家のルール違う的な百合
百合ほんと好き
初めて公佳の家に来たけれど、マンションってこういう風になっているんだなぁ、っていう平凡な感想しか出てこなかった。
招かれた部屋は小ざっぱり整っているけれど、フローリングに薄桃色のカーペットが敷いていて、勉強机とか本棚はごく一般的な学生の部屋という具合で、朗らかだけどどこか世間とズレた公佳らしいといえばらしい。
「はいお待た~、はい菓子ぼ~ん」
戻ってきた公佳は、片手に色んなお菓子の乗った菓子盆を、もう片方の手にはコップを二つ器用に持っていた。
公佳は妙に雰囲気が軽いけれど、髪はきちんと手入れしてある綺麗な黒だし、授業も真面目で成績もいいし、きりっとした切れ目は私と真逆で羨ましい。髪もはねっ毛だし公佳のストレートに憧れる……。
「お、なんか陰気な目してる」
「どうせ垂れ目ですよ」
「垂れ目可愛いじゃ~ん」
わしゃわしゃ言いながら楽しそうに私の髪をぐしゃぐしゃにしてくる。褒められると、まあ悪い気はしないけれど、ない物ねだりはそれでも止まない。
「で、何する?」
「さあ、一応本持って来たけど……」
もうやることを失くした公佳は手持無沙汰で手を組んでいるけれど、私もそうなることは予想して暇潰し程度のものはもってきている。
公佳とはほんの一年ほどの付き合いだけど、なんで仲良くなったんだろう、と思うことはよくある。
まず趣味が違うし、公佳はとっつきやすいけど私はとっつきにくい人間だって自負してる。面倒くさいぞ、私は。
学校でもなんとなく二人でいるけれど、特に会話が続くわけでもない。なんか、なんとなく一緒にいるだけで、なんで二人一緒なんだって聞かれると、なんでだろうね? って逆に困ってしまう。
共通の友人もいないし、かといって高校で一番最初に仲良くなった、とかでもない。
お互いが違うからそこに惹かれた……はないよね。公佳は綺麗だけど私は……眼鏡とそばかすがなんとかなればなんとかなるはず。
……とにかくそんな具合、仲良くなるってたぶんそういうのじゃなくてフィーリングなんだろうって思っている。
「ただいま~」
と、突然公佳に似たゆるくてぼんやりした声が聞こえてきた。
「うーいきみちゃん……あ、オトモダチ?」
「あ、お姉ちゃんお帰り」
扉を開けてちらっとあいさつしてきたのは、公佳に似た美人な姉らしい。いい姉妹だなぁ。
公佳は素早く立ち上がってその姉の方に近づくと――くちづけを交わした。
「はぁ!?」
「んふふ、じゃーごゆっくり~」
お姉さんはそのまま何事もなかったかのように廊下に戻っていくし、公佳も気にせずこっちに戻ってくる。
いやいや、私の見間違いだろうか、そんなわけはない、この眼鏡に誓って。
「ねえ公佳、今のなに?」
「なにって、なに?」
「いえあの、まるでお二人が、キス、していたような……」
なんか私が本当に見間違ったかのような気がしてしまうけれど、尋ねてみたらあっさりと公佳は白状した。
「したけど……それで?」
してるんだ。キッス。
白状、というかまるで罪悪感もなければ違和感も覚えない、ごくごく当たり前で何をキョドっているんだこの童貞、みたいな雰囲気さえあるけれど、まあどうせ処女ですよって話だ。いやどころかファーストキッスもまだだって何の話を私はしているんだろう。
「それでってねぇ! 姉妹でキスしてるの? なんで?」
「なんでって……普通しない?」
小首をかしげて不思議を呈する公佳は、あたかもそれが常識であるかのように振る舞う。
……いや、待てよ?
公佳は確かにあんまり本とかドラマの話をしない。昔話か学校の教科書くらいしか知らないのかも。
それってラブストーリーとかが極端に少ない。キスのルールだの何だのなんて普通学ばないし。あっても王子様とお姫様は幸せに結ばれました、ってぐらいだもん。
つまりその辺りの常識がないんだ。夫婦でキスするんだからキスは家族でしても当然、みたいな感じに。
「あのね公佳、キスは普通姉妹じゃしないよ。家族じゃしない。こう……本当に好きな他人同士でして、それで……」
その瞬間、柔らかいものが唇に触れて、同時に甘い香りが漂った。
…………。
「こう?」
…………、こう、ですとぉ……?
「ソウダヨ?」
「あっそうなんだぁ、よかった~。でも、それならみんな何でキスしないんだろうね?」
「あっそれはね! ほら、公共の場じゃしちゃだめだから。見られたらダメなんだ。だから、こういうほかの人がいない場所でね。ほらお姉さんとも家でしかしないでしょたぶんそういうことなんだよ」
なんだかしっちゃかめっちゃかなことを言っているって自分でも思うけれど、公佳は安堵した風に笑って私の話をふんふん聴いて納得してくれている。
というか私はなんでそんな嘘を吐いているのだろう、と五秒くらい考えて、今まで抱いていた疑問にようやく気付いた。
私は公佳に惹かれていたのだ、主にキスとかしちゃいたいみたいな方向で!
っていうかだっ、大丈夫かこれ!? こんな嘘すぐにバレるんじゃないだろうか? ふつうに公佳がお姉さんとかと話したらバレるじゃないか!
「あと、あとこういうのはやっぱり家族とかにも最初は内緒にしとくんだよ! まあその、なんでかっていうと、まぁ」
「うん、うん、わかったよ」
言いながら、再び公佳は私に唇をつけた。二度目の方が来ると意識できたから、心臓が縮み上がるくらいにドキドキして、顔に熱がこもっていくのがわかる。
「二人の秘密ってことだよね?」
「え、ああ……」
腑抜けた声しか出せなかったけど、それでもなんとか返事ができたし、理解してくれたみたいだった。
公佳の唇はすごく柔らかくてぷにぷにしているし、少し湿り気があるのもすごいセクシーだ。
私なんか緊張して乾燥してるけど、それで湿らすために自分の唾液をつけるとなんだか汚い感じがしてしまって気が引ける。
やっぱり不釣合いだって思える、けれど、少しだけ公佳を独占できるって考えると、引く気にもあきらめる気にもなれなかった。
……にしても、独占っていうと、なんだかんだで今までも公佳を独占できてたんだ。
そしてこれからはさらに、公佳とお近づきになれるんだ。
……騙しているのは、気が引けるけど。
お菓子を食べたり、本を一緒に読んだり、……キスしたり、なんて時間を過ごして帰る時間になった。「じゃ、今日は、帰るから」
「あ、うん。今日はありがとね」
「まあ、それは私も」
てってこついてくる公佳を尻目に靴を履いていると、とんとんと肩をたたかれた。
振り向くと、キスの直前、鼻と鼻がくっつくくらいの距離で、囁かれた。
「嘘つき」
「えっ、はむっ!」
突然抱き寄せられて、強引に唇を押し広げられた。熱い肉が私の口内を一回り、舐めとった。
何が起きたか、私にはまたわからなかった。
あまりにも激しい、感情に任せたような行為はさっきまでの遊びじみたものとまるで違った。
そこには公佳の笑顔があった。
「……好きだよ、くーちゃん」
私は……。
「……どっちが嘘つき、なんだか」
今度は、私から……。