下界に降りてみましょう。
【そろそろ下界では2万年が経過する頃です。どうしますか?】
そんな自動精霊の声で、私は目を覚ました。
不思議なもので、《世界介入》は体は一切疲れないし精神的な負担も無いにも関わらず『疲れる』のだ。
原因は分からないが、自動精霊曰く、
【殆どの管理者は最初は妙な疲労感を感じたと言います。あなたが酷く出来の悪い人間で無いのならすぐに慣れるでしょう』
とのこと。
「文明はまだだっけ」
【はい、まだです。しかし《龍王》の様子を見に行くのも良いかと】
「…2万年も経ってるのに生きてるんだ」
【龍種というのは基本的に殺されなければ死にません。そういう種族です】
「ああ、そう。…ついでに大陸の様子も見なきゃね」
地球儀を見れば分かるのだけれど、この世界の地球には大陸が6つある。
一番中心、《龍王:グラン》のいる円形の大陸。そこから北東、北西、南東、南西にそれぞれ横長の大陸、計4つ。
そして地球の真裏にもう一つ。魔素の発生源にして、悪意の塊のような文字通りの魔境。
最初に地球儀を見てから少し直させたのだ。
「…管理か。出来ればいいんだけどねえ」
【目的を決めるのがいいでしょう。良き管理者であった方は皆そうしていました。あなたに目的を決める勇気があれば、ですが】
「目的、目的か」
思いつかない、というと嘘になる。折角の神様モドキの生活なのだから、やりたいことくらいはある。
ただ、それをやっていいかと言われると悩むわけで。
…いや、嘘だ。悩んでもいなければなんとも思っていない。この神様の精神耐性のせいだろうか。
「《真実の愛》が見たい」
【直接的に罵倒するのは憚られますので迂遠な言い方をします。死ななきゃ治らない病気のようですね】
「それで迂遠な言い方なら直接的に言ったらどうなるんだろう」
【頭は大丈夫でしょうか】
「実体があったら殴ってる」
【私の実体とやらを創って嬲ろうとした方はおられましたが】
「聞きたくなかった」
【あまりに健気なので手拍子で応援してあげました。頑張れ、頑張れ、と】
「…なんて酷い事を」
【それはさておき。《真実の愛》ですか】
「問題アリ?」
【…いえ、《概念》としては存在している以上、問題はありません。ご自由にどうぞ】
「あ、そう…。じゃあ勝手にやらせて貰いますか」
扉を下界に繋げる。場所はあの《龍王》のすぐ近くだ。
私にとってはあっという間だったが地上では2万年。果たしてどう変わっているのだろうか。
結論から言えば、結構変化は無かった。
それはそうだろう。人間の進化なんてそう早くは無い。
出来ることといえばグランへの挨拶くらいだ。
勿論、のちの面倒を避ける為に光球でだ。
「やあ、《龍王》。お久し振りだ」
『……お…おお!?神か!?我の事など忘れたかと思ったぞ!』
「すまないな。もっと早く来れれば良かったんだが、2万年も待たせたようだ」
『そうか2万年も…日が昇って降りて…我は気が狂うかと思った』
「…月日の《概念》があるのか?」
『…おおよそ365回、日が昇って降りると季節と星が同じように巡ることに気付いたのだ。その時、我は『月日』という《概念》を見た。365日を1年とし、1日を24で割り、それを60と60で割る。それぞれを時、分、秒…と名が浮かんだ。…これは神の授けた叡智だろう、と勘付いたのだ』
【一定以上の存在は世界の知識に触れることが可能です。管理者の常識に従うようにこの世界はできていますから】
私が問いただす前に答えられては怒りようもない。
でもどうせなら早く言って欲しかった。
『して、神よ。一体何の御用か?』
「ん、ちょっとね」
グランの近くと岩壁に降り立ち(光球だから立つ足は無いが)洞窟を作る。
こここそ今回の目的の一つだ。
『…禍々しい物を感じるが…』
「そりゃあそうとも。ここは死んだ者が通る道だ。死者の魂をここに通し、新たな生命へと変える。それだけ。……『冥府への道』だよ」
『ぞっとしない話だな、神よ。我が魂もそこへ送るということか?』
「送ってどうするんだ…グランにはここで皆を見守って…ついでにこの道を守って欲しいんだ。まあ、《不変》にしたからあんまり必要ないんだけど」
『ふむ…必要が無いなら何故我を?』
「そりゃあもう、飛び込む者に忠告をね」
『通すな、というわけではないのか?』
「《龍王》の咆哮で怯えて逃げるようなら喰っていい。そいつには愛する資格が無い。どうにもならないと受け入れたなら逃してやっていい。そいつには愛する価値が無い。覚悟があるのなら通してもいい。そいつには愛しかない」
『…神よ、何をするつもりだ?』
「……変わらぬ愛を求める為。…《真実の愛》、それを見つける為だ」
―――――神様ではない私もきっと、それを求めただろうから。
そんなことは流石に言わなかったが、人類に対する見習い神様の悪意と愛に満ちた試練の準備は、着々と進んでいた。
全ては愛の為に。愛してやまないヒトの為に。
自らを愛して貰う為に。




