、形だけの正妃と違って肉体関係も何もない、ある意味、形だけの王妃ぐらいに可哀そうな女性達だったけどね」
「あー・・・嫁いだのにそう言うことは一切しなかったんだ」
「そうらしいよ。ちなみに側室の名前はアルバとクロディーヌ。二人とも、顔の良い男なら誰にでも股を開く尻軽だったね」
▽「良い笑顔でさらりと言ったね」 ×
「側室二人、どうやって殺したか知ってる?」 ↑all
「何か恨みでもあるの?」 ×
嫌がらせか、これは。
選択肢のない会話に喜んでいたら、いきなりこれか。天国から地獄に突き通されるって、こういう事なんだろうか。
×を避けて↑allを選ぶしかない。
好感度:■■■■■■
好感度があがった事実からは、あえて眼をそらそう。
「どうって・・・いつもの通りに男を呼んで、情事が終わった後に男が飲み物に薬を混ぜたんじゃないかな?」
リズの言葉に首を横に振った。
「私が知ってるその症状を起こす薬って直接、肌にかけないと効果がないんだ。だからたぶん・・・情事の後に化粧品と偽って渡したんじゃないかな?確証はないけど」
「その薬を使う時にはアリバイがあるようにしたかったのか・・・最悪だな、その男」
「最悪と言えば」
カルナードがぽん、と手を叩いた。
「十五年前から行方を眩ませていた婦女連続殺人犯、掴まったそうですね」
「へぇ、掴まったんだ」
「そうみたいですよ、姉さん。元・第一師団の騎士であったイシェスは国外れの古びた塔に潜伏していて、たまたまそこを巡回していた第三師団の副団長が捕まえたとか。・・・そうですよね?」
「本当にお前、その情報どっから手に入れた」
「人の口に戸は立てられませんから」
「・・・捕まえたの、今日の朝方なんだが」
なんとも複雑な表情を浮かべるアルトに対し、カルナードは表情を変えずしれっとした態度をとっている。・・・ううん、我が弟ながら素晴らしい情報収集能力だ。
流石は貿易商を経営するだけはある。
しかし・・・そうか。婦女連続殺人犯が捕まったんだ。明日の一面は決まったも同然かな。いや、王弟妃殺害未遂があるから二面?
何にせよ――女性の腹を裂いて全ての臓器を取り出し、裸の状態で木に逆さ吊りで放置した犯人が捕まったのはよかった。
これで被害者共通の特徴である、暗い海の色をした髪を持つ他の女性も安心だろうし、確か最初の被害者は・・・アク、と言う変な名前の令嬢や第二、第三の被害者も成仏できるはず。
「あのさ」それはともかく、だ。「今更なんだけどね」
「死に方とか詳しく説明する意味、あった?私、これでもか弱い女なんだけど」
「顔色一つ変えずに話を聞いていた女が、か弱いか?」
アルトが同意を求めるようにカルナードとリズに眼を向ければ、二人して返答に困っているのか苦笑している。・・・ねぇ、ちょっと。それどう言う意味かな?
▽「どう見てもか弱い女でしょ」 ×alll
ふて寝する
・・・ふて寝してやる。
頭まで布団をかぶり、うつ伏せの状態で枕を抱いて――――夜までぐっすり寝た。