さて、ヒト種の村の様子を見てみましょう。
ロウが村に帰還すると、村人達がロウの無事を喜んだ。
ロウは今後の村に無くてはならない人間だったからだ。
一撃で大猪を屠る狩りの腕と、食べられる草を育てる研究。
前者はロウでしか出来ず、後者はロウにしか理解できない。
しかし村の為になることだからと、村人達は彼の研究の手伝いをしているのだ。
それも皆、ロウの人柄が故だ。
ロウがいなければ先に進もうとも、団結すらも出来なかっただろう。
そんなロウに真っ先に1人の少女が駆け寄る。彼の幼馴染であるルウ・エルアフォルンだ。
「ロウ、戻ったか!心配したぞ!」
「心配無用だ。ルウは大丈夫だったか?」
「獣が全部逃げていたのに危険なわけがあるか!お前に何かあったらどうするんだ!」
やや薄い茶色の長髪に緑色の瞳。少年のような顔立ちに快活な性格。
そして村一番、つまり現時点でヒト種最高の魔術士であり、時に火や水を創り出して生活を支え、時に外敵を排除してきた彼女。
一つ欠点を挙げるとすればやや男勝りが過ぎる…どころか男そのものな性格だろうか。
そのこともあってか、十六歳と子を産んでもおかしくない歳でありながら未だに男性との付き合いが無い。
だが、彼女に声をかける男はいない。
村の若い女性達の纏め役であり、村一番の強者であるロウの幼馴染。
そして現在の村長の一人娘ともあれば、そう声はかけられないのは分かるが。
「…全く…森の嫌な感じが消えたからまさかと思ったが…ロウ、お前がやったのか?」
「ああ。《龍王》様が言うには、アレは《冥府の王》の『使い魔』だそうだ」
その言葉に皆がざわつき始める。
無理も無い。《冥府の王》のことは皆、《龍王》から教えられていたからだ。
生きている限り逃れることのできない《死》そのもの。冥府の支配者。神に作られた最初の下僕。
その使いを倒したとなればどのような怒りを買うか分からない。
「落ち着け。《龍王》様は問題ないと仰っていた。何千年も昔からあることなのだそうだ」
「…まあ、《龍王》様がそういうなら…大丈夫か。ところでロウ、その子はなんだ?」
誰もが気になってはいたが、ロウが帰ってきたことの喜びですっかり聞くのを忘れていた。
ロウに抱えられた黒髪黒目の美しい少女。この世の者とは思えない程の美しい手足。材質も分からない見たこともないような黒の服。
明らかに謎ではあったが、ロウが連れてきたということもあって、村人達も無理矢理に問いただすということはしなかった。
「ああ、『使い魔』を見て気絶してたみたいでな。獣のエサになる前に助けてきた」
「…外の人間か?」
「…かもしれない。けど、《龍王》様の《刻印》はちゃんと頂いた。村で受け入れても問題はないはずだ」
「……ははぁん、ロウ、お前この子に惚れたか」
その言葉が図星だったのか、顔を真っ赤にしたロウが何か言いたげに口を動かすも、否定の言葉は出なかった。
ルウがからかうかのようにニヤけた顔でロウの肩に手を回して言った。
「や、や、いいんだいいんだ。何も責めてるわけじゃあない。お前好みの女が見つかって良かったじゃあないか」
「……そういう目的で連れてきたんじゃないからな?」
「くっくっく…そう否定するな。とりあえずは私の家で面倒を見よう。ロウ、運ぶのは任せるぞ」
丸太を組み合わせて建てられた村で二番目に大きいルウの家。
床が地面に接していない為、鼠の被害を受けにくいのが特徴だ。実際、食料を一時保存する倉庫にもなっている。
床にやや多めに毛皮を敷き、ロウはそこに少女を横たわらせた。
「《力よ、我が手に宿れ》」
ルウが魔力の波を手から出しながら少女の身体を撫でる。
ともすれば怪しい儀式にも見えるが、エコー検査の要領で体内の怪我を見ているのだった。
ロウが見守る中、頭から足まで見終わったルウは魔素の変換の反動で出た汗を拭って告げた。
「ん。中身も無事だ。後はまあ、少し身体を拭いてやらないとな」
「そりゃあ良かった。後は任せていいか?」
「お前がこの子の裸を見たいならいてもいいが…」
「あのな…」
「冗談だ。お前はゆっくり休んでろ。この子の目が覚めたら誰かに呼びに行かせる」
小さな水瓶に木綿の布を浸し、少女の身体を拭き始めたのを見てロウは慌てて外へと出た。
いくら意識が無いからと言っても身体を拭くのをずっと見ているのは流石に憚られたからだ。
そんなあまりにも初心なロウを見て、ルウは呆れたように大きな溜息を吐くのだった。